今回の旅を企画するにあたり、ダ−先生にお願いしたことは、できるだけ、中国の人と交流したい。日本の侵略戦争による被害の証言を聞かせてもらう機会をつくって欲しいということでした。希望通りすばらしい交流を各地で設定してくださったダ−先生に感謝の気持ちでいっぱいです。
特に、教科書問題が、日中の大きな外交問題になっている今。是非、教科書問題についても話し合う機会を設定していただきたいと希望をしたところ、ダ−先生から、黒竜江省の大学の先生方にお願いしていただいて実現したのがこの日中交流学習会だった。ダ−先生から送られてきた参加してくださる著名な先生方の名前を見て、びっくりした。忙しい中われわれのために時間を作っていただき、さまざまな話を聞かせてくださった先生方に厚くお礼を申し上げたい。

日本側を代表して、石崎さんが話してくださった。

学習会ではお互いが教科書問題について意見を述べあった。
私たちはこの旅行中、中国の歩平先生(黒龍江省社会科学院副院長、新潟大学客座教授)、趙連泰先生(ハルピン師範大学歴史系教授)、李普泳先生(ハルピン師範大学日本語学科教授)、王希亮先生(黒龍江省社会科学院歴史研究所教授)、高暁燕先生(黒龍江省社会科学院歴史研究所副研究員)と日本の教科書問題について意見交流をする機会を得た。はじめに日本側から石崎さんが問題の提起をし、次に各先生方から意見を出していただいた。
石崎さん
今、自己紹介をしました石崎正光といいます。私は今から日本の教育労働者の一人として教科書問題について発言します。皆さんの研究の一助になればと思います。
私は1941年に大連で生まれました、ですから60歳です。日本が敗戦をした後1年6ヶ月大連で生活をしました。そして1947年2月に日本に帰国しました。私の知人で残留孤児の人もいます。日本に帰れなかった人もいます。私の父は数年間シベリアで抑留生活を送りました。今私は退職をしておりますが、38年間中学校で社会科を教えてきました。私はその間教育労働者として平和を愛し戦争に反対し続けました。勿論教室で生徒たちに教えるだけでなく、行動として実行してきました。皆さんも既にご存知のように今回のこの教科書は「新しい歴史教科書をつくる会」という右翼的な執筆者が書き、それに扶桑社という出版社が加担をして作られたものです。皆さんのお手元に5枚のプリントを配布しております。そのNO・1の右側のところに大きく書いてありますけれども、さらにこのプリントの内容に見合う視点から私たちはこの教科書に対する批判と反対活動を1999年から続けています。
その活動には三つあります。第一番目はこの教科書の内容を明らかにして、いかにこの教科書が危険な教科書であるかということを多くの人たちに知ってもらうということをやってきました。
その内容というのは時間がありませんから詳しくは言いませんがこの5枚のプリントに書いてあります。さらにこの「つくる会」では歴史教科書だけでなく、公民いわゆる政治・経済などの内容をもつ教科書、この教科書も併せて作っています。
私たちが行なった二つ目のことですが、私たちはこの危ない、危険な教科書を採用しないように国と各級機関の行政に働きかけをしてきました。それに対して、「つくる会」はあらゆる右翼的勢力を結集してその採用を各級機関に働きかけてきました。さきほど趙先生から質問がありましたが、その一つとして県や各級の議会に圧力をかけて教科書採択の方法をそれまでの方法から教育労働者はすべてオミットする、除外をするという方法に変更しました。つまり「つくる会」の教科書が採用されやすい方法・環境を作った訳です。
三番目に私たちがやったことは、私たちは民主的な方法で教科書採択をすることと平和を守る教科書を採用してくださいということを、地方自治体・県・市町村というところに要求をしてきました。私は今、人口約1万5千人という小さな町に住んでいます。教育労働者を中心として多くに署名を集めてその安芸津町に要求を出しました。その内容は今も言ったように平和を守る教科書を採用すること、その採用することを決める組織に教育労働者を入れること、この二つの要求書を出しました。この要求書を今日持ってきているのですが、実はホテルに忘れています。後で さんにその現物をお渡ししさらにはコピーを配布させていただきますから、参考にしていただきたいと思います。
時間が許せば先生方にはこの内容について沢山お話したいわけですが、後の席も控えていますのでこれを読んでご理解いただきたいと思います。
