バスフィッシング雑感

〜あるいはプロフィールのようなもの〜

 

 私がバスを初めて釣ったのは大学生の時である。忘れもしない1989年の10月の下旬。場所は茨城の牛久沼だ。

 今から思えば恥ずかしい話だが、引き方の分からないバズベイトを水中!で使っていて偶然にも釣れてしまった。その後どっぷりとバスにはまった。松戸駅の近くに上州屋があり、買いもしないルアーを眺めによく通った。徳永謙三氏の「ブラックバス」を買い、何度も読み返した。そのころは自転車しか移動手段がなく、友人の車に乗せてもらっての釣行が多かった。

 釣りに行きたい衝動を抑えがたく、江戸川で鯉を釣っていた。卒論は適当にでっちあげ、自転車での江戸川通いが続いた。今から思えば当時の江戸川の鯉は魚影も濃く私のような素人でもよく釣れた。仕掛けは吸い込みだった。外道で巨大なレンギョを釣ったり、目を開けていられないような激しい季節風の中でようやく一匹ものにしたり、真冬に一晩明かしてみたりと色々と思い出がある。ほんとに馬鹿だねえ。実は今も変わっていないのだが。

 就職のため出身地である岡山に戻り、本格的に道具を揃え、バス道に精進した。岡山は河川、湖沼、ため池が多く、また現在のようなブームが訪れる前だったので関東に比べ釣り場は空いていた。ルアーもそれほどシビアなチョイスはいらなかったような気がする。今では信じられないが、児島湖付近のある場所では、置き竿の先に付いていたルアーで釣れてしまうので竿の置き場をよく考えなくてはいけないほど釣れたこともある。

 車で走り回り、地図帳に釣れた場所をマーキングし自分用の釣りマップを作った。毎日ように仕事が終わってから釣り場に直行した。またニフティサーブ上で知り合った連中と毎週のようにオフラインミーティングを行い、情報交換を怠らなかった。我々の活動は岡山・倉敷桃色釣狂集団「ち〜む桃太郎(略して”ち〜もも”)」として名を轟かせた。ち〜もも主催のあるオフ会釣行では、40cmUP連続13匹とか、トップウォータープラグで40匹とか、とんでもない記録が会議室にアップロードされた。多分あのとき、岡山は世界で一番釣れる場所に違いない、と思わせるようなあっぱれぶりだった。私のハンドルネームは「信長」であり、ありがたい?ことに「野池大名」というニックネームまで頂いた。


 バスフィッシングの世界は大多数がおかっぱりであるが、ボートを使ったトーナメントも盛んに行われている。ここがトレンドリーダーとなっている部分がある。大ざっぱに言えばトップにJBというプロリーグがあり全国的にはNBCという団体がアマチュアのチャプター戦を開催している。私は何を血迷ったのか一時期NBCの東中国チャプターに参加していたことがある。ボートを持っていなかったため、ボート所有の知人と共にエントリーしていた。

 そこではある特定の日の一定の時間内に5匹のバスを釣り上げその総重量で順位を競い合う。釣りと言うよりもこれはスポーツや勝負ごとの世界に近い。運もあるが、圧倒的に技術や情報戦に長けていないと話にならない。私はつくづく自分の技術のなさを痛感した。いざトーナメントとなるとそんなに簡単に釣れないのである。いままでさんざん釣っていたのはただ簡単に釣れる魚がそこにいたという、ただそれだけのことだったのだ。

 次の年も懲りずにエントリーしたが、同行の知人の仕事が忙しくなったり、自分がフライフィッシングに移行しつつあったりでその年は一度もトーナメントには出なかった。したがってたった1シーズンの高々数回のトーナメントに参加しただけなのでエラそうなことは言えない。しかしいろいろと感じることがあった。

 ストラクチャー、行動、シーズナル・パターン、時間帯的条件、フィッシング・プレッシャー、あらゆる条件を頭にインプットし正解を導かなければならない。具体的なテクニックはその次のような気がする。今日は運が悪かったという認識だけで終わっていては勝てないのである。自分が得意とする釣法を磨きスペシャリストとなることも必要だが、これは当たり外れが多い。ハイリスク・ハイリターンのギャンブルとなる。常に釣果を得ようと思ったらオールラウンダーとしてリスク回避の思想が不可欠である。まるで経済学だ。

