「化学兵器の傷害作用」人類は生き残れるか
行武 正刀 (元忠海病院長)

講演という発言の機会を設けていただいて、非常に嬉しく思っています。これからお話するこの大久野島の問題というのは、もっと広く知ってもらいたいと思っています。それは、地域的にも広く知ってもらいたい。それだけなくて世代の上でも広く知ってもらいたいと前々から考えておりましたので、発言の機会が与えられれば、非常によろこんで、何処へでも出かけて、お話をしたいです。今日は、スライドを中心にお話をするんですが、あの写真は見たと言われる方もいるかもしれませんが、我慢して聞いていただきたいと思います。
まず最初に、「化学兵器の傷害作用―人類は生き残れるか−」という大きな題を付けました。こんな大風呂敷みたいな題を広げましたのは、ちょっと思い出がありす。今から30年位前なんですけれど、いろんな報道機関の方が忠海病院の方においでになり、大久野島の取材をされることがありました。その時に、あるジャーナリストの方がおっしゃったのは、「この問題をグロ−バルな視点からどう思いますか。」と、いうふうに聞かれまして、面食らいました。グローバルというのは地球的ということなんだが、地球的に考ると、どういうことなのか、その時には、全く私は思いもつきませんでした。ちょうどその頃は、忠海病院は、実は私一人で運営している状態でありまして、目の前の患者さん、今日はどうなるのか、明日はどうなるのか、明後日はどうなるのかというようなことばかり考えておりまして、この問題を地球的な規模で考えるということを思ってもいなかったという状況だったわけです。
しかし、30年経ちまして、私もその間にいろいろ見たり聞いたりしたことがありました。それからまた、30年前には、毒ガス傷害者の数といいますか、登録している数というのが2500人しかなかったと思いますね。現在では、6800人の方がはっきり把握されているという状態ですから、大久野島や忠海分廠で働いていた人の4分の3は把握したと思っています。ですからそういう意味で大体全体像が見えてきた時代になってきたと思いますので、その意味で私も「人類が生き残れるか」というような大きな題を付けてみました。そのつもりで聞いていただきたいと思います。
まず最初に、地図が出ました。特に遠くからおいでになった方は今回はなかったと思いますけれど、地方からおいでになった方、まあ東京も大阪もここから見ると地方になんですけれど、そういう方にご説明するのにこのスライドを使っています。これは忠海の後ろの黒滝山から見た、前が忠海の町と港、向こうに見える鉄塔の見える島が大久野島ですね。これは、現在の国民休暇村になっている大久野島であります。現在と言ってももう30年位前の写真です。今はもっと別な眺めになっておりますが、いずれにしても国民休暇村であります。
これは大久野島の一番広いグランドにありましたイペリットの製造工室。大久野島では最大の工場だったところですね。全島がこのように工場あるいは工室、倉庫で埋まっていたわけです。
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全国の従業員の分布を見てみますと、ちょっと古いんですが傾向は変わりません。 なんといっても広島県がもっとも多いですね。 それから広島県の向かい側、つまり大久野島の向かい側の大三島は愛媛県ですが、愛媛県からもかなりの方が登録されている。 それから大阪・兵庫に多いのは、この地方から人を取ったというんじゃなしに、戦後そこに移って生活をしておられる方がたくさんありますから、そういう意味で大阪・兵庫が多いわけです。 福岡にたくさんありますのは、これは曽根製造所の関係者が含まれていますので、数がかなりあります。これはもうちょっと増えていくと思います。 この数には、海軍の相模海軍工廠関係の数が含まれておりません。 |
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| これは広島県下の分布図でありまして、色を付けております所、赤い色を付けておりますのが忠海町でありまして、1232人、現在の町の人口がちょうど1800人位くらいですかね、ですからいい歳をしたおじいちゃんおばあちゃんは、亡くなられた方もおりますが、ほとんどが大久野島と関係があったというふうに考えていただいていいと思います。
ですから何年か前ですが、忠海の小学校で「大久野島の話をお家で聞いてみましょう。」という課題がありました。非常にいい話だと思っています。自分の家におじいちゃん・おばあちゃんにはなくても、となりのおじちゃん・おばちゃん、にはいろいろあると思います。そういったことで、若い方々、あるいは小学生がそういうことを地域から学んでいくというのは、非常にいいことであり格好の材料がまだ生き残っておられるというふうに思っております。 それから黄色いところが忠海以外の竹原市、これもかなりあります。897人。忠海とたすと2000人以上になります。 それから忠海の東側にあります三原市幸崎町、ここも500人近くの方がおられます。この色を塗っているところを合計いたしますと全体の広島県下の50%ぐらいになります。それから、そのとなりの市や郡を加えますと80%になります。それから、ちょっと離れた広島市、あるいは福山市にありますのは、これは、若い徴用工の方が連れてこられたということです。 |
