(長文注意)
のっけから陳腐な言葉で恐縮だが、今回の旅行をひとことで表すなら、「人との出会い」になるだろうか。それが結構面白かったのである。
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10月28日。岡山を朝出発し那覇空港へ。ゆいレールに乗って国際通りに近いちっちゃな食堂で昼飯。ここは妻のよく知る店で、気のいいお母さんが姉と二人で切り盛りしている店だ。「あら○○子ちゃんいらっしゃい。」まれにしか尋ねない客の名前まで覚えているのがすばらしい。ここで店にたむろしているネコたちと遊びながら昼食とする。 夕方の便で石垣空港へ飛び、離島桟橋近くのホテルへ到着。この日の夜は石垣の珍しいものを喰いに行く。石垣牛の生レバー、シカクマメの揚げ物、おこげのきのこあんかけ、ミジュンの唐揚げ、マコモダケの丸焼き・・・、メニューの中から珍しいものばかりをチョイスしたが、どれもかなりいけてたのである。 |
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10月29日。この日はまず竹富島へ。島の祭り(種取り祭り)をみにゆく。有名な祭りらしく見学者でいっぱいである。まあ私はあんまり興味がないんで、少しだけ見た後、港に戻って竿を出す。風の強い中頑張ってみるとオキフエダイの幼魚が釣れた(ブログ参照)。実はこのとき、青い背中をきらきらさせながら目の前を大きな魚が二匹連れだって泳いでいたのが波間に確認できたのだが、フライはまったく無視であった。はて正体はいったいなんだったんだろう。 石垣の離島桟橋まで戻り、昼食。実は前の晩うろうろしていてみつけたあやしい食堂へ入ってみる。店の外壁には「やぎ汁」、「島内一安いやぎそば」、「新石垣名物トニーそば\300」なんて文句の看板が、あやしいおにいさんの絵と共に掲げられている。勇気がいったが、店の中に入ってみるとそこは別世界であった。トニーとは小林旭、石原裕次郎に続く「日活第三の男」、赤木圭一郎のことだったのである。何故なら店内は赤木圭一郎のポスターだらけ。なんなんだろうここは。やぎそばと八重山そばを頼む。やぎそばをおそるおそる食べてみるが、ぜんぜん臭くない。うむうむ。とそばをほおばってると、そこにこの店のオヤジが登場。色黒で鉢巻き姿は海人(うみんちゅ)かと思わせる。実はその通りでマグロ船に乗ってアフリカまで昔はいってたそうだ。そしてこっちが頼んでもいないのに「おじさん6回もテレビにでたんだよー」なんて明るくしゃべりながらその番組を録画したビデオを見せてくれる。そのビデオもテレビの横のあやしい棚にお供えしてあるのであった。怪しすぎるぜトニー。後から知ったのだが、この「栄福食堂」結構有名なお店なんだそうだ。オヤジの強烈なキャラで、なんだろうけど。いや、そばも普通にうまかったっす。機会があればみなさんもどうぞ。離島桟橋から歩いてすぐである。 午後1時すぎ西表行きの高速船に乗る。海が荒れると上原行きはしばしば欠航になるのだが、今回もそうであった。宿は上原の港にごくごく近いのだがしかたがない。(※4月のレポートにも書いたけど、上原行きのキップさえ買っておけば、たとえ上原便が欠航であっても大原から船会社が上原まで無料送迎バスに乗せてくれるので、時間はかかるけど余計なコストはかからない。)高速船は時折かなり揺れながらも無事大原到着。フェリー会社の送迎バスを待つ間港で竿を出してると変な魚が掛かった(後日ブログでSaltさんから教えて頂き、無事魚種が判明。『メギス』という魚であった)。港内の波風が緩い場所にかなり沢山泳いでいた。フライを引っ張ると、彼らは脳天気に群れでチェイスしてくるのだ。 上原の宿に午後5時頃到着。宿の真ん前が上原港である。夕食までのわずかな間、「釣査」に。風はまともに向かい風。港の中だけど波がざぶざぶ。とても釣りが出来る状態ではない。そこで、港に流れ込む溝にふと気づく。覗いてみるとチヌらしい魚影を発見したのだ。ポッパーなんか投げてみるが無反応であった。 宿に戻ると夕飯がまっていた。その同じロビー内で宿の主人と地元のお仲間が楽しく宴会中であった。夕食後、沖縄三味線(三線『サンシン』)をやってるワイフが飛び入り参加。すると旦那も出てこいと大騒ぎ。どうもこの日は近くの学校で文化祭があったらしくすでにおじさま方は大変な酔っぱらいとして出来上がっていたのであった。そこに何故か郵便局長やら郵便船の船長さんやら小学校の校長先生やらPTAの方とかも参加していて、歌あり踊りありのお祭り会場となって夜が更けていくのである。得難い経験であった(後日聞いた話によると、その会場にいた男性諸氏はみな酔っぱらってて何をしてたのか記憶が飛んでいたらしい。記憶が飛ぶくらい酔っぱらっても三線と歌がばっちり決まってしまうのってどうかと思うのだが・・・しまんちゅは酒強いのねえ)。 |