去る8月15日、どこの地域でどういう教科書を使うかということが決定されました。「つくる会」教科書の採用を彼らは全採用教科書数の10%を目標にして取り組みをしてきましたけれども、その目標を大きく下回りました。採用されたのは全国でわずかの数ですが一冊でもこんな教科書が採用されたことを大変残念に思っています。私たちは広島県の教育労働者です。広島県での「つくる会」教科書の採用はゼロです。しかし、これまでに昨年、一昨年から「つくる会」の教科書を採用するようにという働きかけがいろいろなところからありました。いくらかの地域ではそのターゲットにされていました。今までそういうことで私たちは闘いを続けてきましたけれども、今回だけで終わるものではありません。今後も闘っていかなければならないというふうに決意をしております。その闘いの最大の克服すべき課題は、歩平先生からもご指摘がありましたが歴史認識に関わることだと私たちも考えております。そのためには私たちが今回この旅で得た成果を有効に使いたい、活用したいと思います。このような教科書を排除するために連帯して闘いたい、ということをお願いして私の提案に代えさせていただきます。
歩平先生
実は近ごろ新聞によって日本の全国的な「つくる会」編集の教科書採用率はだいたい0.03%しかないと発表されました。広島県では0%と聞きましたがとても感心しています。しかし、昨日「つくる会」の西尾幹二ともう一人が「これから4年後もう一度申請したい。」と言っていますから皆さんは私どもと手を携えてがんばっていただきたいと思います。
私は1994年に日本で初めて家永先生と会いました。家永先生は30年以上も教科書裁判を続けていました。私のとても尊敬する先生です。家永先生は戦争時代勿論自分が教師でしたから直接戦場には行かなかった。しかし、自分の教えた学生がみんな戦場へ行って戦争に参加した。ですから自分も責任があります。自分が戦前・戦中の教科書によって教えて、子どもたちは軍国主義の思想を、狭隘な民族主義の思想を持って戦場へ行きました。そして、中国でもアジアの各地でも殺戮したのです。だから家永先生は、戦後いっしょうけんめいいい教科書を、平和的な教科書を作りたいと運動をやっています。ですから私は家永先生の精神にとても感動しました。日本では1996年ごろから自由主義史観が言われ出しました。自由主義史観の考え方は、今日本の経済はあまりよくないですから、日本の社会問題も沢山ありますからできるだけ、戦争時代の神風のような精神を若者に教えたいと思っている訳です。これは危ない問題です。いまの「つくる会」の教科書は全体的に戦前の教科書とだいたい同じです。例えば、天皇。教育勅語をそのままで掲載します。もう一つは戦争時代の神風、日本の軍人の意思をそのまま掲載しています。これは問題です。
私は1999年、2000年ごろ日本の教科書の出版労働組合の俵先生と会いました。俵先生も私に今の教科書の一番重要な問題点は戦争時代のいろんな危険な思想をそのままで掲載していることである、それが問題ですと指摘しています。2001年4月日本の文部科学省が調査したら、中国の学者もみんな「つくる会」の教科書に反対しています。その内容が基本的に戦争時代の狭隘な民族主義の思想によって書かれています。私は実は十何回も日本に行きました。ふつうの日本人は平和が好きです。みんな戦争に反対します。ふつうの方の考え方です。それは当然のことです。じつは「つくる会」の人たちの保守派は、戦争時代の思想によって日本人を教育しようとしています。ですから、とても危ないです。
これから私たちも日本の皆さまといっしょに「つくる会」の教科書には反対したいと考えています。これから4年後もたぶん「つくる会」の教科書がもう一度審査されると思います。今からみんな努力して反対して21世紀の平和を守るために努力してください。
趙先生
いくつかの自分の考えを先生方と交流したいと思います。
一つは戦前の日本は、教科書は国定教科書ですね。いわゆる天皇制・ファシズムの教科書の教育でだから日本は長い戦争を起こした、そして1945年の終戦を迎えた。だから国定教科書は駄目だ、それは歴史的にそれを証明している。
もう一つは日本の文部科学省は内閣に比べると割合に保守的な立場をとっている。私が日本を訪問する際、小学・中学・高校・大学といろんな学校を視察しました。それで先生方といろいろ交流した。日本の小・中学校の戦後の初期は平和憲法の下で日本の義務教育はよかったように思います。しかし、80年代から90年代文部省の小・中学校に対する統制がだんだん強まってきました。その一つの典型的な現象として家永先生の教科書検定裁判事件があります。この裁判は1965年から97年まで33年間かかり、そして、最高裁は教科書検定は憲法違反ではないと結論を出している。あまりにひどいですね。家永先生は東京教育大学の有名な教授で、高齢で80何歳ですが今もがんばっておられます。愛知大学の江口恵一教授、一橋大学の藤原教授、日本の有名な作家の森村誠一、みんなハルピンを訪れた。そして私といろいろ交流をした。その時教科書裁判のいろいろなパンフレットを頂いた。第一次、第二次、第三次裁判での証言と反証言の弁論の内容が書かれているのを見てとても感心した。
