補記その2という形で書いていたのだが、あまりにも長くなりすぎたため別ファイルとした。以前のファイルはこちら。
■二つの重大事件
清水国明らの「オオクチバス再放流禁止義務不存在確認等請求事件」に関して、2003年1月20日に大津地裁で第一回目の公判がおこなわれ、原告側の意見陳述があった。二日後の1月22日。大きなニュースが飛び込んできた。滋賀県警は、米原町・上多良漁業協同組合の組合長、川森芳一容疑者ら8人を恐喝未遂容疑で逮捕したのである。国道工事関連で川が汚れたため魚が捕れなくなったと嘘をついて金銭を工事業者に要求したらしい。この川森容疑者は県漁連の会長でもある。さらに二日後、1月24日。またまたニュースが。琵琶湖の漁船900隻のうち三分の一にあたる300隻がエンジンの出力を実際よりも小さく偽り、虚偽の登録をしていることが発覚。滋賀県は任意の立ち入り検査を行うことに。違反している場合登録の抹消と一ヶ月の操業停止の処分を行う予定である。
なんともまあ脱力してしまうニュースである。何故この時期にとか、それは反○○○派の某○○の意向が働いたのではないかとか、これから裁判が本格化する前に県にとってマズい部分は切り捨てを図ろうとしたのではないか、など色々噂はあるようだけど、そんな噂に関してコメントのしようがないのでお好きな人は情報をしっかりフォローしておいほしい。ということで簡単に済ませて申し訳なし。
結局この外来魚に関する議論の最大の難関は何かといえば、それは「説得の困難さ」に尽きる。自然保護か、それとも利用か、あるいは環境や漁業者の生活権云々以前の問題に、それがでんと転がっているのである。早い話が、バスアングラー(およびそれに依存する業界)さえ「説得」できれば何も問題はないのである。何度も書くが、それはバスアングラー自身がバス釣りの内在的ルールを変更する以外に道はない。
ただどうしても琵琶湖でトーナメントをやりたい。駆除にも協力するという団体もいるらしいので、バスアングラーも一枚岩ではなく、温度差があるようだ。
■説得力の低下への懸念
説得の困難さとは、簡単に云えば以前書いたように、バス愛好家との議論は「恋愛しているヤツになにいっても無駄」というそれである。上記のニュースに私が脱力してしまうのも、滋賀県はさらに説得力を失ってしまったことがはっきりしてるからである。在来魚減少の一因として漁業による乱獲を疑われてもしかたがないからである。
この際だからちょっとこのあたりについて補っておこう。在来魚減少の原因は色々といわれているが、外部要因からいえば、開発による琵琶湖の水瓶化(ダム化)、水際の葦の喪失、汚水の流入による富栄養、内部要因として魚食性外来魚の繁殖による過剰な捕食、などが従来からいわれてきた。一部漁業による乱獲もあったのではないかといわれてきていたようだが、滋賀県は以前「琵琶湖の漁業は生態系と共存している」などと述べてきた経緯もあるとおり、公式に漁業による乱獲はその原因であるとは認めていないと思われる(私が知らないだけかも知れないが)。しかし、今回の事件を契機に本当にそうなのか、きちんと調査をして説明する責任が滋賀県にはある。
なんだ、結局は乱獲も原因じゃないかということになったら、困るのは滋賀県であり、まじめな漁業従事者達であろう。そもそも在来魚の資源量はどの程度あるのかきちんと把握されているのだろうか。
以下書くことは無駄なのかもしれない。そんなあたりまえのことちゃんと把握してますよといわれれば杞憂に終わるからである。だがしかし、そうでなかった場合、さらに脱力感に襲われることになるだろう・・・。
平成3年度外来魚対策検討委託事業報告書『ブラックバスとブルーギルのすべて』(全国内水面漁業協同組合連合会)に簡易な個体群の繁殖モデルが載っているのでそれをもとに考えてみる。
増殖量V=dP/dt=rP(1-P/K)
一般に、
となる。
