バカの話

釣りにもいけないので、お気楽なコラムを書くことでHPの更新を図る愚をお許し頂きたい。

昨年の大ベストセラーは、養老孟司の「バカの壁」である(2004.5.30現在353万部)。私も読んだくちである。(ただし、この本の評価はまた別の話。ちょっとどころかひどく表現がラフでいただけない箇所が多すぎる。従前からの読者ほど評価が低いのではなかろうか。私もその中の一人である。)

端的に云えばこの本の中の「バカ」とは、自分の考え方以外の考えを受容できないこと、これが過ぎれば、記憶や事実さえ自分の都合の良いように変えてしまうことであろう。

かたやここに釣りバカがいる。ところで釣りバカとはいったいなんだろうか。ひとことでいうなら、全ての行動が釣りに収斂してしまうような性質の人達のこととなるだろうか。テレビや映画の二次的映像をみても、そこに水面が映ると、対象魚が存在するか否かの判断や、季節的にどのような釣り方をすればよいかを無意識に考えてしまうような、そう、きっとこのテキストを読んでいる貴方もそうかもしれない・・・つまり釣りに行動が支配されている状態をそう呼んでいいと私は考える。

世には色々な種類の○○バカが沢山存在する。それに依存しているのか、支配されているのかわからないけれど、それも生き方の一つの選択である。「バカの壁」は注意して読むべき本である。どういうことか。バカの壁をとっぱらえば世の中住みやすくなるなどと短絡してはいけないのだ。人間はバカの壁を作りたがる傾向にある。それがむしろ一般的傾向であって、ではその前提でどうすればいいのかを考えなければならない。そして、むしろ覚醒せずにバカでいたほうが当人にとって幸福であるという、ややこしい場合もあり得ることに注意しなければならない。

釣りに行けない「釣りバカ」ははたして単なる「バカ」なのか、「お利口さん」へ覚醒できるのか。どうやら前者が正しいような気がしてきたが、あまりに忙しくて釣りに行けず悶々としているのかといえば実はそうでもなくて、少し冷静な自分がいたりするので少々不思議な気分である。

それでは、しばらく釣行記は休止して、コラムの更新が続くのだろうか。さて、それは自分でもわからないのであった。

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