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これは、当時の「たこ」と呼ばれる製造工、あるいは工室に入るときの服装ですね。完全防護服ですね。しかし、何かのひょうしにポトリとイペリット液がつきますと、たちまち皮膚に大きな炎症を起こします。防護服を脱ぐときに除毒液、あるいは海水でざあざあと洗い流して脱いだといわれますが、この液が一滴ポトリと落ちますとたちまちこのような炎症を起こす。
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| これは白黒ですから分かりませんが、当時の看護婦さんに聞きますと、これは真っ赤っかになっていたんです。それからこれは付いたばかりだが、翌日は、両肩全体がフットボ−ルのような大きな水疱になる。という話を聞きました。 | ||||
これは、脇の下でありまして、脇の下に直接ついたわけではない。脇の下あるいは陰嚢とういうところは、普段でも汗が多いところですが、わずかなガスが汗の中に溶けますと、まるで薄い毒液を局所に吹きかけたのと同じような変化がおきますので、同様の発赤、水疱そして破れてズルズルになるビランという状況になります。このズルズルになるビランという作用がイペリット、そしてルイサイトの特徴であります。
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これは、はっきり人も分かっているんですけれども、戦後処理作業で何か汚れている所にペタッと座った。それが木の箱であったか、草原であったかよくわからないのですが、翌日はたちまちお尻全体に、このような水疱ができまして入院しておられます。 |
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| これは、現在の障害者の皮膚の状況でありまして、ご覧になりますように褐色の色素が全身にあり、そうしてその間に白い点々・脱色斑もあり、そして一部分がこげ茶色のかさぶた状の変化がおきており、かさぶたが取れてうす赤く皮膚の真皮が覗いているという状況がある。そうした変化が皮膚のガンでありまして、ボ−エン病と呼ばれる経過であります。 | ||||
昭和27年という年、20年に戦争が終わりましたから、ちょうど7年目ですけれども、30歳の男の人が広島大学を受診いたしまして、その方が肺癌でありました。今は肺癌という病気は珍しい病気じゃないですね。男子の癌で、死亡が一番多いのが肺癌ということになります。しかし、当時は肺がんは非常に珍しい病気でありましたから、「これはなぜか」と調べてみると、大久野島には毒ガスを作っていたという問題が分かりまして、それに広島大学が27年から、忠海町に来まして、集団検診というものを始めました。
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| これは最初の論文から引いてあるんですけれども、どういう症状でそのとき来たかと聞いてみますと、「咳と痰」がダントツでありますね。つまり呼吸器の症状が非常に強かった。最初の症状を聞いてみても、「咳と痰」でありましたし、工場を辞めたときも咳と痰があったんです。そして、7年経っても咳と痰が一番多いという状況が続いていたんです。 |
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| それまでに、どんな病名がついていたかというのを聞いてみますと、呼吸器の病名が圧倒的に多いですね。93%。その中で気管支炎という病名、それから肺結核、当時は、まだ肺結核が日本中にありましたから、結核があったと思うんですね。それから肺炎を患った胸膜炎。それは結核性胸膜炎ですね。その他に肺壌疽というような喀痰がどんどんできるのもあります。喘息というのはそれよりちょっと少ないですね。そのように呼吸器に非常に強い病気がたくさん残っているということが最初から分かりました。それで、その年から忠海病院に医師が派遣されまして、この病気についての系統的な研究がスタートするわけです。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
