池田底抜け本への感想

「底抜けブラックバス大騒動」池田清彦ISBN4-88536-531-7

 

直接関連リンク
出版元つり人社該当ページ
http://www.tsuribito.co.jp/shopping/book/page/372.htm

bk1紹介ページ
http://www.bk1.co.jp/product/2533020

アマゾン
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4885365317/249-1797657-2890767

 というわけで、フライの雑誌社の水口本に引き続き、今度はつり人社が池田清彦氏の本をめでたく出版である。なんだかなぁ。いや実は私、この池田氏、嫌いではない。私と考えが似ている部分もあるし、面白い物書きであると思ってる。webで検索してみればわかると思うが、水口憲哉氏に比べればはるかにビッグネームだろう。一般向け書籍も多い。最後におまけで小リンク集をつけたので参考のこと。ここで少し乱暴かつ印象的なまとめ方をしてしまうと、池田清彦氏は、思想系ではある程度顧客が存在しているというか、人気があり、逆に理系からの評価は低いということが分かると思う。

 この本、基本的にQ&A方式で作られている。また、書き下ろしではなくて、編集部との対話を急いで語りおろし形式で作成したのではないかと思われるのであるが、逆にとっつきやすく、非常に読みやすい。これは、出版社が主に狙ったマーケットはバスアングラーであり、分かりやすいものにしようという工夫なのだろう。「読みやすさ」という点では、水口本よりも成功している。

 さて、内容である。私がいまさら、細かいツッコミを入れる必要はないと思われる。実はかなり荒削りというかかなりラフな代物なのだ。(詳しくは、2ちゃんの「【守旧】heizoheizo氏のスレ【バス擁護】」でなぜか活発で参考になる議論が行われたのでそちらを参照のこと*1)もう一つ印象的批評で申し訳ないが、養老孟司著「バカの壁」の読後感にも似た、ある種のざらざらした違和感を感じざるをえなかった。(あ。そういえば彼らはお仲間であった。*2)

 多分私以外の適任の方が、正しく鋭く批評を行うと思うので、私は軽めに書いておきたい(すんません。ちょっと最近公私共々妙に忙しくて、じっくり書けないのが実情なのである。)。池田氏の主張の根底には「恣意性の権利を最大限尊重すべし。その規範は唯一、他者の恣意性の権利を侵犯しないことである。」という考えがある。これは他の著作「正しく生きるとはどういうことか」、「構造主義科学論の冒険」などを参照のこと。この考えを換言すれば、一元主義の否定と多元主義(価値相対主義)の擁護になる。例えば、本書においては、「生物多様性原理主義者」を一元主義者と見立て、これを攻撃するという形にそれが顕著に現れている。

 それは「わら人形」*3ではないかという批判はさておき(^^;)、私も「恣意性の権利」という考え方に、基本的には同意するものである。ただし、池田氏のこの考え方は、実はJ.S.ミルが規定した自由主義の原則とさして変わりがあるわけではない*4。だから私が同意するのは、ミルの自由主義の原則を肯定する意味においてである。ところで、私が引っ掛かったこの本の最大の問題は、以下の通りである。池田氏は、恣意性の権利を認める一方、環境省が決めた特定外来は「恣意的」だと批判しているところである。環境省や自然保護を訴えている人々には恣意性の権利はないのでございましょうか?池田先生。いってることに矛盾を感じるのだが、それも「恣意性の権利なのだ。」とでも居直られるのであれば、「恣意性の権利」ってなんて便利な言葉なのだろうかと感心せざるを得ない(笑)。 (これは、ちょっと意地の悪い批判なので下記に『付記』として書いておきます。)

 また、価値相対主義は、結局は喧嘩両成敗にならざるを得ない。つまり、ブラックバスの完全擁護(無罪証明)まではできない。この本を積極的に解釈しても、擁護派には気の毒だが、バスが全面的に居て良い存在であることにはならないことに留意が必要である。そして蛇足ながら書いておくが、論理的には、価値相対主義者は、価値相対主義を認めない立場を認められるのか、認められないのかというアポリア(自己言及矛盾)を元来ははらむのである*5。

 もう一点が、自然主義的誤謬論を本当に理解してるのかどうか怪しい点である。瀬能氏を最後に批判しているところなどは、上記の2ちゃんスレでこう批判されているので引用する。

「ザイン(あるもの=存在)」から「ゾレン(あるべきもの=当為)」
を推論することは「自然主義的誤謬」である。

底抜け本p124によると、池田氏が瀬能氏の、
「科学に政治は不要だが、政治に科学が必要なのは当たり前のことである。」
という発言を捉えて、
「科学的な主張と政治的な主張を混同することは間違っている。」
と批判してるのも、上記の自然主義的誤謬を意識していると思われる。

