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![]() プロフィール 出身地:山口県の中国山脈、岐山の山麓で誕生する。 「小中学のころ」 担任の先生の影響で音楽が大好きになり合唱隊から鼓笛隊に参加する。 マーチングバンドで指揮。剣道部にも所属。 中学時、ろくに話も聞かない音楽教師に猛反発、仕返しに年間オール満点をとる。 「ざまあみろ!もんくあるか!!」 そしてあの人生に多大な影響を与えてしまうギターの購入へと。 「ギター購入に至る」 最初は、サックスが吹きたくて楽器屋に見に行く・・・・値段が高過ぎて目がテン!! そのころ友人(現:音楽ライター宇田和弘氏)がエレキギターを弾いているのに影響されギ ターを購入する(中学2年生) 初めての1万2400円のエレキギター。感動!同時期にギターを始めた友人達と競うように 練習をする。インストゥルメンタルでベンチャーズや寺内タケシの早弾などに熱中。 このポジティブな熱中症?は上達にとても効果があります! 『皆様へ』 ライバルを身近に持つと上達が早くなります!(これも大きなコツかも知れませんよ) 「アマチュアバンド時代」 ![]() 中学から高校時代、アパートの屋上や友人の家、工場の跡地など地元の各地で騒音を出し まくり父兄会、自治会、学校、会社関係の人々から抗議やヒンシュクをかう。 高校時代、なんとなく弓道部に入る。部活動をサボってエレキを肩に担ぎ練習場所へと歩い ていると前から弓道部の先輩が・・・・・!・・・オヮ〜ッ! そして、軽音楽同好会やブラスバンドにも入籍。 ←なんてやつだ3つも入って〜! 「高校のブラスバンド」 ![]() ブラスバンドの部長としてのさばる。やっている曲がつまらないのでビートルズの曲やビージ ーズ、ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスなどの曲をアレンジし各パートごとに譜面に し演奏させて当時としては先進的な革命を起こす。頭が固い人々から猛反発! 卒業式の予行演習で「蛍の光」を、ニニロッソのレコードでバラード調な蛍の光があるのを 見つけ、苦労して各パートごとに新たに編曲しブラスバンドで演奏したら学校じゅうが大騒ぎ となる。 「何処が悪い〜!良い曲なのに〜!」 ←その時の私。 全国アマチュアバンドコンテストより優勝者と共に地元ラジオ局に出演。 ・・・おざなりな質問に意気消沈! 「つまらん!」 「衝撃」 ![]() ある日、ジミー・ヘンドリックスというミュージシャンのレコードを 店で偶然聞く。 ・・・・・・グヮーン!(フリーズ状態・・・。) あれはたしか、Jimi Hendrix のAxis: Bold As Love だったと思います。 そのときの気持ちは衝撃と言うよりむしろ「恐い」と思った程でした。 その当時の私にはあまりにショッキングな音楽でした。・・・○×%▲※□◆〜・・・!!。 「更にマニアック」 ジョージハリスンのブルー・ジェイ・ウエイという曲を聞きラヴィ・シャンカールのシタール に陶酔!(・・・・でも難しくてサッパリ解らなかった)・・・・・シタールが欲しかった! 「白人ブルースから黒人ブルースへ」 ![]() 同時期、ジョン・メイオールというブルースミュージシャンを知る。(ブルースブレイカーズ) ブリティッシュブルースから影響を受け黒人ブルースを知ることになる。「これはいい!」 以来ブルースのとりこになり多くの黒人ミュージシャンやルーツと歴史を知ることとなる。 また、ホレス・シルバー(ハード・バップ期のジャズ・ピアニスト)が好きで聞いていました。 この頃、アメリカとは相対的に逆輸入でエリック・クラプトンやピーター・グリーン、ジミー・ペイ ジ、ミック・フリートウッドなどを知り、改めてメイオール・スクールと言うのは凄い!と思った。 多くの人達がクリームやレッドツェッペリンから知ったのではなく、逆のブルースのルートから 心酔していったのでした。 徹底的にブルースをコピーしまくる。 ![]() 映画Woodstock '69 そのころ歴史的な20世紀最初で最後の巨大超ライブ:「ウッドストック・ライブフェスティバル」 に超超感銘!! 近郊のニューヨーク郊外サリバン郡べセルの丘の広大な農園に出演者と観衆(40万人以 上が参加)がひとつになって、昼夜関係なく続けられ、世界平和の祈りを音楽に託し、とも に歌い、ともに踊るという歴史的フェスティバルだったのです。 Crosby Stills & Nashからリッチー・ヘブンスに始まったあのライブ。アルビン・リー 率いる Ten Years Afterやシャナナ、フー、ラビ・シャンカール、ジョー・コッカー、サンタナ、 ジャニス・ジョップリン、ジェファーソン・エアープレーン、ジョーン・バエズなど歴史に残る豪華 ミュージシャンの数々。そしてラストのジミー・ヘンドリックスの唸るようなアメリカ国歌に至る まで夢の様なステージ。そしてアーロー・ガスリー(ウディー・ガスリーの息子)の曲、アメリカ ンパイが今でも頭に残る。 Woodstockのライブ演奏↓をご堪能ください!
「21歳で意気揚揚!ついに上京」 ![]() あの新宿のGOGOアシベでバイトをしながらバンド結成。ステージを練習場所に貸りる。 1年後照明と音楽の責任者となる。正面に大きなガラス窓のある部屋にはマイクとレコード 専用の2つのターンテーブルが。「むふふふ!」私の好きな曲がぁ・・・カ・ケ・ラ・レ・ル! リクエストに乗りソウルやディスコサウンドをかけまくりましたよ。 Now〜Explosion♪・・・ってマイクで叫んで曲をかけて!(思えばDJのハシリかなぁ) 勤務時間外で日々の練習に没頭しているそんな最中、往年のプロギターリスト高橋氏に スカウトされ音楽事務所との初契約。 「22歳〜」 バンドのギターリストとして東京を中心に関東地区でライブ演奏やステージで活動。 トラであちこちのステージに参加しまくる。フォー・フレッシュメン等も勉強しました。 また当時、ドゥービー・ブラザーズやタワー・オブ・パワーに没頭してました。 「〜27歳」 ある日、新宿駅の地下道でギターを抱えたまま、ブッ倒れる! やがて無理が積もり、悩んだ末に遂にサラリーマン生活へ転進開始をする。 「同時期」 某米オーディオメーカー(弱電業界)の日本展開TRS事業部のサブマネージャーになる。 「以後」 実家の両親のために田舎に戻る。只今、普通のサラリーマンとギター初心者の育成に よる二足のワラジで奮闘中。 |
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