みなさまからのお便り

                1997〜1999


1997年
投稿者:深代 従  97/05/23 16:04
コメント:これは、毒ガス島歴史研究所の簡易掲示板です。 ご意見やご感想などありましたら、ご自由にお書きください。


投稿者:K.H  97/05/23 16:04
コメント:旧日本陸軍の毒ガス兵器については、種々な資料により知っているつもりでしたが、大久野島における兵器製造の実体に触れたことにより、化学兵器の恐ろしさをさらに感じることが出来ました。息子にも話すつもりです。確かに、広島と言えば原爆の被害者ですが、化学兵器の加害者側にいることは誰も感じていないことかもしれません。戦争の被害について語ることはあっても、加害について語られることはありません。(日本国に限ったことではありません。)戦争は、兵隊さんだけがやっていることではないという言葉が心に残ります。このような、風化する前にきちんとした資料を残しておくことは、戦争を忘れた平和国家における、平和教育にとって誠に貴重なものであると思います。 98年5月11日にお便りから移動)

投稿者:水島朝穂(早稲田大学法学部教授)  97/05/23 16:04
コメント:昨年3月まで広島大学総合科学部で憲法を教えていた水島と申します。今日、たまたま毒ガス研究所のサイトをみつけました。実は、93年1月に広島・東方2001で、毒ガスシンポジウムを初めてやったとき、コーディネーターを務めました。毒ガス問題は専門家ではなかったのですが、その後色々なところで話をしたり、書いたりするようになり、縁が深くなりました。私のホームページが下記にありますので、書いたものや話したことはそちらを参照下さい。中国の遺棄弾問題も、4年前のシンポでは明確に事実を紹介し、その問題性と解決の方向性まで言及していました。いま、政府もようやくこの問題について動き出しています。あの当時はその事実さえ認めませんでしたから。その後、市民やジャーナリストの努力が大きいと思います。これからも、しっかりと市民が監視していかなくてはならないと思います。その意味で、大久野島の毒ガス工場のことをもっと日本全体で知る必要があると思います。私は、早稲田大学法学部の二つの講義で大久野島のことを話しました。学生は大変驚いています。今年の4月からの授業でも、一回はそれにあてるつもりです。それでは、どうぞがんばって下さい。 「平和憲法のメッセージ」 http://www02.so-net.or.jp/~asaho/peace/ (98年5月11日にお便りから移動)

投稿者:小山敏雄 97/05/27 11:13
コメント: 先日、大久野島から資料を御借りして、日本軍の 毒ガス製造・使用に関する、ささやかな展示を開かせ てもらいました。 展示準備のために、いろいろ勉強する中で感じた のは「あの日中戦争は、毒ガス戦だったんだなあ」と いうことです。島だけでなく、こういった事実が日本で は本当によく隠されていると思います。

投稿者:深代 従 97/05/27 17:37
コメント:小山敏雄さん。書き込みありがとうございます。 毒ガス展ご苦労様でした。これからも協力していきたいと思います。 また、こちらのホームページにもぜひお立ち寄りください。 P.S.会報第4号の掲載は、もうすぐです。

投稿者:深代 従 97/06/13 14:15
コメント:Q&Aのコーナーもつくりました。どうぞご覧ください。

投稿者:平尾直政 97/06/18 19:08
コメント:はじめまして。 私は竹原高校出身なのですが、大久野島のことは あまりよく知りませんでした。 これから勉強していこうと思います。 がんばって下さい。

投稿者:深代 従 97/06/18 19:56
コメント:平尾直政さん。投稿ありがとうございました。 これからも応援してください。

投稿者:深代 従 97/06/20 12:19
コメント:皆様、リンクや宣伝など宜しくお願いいたします。


投稿者:takamatu akemi 97/07/11 15:15
コメント:去年、大久野島に行ったときに、何処の浜辺だったか忘れましたが、そこで毒ガス資料館にあったような陶器が色んな形に割れて散在していました。あれは毒ガス製造や貯蔵に使われたものなのでしょうか?そしてその陶器の回収は進んでいるのでしょうか?