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30日。やや二日酔いと旅疲れでグロッキー気味の嫁さんと一緒にぼーっと朝飯を食べる。今日は私はマングローブの釣り。嫁さんは島の散策である。9時にガイドサービスの店へ。宿から歩いて2分程度の近距離。4月にも同じショップを利用しているため、「お久しぶりです」の挨拶もほどほどに、潮の加減から最初は河口域での立ち込みの釣り、午後からカヌーで、という話がすぐにまとまる。まずは河口域へ。ここは島を半周している幹線道路の近くからジャングルの斜面を下り海に出なければならない。藪に入ると大きな木々があちこちで倒れていた。今年の9月に最大瞬間風速69mを記録した台風の影響である。聞けば西表は二日間(場所によっては三日間)停電し、家屋が倒壊したり大変な被害が出たそうである。ガイドさんの家もブロック塀が倒れちゃったそうだ。 倒れた木々の間を縫って海に到着。海側から強い風。こいつはちと手強そうだ。というか強い向かい風はどうやっても投げられそうにない。かといって追い風方向もバックキャストが出来ないので、却下である。しかたないので自分の左から右へ風が通る方向でなんとかフライを投げてみる。 前回、トップの釣りに拘泥し、いいことがなかったことを反省し、今回は最初からクレイジーチャーリーのような沈み系フライを引っ張る作戦である。これが正解だったのかどうか、のっけから魚の反応はある。フライにチェイスしてくる魚が時折波間から確認できた。そうしているうちにくいっくいっくいと小気味よい反応。20cmちょっとのコトヒキであった。前回最後の最後にメッキを2匹釣ってオデコを免れたが、今回はさい先がよい。この調子でたのみますよ〜と思ったら後が続かない。魚はストラクチャーのあるところばかりにいるわけではなく、見逃してしまうようなごく浅いところにも潜んでいて、人影やキャストするフライラインの影に怯えて逃げていく姿も見えた。勝手がよくわからないのである。 あんまりいいことなく河口部最初の大きな淵に到着。水深は最大で2mくらいはありそうだった。表層でもチェイスがあるが、念のためインターミディエイトにラインを交換。表層より若干下を狙ってみる。前回相性の良かったスパンコールを両サイドに巻いたストリーマーに交換した直後、凄い勢いでフライがひったくられた。魚はフライをくわえたまま一瞬で底に沈んでいった。この手の動きは根魚っぽいが、足下に7ヤード程度たらしていたフライラインも一緒に全部引っ張っていってしまったのである。体制を立て直しロッドで聞いてみると、なんと根掛かり。ガイドから何かあったのかと聞かれたので「根掛かりのようですぅ」と元気なく答えながらちょんちょんと竿を煽ると根掛かりがラッキーなことに外れた。すると第二波の魚信がやってきた。竿が満月に曲がる。ドラグを締め直し魚との引っ張り合いが始まる。何度かラインを出されたけれど、こっちもクラスティペットが16ポンド、ショックティペットがフロロの4号のラインシステムというやや大物仕様だったので強引に勝負に出る。暴れる魚を砂浜に誘導し、ガイドさんのネット(なぜかヘラ用(笑))におさまったのは、40センチほどの真っ赤なゴマフエダイ(マングローブジャック)であった。こいつも釣りたかった魚の一つだったので非常に嬉しい。ぱっとみチヌみたいな体型だが、胴が丸く、タイとスズキを足して二で割ったようなボディに赤茶けた頑丈そうなウロコ。やや長目の鋭い歯が口元に並んでいる。強面で迫力満点である。ガイドさんの話によると、ガイドした中でフライで釣ったゴマフエダイとしては最高記録ではないかということであった。 その後、なぜか生体反応が寡少になり、午前の部終了。