その内に従業員が次々に病気で亡くなられまして、これがその亡くなられた原因を10年ごとに分析してみたものです。そうしますと、最初の10年間は、この青い色、青い色というのは呼吸器疾患ですけれど、呼吸器疾患で亡くなっておられた方が圧倒的に多いということが分かります。それから消化器・循環器の順になるわけですが、この割合を見ていきますと、だいたい消化器がどんどん増えてきて、呼吸器が減ってきて、日本全体の統計に近づきつつあるとは思いますが、振り返って見ますと、最初は呼吸器の障害が非常に強かった。しかも、この中でこの斜線の引いてあるのは悪性腫瘍、つまり癌でありまして、喉の癌、鼻の癌、そして肺の癌であります。もちろん胃癌もありました。そういう状況で最初から呼吸器の癌が非常に多いという疾患であることがよく分かります。その呼吸器癌の割合はだんだん減っていくわけですけれども、いずれにしても慢性呼吸器障害、その中でも肺癌というものが断然多かったということが分かります。慢性気管支炎、咳と痰が続くという病気なんですけども、これがどんなふうに発病しているかを見た表です。
| 職種 | 期間 | 1ヶ月以下 | 6ヶ月以下 | 1〜2年 | 3〜5年 | 6〜10年 | 11年以上 | 計 |
平均期間
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| イペリットルイサイトガス製造 | 男 | 0(0.0) | 14(4.8) | 93(31.7) | 112(38.2) | 57(19.5) | 17(5.8) |
293(100.0)
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4年2ヶ月
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| 女 | 0(0.0) | 2(9.1) | 11(50.0) | 3(13.6) | 6(27.3) | − |
22(100.0)
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3年5ヶ月
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| 計 | 0(0.0) | 16(5.1) | 104(33.0) | 115(36.5) | 63(23.0) | 17(5.3) |
315(100.0)
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4年1ヶ月
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| 工務・焼却 | 男 | 0(0.0) | 8(5.1) | 44(28.0) | 74(47.1) | 26(16.6) | 5(3.2) |
157(100.0)
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4年0ヶ月
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| 女 | 0(0.0) | 1(20.0) | 1(20.0) | 3(60.0) | − | − |
5(100.0)
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2年10ヶ月
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| 計 | 0(0.0) | 9(5.6) | 45(27.8) | 77(47.5) | 26(16.0) | 5(3.1) |
162(100.0)
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3年11ヶ月
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| 検査・守衛 | 男 | 2(2.9) | 5(7.2) | 18(26.1) | 19(27.5) | − | 17(24.7) |
69(100.0)
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4年7ヶ月
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| 女 | 1(14.3) | 2(28.6) | 3(42.8) | 1(14.3) | 8(11.6) | 0(0.0) |
7(100.0)
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1年2ヶ月
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| 計 | 3(3.9) | 7(9.2) | 21(27.6) | 20(26.3) | 8(10.5) | 17(22.5) |
76(100.0)