投稿者:深代 従 97/07/19 18:35
コメント:1)海岸については、北部海岸ではないだろうか、と推測されます。 2)陶器の破片については、ご指摘のように毒ガス製造や貯蔵に使用されていたもの だと思われます。 3)陶器の回収についてですが、これらの破片は、すでにガスが抜けている状態で、 空気あるいは水にひたされ続けたものであるので危険性はなく、 現在放置されており、今後の回収予定もないということです。 密閉されたままの状態で、発見されるものは、中にガスが残っている ので危険です。例えば、遺棄毒ガス弾等。 以上で、質問の答えとさせていただきます。 不十分かもしれません。 その時にはまた、ご指摘などいただければと思います。

投稿者:深代 従  97/10/16 16:15
コメント:会報4号をアップしました。どうぞごらんください。


1998年
投稿者:深代 従  98/01/15 05:43
コメント:皆様へのアドレスの変更のお知らせ。 プロバイダーのアドレス変更に伴い、当ホームページ及びメール アドレスが変更となります。3月末までが旧アドレスの猶予期間 となります。変更点は、potato.or.jpの部分がpotato.ne.jpに 変わります。当ホームページは、http://www.potato.ne.jp/~fuka-p/dokugasu/です。メールアドレスはfuka-p@mac.potato.ne.jpです。 お間違いの内容お願いいたします。また、リンクをはっていらっしゃる方は、ご面倒でも、3月末までに訂正くだされば幸いです。 よろしくお願いいたします。

投稿者:渡部里美(フセイン) 98/02/13 16:42
コメント:村上初一様 昨日は講演おつかれさまでした。 また、機会があればお会いして飲みましょう。

投稿者:厚井 誠 98/02/25 03:25
コメント: 村上初一様 お久しぶりです。 大久野島の毒ガス資料館が開館した直後に来館して Asia Weekの翻訳を送らせてもらった厚井です。 近くにおりながら 再訪もできないままに館長を変わられたことを 新聞で拝見したときはびっくりしました。 また何かのお役に立て ることがあればと思っております。 まずはご挨拶まで。 −管理者様− 以上のコメント 村上様にお伝えください。 

投稿者:新中正晴 98/04/19 19:19
コメント:毒ガス島歴史研究所の新中正晴です。インターネットを始めました。 研究所への問い合わせは、このアドレスに直接メールをくださっても結構です。

投稿者:ふかちゃん 98/04/26 01:47
コメント:新中正晴さん(事務局長)が、インターネットを始められたので、 今よりも皆様の発言に俊敏に返答出来ると思います。 どしどし、感想ご意見等をお送りください。

投稿者:深代 従 98/05/11 22:31
コメント:お便りのコーナーを廃止し、こちらの掲示板に統合しました。

投稿者:深代 従 98/07/02 02:09
コメント:トップページを整理しました。1998年6月30日、中国新聞夕刊にて当ホームページが紹介されました。近日中にアップする予定です。遺棄毒ガス弾被害者の証言集会の日程などの詳細については、後日お知らせいたします。


投稿者:Rosemary 98/07/09 03:57
コメント:私は東京の医大生です。 化学物質の我々の生命、生活に与える影響について考えるようになりました。 それは、最近、内分泌撹乱物質、薬害から公害、そして兵器(毒ガス)まで、 生命科学から社会の在りようそのものまでに至る広範なものを繋いで広がる ものになりました。大久野島には非常に関心があります。

投稿者:小野木 祐二 98/07/21 12:11
コメント: 僕が通っている高校に「旧日本軍毒瓦斯標本」なるものが、化学実験室の物置から出てきたのですが、箱の中には12種類ぐらい【笑い瓦斯、マスタード瓦斯等】の毒ガスの模造品があったのですが、中には何がはいっているのでしょうか?

