楽しくてしょうがないギター上達法 Ver.3
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ギターと人生
                    初めまして!


私のプロフィール
私のギター人生

「楽しくてしょうがないギター上達法!」の田畑です。

私は、もう現役ではありませんがプロのミュージシャンとして歌舞伎町や新宿、六本木の
ステージを中心に〜米軍キャンプなどをバンドのギターリストとして回っていました。
ロックやソウルそれとジャズコーラスが中心のバンドでした。
ディスコの曲も好きでステージによってはやってましたが、バンド自体は16Beet での
ロックとコーラスを基盤としてオリジナル曲をやっていました。


殆どが一月契約で、(ハコ と呼んでいました)、事務所から紹介を受けて新たな場所で
契約をするごとにオーディションを受けるんです。
そして受かればそこで一月稼ぐんですね。


恥ずかしいけど・・・
アマチュア時代には、向かう所敵なしのつもりでブイブイやってた時期がありました。
地元ラジオにも出演(100%天狗状態)。そして、いざプロの世界へ!・・・・・・・・・。
愕然!!!!一気に凹みました。私程度のレベルは掃いて捨てるほどいました。
私は最低ライン、結構コズかれましたよ。

ステージの後ろのドラムスのバンマス(バンドマスター)から、演奏中にスティック
(ドラムを叩くバチ)が私の頭に飛んできたこともありました。
ステージの最中にですよ!ギョエ〜!


ミュージシャンと格好の良い名前で呼ばれていても職人と似た世界でもあります。
ある人から言われました「プロは一つ一つの音がお金だからな」って。
当たり前と言えばそうですけどもね。


最初の頃はキャバレーのステージで軍艦マーチもやらされたことも。
余談ですが、この曲ギターで弾いてみてください、結構弾き難いんですよ(笑)


ある時は仕事の途中、飛び入りで来た女性演歌歌手から渡された譜面が途中から
分けがわからなくなってステージの上で生汗をかいたこともありましたっけ。


幾つかのバンドを経験しました。
そんな中、多くのプレーヤーやバンドとの出会いが私を成長させてくれました。
日本人や外国人も含めて、無名でも凄い腕前の人はいるもんなんだ!

毎日が新鮮でショッキングな勉強・勉強の連続でした。
正に、すぐ傍で演奏を聞くと、その凄さや自分とは違う強烈な個性が体でもズンズン
響くほどに実感できるんです。そんな時にもしっかり技を盗んじゃったりしてね!


色んな人たちから影響を受けながらソウルロックやジャズコーラスの道を歩んできま
した。そんなこんなを経ながらギター人生を送ってきた私です。


文章に脈絡が無くなりますが
ソウル系16Beetを目指す人はピッキングの際に、手首の腱鞘炎に気をつけましょうね
・・・私もなっちゃいましたから。見る見るうちに腫上がります。
病院で手首に何かよく知らない注射を打たれましたよ。お薬を貰ったりもして。
包帯を隠しながらステージで・・・。
でも私の場合には仕事をしながら(しかたないけど)、一月くらいで治ってきました。
もう忘れかけていますけどあの時は辛かったような・・・。色んな経験をしました。


・・・あっ!私事ばかりでどうもすいません。


私は、たまたまギターという楽器と巡り会って、かっこいいな、ステキだなと思う曲を
ドレミも知らないうちから始めた男です。
勿論、コードなんてまったくでした。


でも、好きな曲が弾きたくて弾きたくてしょうがない・・・。という一念で弾き始めたんです。
そんな中で、ドレミを覚えてたんですね!(笑)


少し乱暴に聞こえるかも知れませんが、今でも、それでいいんだと思います。
ドレミも楽譜も「他人に伝えるため」という約束事です。
英語で言えば文法みたいなものです。


アメリカ人は文法を習ってから英語が話せる様になるんでしょうか?
応えは、No,ですよね!!


