俗曲(4曲)
ぎっちょんちょん 唐傘 梅は咲いたか お伊勢参り
端唄(4曲)
春雨 芝で生まれて 奈良丸くずし 角力甚句
小唄(62曲)
春風が 与作 坂は照る照る お互いに 白扇 腹の立つ時 味 梅雨の晴れ間 雪のだるま 初詣 木枯し 峠 屋台酒 立山紬 松竹梅 あの日から 鬢のほつれ 上野の鐘 春風さん 葉桜や 破れ傘 虫の音 春霞 青柳の(蔭) 小諸出てみよ からす 初雪に 夏のすずみ よさこいしぐれ 大磯 蘭蝶 鶴次郎(心して) 片糸 茶のとが 後の月 勧進帳 寿 梅一輪 移り香や 朝顔の 三吉野 この先に 辰巳よいとこ 青柳の(糸より) あおあおと 上げ汐 涼しげに 妬くのは野暮 ほどほどに お吉しぐれ 散るは浮き いざさらば みなここに(高時) 主さんと せかれ 梅が香 いつしかに 酒と女 筆のかさ 水の深さ 風流三番叟 晩に忍ばば 柳橋から
ぎっちょんちょん (二上り)
高い山から 谷底見れば
ぎっちょんちょん ぎっちょんちょん
瓜やなすびの花盛り
お山がどっこいどっこいどっこい
よういやな ぎっちょんちょん ぎっちょんちょん
からす鳴きでも 知れそなものよ
ぎっちょんちょん ぎっちょんちょん
明け暮れあなたの 事ばかり
お山がどっこいどっこいどっこい
よういやな ぎっちょんちょん ぎっちょんちょん
丸い卵も 切りようで四角
ぎっちょんちょん ぎっちょんちょん
物も云いようで 角が立つ
お山がどっこいどっこいどっこい
よういやな ぎっちょんちょん ぎっちょんちょん
唐傘 (二上り)
唐傘の 骨はばらばら 紙や破れても
離れ離れまいぞえ 千鳥掛
待てと 待てと云うなら 待ちもする
山に 柳 新芽の枯れるまで
行きに 行きに 寄ろうか 帰りにしよか
ならば ならば行きにも 帰りにも
明治期
梅は咲いたか (本調子)
梅は咲いたか 桜はまだかいな
柳やなよなよ風しだい
山吹や浮気で 色ばっかりしょんがいな
あさりゃ取れたか はまぐりまだかいな
あわびくよくよ 片思い
さざえは臨機で つのばっかりしょんがいな
俗曲「しょんがえ節」より
明治期
お伊勢参り (本調子)
お伊勢参りに 石部の茶屋へ オヤあったとさ
可愛い長右エ門さんの 岩田帯を締めたとさ
エッサッサノ エッサッサノ エッサッサノサ
娘島田に ゆすりに来たら オヤばれたとさ
腕に桜の 彫り物が見えたとさ
弁天小僧菊之助
江戸時代
「桂川連理柵」(かつらがわれんりのしがらみ)より
芝で生まれて (二上り)
芝で生まれて 神田で育ち
今じゃ 火消しのあの纏持ち
芝で生まれて 深川育ち
今じゃ この町(ちょう)であの左褄
芝で生まれて 浅草育ち
今じゃ 廓(くるわ)のあの鉄棒(かなぼう)ひき
奈良丸くずし (二上り)
赤の合羽に饅頭傘 降り積む雪も厭わずに
赤垣源蔵は千鳥足 酒に紛らす いとま乞い
雪の夜中に陣太鼓 弟源蔵の身を案じ
何故か寝られぬ 伊左衛門 同じ血じゃもの肉じゃもの
四十七志の勇夫氏が めでたく主君の仇を討ち
朝雪踏みしめ泉岳寺 空も心も 日本晴れ
春風が (本調子)
春風がそよそよと 福は内へとこの宿へ
鬼は外へと 梅が香そゆる
雨か 雪か ままよままよ
今夜も明日の晩もいつづけに
生姜酒
「山谷の小舟」という江戸小唄
明治中期作
春雨 (二上り)
春雨に
しっぽり濡るる鶯の 羽風ににおう梅が香や
花に戯れしおらしや 小鳥でさえも一筋に
寝ぐら定むる 気はひとつ
私やうぐいす主は梅
やがて 身まま気ままになるなれば
サー 鶯宿梅(おおしゅくばい)じゃないかいな
サァーサ 何でも良いわいな
与作 (二上り)