投稿者:Yamanaka 98/08/25 18:17
コメント:こんにちは。「毒瓦斯標本があった」との投稿を見て、びっくりしています。 私は、以前、実際毒ガス製造にたずさわった人達や毒ガスを中国で使った経験のある人のお話を伺ったことがあります。 そのお一人に、(元養成工の方でしたが)「毒ガスの勉強をするのに、においのサンプルをかがされた」とのお話がありました。 そのサンプルは実際に毒はなく、においだけの似せて作られたサンプルとのことでした。 ひょっとすると、そのサンプルかも・・・。 だとしても、大変貴重な資料ですね。

投稿者:中山義之 98/08/26 04:33
コメント:はじめまして、私は今、姫路空襲について調べております。 その過程で、米軍の機密資料の中に、姫路に毒ガス工場が あったという記述を見つけました。私にとっては初耳です。 この情報に関してご存じのかたいらっしゃいましたらお教え 下さい。

投稿者:新中正晴 98/08/26 20:58
コメント: 小野木さんへ、返事が遅くなってすみませんでした。 Yamanakaさんの話にある元養成工の方というのは、当研究所の代表である村上初一さんだろうと思います。私も村上さんにこの投稿のことを話したときに、同じ話を聞きました。できたら、村上さん共々みせていただけたらよいのですが、ご返事ください。よろしくお願いします。

投稿者:村上悦亮 98/08/28 23:35
コメント:初めてなのにいきなり質問させていただきたいのですが、原爆ドームのあたりから大久野島まではどれくらいかかるものなのですか。また、どれくらの時間があれば十分見学ができますか? 9月の最初ぐらいにいく予定なので教えてください、多分9/3ぐらいに行くと思います。 

投稿者:まい 98/09/07 12:22
コメント:ちずにないしまをよみました。しつもんがあります。なんねんぐらい毒ガスをつくっていたのですか。だれかおしえてください。

投稿者:毒ガス島歴史研究所 新中正晴 98/09/11 02:09
コメント:村上悦亮さんへ  メッセージを見るのが遅くなってすいません。もう来られた後かもしれませんが、質問の回答は次の通りです。  広島の原爆ドームから大久野島は、車で1時間半くらいです。JRでは、原爆ドームから広島駅までバスまたは電車で約30分、広島駅から忠海駅まで約1時間20分、忠海駅から忠海港まで歩いて10分、忠海港から大久野島まで約20分です。  大久野島を見るのに、資料館に1時間、戦争遺跡を見て回るのに1〜2時間くらいです。


投稿者:毒ガス島歴史研究所 新中正晴 98/09/11 02:17
コメント:まいさんへ  大久野島で毒ガスを製造したのは、1929年から1945年8月15日までです。

投稿者:野田 昌宏  98/10/05 22:37
コメント:こんにちは、ぼくは世羅中学校一年生の野田 昌宏です。 今度社会見学で、多くの島に行くことになりました そこで、いろいろ調べることになったのでできるだけくわしく教えてください 質問1 工場で働いていた人々の体に起こったことは何ですか? 質問2 現在の主な症状はどうですか? よろしくお願いします

投稿者:かるま 98/10/14 15:07
コメント: 初めて書き込みします。 なかなか興味深い内容で楽しませてもらってます。 私も趣味で毒全般を扱った「かるま堂」というサイトをやってますが、ここまで毒ガスの知識はないので参考になります。 今後もちょくちょく覗かせてもらうかと思うので期待していますね。

投稿者:のりこ 98/10/20 00:07
コメント:小6の息子が修学旅行でそちらへうかがいます 説明会でだいたいの様子がわかりましたがどんな所か知りたくて検索しました。学校で子供たちも学習したらしいですが、どれだけの事が理解できているのでしょうか。いまヒソのため工事中だとか、でもうさぎが元気なのであんぜんだそうですね。 子供の報告楽しみに待っています。 ところで服装はどのようなかんじですごせますか?

投稿者:梁 超文 98/10/21 19:53
コメント:10月18日に大久野島に泊ったときに、不思議な夢をみました、それは瀬戸内海の地図でした。大三島が、あってその北には、大久野島があるのに、白いモヤがかかっていた、でもそこに凄く悲しい気持ちを感じました。次の日、毒ガス資料館で、すべての理由が解りました。かえりに毒ガス慰霊碑と神社に参拝へいkました。ひとつだけ疑問に感じたことがあります。それは正式に皇室のひとが参拝に記録がないのです。わたしの勘違いでしょうか?大久野島にきたら、皆さんも慰霊碑と神社には参拝するように