いつも生活の中で英語が聞ける環境に育っていたということ。
そんな中で、いつの間にか出来ているものです。
音楽だって同じです。


え!・・・「ドレミすら教えてくれないの?」って聞こえてきそうですが心配されなくても
大丈夫!順を追ってちゃんとやってゆきます。
ただ、学校のような型にはまった無味乾燥な教え方はしない!ってことです。


     *--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*

(注意)ギターを弾く時には傍に居る人やご近所に迷惑がかからない様にくれぐれも
音量や場所には留意してお弾き下さいね。


私の生い立ち

私の生い立ち

出身地:山口県の中国山脈、岐山の山麓で誕生する。
「小中学のころ」
担任の先生の影響で音楽が大好きになり合唱隊から鼓笛隊に参加する。
マーチングバンドで指揮。剣道部にも所属。
中学時、ろくに話も聞かない音楽教師に猛反発、仕返しに年間オール満点をとる。
「ざまあみろ!もんくあるか!!」 
そしてあの人生に多大な影響を与えてしまうギターの購入へと。

「ギター購入に至る」
最初は、サックスが吹きたくて楽器屋に見に行く・・・・値段が高過ぎて目がテン!!
そのころ友人(現:音楽ライター宇田和弘氏)がエレキギターを弾いているのに影響されギ
ターを購入する(中学2年生)
初めての1万2400円のエレキギター。感動!同時期にギターを始めた友人達と競うように
練習をする。インストゥルメンタルベンチャーズ寺内タケシの早弾などに熱中。

このポジティブな熱中症?は上達にとても効果があります!
『皆様へ』
ライバルを身近に持つと上達が早くなります!(これも大きなコツかも知れませんよ)

「アマチュアバンド時代」アマチュアバンド時代
中学から高校時代、アパートの屋上や友人の家、工場の跡地など地元の各地で騒音を出し
まくり父兄会、自治会、学校、会社関係の人々から抗議やヒンシュクをかう。

高校バンド時代
高校時代、なんとなく弓道部に入る。部活動をサボってエレキを肩に担ぎ練習場所へと歩い
ていると前から弓道部の先輩が・・・・・!・・・オヮ〜ッ!
そして、軽音楽同好会やブラスバンドにも入籍。 ←なんてやつだ3つも入って〜!

「高校のブラスバンド」高校のブラスバンド時代
ブラスバンドの部長としてのさばる。やっている曲がつまらないのでビートルズの曲やビージ
ーズ
ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスなどの曲をアレンジし各パートごとに譜面に
し演奏させて当時としては先進的な革命を起こす。頭が固い人々から猛反発!

卒業式の予行演習で「蛍の光」を、ニニロッソのレコードでバラード調な蛍の光があるのを
見つけ、苦労して各パートごとに新たに編曲しブラスバンドで演奏したら学校じゅうが大騒ぎ
となる。 「頭の固い教職員メ!何処が悪い〜!良い曲なのに〜!」 ← その時の私。

全国アマチュアバンドコンテストより優勝者と共に地元ラジオ局に出演。
・・・おざなりな質問に意気消沈! 「つまらん!」

「衝撃」ジミー・ヘンドリックス
ある日、ジミー・ヘンドリックスというミュージシャンのレコードを 店で偶然聞く。
あまりにアバンギャルドな曲風に・・・・・・グヮーン!(フリーズ状態・・・。)
あれはたしか、Jimi Hendrix のAxis: Bold As Love だったと思います。
そのときの気持ちは衝撃と言うよりむしろ「恐い」と思った程でした。
その当時の私にはあまりにショッキングな音楽でした。・・・○×%▲※□◆〜・・・!!。

「更にマニアック」
ジョージハリスンのブルー・ジェイ・ウエイという曲を聞きラヴィ・シャンカールのシタール
に陶酔!(・・・・でも難しくてサッパリ解らなかった)・・・・・シタールが欲しかった!