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3年11ヶ月
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| その他のガス製造 | 男 | 4(4.5) | 12(13.5) | 49(55.1) | 18(20.2) | 5(5.6) | 1(1.1) |
89(100.0)
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2年3ヶ月
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| 女 | 1(1.2) | 12(15.0) | 42(52.5) | 17(21.3) | 8(10.0) | 0(0.0) |
80(100.0)
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2年6ヶ月
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| 計 | 5(3.0) | 24(14.2) | 91(53.8) | 35(20.7) | 13(7.7) | 1(0.6) |
169(100.0)
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2年4ヶ月
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| 医務・事務 | 男 | 4(8.9) | 3(6.7) | 18(40.0) | 15(33.3) | 3(6.7) | 2(4.4) |
45(100.0)
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2年7ヶ月
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| 女 | 0(0.0) | 1(6.7) | 6(37.5) | 6(37.5) | 2(4.3) | 0(0.0) |
15(100.0)
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2年9ヶ月
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| 計 | 4(6.7) | 4(6.7) | 24(40.0) | 21(35.0) | 5(8.3) | 2(3.3) |
60(100.0)
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2年9ヶ月
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| 総計 | 男 | 10(1.5) | 42(6.4) | 222(34.0) | 238(36.4) | 99(15.3) | 42(6.4) |
653(100.0)
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3年10ヶ月
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| 女 | 2(1.6) | 18(14.0) | 63(48.8) | 30(23.3) | 16(12.4) | 0(0.0) |
129(100.0)
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2年11ヶ月
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| 計 | 12(1.5) | 60(7.7) | 285(36.4) | 268(34.3) | 115(14.7) | 42(5.4) |
782(100.0)
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3年8ヶ月
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注:1.( )内は% 2.−線は対象者がいないことを示す。
