| 伝言 三軒家工場群周辺 | ||||||||
![]() |
||||||||
![]() |
||||||||
|
写真80 ボイラー室付近
|
||||||||
|
ここは修理工場の跡です。向こうに見えるのが検査工室(現在も残っている)です。検査工室をすぐ下に降りたところに広場があって、そこは製缶場といって鉄板を加熱して曲げるような作業をしていました。ふいごでコークスを燃やして、鉄板を曲げるところでした。その鉄板を曲げるのに一〇人も一五人もかかってやっていました。製缶工場は屋根はありましたが、囲いはありませんでした。囲いがあるのは更正機械工場で旋盤・仕上げ・ボール盤などの機械があったところです。俗に言う鍛冶屋です。主に修理です。 機械工場を出たところに鉛工場がありました。鉛工場は大久野島独特の作業場です。工場内では、酸化を防ぐため鉛を使うところが多かったからです。強度が必要な所はステンレスを使っていました。銀細工を使う場合もありました。銀細工はA三工室・A四工室のイペリット・ルイサイトの装置の中に使っていたと思います。銀細工を使うところは多くはありませんでした。末国さんはLSD船に運ぶときに銀のパイプだと言っていました。毒物がついているものは除毒が不十分なおそれがあるので海洋投棄におよびました。海洋投棄するには銀の価値観は高かったです。鉛工場は自分の本拠地のように出入りしていましたが、ここで何をしていたか実際は見たことがありませんでした。 その左手にボイラー室、汽缶場がありました。ボイラー室はこの地域(三軒屋工場地域)と長浦の二カ所にあり、大久野島では、煙突から煙が出るのはボイラー室だけで、ほかはみな排気塔でした
|
||||||||