なかなか素晴らしい作品です。スタイリッシュな印象的な場面はないし、映画を通じての演出のテンポがあるわけでもない。ただ、吉永小百合と渡哲也を最良の状態でみせていこうという演出。それだけでかなり楽しめるものになっています。
映画というのは自分の思いが通じた時、涙がとまらなくなるもの。そして優れた映画では観客の思いがスクリーンに通じるもの。例えば、加藤泰の『瞼の母』。母親が子供の名前を呼ぶ瞬間、観客が心の中で連呼するそのセリフがスクリーンで発せられたその瞬間、みんな涙がとまらなるのです。
この映画の吉永小百合に対しても同じ気持ちになる。観客が自然と心の中でつぶやいた、その台詞が彼女自身の口から発せられる。ぼくはもう涙がとまらなかった。
とにかく、役者を活かすために”謙虚”に徹している演出の力強さ。決して、自分のテクニックを誇示することが映画にとって力強いのではない。単純なことだけど、テクニック至上主義の映画が散見されるこの時代にはプログラムピクチャーっぽい映画が貴重に感じられるのでしょう。