Shinji Orita 岡山市在住(釣りバカ)
はじめに
羽化を間近に控えた水生昆虫が、幼虫あるいは蛹から成虫に変態する期間、とくに水中から水面へ向かう昆虫、すなわち蜉蝣目(カゲロウ)、双翅目(ユスリカ)などは皮下にイマージングガスをまとい、太陽光などの光線によって全反射をおこし文字通りぴかぴかと光ることが知られている('94島崎)。これは水と空気の屈折率の差のため、ある角度を超えるとさしてきた光が全反射をするためである。この角度を屈折臨界角という('96増沢)。この全反射による光り方の性質は反射率という点でティンセルのようないわゆる鏡面反射を利用したものよりも比較にならないほど高いと言われている('01増沢)。西洋式毛鉤釣りいわゆるフライフィッシングにおいては、水生昆虫の形態的機能的模倣が古くから試みられており、この全反射光を取り入れるための工夫として、以前から浮力材を塗布した後に空気層を毛鉤の表面に形成させることなどが行われてきた。最近ではナイロンモノフィラメントを潰した素材を用い、実際に空気層を取り込んだ双翅目の蛹(いわゆるユスリカピューパ)の状態を模倣した毛鉤が考案されている('02杉坂)。本考察では、それを更に押し進め、作成の容易さとリアリティを追求するため極薄ポリエステル素材を用いて空気層をその内部に閉じこめ、全反射を起こすアブドメンの作成に成功したのでここに報告するものである。
開発の経緯
湯原自然ます釣り場は、キャッチアンドリリース前提の管理釣り場であり、そこに棲息するニジマスはオナシカワゲラ、ユスリカなどの水生昆虫を主な捕食物としている。私を含め釣り人達は、リリースを繰り返され毛鉤(以下フライという)に対する選択眼を洗練させたニジマスを相手に、常に様々な努力を重ねている。彼らは、フライの形態はむろんのこと、ティペット(釣り糸)の処理、ドリフト(フライを流すこと)させるステージも本物の水生昆虫に合わせないことには簡単に捕食行動を起こしてくれない。そうした中2001年12月、通常のユスリカピューパのフライパターンに行き詰まりを感じ、イマージングガスを閉じこめ全反射を起こすフライの作成を思い立った。
材料と方法
思いついた手法は極薄かつ透明なフィルムでアブドメンとして巻いたマテリアルの外周を覆い、フィルムとマテリアル間の水の浸透を遮断すれば可能であろうということである。まずはその材料となるフィルムをweb上で検索してみた。色々と吟味した結果、絞り込んだのは以下の2種類である。一つはサランラップ等塩化ビニリデン素材、もう一つはポリエステル極薄フィルムである。前者は入手が容易であるが、#24以下の極小フライをタイイングする際に細い短冊状に加工した場合、引っ張り強度に難があることが判った。注意すれば巻けないこともないが、切断したり、塑性変形を起こしやすい。一方後者のポリエステル極薄フィルムは我々一般にはなかなか入手しづらい。ところが、あることをすれば簡単に入手が可能であることが判明した。最近はあまり使われなくなったがサーマルヘッドを使用した感熱式プリンター用のインクリボンは、実は5ミクロン前後の極薄ポリエステルフィルムにワックスインキを塗布して作られており、このワックスインキを除去してしまえば良質な透明極薄ポリエステルフィルムの入手が可能である。また使用済みのインクリボンを使えば更に経済的でもある。なお塗布してあるワックスインキは、有機溶剤や揮発油を用いれば容易に除去が可能である。
実際の使用例
現在までにこの手法で数種類のフライパターンをタイイングしてみた。代表例としてユスリカピューパのタイイングの手順を説明する。
全反射型ユスリカピューパのタイイング
用意するマテリアル
タイイング手順
水中での効果事例
図−1は実際に作成したフライの画像である。リビングはラウンドラバーレッグを使用し、またフローティング用にエアロドライウィングのインジケーターを取り付けてある。アブドメンのスレッドは黒である。図−2はそれを水の中に入れてみた画像である。リビング間が銀白色に光っていること、つまり全反射を起こしていることが判る。
応用あるいは代用
最初にこのパターンを巻き始めた頃は、空気層の厚みをもっと厚く取るべきだと考えていた。そのため、アブドメンを形成するときにシルクダブ等のダビング材を使用していた。しかし空気層の厚みは上記の方法のように薄くしても、全反射の効果が十分得られ、なんら遜色がないことが判明した。ダビング材を使用しない方が極力アブドメンを細く形成でき、より実際のユスリカピューパに近いシルエットを作成できる。また発生する浮力も抑制できるので特にフローティングピューパのパターン等は期待される水面での姿勢に対する影響が少ない。
当然ながらこの極薄ポリエステルフィルムを使った全反射型アブドメンは、他のイマージングガスを抱いて浮上する水生昆虫へも応用が可能である。蜻蛉目(メイフライ)のヘアズイヤータイプのニンフ、フローティングニンフやイマージャーのアブドメンにも応用し、実際に釣果を得ている。また、ミッジ以外のパターンで有れば極薄ポリエステルフィルムではなく、ラップ等塩化ビニリデン素材でも短冊の幅を広く取れるのでタイイング上の強度の問題も少ない。白濁しているため若干透明度は落ちるが荷造り紐(これもポリエステルである)を使用しても問題ない。
更にこの極薄ポリエステルフィルムは、しなやかでかつ水に濡れても性質が変化しにくいという利点があり(塩化ビニリデン素材は親水性があるためか、水に濡れるとべた付き、昆虫の羽らしさが失われる。)、特に膜翅目(アリ等)のウィングやカワゲラ目のウィングを表現するのに優れている。湯原においては、オナシカワゲラ成虫のウィングを表現するに使用している。通常フィルム上のマテリアルはフライのウィングに用いるとキャスト時の空気抵抗が無視できず、フライの回転からくるティペットの撚れが問題となる。まったくその問題がないかといえばそうではないが、他のマテリアルに比べればましである。
結語
このように極薄ポリエステルフィルムを使った全反射型アブドメンは、水生昆虫のあるステージを表現するのに適しており、またそのフィルム自体も応用範囲が広いと考えられる。今後も様々な応用が考えられ、ますますフライタイイングの世界を豊かにするポテンシャルを秘めていると期待される。
参考文献
というわけで論文めかした冗談のようなものを書いてしまいましたが、なかなか使えると思ってたりして(ちょっと自画自賛モード)。わたしこの手法で作ったピューパを勝手ながら「ぴかぴゅー」あるいは「ピカピュー」と名付けております。特に商標等の申請はしませんが、もしこの駄文をよんで巻いてみようと思われた方、あるいは実際に使われた方は「ぴかぴゅー」で釣ったと宣伝していただければ幸いです。なお報告の義務はありません(笑)。
あと肝心の効果ですけど、はっきりとこれじゃなかったら駄目だったというシュチュエーションにいまだ遭遇しておりません。残念ながら。しかし普通のピューパパターンに劣るということは全くないです。もう少し場数をこなす必要がありそうです。すごく効いたということがればこの論文?をまた更新したいと思います。(2002.4/24記す)