これから何がいえるのかといえば、こうである。有用な経済種の魚Aがいるとする。魚は無限大に棲息できるわけではなく限界があり、それを環境許容値という数値で表す。例えば琵琶湖において魚種A が1,000tの環境許容値を持っているとすると、Aは1,000t以上増えることはない。
漁業として一番理想なのは、絶滅させずに漁獲し、さらに最大の漁獲率をあげることである。そのためにはどうすればいいのかといえば、Aの最大増殖率をたとえば0.4とすると、上記の数式からいえることは、自然増殖量が最大となるのは環境許容値の二分の一のときであるので、資源量をP=K/2=500tに維持し、そのときの増えた分だけを漁獲すればよいということになる。このときV=rK/4より、V=0.4*1000/4=100tである。つまりこれがベストである(これを最適漁獲率という)。しかし例えばr/2以上、200t以上漁獲していたとすればそれは乱獲であるということがわかる。
滋賀県は各魚種毎の環境許容値と最大増殖率を明らかにすべきである。漁獲高は資料としてあるが、それだけでは乱獲かどうか明確には分からない。
■琵琶湖の漁獲高の推移からいえること
琵琶湖の各魚種別漁獲高についての資料はこちら(滋賀県農林水産部水産課)のとおりである。全漁獲高(t)でいえば、昭和30年頃を100とすれば現在の漁獲水準は概ね20程度と最盛期の5分の1の水準まで落ち込んでいる。だが、見てのとおり、ブルーギルが最初に琵琶湖で確認されたという昭和40年頃には既に100から60程度の水準に漁獲高は落ちているのである。ちなみにブルーギル1400匹が滋賀県水試に分与されたのは、昭和38年である。
また、バス擁護派の言説として琵琶湖の在来魚が減ったのは「琵琶湖総合開発」など琵琶湖の「ダム化」が原因だとする説を時折耳にするが、それでさえスタートは昭和47年である。
上記から分かることは、琵琶湖の漁獲高は、外来魚の侵入よりも、さらには琵琶湖総合開発よりも以前から下降傾向であったということである。滋賀県水産課の資料は昭和28年以前のデータがないため、それ以前の推移を推し量ることはできないが、遠くは明治時代に遡る水位調整や昭和30年代の高度成長期に伴う環境破壊、都市化や農業の近代化に伴い流入する河川の水質変化等の影響が大きいのかもしれない。あるいは考えたくないが漁法の近代化に伴う乱獲がこの時点まで遡るのかも知れない。
またデータがきっとあると思うのだが、残念ながら調べが足りず私には分からないのが産業構造の変化に伴う漁業経営体数の減少である。漁獲高の減少は経営体数の減少とパラレルではないのかという推測ができるからである。(もしこれだとすると漁獲高が減っているという事実とそれが琵琶湖の経済種の資源減少を必ず証明しているのかといえば、少々疑問を挟まざるを得ない。そんなことはないことを願いたい。)
琵琶湖の在来魚減少には多くの要因が考えられる。私は、バス擁護派がよく使うフレーズのように、「ブラックバスは悪くない、悪いのは開発である。」などと云いたいわけではない。なぜなら在来魚/外来魚という切り口から考えれば、外来魚の影響が全くないとはとてもいえないと考えるからである。(外来魚の繁殖は下降傾向の琵琶湖の生態系にさらに追い打ちを掛けたといわれていることに異存はない。)私が知りたいのは事実である。
さらに、先ほど書いたように、経済種に対する乱獲があったのかなかったのか。たとえあったとしても外来魚の影響を排除すべきという議論の修正を迫るものではないが、外来魚の影響を排除すれば事足りるかのごとき言説は眉唾物であることは誰の目にも明らかであろう。
■利害調整を行い共有地の悲劇を防げ