いったん上がって昼飯とする。今回は島のおばあが一人でやってる食堂へガイドさんと一緒に出向く。そばをしてもらえるかと聞いたら、麺がないので買ってくるからまっておきなさいとの返事。島の人は親切である。原チャリでおばあが戻ってきてささっと麺をゆがき八重山そばの完成である。じつはこのおばあ、釣りが大好きで自分で釣ってきたミジュン(イワシの仲間)の酢漬けとパイナップル、そして自家消費用に炊いたという玄米をサービスで出してくれる。嬉しい&美味い。 なんか非常に満足して、午後の釣りへ。今度はカヌーを出してマングローブの川を釣り上がる釣りだ。早々にオニカマスの幼魚がヒット。次に支流域でゴマフエダイがベイトフィッシュを追ってジャンプしているところに遭遇。ポッパーなんか投げちゃってみるのだが、無反応であった。海ほどではないが、時折強い風が吹き、釣りづらい状況である。カヌーを流しながら要所要所を叩いてみるがちっこいメッキが釣れるだけである。そうこうしているうちに前回ターポンをバラした場所に遭遇。今回もライズをしている。どうもこのターポンという魚、川の中では年中同じ場所にいるらしい。フライを色々と交換しながら狙ってみるのだが、二度フライをくわえたのみでフッキングまで至らず。むむ。難しい。 さらに上流へ。ほぼ淡水域にちかい場所までやってきた。このあたりまでくると河口域のヒルギが優先する植生が収まり、多様な植物が生え、風景も変わってくる・・・・ということをガイドから聞かされて初めて気が付いた(^^;)。水面しかみてない釣りバカモード全開であった。んで、再び水面をみるとなんか魚がライズしている。そこへフライを投げるとがばっと出た。乗らない。もう一度キャスト。乗った。初オオクチユゴイであった。 その後今度は引き潮に乗って川を下りながら、竿を振る。しかし魚の活性もかなり落ちており、ほとんど無反応であった。午後5時納竿。撤収である。 この晩、ワイフは近くの公民館のような場所へ踊りの練習へ。私はいつのまにか意識が遠のき寝ていた。 |
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31日。雨である。といっても強い雨ではなく、降ったり止んだりだ。あいかわらず風は強い。昨日よりも強い。まいったなあ。沖縄南方の海上は波浪警報がでていた。朝食後、ガイドの店に行き作戦会議。島の南東部の風裏となりそうな場所へ入ってみることにする。ただしカヌーの上げ下ろしを手伝ってもらえませんかとのこと。釣りが成立するなら喜んで手伝いますってことでカヌーを拾いに昨日の川へ。ABS樹脂でできているカヌーは思った以上に軽く、ピックアップトラックに積み込むのもさほど苦ではなかった。厳重にロープで固定して、いざ南東の川へ。 この川はたしかに静かであった。まだ水位が浅いため時々カヌーから下りて竿を振りつつ上流へ向かう。どうも昨日のゴマフエダイで運を使い切ったのか、魚はいるにもかかわらずなかなか釣れない。少し小さめのフライも用意しておけば良かったかなとも思う。チェイスはしてくるのだが、どうもフライをくわえてもフッキングまでいたらないケースが多いからだ。とはいえ小さいサイズは、メバル用フライが当然ボックスの中にはあるのだが、ウィードガード付きじゃないのですぐ根掛かりしてしまい使いにくい。#8以下でウィードレス効果の高いものを巻いておくべきであった。 ちょっと開けた場所で、キャンディーパターンを使っているとなんか釣れた。オキナワフグの右目付近にスレ掛かり。こいつのふくれ方はタヌキの○玉みたいで少々滑稽。しかしというか、やはりこの後根掛かり連発となってしまったので#4のバス用オフセットフックに巻いたチャーリー系ウィードレス仕様に交換。まじめにマングローブの根回りを狙う。するとゴマフエダイのチビがヒット。フライ丸飲みであった。うーむよくわからん。 前方を見ていたガイドさんがライズ発見。どうやらターポンらしい。ターポンのライズは独特で、まるで水面の昆虫を食べているトラウトのようなライズをする。そして逃げるベイトが観察できない場合が多いので、あれは呼吸してるだの遊んでいるだの諸説あるようだが、真相はよくわからない。本当に虫や流下物の何かを喰っているのかもしれないし、喰ってるベイトが極小さなものなのかも知れない。