与作思えば 照る日も曇る ハイハイドウドウ
関の小万が 涙の雨よ
ホトトギス ンナー
本尊かけたか ンこちゃ 二世かけたえ
「恋女房染分手綱」人形浄瑠璃より
江戸時代
坂は照る照る (本調子)
坂は照る照る 鈴鹿は曇る
間の土山 雨が降る
お互いに (本調子)
お互いに 知れぬが花よ 世間の人に
知れりゃ互いの身の詰まり
あくまでお前に情立てて 惚れたが無理かえ
しょんがいな 迷うたが無理かえ
端唄「噂にも」より
江戸時代
白扇 (本調子)
白扇の 末広がりの末かけて
かたき契りの銀要
輝く影に松ヶ枝の 葉色も勝る深緑
立ち寄る庭の池澄みて 波風立たぬ水の面
うらやましいではないかいな
腹の立つ時 (本調子)
腹の立つ時や 茶碗で酒を 飲めど飲めぬ
飲めぬ酒なら 助(す)けてもやろが
嫌なら酔興な おかしゃんせ
オットそこらが口舌の種となる
江戸時代
「可愛解下紐」(かわいのうらとけてしたひも)
坂東三津五郎による
味 (本調子)
飲めば 飲む程 酒の味
語り明かせば 人の味
男が男に惚れた味
梅雨の晴れ間 (本調子)
梅雨の晴れ間の 青葉風
振るる音も良き 風鈴に
偲ぶの色も軒深く
「金魚 金魚 めだか 金魚」
それと心も 飛び石に 庭下駄軽く 木戸の音
行き来の人も すがすがと
染め浴衣
雪のだるま (二上り)
雪の達磨に 炭団の目鼻
溶けて流るる墨衣
初代平岡吟舟作詞・作曲
明治時代
初詣 (本調子)
明けてめでたき 繭玉に
宝尽くしの 数々を
結ぶ縁(えにし)の 神々へ
二人そろうて 初詣
木枯らし (三下り)
木枯らしの吹く夜はものを思うかな
涙の露の菊襲(きくがさね)
重ぬる夜着も一人寝の
更けて寝ぬ身ぞやるせなや
「艶姿女舞衣」 三勝半七の世話物人形浄瑠璃より
三勝半七の心中物における女房お園のくどきを唄う
峠 (二上り)
峠々のその又先に 峠があるので面白い
赤にしようか 白にしようか
峠々で摘む花の どれも良いやさ唄でやる
浮世気ままな恋の旅
小野金次郎作詞・清元梅吉作曲
屋台酒 (本調子)
どこがいいのか つい気が合って
男同士の屋台酒
注しつ注されつほろ酔いの 唄は得意の
梅は咲いたか 桜はまだかいな
愉快に飲んで 肩をたたいて 右左
さよならー
立山紬 (二上り)
義理と人情に 絡まれて
はかない縁(えにし)の 糸車
たとえこのまま 切れたとて
紡いでみせましょ 恋の糸
愚痴と未練の えー茶碗酒
松竹梅 (本調子/二上り)
何時膨らみて 咲き初めし
香りゆかしき 白梅に
茂る緑の くれ竹や
笹の葉杖に 残る露
照りそう朝日 鶴の声
姿優しき 姫松や
唄い初めそろ 寿を
めでたく祝おう 千代の島台
蓼派60周年記念お祝い小唄
あの日から (本調子)
あの日から 噂も聞かず 丸三月
出会い頭は 忍ばずの蓮もすがれた かたかげり
逢えてどうなるもので無し
あたしもこんなに痩せました
義理の枷
鬢のほつれ (三下り)
鬢のほつれは 枕の咎よ
それをお前に疑られ
勤めじゃえ 苦界じゃ
許しゃんせ
江戸時代の上方田舎唄より
明治期に「鬢ほつ」として流行した
上野の鐘 (本調子)
上野の鐘の音も凍る
春まだ寒き畦道に
積るも恋の淡雪を
よすがにたどる入谷村
門の扉(とぼそ)にたちばなの
忍ぶ姿の直次郎
市川三升作詞・草紙庵作曲
「天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)
清元「三千歳」より
春風さん (本調子)
春風さんや 主の情けで咲いたじゃないか
何故に吹いたか 夕べの嵐
葉桜や (三下り)