だが、瀬能氏の発言は特に間違っているわけではない。
「ザインにゾレンは不要だが、ゾレンにザインが必要なのは当たり前のことである。」
と言い換えてみればよい。あるいは翻訳して、
「事実判断に価値判断は不要だが、価値判断に事実判断は(手段として)必要なのは当たり前のことである。」
とでもしてみれば、もっと理解が容易であろう。
むしろ瀬能氏の発言を自然主義的誤謬と混同し、混乱を呈しているのは、池田氏のほうだったのだ。」

 と、まあ批判ばっかりになってしまったのであるが、評価している部分もある。例えば、里山等二次的自然は人為の「結果として」の自然であって、いわば、歴史の無意識の産物である。これをあえて守ることは難しいという池田氏の指摘は正しい。税金等を投入して、その人為(的働きかけ)を維持するのは、無理がある*6。逆に人々の生活様式を古き良き時代に戻せるのであれば、それに越したことはないが、それはロマンティズム以外の何ものでもない。社会システムに手を加えず、生活様式だけを固定することは困難である。あえて過去の風景や生活様式を守る余裕があるなら、そうすればよいが、むしろ時代に即した二次的自然しか求められないし、里山的環境は部分的なものしか残せなくてもかまわないという諦念こそが、逆に「自然」なこと(=無理のないこと)ではないかと私は思う。いつぞや書いたように、ナショナルトラスト的な保全を目指すのなら、私は賛成である。

 バス問題も無理のない解決方法を探りませう。

 アマゾンのカスタマーレビューが最近書かれたみたいなので、リンクを追加してみた。バス問題の裏には、「利権」にたかる黒幕が存在するという「謀略説」を思いついてみたり、やっぱりバスは悪くないんだ式の納得をバスアングラーにさせる為にこの本が機能しているとしたら、ちょっとまずいんじゃなかろうか。


*1.実は私も数回カキコしているのだが、それがどれかについては極秘事項なのである(^^;)。

*2.虫屋さんだし。鼎談本もある。私はその昔、養老氏のファンだったのだが、最近書いてることがワンパターンな「養老節(=脳化社会論、身体性回復)」の変奏ばかりで、正直食傷気味。否、それが最大の原因ではなく、どうも彼のいっていることを冷静に読んでみると、実は、少数の事例を一般化しすぎという「不当な一般化」傾向が少々危なっかしいのである。特に「バカの壁」はそうだった。まあ学術書じゃなくて、本人はエッセイくらいの軽い気持ちで書いて(あ、あれも正確には語りおろしである)るんでしょうねえ。読んでる読者の大多数は、元東大医学部教授が書いてるから正しいに違いないと無批判に信じてしまうので、なお悪いかもねえ。

ところで、この二人がたばこをテーマに対談しているのを発見したので下記リンクに追加(2005.0507)。池田先生相変わらず、「嫌煙権運動を『禁煙原理主義』と揶揄」してます。

*3.架空の論敵を攻撃することで、相手(陣営)を批判したつもりになること。ここでは「実際に生物多様性原理主義者なんて存在するの?」という疑念としてそれを指摘しておこう。

*4.(引用「現代倫理学入門」加藤尚武・講談社学術文庫p.167)

  1. 判断能力のある大人なら、
  2. 自分の生命、身体、財産に関して、
  3. 他人に危害を及ぼさない限り、
  4. たとえその決定が当人にとって不利益なことでも、
  5. 自己決定の権限を持つ。

*5.例えば、「価値相対主義者を認めない絶対主義者に対して、それを相対主義の立場から認めると相対主義が成り立たず、それを認めないのであれば、そもそも相対主義という立場を失ってしまう。」

*6.所謂「二次的自然が許されるなら、ブラックバスの存在も許されるだろう」という議論もよく聞くが、それは半分正しくて半分間違っている。人為的環境であっても多様な生物の生息場所となっているからこそ保全しようとされているわけで、人為的環境改変だからという理由ではない。それと細かい話だが、日本の農村部へは、政策的理由により、今現在でも多大な税金が投入されており、実はある程度の里山的二次的自然は、結果として維持されているという話もある。都市部住民の税収が都市部へは100パーセント投下されず、その多くが地方へ分配されているのは、日本の構造的問題でもあるのだが・・・。

