伝言 三軒家工場群周辺
写真33 A三工室

工場環境について話をするのですが、この写真の建物がここにあったのですね。これはA三工室といってルイサイト、米国が発明した毒ガスをつくる工場です。

 私は機械工です。機械工で何をやったかというと一二〇〇度以上のキューポラ、溶鉱炉をつけて金属を溶かして機械をつくる、そういう機械工です。そしたら、私の工場は必ず、溶鉱炉がなきゃいけん。この写真で見る限り、工場がたくさんありますね。おそらく、この広場のこの付近に溶鉱炉があって、鋳造工場、機械をつくる工場があったのだと思います。で、あたりまえいえば、こういう工場は火気厳禁です。その工場の中に火を焚いて鉄を溶かすような溶鉱炉があるような工場というのは、不自然なんです。そういう劣悪な状況がここにあったっんですね。

 この写真の工場には、どの工場でも煙突があります。煙突がたっているのは不思議じゃありません。どなたが見ても工場だから、煙突があると思われるでしょう。でも、煙突なら煙がでとるんじゃけど、煙がでていません。何が出るんかいうたらね、この部屋の中で毒ガスをつくるんですが、時には毒ガスがもれる、それで工場の中の空気が汚れますね。その汚れた空気をはき出す。いわゆる換気扇です。はき出されたものの中には、毒ガスが混じっとるわけです。これは外で出たから、ええわというものの、そうじゃありません。。毒ガスというのは空気より比重が重い。いったん出ていったものが風がなかったら下に降りる。そしたら低くまた下がって、横流れにずっと流れる。そういう現象にあったときには、この山の向こう側の方まで臭いが届く。「今日は臭いな。臭いがするな」という日があります。臭いがするということは、毒ガスを吸っている。だから、こういう劣悪な状態にしばしばあうと、おのずと呼吸器疾患になったんでしょう。

 一九七〇年頃から、公害関係法という法律ができて、その法律で各企業を取り締まりました。汚れた空気を外に出したらいけん、空気の汚れ成分から汚れたものを取り除く必要があります。でも、取り除いてもどうにもならん場合があります。そのときにはこの煙突を倍ぐらい高くして、煙突から吹き上げると勢いが強くなり、大気中に拡散させます。その結果、毒性をもった空気が薄められます。これを拡散希釈方式といいます。これが公害関係法の大気汚染の取り締まりの方法です。戦後日本が何も考えずにひたすら復興をを目指して産業活動、生産活動をどんどんしていった、そのためには公害がどんどん出ました。負の贈り物です。

 こういう今の時代の取り締まりをを考えたときに、ここで毒ガスをつくったいた時代の規制は、どうだったのだろうかと思うんです。私が働いたのは、ちょうど、ここでした。いまだに覚えていますが、大久野島にただ一カ所海水で流す水洗便所、その隣にわたしらの工場がありました。この近くの毒ガス工場から化学反応がオーバーしたら吹き出します。この写真の煙突は高くても、二〇mくらいです。吹き出したときに、この煙突から出た毒ガスを含んだ汚い空気を私らは吸ったんです。そのころは、国が全部やっとりますから、取り締まりも何もあったもんじゃないです。これを誰かが言うたもんじゃ、憲兵隊に引っ張られます。だから、たれ流しががずっと続いていたんじゃあるまいか、そのために大勢の工員が病気になったんじゃなかろうかと常に思います。私もまあ、その病気になった一人ですが。