葉桜や 月は木(こ)の間をちらちらと
叩く水鶏(くいな)に誘われて
ささやく声や 苫の船
明治時代
破れ傘 (二上り)
破れ障子に破れ傘
コレサ 雨漏る月が漏る
しょんがいな しょんがいな
破れかぶれの新所帯
あても無ければ 金も無し
切れる気も無し
しょんがいな しょんがいな しょんがいな
伊藤寿観作詞・松峰照作曲
虫の音 (本調子)
虫の音を 止めて嬉しき庭伝い
開くる柴折戸(しおりど) 桐一葉
んーええ 憎らしい秋の空
月はしょんぼり 雲隠れ
明治時代
春霞 (三下り)
春がすみ 浮世は瓢箪さくらかな
ままよ三度笠 味なもの
ぶらり ぶらりと 旅衣
青柳(蔭) (二上り)
青柳の 蔭に誰(たれ)やらいるわいな
人じゃござんせぬ 朧(おぼろ)月夜の影法師
二世清元菊寿太夫作詞・作曲
「盲長屋梅加賀鳶(めくらながやうめがかがとび)」より
小諸出てみよ (本調子)
小諸出て見よ 浅間の山に
今朝も煙が三筋立つ
んやれよいやな んよいやさ
からす (本調子)
わたしゃ 熊野の五王のからす
誓詞書く時や 頼んでおいて
一声鳴けば 逆恨み
お日様窓まで おいでだに
別れかねてる罰当たり
恨みは鐘に云わしゃんせ
かあ かあ かあ
初雪に (本調子)
初雪に 降りこめられて向島
二人が仲に置炬燵
酒の機嫌の爪弾きは 好いた同士の差し向かい
嘘が浮世か浮世が実か
誠比べの胸と胸
初代清元菊寿太夫作詞・作曲
明治時代
角力甚句 (本調子)
やぐら太鼓に ふと目を覚まし
明日はどの手で投げてやろ
トコドスコイドスコイ
お角力さんには どこが良うて惚れた
稽古帰りの乱れ髪
トコドスコイドスコイ
泣いてくれるな 土俵入り前に
締めたまわしが緩くなる
トコドスコイドスコイ
芝で神明 湯島に杉の森
ここは両国晴れの場所
トコドスコイドスコイ
角力にゃ負けても 怪我さえ無けりゃ
晩にゃ私が負けてやる
トコドスコイドスコイ
夏のすずみ (本調子)
夏のすずみは 両国の
出船 入船 屋形船
あがる流星 星くだり
玉屋がとりもつ 縁かいな
よさこいしぐれ (二上り)
胸の痛みに耐えかねて 捨てた未練を南の浜へ
やるせなく身に 荒波しぶき
かつら浜風 涙にしみて
癒すすべ無き 我が思い
一人渚で 見上げた空に 泣いているよな朧月
よさこい よさこい
唄はさみしい よさこいしぐれ
寄せては返す 裏戸の磯に
心あらめや 浜千鳥
大磯 (本調子)
大磯の 小波(さざなみ)寄する篝火に
松の林に宿借りて
心浮き立つ鰹船
初代平岡吟舟作詞・清元お葉作曲
明治時代
五代目尾上菊五郎が大磯に別荘を建てた時のお祝いの唄
初出見よとて (三下り)
初出見よとて 出をかけて
先ず頭取の伊達姿
よい道具持ち 粋なポンプ組
エエ ずんと立てたる梯子乗り
腹亀じゃ吹流し
逆さ大(でえ)の字
ぶらぶら谷覗き
田村成義作詞 「桜見よとて」の替唄として作詞
「梯子乗出初晴業(はしごのりでぞめのはれわざ)」より
明治時代
蘭蝶 (本調子)
縁でこそあれ 末かけて
約束かため 落ちついた
大事な男は 他所の花
女心に 口説かれて
切るに切られぬ 此糸が
義理ゆえ細る 仇名草
「若木の仇名草」 1855年 歌舞伎より
鶴次郎 (心して) (本調子)
心して われから捨てし恋なれど
堰くる涙堪えかね
憂さを忘れん 杯の
酒の味さえ ほろ苦く
河上渓介・作詞 春日とよ・作曲
「鶴八鶴次郎」 大正物狂言より
片糸 (本調子)
片糸の 解いて明かせぬ物思い
覚悟はしても女気の
「今頃は」
何処にどうして御座ろうぞ
月は冴ゆれど胸の闇
泣けと隣の稽古唄
あたら行燈に針のあと