実は今回ターポンを釣り上げたらストマックを覗いてやろうとストマックポンプまで持ち込んでいたのであった。けけけけけ(筒井康隆風)。 ライズの上流でアンカーを下ろしカヌーを固定。ダウンでロングキャスト。小刻みにリトリーブしていたらがつーんと来た。水面まで上昇し暴れるその姿はまさしくターポン様じゃありませんか。その後下がったり上がったりしながら何度目かの下への突っ込みの最中テンションがふっとなくなってしまった。あかん。またバラしてしもうた。その後ポッパーにも一回着水と同時にどばっとでたがこいつも空振り。結局またまたターポン様には振られてしまったのである。 その後川を下りながらメッキを少々追加。最下流域に近づくにつれ、魚の反応もまばらに。カヌーの撤収等もあり、やや早めの納竿としたのである。 さて宿に帰ると、京都から来たという初老の夫婦が新たな客としてきていた。どうも話を聞くとご主人は釣り好きで、旦那が釣り、奥さんが観光という我が家と行動パターンがまったく同じであったのには笑ってしまった。ところが若干相違点も。旦那はかなりの酒好きで、なおかつ三線に興味があるとのこと。実はこの民宿の主人は八重山古典民謡の先生だったのだ。この宿に決定したのもワイフの指名であり、ガイドショップと近かったのは単なる偶然。で、このご主人いわく、今夜先生と私のワイフに三線を習いたいとのこと。 晩飯が終わるとなんだかロビーが賑やかに。初日のメンバーが勢揃いして、またまた大演奏会(&飲酒会)が開催された模様である。え?なんで聞いたような書き方かって?そいつはねえ、実はわたくし、部屋に帰ったらバタンキューだったのである。ほっほっほ。 |
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11月1日。今日は西表を発って石垣島へ渡る日である。朝から結構な風雨。せっかくテラスに干していたシューズもびしょびしょである。荷造りをして、チェックアウト。ご主人に港のバス乗り場まで送って貰ったのだが、なんか二日酔いが辛そうにみえたのは気のせいだろうか・・・。 石垣島に到着後レンタカーを借りる。昼食に島の名物を食べさせてくれるこぎれいな店に。観光客の団体さんも相手にするような飲食店ではあるのだが、なかなかこれが侮れない。まず庭の手入れが行き届いている。古民家を移築して立てられた各棟も味がある。ギャラリーと喫茶が別棟になっていたりして、かなり初期投資やランニングコストにお金を掛けているようだった。センスも良かったし料理の味もなかなかのものであった。 夕方白保の民宿へ到着。おじいとおばあがやってる「いかにも」の島の民宿であった。おばあは耳が遠く、おじいは島の言葉でしゃべるものだからちょっと外国に来た気分。ところが、運がいいことにこの宿に2ヶ月投宿しているという50代の女性がいて通訳をかってでてくれた。ワイフが三線の練習をしている間に、私は海岸へ釣りに(この時の模様について、詳細はブログを参照されたし)。竿が折れた上になんにも釣れず、宿に戻る。今日は素泊まりの予定だったのだが、何故か話が通じておらず、晩飯が用意されていた。おじいの弟が海人で、彼が採ってきた魚のフライと刺身、スーチカ(豚の塩漬け)、アダンの芽のチャンプルー、じーまみい豆腐(ピーナツ豆腐)、御飯、八重山そばが食卓に並ぶ。一目でこれは勢いをつけないと食えない量だと判明・・・。がつがつ喰ってると、おばあが御飯のお代わりと八重山そばのお代わりを勧めてくれる。ありがたいんだが、もう食えましぇん。キツいです。そういえばこっちに来てから喰ってばっかりである。腹が一回り大きくなったような気がする。 腹いっぱいになってごろんといきたいところだが、道具の塩抜きやら片づけをしなきゃならない。ワイフは民宿近くの三線の先生宅に稽古にいってしまった。するとおじいが三線を出してきて「何唄おうかな」なんてかわいいことをいいながら民謡やら戦時中の歌謡曲など沢山レパートリーを披露してくれるのだった。その昔民謡酒場で唄っていたというおじいの唄はなかなか力強く大正生まれとは思えないパワーである。「安里屋ゆんた」、「十九の春」、「白保節」・・・。10時に独演会終了。観客は先に書いた50代の一人旅の女性と私の二人だけ。贅沢なひとときであった。 