作成 1996.11.9 更新 2006.9.18  http://homepage3.nifty.com/dokugasu/
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もくじ

毒ガス島歴史研究所とは

大久野島の歌

毒ガス島歴史研究所の活動
戦争の被害と加害の事実を広く伝えるために、大久野島の戦争遺跡めぐりの案内をしています。ご希望の方は、ご連絡ください。


毒ガス島歴史研究所・簡易掲示板
みなさまからのお便り、ホームページをごらんになっての感想、意見などを書き込んでください。

大久野島戦争遺跡案内板
戦争遺跡案内板<遺跡の写真と解説、証言とのリンク、案内図(解説にリンクしています)>です。概略を知りたい人は、こちらの案内板をごらんください。

伝言 ホームページ版
2000年4月から翌年5月にかけて、村上初一さんの案内で行われたガイド養成講座を、会報特別号としてまとめました。最初に、「大久野島 一九二七年〜一九四七年」で全般的な内容を解説し、大久野島を「発電場、技能者養成所・事務所、医務室、三軒家工場、長浦工場、長浦毒ガス貯蔵庫」」の6地域に分けて、戦争遺跡の解説しました。ホームページ版では、さらに46枚の写真と3枚の図を付け加えてあります。伝言案内板(大久野島の地図に解説場所をリンク)からも入れます。ゆっくり、ごらんになってください。

Q&A「大久野島と毒ガス」
毒ガス工場建設のいきさつ、毒ガスの製造と使用、遺棄毒ガス兵器のその後(中国では、大久野島では)、ヒ素汚染問題などについての、簡単な解説。

会報 「記録にない島」
大久野島で毒ガス製造に携わった人、戦後処理を行った人などの聞き取りをおこない、会報にまとめています。関係者の方の連絡をお待ちしています。

村上初一
加害者としての日本ーそして広島
私の訴え

大川淳三
大久野島の語りをもう少し続けていきたい

岡田黎子
加害の日本『毒ガス島』大久野島
再び戦争をくり返さないために

竹城 孝
事実を伝えて欲しい

服部忠
秘録 大久野島の記

末国春夫
大久野島戦後処理の証言

藤本安馬
今、毒ガスはなぜ

行武正刀
化学兵器の傷害作用

稲葉菊松
秘録 大久野島の実相


年表 大久野島の歴史
(戦後・環境問題編)


遺棄化学兵器の今

化学兵器禁止条約
国内編
化学兵器禁止条約での扱い
大久野島の大赤筒(9個)
大久野島に埋められた65万個の赤筒の行方

屈斜路湖に遺棄された毒ガス弾
国内に遺棄された毒ガス弾の証言

海外編

吉見義明
中国遺棄毒ガス弾調査について

高 暁 燕 
日本軍が遺棄した毒ガス及び中国人民に与えた傷害


遺棄毒ガス弾による被害者は、
[私たちの人生は毒ガスによって変えられた」と語った。

証言

崔 英勲 1950.8被毒

1997.8.3 ハルピンにて

李 臣 1974.10.20被毒   

呉 鳳琴(李臣の妻)

1997.7.30 ハルピンにて  

劉 振起 1974.10.20被毒

1997.7.30 ハルピンにて

肖 慶武 1974.10.20被毒

孫 景霞(肖 慶武の妻)

1997.7.30 ハルピンにて

張 岩 1976.5被毒

2002.3.24 竹原にて

李強国 1987.10.16被毒

王雅珍(李強国の妻)

1997.7.29 フラルキにて 

1998.8.1 竹原にて

2002.3.24 竹原にて

2005.9.5 ハルピンにて

毒ガス展広島
デジカメで撮影した毒ガス展のもようをぜひご覧ください。

みなさまからのお便り
みなさまからの感想・意見・質問などを保存しています。

図書室
毒ガス島の歴史を明らかにするための文献を紹介します。

リンク
毒ガス資料館や国内外の遺棄毒ガス問題などのホームページにリンク。


大久野島の模型と写真の貸し出し



大久野島の写真・・・毒ガス工場時代(約20枚)と現代の大久野島(約20枚)・・・,(いずれもB4版)を貸し出しいたします。写真は着払いで送らせてもらいます。また1944年頃の大久野島の模型(縦193cm 横103cm)を貸し出しいたします。ただし、模型は「自分で取りに来てもらい、返してもらう」のが条件です。いずれも使用料は無料です。利用を希望される方は、ご連絡ください。


毒歴研への連絡は、こちらのメールで

新着情報

毒ガス島歴史研究所会報 第11号(2006.7.31)

(1)M.K(元忠海高等女学校生徒)
証言「私の体験 被爆の記録から 火薬が爆発 火が部屋全体にまわり、大爆発となりました
(2)吉田徳成 証言「大久野島とその周りの海を愛して
(3)帝國人絹忠海作業所 「大久野島毒物製造施設処理の記録
(4)第4回日中友好平和学習の旅(2005.9.3〜9.6)
・山内正之 「旅の報告」
参加者の感想
・王雅珍「幸せで明るい私たちの生活を台無しにしてしまった日本軍の遺棄毒ガス
(5)習志野学校跡訪問記
(6)森崎賢司 「大久野島海辺の調査について
(7)中国新聞「中国毒ガスの旅」1997.8.16〜8.18