 私の興味がバスから離れかけた時期と並行して、次第にバス釣りがブームとなりつつあった。漫画、雑誌、アニメーション、マスコミ、ゲームなどのメディアによる扱いが大きくなり、特定のルアーが品不足となって投機的なプレミアムがついたり、マナーの欠如した一部のバスフィッシャーのためにトラブルが多発した。最近多少は落ち着いてきたような気がするがちょっと異常である。しかし、私は異常であるからといってバスフィッシングを否定したりするつもりはない。ヒートしたり、クールダウンしたりするのは世の常だからである。簡単に言えば釣りの環境として荒れてきた。電車を否定はしないが満員電車は嫌いなのと同じ理由で、しばらく時間を置こうと思っている。


 ここからは馬鹿話である。

 何故バスがブームなんだろうか。ざっと思いつくままにあげてみると、

・アメリカナイズされたゲームだから

・生き餌を使わない、釣れた魚を殺さない、つまり「手を汚さない」釣法だから

・ロッドやルアーがかっこいいから

・流行ってるから(他の人がしているのが面白そうだから)

・ゲームとして非常に面白いから

・バスがかわいい(かっこいい)

・比較的都市近郊でも釣れるから

・アウトドアブームの一環

・その他

 他にも要因は色々あるだろう。一般的な釣りの快感原則については別の考察をしてある(ない?)のでそちらを参照してもらうとして、バスに限ってみると、上記の理由以外に今の日本の社会に非常にマッチしていたからではないかと思う。流行るべき素地が十分にあったと。余暇の増大に伴うレジャーへの時間配分の増大。自家用車の浸透。不景気による高額レジャーの不振。トレンドリーダーの存在。もともと釣り好きの国民性。世界的レベルの釣り具メーカーの存在・・・。

 まあ私のような素人がマーケティングの分析や社会学的分析をするのも力不足だし、そろそろやめにしたいが、たまには考えてみるのも面白い。

 そもそもバスフィッシングの世界ってなんなんだろう。正面からそれを記述するのは私の能力を遙かに超えるので、背後から考えてみたい。・・・手抜きである。


 ボードリヤールというフランスの社会学者は物の消費ではなく、記号の消費への移行という考え方を提示している(らしい・・・この人の書物を直接読んだことはない)。ルアー(竿や他の道具も含めて)って要するに「記号」なのだ。シンボルと言ってもいいかもしれない。このルアー(記号)がきちんと「世界」にあてはまると、「魚信」として回答がある(ような気がするだけかも知れないが)。従って「記号」の種類、使い方が非常に大切であり、この「世界」から上手く答えを引きだそうと思ったら、「記号」の学習や投資、収集が必要となってくる。なーんだ、これは言語活動と同じなのである。

 賢才のボードリヤールに関する解説を読むと、現実の中からモデルを見いだすのではなく、モデルから現実を作り出すのが記号の世界らしい。シュミレーションから世界を把握するのだ。これをあてはめてみると、ルアーを通じて「バスフィッシングの世界」を作り出しているのだ。従って、生き餌でバスを釣るのは「バスの餌釣りの世界」であって「バスフィッシングの世界」ではない。別世界である。


 やはり話が馬鹿話になってきた(笑)。馬鹿になったのでもうやめる。

 また、一般にタックルは人間と魚とをジョイントする媒体(メディア)である。ルアーフィッシングタックルは餌と比べ、奢侈で種類が多く、遙かに虚構性に富む。だから、逆に言えばルアーという商品は「物語性」を必要としているとも言える。ルアーは自分が「バスフィッシングの世界」の中でどこに位置するのか、他のルアーとの差異はどうなのかをアピールする。これは釣り人に対してである。バスに対してではない。だからバサーの内部では「人を釣るルアー」という言葉が存在する。

 例え木の枝に針を付けたものでも、消しゴムや鉛筆に針を付けたものでもバスは釣れるはずである。実際に缶ビールのルアーや、怪獣やキャラクター商品のルアーまである。これは「物語性」がどこから来ようがかまわない、どんな「物語」でもかまわないということを示している。逆に売れないのは「物語性」が希薄なルアーである。

 多分私はこんなことばかり考えているから釣れないのだ。簡単なことであるが実際の釣果とこんな議論とは全然結びつかないから。でも大丈夫である。

 なぜなら今、凄いルアーを考えついたからである。世界最高の聖なるルアーである。これは売れるぞー。大金持ちになるのだ。わははは。

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