静かになったところで、バイオレットという沖縄限定の廉価タバコをすぱすぱとチェーンスモーキングするその女性客と色々話をする。この人はかなり聡明な人で、言葉が一つ一つ慎重かつクレバーだった。そこで、なんで一人旅をしているのかという聞きにくいことを、失礼ながら聞いてみた。随分前に離婚したことや怪我をしたことなども遠因だが、娘がやっと独り立ちしたことが一番大きいとのことだった。つまり、女性一人で子供の養育ために稼がなきゃいけないというがむしゃらな人生に安息が訪れたのはいいが、実は同時に大きな目標を見失ったのだという。それがそもそも旅のきっかけだと。 現在(直近?)の本業は留学コーディネーター、過去には染織家としても活躍していたそうだ。娘さんは英国の某Kぶりっじ大学大学院卒業だそうで、お子さんもなかなか優秀な方のようである。ふーむ。この女性のように才能と経済的余裕があったとしても、いやそうであったからなおさらなのだろうが、放浪が人生を見つめ直すモラトリアムだなんて簡単に切り捨てられないし、その重みや、複雑な思いが彼女の語り口から私でも理解できた。理知的な人であるからこそ、無意識で出たとこ勝負のようなバックパッカーのような生活を行い、自分を色々な環境に置いて、どう反応が起こるのかを観察しているようでもあった。これも広義の「知恵」なのかもしれない。ご当人はこの生活を「ずるずる」と形容していた。実は長野の家を出てから2年半もこんな「ずるずる」をしているらしい。目標喪失とは実はかなり恐ろしいことなのではないだろうか。 しかし、何の因果か、この日が長野に帰る沖縄最後の晩であったりして、色々話は尽きない。この「ずるずる」に入った最初は、「そうだ日本一周をしてみよう」だったそうなのだが、奄美に渡ったあたりから、「次はあっちにいってこっちにいって」という地図と道路のにらめっこが煩わしくなり、気が抜けてしまったそうである。島の生活や風習に興味が移り、石垣のこの宿を拠点に、離島を適当なペースで回ってみたらしい。沖縄のいいところ悪いところも色々聞いた。いやいやしかし凄い人がいるものである。というか、沖縄の島々は、彼女のようなストレンジャーにも優しくて、過ごしやすい環境を持っているというべきか。 |
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11月2日。朝の船便で経つため「ずるずる」の彼女は、早朝宿を後にしたらしく、私が目覚めた時には既にいなかった。彼女がまた新たな目標形成に成功することを祈らずにはいられない。 さて話の通じないおじい、おばあと私のワイフがしゃべっていると、なぜか朝食後、おじい、おばあを石垣の市街地へ送っていくという話になったらしい・・・?「まさか客に送っていけなんていわないだろう」とたかをくくっていたが、なんとおじいとおばあは、出発する我々のレンタカーに乗り込んでくるのであった。おばあは今日病院で検査を受けるらしい。どうもワイフのいいかたが悪かったらしくこっちが「送っていきましょうね」という話をしたと向こうは理解しているようであった。しかし気取らない二人だし、悪意があるわけでもなさそうだ。別にこっちも急いでいるわけでもないし、バイクの免許しかないおじいとおばあが気の毒だったのもある。また、旅の思い出にもなるだろうし、快諾したのだった。事実、市街地への道中、道沿いの珍しいものをおじいが色々観光案内してくれて面白かったのだ。 さすがに石垣の町中で車から降りる際、おばあが「おいくらですか?」といったときにはワイフと一緒に大笑いしてしまったのであるが・・・。 レンタカーを返し、公設市場付近で買い物をし、タクシーで空港へ。午後2時過ぎの飛行機で石垣を後にした。石垣の上空はなおどんよりとしていた。 |
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というわけで、長い長いレポートは終了です。釣りもまあ面白かったのですが、出会った人々も強烈でなかなか得難い体験をしたのでした。今回は、釣り以外の部分をかなり膨らませて紀行文風に書いてみましたが・・・・全部読んだらさぞお疲れだったことでしょう(^^;)。ま、ゆっくりお茶でも飲んでください。
では、おまけとして今回少し気が付いたことを補記として書いておきませう。