「共有地(コモンズ)の悲劇」という言葉がある。(参照:http://homepage1.nifty.com/NewSphere/EP/b/game_kyoyu.html)資源量はいくらなのか、漁獲できる漁獲量はいくらなのか把握し、合理的な利害調整を図る主体(あるいはシステム)がないと、漁業従事者が各々自分の利益が最大化するよう漁獲に精を出す結果、それが乱獲に繋がり、だれも獲るもの無くなってしまうことは目に見えている。(そもそも上記の漁船エンジン出力の抑制も目的はそこではないのか?)そしてその主体たるべき県漁連の会長が、もろにたかり体質というか、恐喝という不当な金銭要求をした犯罪者である可能性が濃厚とはなんともやりきれない。
もし、漁業による乱獲が明らかになった場合、「琵琶湖の漁業は生態系と共存している」と今後もいえるように、すみやかに利害調整を図るべきである。
■駆除のランニングコストの考え方は合理的なのか
さらに以前も書いたが、外来魚を駆除するので有れば徹底的に駆除する方が経済的だという議論があることをここでもう一度書いておこう。滋賀県の当面の目標は概ね外来魚の資源を現在の水準よりも半減させることに置いているが、それでは超長期コストを考えると税金の無駄遣いとなりかねない。なぜなら資源量を半減させたとしても資源増殖モデルから考えれば、最適漁獲となってしまうため、駆除に掛かる費用が恒常化し、半永久的に外来魚を駆除する作業を続けなければならない。やるときまったら絶滅を目標にしなければ意味がない。(純粋な意味での絶滅は無理としても理想は。)
そして、外来魚はキロ350円で県が漁業従事者から買い取るということは、県の方針に批判的な人々から、結局は形を変えた漁業従事者への補助金であるとうがった見方をされる恐れもある。前掲の「ブラックバスとブルーギルのすべて」に外来魚絶滅への試算という資料があるが、それによれば年間で漁獲率0.5という高水準の駆除を行ったとしても絶滅まで30年以上かかるといわれている。現在の推定外来魚資源量が3000t程度といわれており、つまり初年度には1500tもの漁獲が必要となる。今の駆除の水準(年間300tといわれている)では、実はお話にならないという批判がどこからか出てもおかしくないはずなのだが、私は聞いたことがない。幸い私が知らないだけならいいのだが。
ポーズだけで実効性のないことをやっても「良かれという意図は、良き結果を必ずしも保証しない。」ということを証明するだけにおわる可能性がある。
■知事は自然中心主義を表明??
さて最後に興味深いことをひとつお伝えしよう。以前私は「小論・バス問題の解決に向けての一考察」の中で、自然保護を巡る人間中心主義VS自然中心主義の議論に少し触れたが、国松滋賀県知事は「ようこそインターネット知事室へ・・・」の中に「琵琶湖レジャーの新ルール」というコラムを寄せている。なんと知事は「私たちは今一度、『人間中心』から『自然中心』へと、生き方を変えていかなければなりません。」と述べている。ひょっとしたら知事はそんじょそこらの「なんとなく心情的環境重視論者」(「なんちゃって自然主義者」などと書くと怒られちゃうかな?)など恥ずかしくて出てこられないような徹底した環境ファンダメンダリストの可能性がある。次回選挙から保守系政党の支持が得られるかどうか微妙ですぞ。最近一連の琵琶湖の漁協への厳しい取り締まりの根源はここにあるのではないかなどと勘ぐってしまうのは空想しすぎだろうか。
まあそれは冗談だが、知事様は、リリ禁に対する多数のパブリックコメントへの回答として、人間中心主義であればバス釣りに対して経済的価値を認めざるを得ず、やむなく「自然中心へ」なんて書いちゃったのかなとその苦しい胸の内はお察し申し上げますが、はっきりいえばそれは自然のためには人間の諸活動は制限されるべきだという全体主義に結びつく危険性があることは理解していらっしゃるのでありましょうか。極端なことをいえば自然のためにヒトは死ねという命令さえ容認する可能性がある「危険な思想」なのだ。
え?私ですか?私はどちらかといえば人間中心主義のリベラリストです(笑)。しかし以前も書いたように人間中心主義VS自然中心主義という二者択一しか選択肢がないとは考えていない。人間中心主義と自然中心主義の間に横たわるグラデーションの中で試行錯誤しながら合理的に利害調整するしか道はないという立場である。