第三は80年代から90年代にかけて藤岡、西尾らがいわゆる自由主義史観研究会を作って教科書を作っていること。教科書改悪と結びつけて日本の小・中学校でかわいい子どもたちに過去の戦争の歴史を歪曲して正しい認識が得られなくしているのはとても残念なことです。確かにあぶない教科書です。
第四は、最近テレビで8月に入ってから靖国神社参拝のこと、教科書改悪について多くの民衆が反対のデモ行進をしていることを知りました。そして、「靖国戦争」「靖国神社は戦争神社」というようなプラカードを作ってデモをしているのを見ました。その中には日本の遺族会の人たちも参加している。とても感心したんです。先生方のように日本の子どもを守るため、平和な教科書を作るために闘っておられる。今、石崎先生が言ったように広島ではこの「つくる会」の教科書を採用しなかったこと、これは一つの勝利ですね。今後とも先生方といろいろ交流していきたいと思います。
李先生
教科書問題といっても要するに教科書問題というよりも歴史問題なんですよね。歴史問題が教科書に出てくるから教科書問題なんだけど、元をただせば政治問題なんですよね。日本人が歴史をどう見るか。皆さんのような方が日本にはいっぱいいらっしゃるんですよ。だけれども、森首相の「神の国」とかの発言のように変な発言で、ひじょうに隣国をいらだたせているんですよ。はっきりした歴史観を持っていればそういう「神の国」発言は出ないはずなんですよ。そういう歴史観を持っているからこそ出るんです。これはみなつながっています。
それでも私は日本にたくさんの友人を持っています。みんな立派な方ばかりです。私の友だちの一人は静岡の方で今、75,6歳の方です。この方は17,8歳の時に東北にいらした方で東北を第二のふるさとと言っておられます。この方はもう14,5回中国に来られている。私と20年余り交友関係にありますが、その方が口癖のように私に言います。「日本は悪いことをしたんだから、何とかして償いたい。」と。そして、中国の留学生を20人以上も受け入れ1000万円以上の金を出して援助していらっしゃるんですよ。私は森首相よりもっとえらい方だなと思っています。この方は、いとがみいくさんという方で小学校も出ていないんです。だけれども国が犯した罪を庶民の一人が償いたいという気持ちは偉大なる気持ちなんです。私は尊敬してそれこそ心から深々と感謝の礼をしました。
また、東京にも私の友だちがいます。その友だちといつか教科書の問題について日本人のご主人の前でお互いに話し合ったことがあります。それを聞いていた友人のご主人が「おまえは日本人でありながら日本の悪口ばかり言っているんじゃないか。」と言われたんです。すると奥さんが何と言われたかというと、「いや私はもっとりっぱなにほんをつくりたいからよ。」と言われたんです。これは皆さんの気持ちと同じだと思います。
私たちは被害者です。でも、皆さんも被害者です。だから私たちと皆さんの仕事とは連帯関係を持っています。中国の人も被害者、日本人も被害者が多い、ただね加害者と言うのは少ないんです。皆さんのような方がみんな一緒に力を合わせると日本の将来は明るい将来だと思います。私はこれからもいっしょうけんめいに皆さんと一緒にこういう働きをしていきたいと思っています。
王先生
教科書問題はいろいろな問題があります。
私は、教科書問題は偶然の問題じゃなくて、一つはこの教科書問題は第三次教科書攻撃のきっかけだと思います。90年代以来教科書問題をめぐって日本では第三次教科書攻撃事件が起こったんです。その結果は教科書改悪につながりました。
だから「つくる会」は新しい教科書を作り、政府・文部省の検定に合格したんです。
もうひとつは、教科書問題は日本政府あるいは一部分の政治家の戦争観を表すと思います。つまり日本政府の戦争観と「つくる会」の戦争観とはいっしょだと思います。あの教科書採用率は1%弱で少し安心していますが、これからも闘いを続けていかなくてはいけないと思います。
高先生
私はもともと中学校の歴史の教師でした。だから歴史教科諸問題にはとても関心を持っています。それに、家永教科書裁判にも関心を持っています。「つくる会」の教科書は本当にあぶない教科書だと思います。
竹原市の皆さんや小/中/高校の先生が「つくる会」の教科書に反対されているのはとても有意義なことだと思います。皆さんが今までやってこられた運動にとても感服しています。私の考えでは今の中国の歴史教育の中では、教科書問題はまだまだ関心が不充分だと思います。だから、これから私たちはもっと多くの人たちに日本の「つくる会」のことについて広く知らせる責任があるんだと痛感しています。それからこれから中日両国の歴史および学校の先生たちが提携して「つくる会」のような教科書に対して闘うようにいろいろ学習を深めていきたいと思います。