三軒家工場地帯跡
三軒家工場群
三軒家は戦争中は工場の中心部でした。ここではびらん性ガスイペリットやルイサイト、くしゃみ性毒ガス、赤筒をつくる工場が立ち並んでいました。1946年11月米軍が行った毒ガス処理の際、毒ガスは取り除いて太平洋に捨て、工場施設は全て焼却し、解体しました。現在は国民宿舎「くのしま荘」が建ち、芝生を植えた広場やプールがあります。

現場にて(大川証言)


仏式イペリットの試運転(服部証言)


塩化アセトフェノン(服部証言)


ルイサイトと二・二六事件(服部証言)


仏式イペリット精製作業(服部証言)


今、なぜ毒ガスか(藤本証言)