小野金次郎・作詞 里園志寿栄・作曲
「艶姿女舞衣」 三勝半七の世話物人形浄瑠璃より
茶のとが (本調子)
茶の科(とが)か
寝られぬままの爪弾きに
憂き川竹の水調子
涙ににじむ薄月夜
暈もつ程はなけれども
曇りがちなるわが胸を
晴らす雲間のほととぎす
後の月 (本調子)
お互いに 苦労もしたしさせもした
厭で別れた仲じゃなし
よりを戻した二人が仲は
もと木にまさるうら木なし
酸いも甘いもかみわけた
例えていわば 後の月
英 十三・作詞 初代 本木 寿以・作曲
勧進帳 (本調子)
月の都を立出でて 身は鈴懸けの旅衣
紫匂うリンドウも たたく時雨にうなだれて
今は露おく鬼アザミ 深き情けの関超えて
気も晴れ渡る花の道
飛び六法の蝶ひとつ
七世松本幸四郎・作詞 吉田草子庵・作曲
歌舞伎十八番の内・勧進帳
安宅関情報(私の出身は石川県なので、載せてみました)
この唄で、「紫匂うリンドウは」義経、「たたく時雨」は兄頼朝、「露おく鬼アザミ」は弁慶、「深き情けの関」は富樫を指している。
武運赫々たる義経が、兄頼朝に疎まれ京を追われて諸国流浪の旅をするとは誠に痛ましきこと、と嘆く弁慶の真心に打たれた富樫の情により、無事に安宅関を越え、気も晴れ渡る花の道を、飛ぶがごとくに走り去る、という意味。
寿 (本調子)
寿は梅にまづ
やがて祝さん百千鳥(ももちどり)
啼く音(なくね)小唄の
数そえん
初代 蓼胡蝶・作曲
蓼派のお祝い小唄で、初代家元の作曲。
梅一輪 (本調子)
梅一輪一輪づつに 鶯が
歌い初め候
春の景色も整うままに
実は逢いたくなったのさ
平山蘆江・作詞 初代春日とよ・作曲
昭和5年ごろ、春日とよが平山蘆江に乞うて次々と新作小唄を発表した。その中の一曲。
移り香や (本調子)
移り香や たたむ寝巻きの襟元に
一筋からむこぼれ髪
帰してやるんじゃなかったに
ふくむ未練の夜の盃
小野金次郎・作詞 里園志寿栄・作曲
朝顔の (本調子)
朝顔の 花は水色 水しょうの
恐れ入谷の 浮気者
隣の露に 濡れかけて
垣根の向こうで
咲きたがる
三吉野 (本調子)
三吉野の 色珍しい草中に
迷いこんだる蝶ひとつ
想い染めたが恋のもと
たとえ焦がれて死すればとて
鮎に愛もつ鮨桶の
しめて固めた二世の縁
二つ枕の花の里
高谷伸・作詞 里園志寿栄・作曲
「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑」と並んで義太夫狂言の三羽烏と称される「義経千本桜」享保四年(1747)鮨屋の段より
釣瓶鮨屋の一人娘お里が、今宵祝言と楽しみにしていた手代の弥助が平惟盛(これもり)卿と聞いて、涙とともに口説く部分を取った唄。
「過ぎつる春の頃、色珍しい草中へ、絵にある様な殿御のお出で、惟盛様とは露知らず、女の浅い心から、可愛らしい、愛しらしいと想い染めしが恋のもと。父も聞こえず母さんも、夢にも知らして下さんしたら、例え焦がれて死すればとて、雲井に近き御方へ、鮨屋の娘が惚れらりょか。」
この先に (本調子)
この先に
どんな桜が咲こうとままよ
わたしゃこの木で苦労する
散るも散らぬも主の胸
初代永井ひろ 作詞・作曲
辰巳よいとこ (三下り/本調子)
(三下り)
辰巳よいとこ
素足が歩く
羽織ゃお江戸の誇りもの
(本)
八幡鐘が鳴るわいな
伊東深水・作詞 常磐津三蔵・作曲
辰巳は江戸時代の深川仲町の遊里(いろまち)を指したもので、深川が江戸城の東南(辰巳)の方角にあったことに由来する。仲町の芸者は「辰巳芸者」と呼ばれ、吉原の芸者が羽織を許されず、白足袋を履く定めになっているその逆をいって、裾をひいた着物に羽織を引っ掛け、素足の清らかさを自慢にしていた。