投稿者:ヤマダカント 98/11/05 09:50
コメント:十年くらい前にこの島を訪ねたことがあります。一人でなかったことだけは覚えているのですが、誰といっしょに行ったのか、どういう理由で行ったのかはさっぱり覚えていません。印象に残っているのは、きれいに整備されたところと、昔のままになっているところが対照的だったことです。資料館のようなところでは、当時の給料明細があって他の仕事に比べて給料が高かったんだなあと思って見学しました。このページを見て思ったのは、李国強さんの体験からもわかるように、この問題が単なる過去の問題ではなくて、現在と未来にかかわる問題だということです。歴史と言うものは、現在と未来について考えるために学ぶものだということをあらためて感じました。

投稿者:阿河大介 98/11/11 13:22
コメント: 今年の夏、大学のクラブの合宿で自由行動の際、友人たちとこの島を訪れたのですが、とてもきれいな島に うっとりしました。 しかし、かつてここが毒ガスの生産拠点だったと思うと信じられない感におそわれました。 しかし、友人たちと自転車で島を一周するとこの島の暗い過去があちこちにみうけられ、島を一周 し終えた頃には、みな黙ってしまっていました。 ただ、ウサギたちがところどころで登場してくれたのが唯一のなごみでした。

投稿者:深代 従 98/11/12 01:24
コメント:皆さん、書き込みどうもありがとうございます。歴史的な事や詳細については、新中正晴さんにコメントしていただきます。先日、私も始めて大久野島に行って来ました。島のあちこちでウサギが元気に生息していました。おそらくこのウサギたちは、いわゆる「モルモット」、動物実験の道具だったのではないか、と思います。(そうですよね、新中さん。違ったらすみません。)そう考えると、ウサギたちにとって、今は解放された状態なのでしょうね。

1999年
投稿者:yamanaka 99/02/22 17:20
コメント:大久野島のウサギは戦後、忠海小学校より放し飼いにしたウサギが増えたものだそうです。 ウサギも実験道具に使われたのですが、そのウサギは終戦までに一匹も いなくなってしまったそうです。 おそらく、食糧難で人間に食べられたウサギもいるんじゃないか、なんて話も あるそうですが・・・。 とにかく、戦後の毒ガス処理作業までにはいなかったそうです。 ウサギは、大久野島国民休暇村の方のなかに 「大久野島のウサギのことならまかせろ!」という方がいらっしゃいます。 よかったら、ご連絡を取ってみられてはいかがでしょうか?

投稿者:前田 和世 99/04/11 10:33
コメント:こんにちは。私は去年修学旅行のため大久野島に行きました。ここは思い出深く、とってもいい所でした。こんないい所で毒ガスを作っていたなんて思えませんでした。修学旅行ですから、毒ガスの事は知っていました。しかし資料館では眼鏡をかけていなかったので適当に見ていました。それが悔いとなってこのホームページを見ました。デジカメで見る「毒ガス展」広島!で尚ショックを受けました。人体でも実験をしていたなんて知りませんでした。実験相手はウサギと思っていました(ウサギでもかわいそうなのに・・・)。多分また行くと思います。その時はよろしく。

投稿者:馬場俊介 99/04/29 18:10
コメント:6月に、修学旅行で大久野島に行くことになりました。 その時のしおり製作の担当となったので、いろいろと教えていただけないでしょうか。 ・大久野島で作られた毒ガスがどうなったのか。 ・大久野島内での被害。 あと、書き込みにあったのを見つけたのですが、人体実験についても詳しく教えて下さい。

投稿者:前田和世 99/05/01 19:07
コメント:毒ガスの事に関して直接関係ないんですが、国民休暇村の方々、このコメントを見たら、私にメールを下さい。よろしく!

投稿者:前田和世 99/05/15 17:47
コメント:再々度すみません。少女漫画なんですが、集英社出版の「猫の島」(小花美穂作) 知っていますか?この島のモデルは大久野島だそうです。作者がとある島にいった時に、ウサギが放し飼いにされ、昔毒ガスを貯蔵していたと綴っています。これは大久野島ですよね。悲しくなる話です。一度読んではいかがでしょうか、、、。しかし男性の方は読みづらそう・・・。

投稿者:こう  99/11/16 18:12
コメント:私は、3年前の修学旅行で大久野島に来ました。 そして、最近毒ガスのことを習ったのでここにきました。 僕は大久野島の事をレポートにまとめたいと思っていますが あまりここのはのっていません。 もしいいところがあれば、教えて下さい。 メールでお願いします。