そしてリベラリズム(自由主義)を尊重するからこそ、このリリ禁に関しては「他者危害原理」の位置付けがどうなるのか非常に気になる。バスアングラーが釣ったバスを再放流することが果たして他者危害にあたるのか。非常に微妙であるといわざるを得ない。
以上'03.1/31記す
経済種の乱獲があったとしてもそれは結果としての乱獲という場合があり得るので補足しておく。外来種による捕食によってP値が下がった場合、乱獲するつもりじゃなかったのに結果として乱獲になってしまったという可能性は捨てきれないからである。それについてもお前は責めるのかといわれれば正直、少し気の毒な感じがしないでもない。
もう一つフォローを。ブルーギルとブラックバスの駆除に関して最大自然増殖量を各々計算してみたので参考までに。(参考資料『ブラックバスとブルーギルのすべて』p.209-210)
つまり合計で年間約600t程度は漁獲しないと乱獲とはならないという結果になる。さらにいえばこの600tという数値では、環境許容量の二分の一の最適漁獲で平衡を保ってしまう(P=(2800+1500)/2=1400+750=2150t)。それを維持していくのは相当の負担である。また別の問題も発生する。上記、『■駆除のランニングコスト・・・』では書かなかったが、この最適漁獲の時というのは被捕食者である在来魚等に対してもまだ一番捕食圧がかかっている状態のままなのだ。600tの最大自然増殖量があるということは、その10倍の6000tの資源が餌として捕食されるともいえるからである。当然この失われる資源量もこのときまだ最大値をキープしているのである。
だから外来魚の資源量を半減させるという滋賀県の目標はあくまでも絶滅までの通過点ということにしておかないとおかしいのである。そのへんのところは外来魚問題に苦慮している人たちは本当に分かっているのであろうか。(色々な資料をみるとバスは減っているようだが、ブルーギルに関しての現在の資源量はほぼ環境許容値と等しいと思われる。)んー・・・ひょっとしたら私がバカなので認識が間違っているのかも知れないが、もし正しいことを知っている人がおられたら教えていただきたい。
そして我が陣営である人間中心主義たる経済主義(^^;)からいえば、超長期的コストを考えるならば、思い切った処置を行わない現在の県の駆除対策事業は批判しなければならない。以前滋賀県では年間300tを4,500万円で処分するという予算を付けていたはずで、これだと処分費が15万円/tかかることになる。600tだと9,000万円が年に必要である。それが半永久的に続くことも問題であるし、在来種に対する脅威も最大の状態が維持されるのも問題だ。ちなみにこれは漁獲率fでいえば0.275、つまり0.55の半分である(f=r/2)。
技術的・物理的に可能かどうかは別として、せめて漁獲率0.4程度にまで上げられないだろうか。私の試算では処分開始から30年後にブルーギルなら資源量約60tまで減らすことが出来る。30年間にかかる処分費のトータルは約10億2千万円である。
これを上記のf=0.275でやってしまうと18億円必要であり、残りの資源量はブルーギルの場合1400tのままである。どっちが経済的かつ安全なんだろうか。ついでにいえば100年間やったとしても平衡してるので残りの資源は当然1400tのままである。ちなみにそのときは処分費トータルで52億円もかかることになる。
実はここで面白いことを思いついたのだが長くなるのでまた今度。
簡単に云えばリリ禁もやめる理由ができるし漁業従事者も採りたくない外来魚を採る必要もなくなる方法である。釣り人でもなく漁業従事者でもなく第三者を呼び込むのだ。単に金儲けという目的で外来魚を取ってもらうシステムを開発するのである。
以上'03.2/5記す。2/15修正