青柳の(糸より) (本調子)
青柳の糸より 胸の結ばれて
もつれて解けぬ恋の謎
三日月ならぬ酔月の
うちの敷居も高くなり
女心のつきつめた
思案のほかの無分別
大川端へ流す浮名え
宮川曼魚・作詞 吉田草紙庵・作曲
「仮名屋小梅」明治物(昭和に入り「明治一代女」として大人気となった)
明治二十年六月九日夜、浜町酔月楼の女将花井梅が、箱屋の峰吉を大川端で刺し殺した事件を劇化したもの。新橋で一枚看板の仮名屋小梅は、ひいきの銀之助や後に付き合う浜本への恋路を邪魔した兼吉を最後に刺し殺してしまう。
「青柳の〜恋の謎」は、小梅が銀之助との恋のもつれから自暴自棄になって年下の男に入り揚げてゆく心境を、しだれ柳の枝がもつれて解けぬ様に見立てて唄ったもの。「三日月ならぬ」は、小梅の経営する「酔月」の枕言葉である。兼吉の策略により自分の家の敷居も高くなり、思いつめた末の女の決心を唄っている。
この小唄は新内調を入れて三味線の手もよく、大川端といえば必ず出される小唄である。
あおあおと(三下り)
青々と
いつも松葉の二人連れ
末も栄えて高砂の
変わらぬ色や春の風
蓼派のお祝い小唄。
上げ汐 (本調子/二上り)
(本調子)
上げ汐に つれて漕ぎ出す数々の 船は面舵取り舵やぁい
向こう鉢巻片肌ぬいで 勢いを競う江戸っ子が
月と花火に浮かれつつ 急いで漕ぎ出す川開き
「西瓜にまくわ瓜はようがすかな」「玉子や玉子」「豆や枝豆」
(二上り)
「東西 写し絵の儀は 手許をはなれ明かり先の芸当に
御座りますれば お目まだるき所は幾重にもご容赦のほど乞い願い上げ奉ります
従いまして ここもと御覧に入れまするは 江戸三景の一 両国は川開きのていと御座ります」
ちょいと来なせ
「押すな押すな」「邪魔だ邪魔だ」「そぉれ上がったぞ」「玉屋ぁ」
と褒めてやろうじゃないかいな
清元清海太夫・作曲
明治中期の両国隅田川の川開きの光景を唄ったもの。当夜は各種の遊山納涼船が浮かんで大変な賑わいを見せた。「うろうろ船」(物を売ろう売ろうと漕ぎ回る舟)という舟がたくさん出回って、西瓜や玉子、枝豆などを売り回っていた。
両国の花火は、両国橋の川上が玉屋一郎兵衛(通称玉屋)、川下が鍵屋弥兵衛(通称鍵屋)と決まっており、人々は「玉屋ぁー」「鍵屋ぁー」と呼んで花火を褒め称えた。
現代でやると、浮いてしまいそうですが、、。
涼しげに (二上り)
涼しげに
水の音する柳影
月に隠れて 飛ぶ蛍
平岡 吟舟・作詞/作曲
妬くのは野暮 (二上り)
妬くのは野暮と知りながら
あの忘られぬ甘口に
他所でもそれと胸に針
嬉しがらせた罪じゃぞえ
渡辺光丸、青木空声・作詞/清元菊之輔・作曲
大正三年作。通称「やく野暮」と呼ばれ、大いに流行した。
清元菊之輔は、後にあの吉田草紙庵を名乗ることになる人である。
ほどほどに (本調子)
ほどほどに
色気もあって品もよく
さりとて冷たくない人に
逢ってみたいよな 春の宵
河合 勇・作詞/黒崎 茗斗作曲
お吉しぐれ (本調子)
仇し波 どうせ浮世は黒船と
お吉いとしや ただあきらめて
たとえこの身は淡雪と ともに消ゆるも いとわねど
行こうか柿崎戻ろうか下田 ここが思案の間戸が浜
此の世の名残に今一度
逢いたい見たいとしゃくりあげ
下田港に散る椿
室町 京之助・作詞/四世富士松 亀三郎作曲
昭和二十五年の「唐人お吉」という髷物芝居からとられた曲。お吉は新内の名人で、その曲のひとつの「明烏」を特に得意にしたことから、「明烏のお吉」と呼ばれていた。