これは、長い間集団検診を担当されていた重信卓三先生という方の論文から引いたんですけれど、ここに職種がありましてイペリット、ルイサイトを直接製造した人、あるいは工務焼却という直接イペリット、ルイサイトに触れる機会が非常に多かった職種もあるんです。そうしますと慢性気管支炎の発病率というのがこんなに高い、77%よりも高い。当然だと思いますね。非常に強い障害がでてそして勤務期間も長いのですから、たくさんの人たちが慢性気管支炎を発病した。しかし、これをよくよく見ていきますと、例えば医務であるとか事務とかというようなガス地帯でなかった、工場地帯にいなかった人であっても、勤務期間がだんだんと進むにつれて、25%、あるいは30%を越えるようなグループもあります。「これはなぜでしょうか。」ということを考えてみますと、つまり非常に薄い毒ガスであっても環境が悪かったということは間違いのない事実ですね。そういう環境のもとに1日8時間も10時間も呼吸する。それが1年・2年・3年いや10年以上という方もあるわけですから、当然呼吸器の粘膜に悪い障害が起こしてしまう。それが年々、つまり毒ガス工場を離れても、一冬ごとに風邪を引いてだんだんと悪くなるという状況がみられるわけですね。私が医者になりたてのころ、いや医者になる前ですね。大気汚染という言葉が初めて使われだしたころ、どういう話があったかというと、「道路の真中に立って交通整理をやっている巡査が一日中悪い空気を吸っているので喉が悪くなる。」という話が書いてある。「そういう職業病があるのかなあ」というふうにそのときは思いましたが、今は、巡査でなくったって大都会に住んでいれば、誰でもその呼吸器障害になる危険がある。大気汚染ということが日常の言葉なんですね。
ところが大久野島を振り返ってみますと、あの瀬戸内海の中の美しい小島、白砂青松という言葉がぴったりする。その小島において、昭和の初めから常に典型的な大気汚染という状況が作られており、その中で、1000人、2000人あるいは2000人以上の方がその島の上で働く、しかも何年も働くという状況がありまして、そういう方々は大気汚染という問題を我々が知るよりももっと早くから体験しておられる。ですから我々は、そういう状況を最初に見つけたといういうふうに言ってもいいと思います。そういった意味で今日的な意味のある表だと思って見直しています。
呼吸器のお話をちょっといたしますと、これは、気管支造影法というレントゲン写真でありまして、気管支の中に造影剤が流れ込んでいますから、気管が気管支に分かれてそれが細い枝に分かれて、肺全体に広がっているもようがよく分かると思います。その枝分かれしていった一番先端はどうなっているかと言いますと、細い細気管支というのがあり、その先端にブドウの房のような肺胞と呼ばれるものがたくさんついている。この肺胞の表面におきまして、非常に薄い薄い膜ですから、中の空気と外の毛細血管を通っている血液の間にガスの交換が起こり、つまり、吸い込んだ酸素を血液に運び、血液の中の炭酸ガスを肺胞の中に捨てるという呼吸作用が行われておるわけです。これが肺全体の呼吸作用であります。気官や気管支の管の表面には繊毛と言われる柔らかい毛が絨毯のようにびっしりと生えておりまして、それがただぼんやりと生えているのではなくて、こちらの図のように絶えず運動しておりまして、しなやかに腕を伸ばして力強く弧を描くという運動を1分間に何百回も繰り返して、そうして、絨毯の表面についている粘液や、粘液の上に付着したチリや埃、細菌などを気管の上の方へ運んでくれる、つまり、クリーニングの働きをしておるわけです。
ところが、その繊毛作用、ありがたい繊毛作用なんですが、いろんな障害を受けて脱落することがあります。
例えば、強いインフルエンザのような炎症がおこりますと、一時的に脱落する。或いは毒ガスを吸ってもそうなります。
しかし、幸いに体中至る所に再生作用というのがありますから、下の方からまた繊毛が生えてくる。
これは動物実験でありますけど、動物に亜硫酸ガスを吸わせてザーッと繊毛が脱落した後、だんだんと繊毛が生えてくる様子を撮ったもので、長いものもあれば、短いものもあるという状況だそうです。
ところが、人間の場合はですね、これはヘビースモーカーの方でして、何度も何度も脱落、再生を繰り返しておりますと、仏の顔も三度と言いますが、何十回もくり返すと繊毛が再生しなくなる。こういう状態が起こってきます。
そうしますと、繊毛がなくなりますと、クリーニング作用が悪くなってきますから、そこに粘液が溜まりやすい。
粘液が溜まると、ここにすぐ細菌が取り付いて、繁殖する。ばい菌が取り付くとこの繊毛がまた悪くなるという非常に都合の悪い悪循環が起こってまいります。ですから、気管支の悪い状態がどんどんと広がってくる。つまり、慢性気管支炎へとおちこんでいくということになります。あちこちの中学校でもお話していますが、タバコも毒ガスですよということは必ず一言つけ加えるようにしています。
咳と痰が出るというのが慢性気管支炎の特徴なんですね。それで、痰を調べてみようということを私の師匠の西本幸男先生が言われまして、痰の検査というものをたくさんやりました。その中の肉眼的性状、どんな痰が一日にどれくらい出ているのかというのをより多くの方について調べてみました。