「白人ブルースから黒人ブルースへ」ブルース命
同時期、ジョン・メイオールというブルースミュージシャンを知る。(ブルースブレイカーズ)
ブリティッシュブルースから影響を受け黒人ブルースを知ることになる。「これはいい!」

以来ブルースのとりこになり多くの黒人ミュージシャンやルーツと歴史を知ることとなる。
また、ホレス・シルバー(ハード・バップ期のジャズ・ピアニスト)が好きで聞いていました。

この頃、アメリカとは相対的に逆輸入でエリック・クラプトンやピーター・グリーン、ジミー・ペイ
ジ、ミック・フリートウッドなどを知り、改めてメイオール・スクールは凄い!と思った。
多くの人達がクリームなどのハード(アート)ロックから知ったのではなく、逆のブルースの
ルートから心酔して行ったのでした。

徹底的にブルースをコピーしまくる。


Woodstock
映画Woodstock '69

そのころ歴史的な20世紀最初で最後の巨大超ライブ:「ウッドストック・ライブフェスティバル
に超超感銘!!
近郊のニューヨーク郊外サリバン郡べセルの丘の広大な農園に出演者と観衆(40万人以
上が参加)がひとつになって、昼夜関係なく続けられ、世界平和の祈りを音楽に託し、とも
に歌い、ともに踊るという歴史的フェスティバルだったのです。


Crosby Stills & Nashからリッチー・ヘブンスに始まったあのライブ。アルビン・リー 率いる
Ten Years After
シャナナフーラビ・シャンカールジョー・コッカーサンタナ
ジャニス・ジョップリンジェファーソン・エアープレーンジョーン・バエズなど歴史に残る豪華
ミュージシャンの数々。そしてラストのジミー・ヘンドリックスの唸るようなアメリカ国歌に至る
まで夢の様なステージ。そしてアーロー・ガスリー(ウディー・ガスリーの息子)の曲、アメリカ
ンパイが今でも頭に残る。


Woodstockのライブ演奏↓が聞けます。
YouTube無料動画 (Woodstock '69)

Woodstock '69

Woodstock Intro (序章)

Richie Havens (Live at Woodstock)

Ten Years After - I'm Going Home (Live Woodstock)

Jimi Hendrix - Purple Haze (Live at woodstock)





「21歳で意気揚揚!ついに上京」
GOGOアシベ
あの新宿のGOGOアシベでバイトをしながらバンド結成。ステージを練習場所に貸りる。
1年後照明と音楽の責任者となる。正面に大きなガラス窓のある部屋にはマイクとレコード
専用の2つのターンテーブルが。「むふふふ!」私の好きな曲がぁ・・・カ・ケ・ラ・レ・ル!
リクエストに乗りソウルやディスコサウンドをかけまくりましたよ。
Now〜explosion♪・・・ってマイクで叫んで曲をかけて!(思えばDJのハシリかも)

勤務時間外で日々の練習に没頭しているそんな最中、往年のプロギターリスト高橋氏に
スカウトされ音楽事務所との初契約。

「22歳〜」
バンドのギターリストとして東京を中心に関東地区でライブ演奏やステージで活動。
トラであちこちのステージに参加しまくる。コーラスではフォー・フレッシュメン等も勉強しま
した。当時、ドゥービー・ブラザーズタワー・オブ・パワーに没頭してました。


「〜27歳」
ハコの仕事やトラの仕事で都内をあちこち移動し休み無く働いていました。
ある日、新宿駅の地下道を歩いていてブッ倒れてしまう!
やがて無理が積もり、悩んだ末に遂にサラリーマン生活へ転進開始をする。

「同時期」
某米オーディオメーカー(弱電業界)の日本展開TRS事業部で働くことになり、やがて
サブマネージャーになる。

「以後」
実家の両親の田舎に戻る。只今、普通のサラリーマンとギター初心者の育成による
二足のワラジで奮闘中。




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