この小唄にも、その「明烏」の詞章の一部が採られている。
「主を思うてたもるもの、わしが心を推量しや、何の因果 にこのように、いとしいものかさりとては、傾城に誠なしとは、わけ知らぬ、野暮の口からいきすぎの、
たとえこの身は淡雪と、共に消ゆるもいとわぬが、この世の名残に 今一度、逢いたい見たいとしゃくり上げ、狂気の如く心も乱れ、 涙の雨に雪とけて、前後正体なかりけり。」
新内 「明烏」より
散るは浮き (本調子)
散るは浮き 散らぬは沈む
もみじ葉の
影は高尾か 山川の
水の流れに 月の影
清元お葉 作曲
小唄の創始者、清元お葉による、記念すべき最初の作品。安政二年(1855年)、お葉16歳の時の曲である。
雲州松江の城主、松平不昧公の短歌をアレンジし、曲をつけて小唄とした。
いざさらば (三下り)
いざさらば 雪見に転ぶところまで
連れて行こうの向島
梅若かけて屋根船に
浮いた世界ぢゃないかいな
明治中期に作られた曲であるが、作者は不明。「いざ行かむ雪見にころぶところまで」という松尾芭蕉の俳句を唄いだしに据えている。
風流な雪見の屋根船の中で、転ぶところまでゆく事を覚悟で会っている、二人の様子が伺える。
高時 (本調子)
みなここに 三つの鱗と 名も高時が
浮かれ天狗の酒盛りに
祇園豆腐の田楽舞は
流石日本に類無き
平瀬露香・作詞/三世杵屋正次郎作曲
「名高時天狗酒盛」という明治期の歌舞伎より。九代目市川団十郎が北条高時を演じた。
江戸小唄「みなここに(高時)」は、団十郎の天狗舞を日本一と讃えて作られたもので、華やかに出来ており、小唄振りもある。
主さんと (本調子)
主さんと 廓(さと)の浮名もたち易く
風の噂や うたてや辛や
流れの身こそ 夜を花と
比翼連理の二丁立ち 灯して雪の肌と肌
恋の習いの心太く
切るという字は習やせぬ
清元お葉 作曲
お葉が作曲したとされる曲。吉原の遊女が好いた男への慕情を、蝋燭に縁のある言葉で綴った唄。
比翼連理とは、二羽の鳥が翼を並べているのが比翼で、木の枝が他の木の枝と連なって、木理が相通じるのが連理といい、相思相愛の男女の深い契のことを言う。
「灯して」の辺りからは、特に色気をもたせて唄われる。
せかれ (本調子)
堰かれ堰かれて くよくよ暮らすえ
たまに逢う夜は 迫かれては逢い 逢うては迫かれ
別れともない 明けの鐘
明治中期に作られた曲。堰(せ)かれは、水の流れを堰き止めるように、遊郭の女がなかなか男と逢えない様子。たまに逢えても、慌ただしく時間に追(せ)かれて、あっという間に朝になってしまう。
そんな、儘ならぬ恋を唄った、色っぽい唄です。
梅が香 (本調子)
梅が香を 幸い東風(こち)が誘い候
かしくと書いた土筆(つくづくし)
流れの身こそ 夜を花と
主に扇をかさねてそして 誰を招くか
早蕨(さわらび)の
手事というも恥ずかしく
顔に朝日がさすわいな
明治期の歌舞伎俳優 五代目尾上菊五郎は、自身も小唄を作ったりして小唄の興隆に力をつくした。一方で、五代目菊五郎を唄った小唄も多く、この曲もその一曲である。
梅が香は、菊五郎の俳名「梅幸」のことで、重ね扇は尾上家の家紋をさす。
いつしかに (本調子)
いつしかに 縁は深川馴れ染めて
堰けば逢いたし 逢えばまた
浮名立つかや遣る瀬なや それが苦界じゃないかいな
兎角浮世は色と酒 浮名立つともままの皮
浮いた世界じゃないかいな
江戸末期文久二年から明治四年まで、吉原が大火で焼けた替わりに深川に仮宅が設置されたころの唄と考えられる。
