| 伝言 医務室周辺 | ||||||||
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写真75 動物舎跡
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ウサギがボックスに入れられてここに並べられていました。小屋はドーム型のモダンな動物舎で、ジュウシマツ、ウサギが飼育されていました。ここにウサギがいるので、「どうしたのですか。けがをしたんですか。」と聞いたら、「毒ガスの実験の傷害です。」と、看護婦が答えました。そのとき、分析の講義時間に、服部忠さんが、暴露実験をここでやるんだという話を思い出しました。分析室の一番奥の部屋で、一坪の囲いをして一つの密閉した部屋で、サイローム、青酸ガスを発生させて、ウサギの耐性実験や毒性実験をしていました。また、それ以外に、動物実験もしていました。その部屋は、動物舎とつながっていました。鳥かご型金網の中には、止まり木もあり、下の方にウサギが入れられていました。一匹づつ水泡の出たウサギが、入れられており、ドイツ語か英語でデータが書いてありました。明らかに実験したものです。「ウサギはもうなおりません。実験だからね。すごいもんじゃ。」と看護婦がいっていました。どのぐらいの濃度で、どのくらいの時間で死ぬかを実験していたんです。当時はかわいそうと言うより、ウサギもやられるのか、これも国のためにあるという理解のもとに、かわいそうということはきえてしまってました。いろんなことを思い出します。この聖域は悲しいというより、当時は厳粛な思いしかありませんでした。いま考えるとそれが実態です。 最近読んだ本に、当時、「ウサギ鍋にするか。」と工員がよく話していたと書いてありました。戦争中にウサギはたくさんいたのか疑問です。ウサギはこの山にいたのかもしれないが、わたしが勤めた間に五年働いた中で一匹も見ませんでした。ウサギはいたのかと思います。
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