ここに名前が出てきます。誠に申し訳ありませんが、この方は一日5ccぐらい。白っぽいといいますか、透明といいますか、粘液性の痰。量も少ない。これは、喀痰の肉眼的性状の分類といいまして、このMというのは粘液性ということですね。これが(M1)純粋に粘液性で、透明みたいなもの。これは(M2)濁っていて膿の存在が疑われているもの。Pになりますと、明らかに膿の部分がありまして、1/3まで、2/3まで、2/3を超えるものという風に肉眼的に分類しておりまして、これが非常に役に立つ。役に立つというのは、患者さんがどのくらい重い気管支炎であるか。あるいは治療した場合、その治療が効いたかどうかというのは、痰を見るのが一番確かな方法であります。この方はずいぶん、35ccも出ておりまして、痰が10cc以上出ると、たくさん出るねというんですが、20cc出るとのべつ出ると言う感じになると思いますが。それでも、まだ粘液性痰であります。これになりますと、もう痰の中に膿がありまして、これはP2になると思います。これは、もう全体が膿性でありまして、P3。見ただけでもう胸が悪くなるよう。しかし、こういう痰が毎日毎日出ていくんです。それで、そういう痰がどういう時間にどれだけ出ていくのか実験しようと思いまして、小さなビニールの袋を患者さんの枕元に置いて、痰を一回ずつ全部取ってもらって、このタイムレコーダーでがちゃんと何時何分というはんを押して、この袋に溜めてもらう。こういうことを、何日も続けてやってみました。
この方は47歳の男の方。1日、2日、3日と、まずこれを見て頂きますと、午前0時から23時まで刻んでありますが、夜中に、2時、3時頃ですね、たくさんたくさん痰が出る。いっぱい痰が出てます。2時から3時にかけていっぱい痰がでる。しかも、濃いい痰が出てます。P3というような、濃いい痰が夜中にいっぱい出る。「夜中に痰がたくさん出ます」ということは、話には聞いていましたけど、この実験をやるまでは、実感できませんでした。そうして一寝入りして朝6時頃からまた痰が出だす。どんどんどんどん午前中いっぱいかけて出る。午後になると、少ない。こういうパターンなんですね。こちら側は、痰が切れる痰剤というものを使ったときのパターンの変化です。こういう慢性気管支炎というのは、反覆性の過剰な粘液分泌、痰が出る。そして、限局性の病気がない。そうして、2冬以上見られるというような状況が、ここに定義が書いてあるんですけども、まぁ、2冬どころじゃない、さっきの方47歳の患者さん、三原市バスの運転手さんだったんだけども、もう何年も前から運転するどころじゃない。ベッドの上に座ってヒーヒーという息をしとられる。そういう状態だったんです。
もう一つ、肺気腫という病気がありまして、これはずっと前に出てきました肺胞というブドウの房のような、呼吸、ガス交換を行うの装置ですけども、その肺胞がだんだん破壊されまして、破れた風船のようにだんだんと融合して弾力性がなくなる。そうして、息切れがすぐくるという状態、これが肺気腫。 肺気腫と慢性気管支炎、この二つがガス障害の特徴であります。顕微鏡写真で気管支を見ますと、ここが気管支の管の中でありますが、この気管支の表面に薄い毛の層、絨毯の層がありますね。これが繊毛なんであります。この繊毛が非常にありがたい、クリーニング作用をしてくれておるのですね。ところが、この繊毛をもった表皮細胞に何度も何度も障害が加わって、ついに繊毛が脱落してしまうという状況が、次に起こってまいります。これがそうでありまして、本来なら、ここに繊毛がずーと生えそろっていたはずですが、もう全くなくて、普通の皮膚のような扁平上皮という組織に入れ代わってしまいました。こういう扁平皮に入れ代わる化成という現象が肺ガンの一つの段階である、発ガンの一つのステップであると学者が言っておりまして、いずれにしても危険な状況であります。 そうして、亡くなられたときに、これが、解剖させてもらったときの顕微鏡写真なんですが、気管支の中にいっぱい痰が詰まっている。気管支の中がどれかと言うと、これが気管支の管なんですが、その中にいっぱい粘液が詰まって亡くなっておられるんです。気管支にはたくさん痰が溜まっていて、炎症も強かったでしょうし、呼吸困難が非常に強かったと思います。最後は、気管支炎から肺炎になって多くの方が亡くなられました。
これが、肺気腫と言われるもので、肺の一番最後のブドウの一粒一粒が肺胞です。しかし、それがだんだんと壊れまして、融合いたしまして、つながって大きな袋になってしまう。こういうふうに大きな袋になりますと、ブドウの粒一つ一つがもっておる弾力性というのが失われまして、そうしますと、肺全体の収縮力が失われてきます。肺が呼吸するというのは、はくとき、グーと搾り出すように空気を吐き出して、それから、しっかり深呼吸をして空気を吸い込むという、これを繰り返してるわけですが、肺も弾力性が衰えますから、しっかり吐きなさいと言っても、しっかり吐けない。肺が膨らんでいて浅いところで呼吸をしているという状態ですね。ですから、ガス交換がうまくいきませんから、炭酸ガスが肺の中に溜まりやすいでしょう。当然、少し運動しても、息が切れるという状況がやってくる。これが肺気腫であります。