深川は江戸の後期に辰巳と呼ばれたが、その辰巳の羽織芸者は、情に厚く気風が良い粋な風情が人気を呼んだ。江戸時代の端唄が原曲で、兎角以降が明治中期に付け加えられて現在の江戸小唄になったと考えられている。
酒と女 (三下り)
酒と女は気の薬さ 兎角浮世は色と酒
ササちょっぴりつまんだ悪縁因縁
南無阿弥陀 南無阿弥陀 南無阿弥陀
地獄極楽へずっと行くのも二人連れ
わしが欲目じゃなけれども お前のように美しい
女子と地獄へ行くならば
閻魔さんでも地蔵さんでも
まだまだまだ 鬼殺し
初代清元菊寿太夫 作詞・作曲
この江戸小唄は、文政年間の上方小唄で「おどけ唄」と呼ばれるもののひとつ。関西では「しゃべり」、関東では「地口」、「早口の言い立て」と言って、早口に文句を畳みかけてゆく江戸小唄である。
筆のかさ (本調子)
筆のかさ 焚いて待つ夜の蚊遣火に
さっと吹きしむ涼風(すずかぜ)が 磯打つ汐の粋(すい)な夜に
女浪男浪の女夫(みょうと)仲 寝つかれぬ夜はなお恋しさに
寝かさぬ時を思いやる
三世清元斎兵衛 作曲
明治三十年頃作られた江戸小唄。明治の小唄の代表作のひとつ。
筆のかさとは、筆の鞘(さや)のことで、今でいうキャップのこと。
今は、プラスチック製のようですが、昔は葦(ヨシ)という植物の茎から作られていました。
それをみかんと一緒に焚くと、蚊除けになったようです。
唄は、真夏の海辺に面した家で、女が一人男を待つ唄で、波の打ち寄せる音を聞きながら、楽しかった夜を思い出しているという、艶っぽい唄です。
水の深さ (二上り)
水の深さを棹で知る
船頭さん
心を計る棹は ちょいと
ないかいな
大塚謙一 作詞 : 初代千紫千恵 作曲
昭和42年に、千紫千恵が「小唄火星会」で初めて発表した作品。
作詞の大塚氏は関西電力勤務の傍ら、俳句、小唄に従事し、この曲以外にも「菊作り」、「梅雨の蝶」、「袷替え」等多くの唄を作られた。
風流三番叟 (本調子)
濡れ羽がらすのくっきりと
黒の素枹(すおお)に子持ちすじ
派手をつくせし紅染め(こうぞめ)の
小袖も粋(すい)な出立ち栄え
五色いろどる能舞台
ふり出す鈴の音も 冴え渡り
足もしどろに 乱れ舞
晩に忍ばば (二上り)
晩に忍ばば 背戸屋の小窓
打つや砧(きぬた)の浮拍子
様は来たかと窓から見れば
様は様じゃがお月様 しょんがえ
初代平岡吟舟 作詞・作曲
明治中期に作られた、吟舟小唄の佳作のひとつ。
砧とは麻や藤などの衣服が洗濯で硬くなるのを防ぐため、木製または石の盤に服を乗せ、槌で打った。それを砧という。「きぬいた」ともいう。
男が来た合図の、砧のように裏口の小窓を打つ音が聞こえるので、窓から見てみたが、男はおらず、月があるばかり。というような情景をうたった唄である。
柳橋から (本調子)
柳橋から 小舟で急がせ 山谷堀
土手の夜風が ぞっと身にしむ衣紋坂
君を思えば 逢わぬ昔がましぞかし どうして今日は御座んした
そういう初音を聴きに来た
江戸元禄時代に、英一蝶という画家が作った地唄「待乳(まつち)沈んで」という唄が元になっているらしい。
幕末に、替え唄として「柳橋から」が出来たようである。
柳橋から吉原にやってきた男が、馴染みの遊女から「君を思えば 逢わぬ昔がましぞかし どうして今日は御座んした。」と尋ねるのに対し、男はまんざらでもなく「そういう話を聞きに来たのさ。」と茶化して答える、しゃれた唄になっている。
歌舞伎などの芝居でも、江戸末期の芸者屋の場面ではよく用いられる下座唄である。
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参考文献:木村菊太郎著
「江戸小唄」「芝居小唄」「小唄鑑賞」「昭和小唄」