毒ガス島歴史研究所会報 第10号(2005.7.31)

(1) 大森英子・山科幸子 (元忠海高等女学校生徒)  
証言 「大久野島での勤労奉仕作業」
(2)七宝 茂  
証言 「戦後の毒ガス処理作業体験」
今田文子 「父が語ってくれたこと−私の中の大久野島−
(3)第3回日中友好平和学習の旅(2004.8.17〜22)
 〜毒ガスによって多数の村民が虐殺された村を訪ねて〜
旅の記録 (南京〜北京〜河北省北坦村〜上海)
北担村毒ガス虐殺事件幸存者 李慶祥さんの証言
・南京大虐殺幸存者  常志強さんの証言
・歩平 「お互いに一番正しい情報を伝えよう」    
参加者の感想
(4)山内正之 北担村陵園修復募金活動と清明節への参加
(5)中国新聞「どうなる大久野島」1972年6月


毒ガス島歴史研究所会報 特別号(2004.6.23)
     伝言 東京第二陸軍造兵廠忠海製造所

  
はじめに
  大久野島 1927年〜1947年
  発電所周辺
  技能者養成所・事務所周辺
  医務室周辺
  三軒家工場群周辺
  長浦地区工場群周辺
  長浦毒ガス貯蔵庫周辺
  資料 
   
おわりに

大久野島建造物配置図(1944年)
  技能者養成所とは

  

遺棄化学兵器の今(海外編)更新(2003.9.15)

2003年8月4日、黒龍江省チチハル市フラルキの建設現場でイペリットが入ったドラム缶が掘り出され、43人被毒し、1人死亡するという事故が起こりました。日本政府は、化学兵器禁止条約にもとづき、遺棄化学兵器の完全廃棄に向けての取り組みを進めています。が、遺棄毒ガス弾による被害者の問題は放置されたままです。日本政府は、戦後相次いで起こった遺棄毒ガス弾等による被害者の思いを受けとめ、一刻も早く、真の意味での謝罪をし、補償すべきです。

また、二度と被害者が出ないようにすべきです。そのために、旧日本軍の化学兵器の配備・使用・遺棄に関するすべての資料を収集し、全面的に公開する必要があります。また旧日本軍関係者の証言を掘り起すべきです。

私たちにも、国内外での旧日本軍の毒ガス弾、毒剤の遺棄の情報をお寄せください。

このぺージに、中国での遺棄毒ガス弾による被害をまとめましたので、ごらんください。


遺棄化学兵器の今(国内編)更新(2003.9.15)

2003年7月22日 環境省は 旧日本軍毒ガス弾等に関する情報提供のお願いを発表し、現在、11月の中間まとめに向けて情報のとりまとめの作業が行われています。

これは、福岡県苅田町(2001.8)、神奈川県寒川町(2002.9)、神奈川県平塚市(2003.4)での相次ぐ毒ガス弾等の発見、茨城県神栖町(2003.3)でジフェニールアルシン酸(赤1号の中間原料)による健康被害を深刻に受けとめ、国内の遺棄毒ガス弾という負の遺産を次の世代に残さないための第1歩だといえます。まだ、各地での調査、発見された毒ガス弾の処理、OPCWへの報告・査察、健康被害につての救済措置等、取り組むべき問題が数多く残っていますが、少しばかり研究所にある1973年の全国調査以後の毒ガス弾等の発見に関するホームページ、資料をまとめましたのでご覧ください。

旧軍毒ガス弾等の対策について(環境省環境保健部)も公開されています。


おおくのじまの歴史をたどる写真展(2002.3.31)

2001年8月4日(土)5日(日),大久野島中部砲台兵士仮眠舎跡で毒ガス資料館元館長・村上初一さんが撮りためておられる写真の中から数十点を選んで写真展をひらきました。そのときの様子は、会報7号大久野島の歴史をたどる写真展にまとめられています。今回、その一部分をホームページに公開することにしました。


 全国の14才の中学生のみなさんへ

   あなたに伝えたいひみつがあります 

   呉市立阿賀中学校の2年生一同  (2001.2.4)

2000年の夏。14才になろうとしていたぼくたち中学2年生は、この大久野島へ遠足に訪れました。そして、とても楽しい思い出をつくることができました。
ぼくたちは、ぼくたちと同じように、たくさんの中学生に、この大久野島に来てもらいたいと考えています。
それは、あなたに伝えたい「ひみつ」があるからです。

赤筒は、「老朽化した化学兵器」に該当します(2000.12.5)

環境庁が、12/1報道資料「大久野島の大赤筒(9本)の無害化処理について」を発表しました。この発表は、極めて重要な意味を持っています。最近まで、赤筒(ジフェニールシアノアルシン)は、化学兵器禁止条約に決められた毒性物質、前駆物質に該当しないとされ、条約の適用を受けないとされていましたが、今回の報道は、この見解をくつがえしたことになります。 そこで、毒ガス島歴史研究所は、12月5日、OPCWへも、大久野島に赤筒65万個が埋められたままになっている(「大久野島と毒ガス」年表 大久野島の歴史(戦後・環境問題編)参照)事実を知らせ、日本政府の対応について検討するよう要請書を送付しました。

 

毒ガス島歴史研究所  連絡先 〒725-0004 広島県竹原市東野町983-5 山内正之方  
TEL&FAX 0846-29-1206 

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