※備忘録:人為か非人為かで線を引けるかどうかというのは結構面白いテーマである。主客の図式と似た問題で、考えると難しい。時間があれば書いてみまつ。

付記:恣意性の権利は、そもそも恣意性の権利を与える側(つまり国家等)には認められないという説も成り立つ。なぜなら、恣意性の権利を行使する構成員(国民)が他者の権利を侵犯したか否かについての判断は「恣意性抜き」じゃないと困るからである。だから本来なら、国家には恣意性を認めず、市民には認めるというダブルスタンダードを採用しないと池田氏の「恣意性の権利論」は成り立たない。だとすると結局は新しいことを云ってるわけではなくて、現状追認、つまり現在の社会ルールを追認してるに過ぎないのではないかと考えられる。

2005.04.15記す

2005.05.08追記


おまけ:池田清彦関連リンク集

■web上で読める池田テクストその1(mammo.tv今週のインタビュー)
http://www.mammo.tv/interview/123_IkedaK/

その2(環境goo)
http://eco.goo.ne.jp/business/csr/lesson/jun01.html

その3(『生物相の進化からみた外来種問題』FRONT (リバーフロント整備センター刊) 2003年5月号・日本鞘翅学会HP
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsc2/gairai/gairaiA01.html)

その4(八郎湖の自然環境とブラックバス釣について考える )
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsc2/gairai/gairaiA0101.html

その5 
 Basser誌 2005年2月号 池田教授講演 第1回
 http://d.hatena.ne.jp/heizoheizo/20050205
 Basser誌 2005年3月号 池田教授講演 第2回
 http://d.hatena.ne.jp/heizoheizo/20050206
 Basser誌 2005年4月号 池田教授講演 第3回
 http://d.hatena.ne.jp/heizoheizo/20050309

その6 日垣隆公式サイトより
ウソの科学 騙しの技術(新潮OH!文庫 サイエンス・サイトーク)から抜粋 
http://homepage2.nifty.com/higakitakashi/shop/books/ohuso3.html

その7 養老孟司とたばこを巡る対談
http://plaza.umin.ac.jp/~harasho/nsmk/kzh/yoro.htm
元リンクは→http://www.dan21.com/backnumber/extra_tabacco/index.html

 

■池田清彦氏の著書に対する他者からの批評など

「さよならダーウィニズム」への書評
http://www.logico-philosophicus.net/gpmap/books/IkedaKiyohiko001.htm

「さよならダーウィニズム」を巡る議論
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/Kuroki.html#sayonara

「構造主義科学論の冒険」への書評
http://www.logico-philosophicus.net/gpmap/books/IkedaKiyohiko002.htm

「正しく生きるとはどういうことか」への書評
http://www.sam.hi-ho.ne.jp/quimito/ikeda.html
http://www2u.biglobe.ne.jp/~BIJIN-8/fsyohyo/tadasiku.html

「科学とオカルト 際限なき「コントロール願望」のゆくえ」への書評
http://sv2.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/~minato/cgi-bin/bookres/0501183353.html

「虫の目で人の世を見る」への書評
http://www.joy.hi-ho.ne.jp/ykumi/mushinome_ikeda.html

「昆虫のパンセ」への書評
http://www.joy.hi-ho.ne.jp/ykumi/kiyohiko_ikeda.html

「他人と深く関わらずに生きるには」への書評
http://www.joy.hi-ho.ne.jp/ykumi/ikeda_kiyohiko_2.html

「新しい生物学の教科書」への書評
http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/NewBioText.htm
http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/NewBioT2.htm
http://www.biol.s.u-tokyo.ac.jp/users/sonoike/book-review.htm#sh-05

「やぶにらみ科学論」への書評
http://www.nttcom.co.jp/comzine/no009/pickup/book.html


■その他関連リンク
構造主義と構造生物学と構造主義生物学は、文化人類学と分子生物学と進化学の差なの?
http://homepage1.nifty.com/NewSphere/EP/b/evo_struct.html

黒木のなんでも掲示板における池田清彦ネタ(^^;) (google検索)

http://www.google.com/search?num=100&hl=ja&q=site%3Awww.math.tohoku.ac.jp+%1B%24B9uLZ%24N%24J%24s%24G%24b7G%3C%28HD%1B%28J+%1B%24BCSED@6I%27%1B%28J

おなじく黒木の・・・から
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/e0009.html#e20010414170912
池田氏は哲学にも強いのかなぁ。ポパーの「反証可能性」を理解していないという指摘を受けている。

構造主義生物学とは
http://kamakura.ryoma.co.jp/~aoki/paradigm/kouzou.htm


■適任の方が、正しく鋭く批評を行うと思う・・・
zebra氏が遂に着手した模様(20050508)
『底抜けブラックバス大騒動』を読む
http://bio-diversity.hp.infoseek.co.jp/note/ikeda.html

 

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