〜〜変なブックガイドのようなもの〜〜
大塚英志著「人身御供論〜通過儀礼としての殺人」角川文庫ISBN4-04-419111-5
※アマゾンのカスタマーレビューに以下の原稿で投稿したら、最初の「悪口」が削除されてしまった(^^;)。それでは冒頭の「呉智英」へどうつながるかが不明だと思うので全文のっけておく。赤字が削除された部分である。
のっけから悪口で恐縮だが、親不孝とすべきところで親「不幸」としてみたり(これは引用元に問題がある可能性もあるが)、「すべからく(須く)」の誤用を行ったりと、拙い箇所がある。著者はきっと、呉智英の良き読者ではない。また重複する内容が多く、序章と終章、あとは香山リカの解説があれば、テーマを理解するには事足りる。
現代の日本において、個人が国家という大きな物語に頼らず成熟するには、何をテコにすればよいのか。著者は「物語中の通過儀礼」に注目し、本書は始まる。
著者は婉曲的に、通過儀礼が構造として組み込まれている物語がよいと主張しているかにみえる。しかし、この評価軸は(例えばマルクス主義がプロレタリア文学のみを賞揚するがごとく)ある種の偏狭さを免れない。
そして、「物語中の通過儀礼」は、失われた「通過儀礼」の代替機能を全うするのではなく、「枠組みとして援用される可能性は十分ありうる。(序章)」と述べるに留まり、説得力が弱い。
ところがである。民話の解釈をベースに人身御供、通過儀礼、移行対象論を組み合わせたり、ときほぐしたりしつつ、サブカルチャーの物語構造をあぶり出すという本書の過程は、スリリングで面白い。この面白さが本書の白眉である。少なくとも香山リカをして「驚きを禁じ得ない」といわしめる程度のものはある。
したがって本書は、いかに成熟すべきかというテーマよりもむしろ、どのように成長の物語(ビルドゥングス・ロマン)が紡がれてきたかを分析する作業の妙味にこそ評価すべき点がある。著者の主張に組みしない者であっても、何故か楽しめる不思議な本なのだ。実は本書の成り立ちは、コアの分析作業が先にあり、そこから何を汲み出すべきかという規範的フレームの取り付けは、後付けで行われている。それが不味い皮であるなら、捨てて中身だけを味わおう。
以上である。
ここからは投稿してないが、文書量が多くなりすぎて、自ら落とした部分。
蛇足:「通過儀礼」が近代になって失われたのは、著者も認めているように近代の社会システムにあっては、それがそもそも成立しえないからである。簡単に云えば、不要になったからだ。ではどこにいってしまったのだろうか。
例えば、「祝祭」は、時間に埋め込まれていたものが、「繁華街」として空間に位相変換されたように、前近代と近代の時空間のねじれに注目するのも一手だろう。通過儀礼は、教育機関や会社組織へと引き継がれ、装置として空間に偏在するようになったのである。そして学校や会社は、通過儀礼として機能しているにもかかわらず、前近代に比べ、やたらと長い時間をかけるものだから、我々は時にそれが通過儀礼であることすら忘れ、「過剰なまでに物語を欲する」のである。え?そんなことは誰でも知ってるって?そいつは失礼しました。
〜山本素石の著書4冊まとめて感想文〜
釣り文学というものがジャンルとしてある。私はさほど読んでいるわけではない。そもそも、読書の時間よりもむしろ実釣を優先させてしまう方なので、最近は読書という行為そのものが減ってしまった。このフライフィッシングにいれこみ、週一回くらいのペースで釣り場に向かうと、平素も実は多忙であり釣り以外の時間があまりとれなくなるということは、この釣りに関わっている人間なら想像がつくだろう。消耗した毛鉤を補充するために平日の帰宅後もある一定時間はタイイングに充てる必要がある。また季節毎に羽化する昆虫にあわせて、巻く毛鉤も種類が変わる。しかも前年巻いたパターンなど古くて使い物にならないなどと、本当はそうでもないのにそう思ってしまうためストックが使えず、毎度毎度パターンブックやビデオで研究し、ネットで様々な情報をチェックする。シーズンオフになったらなったで管理釣り場通いがはじまり、結局365日ずっと何らかの形で釣りに関わって生活をするようになる。好きでやっていることなので、なにも不満はない。ただ、こんな釣りバカだと、彼以外の家族はそれについてどう思っているのかといえば、少々やっかいな問題を抱えている場合もあり得る。私も含めて・・・。山本素石もそんな問題を抱えた釣師だったようだ。素石は三度結婚した。彼の主幹する釣りクラブ「ノータリンクラブ」の面々も大なり小なりそのような家庭を顧みない釣り狂いの集まりだった。もっとも素石は自分のことに関してはさらりと記述しているだけで、はたして彼がどのような修羅場を潜ってきたのかは想像することしかできない。
山本素石の名前を知ったのは、たしか佐藤成史の文章だったと記憶している。その後色々な機会で彼の名前をきき、是非読んでみたいものだと思っていたが、上記のような生活をしているとついつい自ら本屋に向かい素石の本をサーチしようかという気にもならずそのまま数年が過ぎてしまった。最近になって知人から筑摩書房の「山釣り放浪記」、「山釣り万華鏡」、「山釣り夜話」、「完本・逃げろツチノコ」の4冊をまとめて借りることができ、一気に読了というわけでもないが、時間を作ってじっくりと読んでみた。
彼の民話的な山里の釣りにまつわる話は、多分に柳田国男の「遠野物語」へのオマージュともいえるような語り口であり、その文章に触れる者は、きっと「遠野物語」的世界と同様のあるいはそれ以上の感慨を受けるであろう。素石自身も書いているが、「遠野物語」は彼の原点ともいえる。戦後除隊になった素石がまず一番にしたことは、生還した自分への褒美として遠野の里を訪ねることであった。敗戦直後の混乱と貧困の中、皆生きることに必死だった時代、買い出しの乗客でごった返す立錐の余地もない客車に乗って、彼ひとりそのような状況に背を向け、まったくの旅人として滋賀から遠野を目指したのである。
素石の嗜好は、まったくの無垢の自然、深山幽谷よりもむしろ、山の暮らしという人間と自然の危うく、微妙な境界線上の釣りに向けられていた。民家や炭焼き小屋に宿を取り、時には寡婦と艶のある関係を結び、樵達と酒を酌み交わし、夜這いの武勇伝を収集し、山里の人間達が織りなす「生き様」や彼らが発する摩訶不思議な「物語」に触れることを至上の喜びとしていた。そんな素石をなんと形容すればよいのか分からないが、観察者ではなく、積極的に関係を取り結ぶ、掟破りのフィールドワーカーとでも云えばいいのだろうか。無垢なる自然のみを求めていては、それらは素通りするだけで、けして得られることのない趣である。
戦後日本が経済成長をする過程で失われたのは、自然環境だけではない。素石が心を寄せた山の暮らしも同時に失われたのだ。それはダム工事に代表される「開発」のためであったりもしたが、一番の要因は、近代化に伴う日本人のライフスタイルの変容である。貨幣経済しかり、モータリゼーションしかり、電化や石油燃料の普及しかり、それらが山里の暮らしの寄って立つ根拠や自信を奪ってしまったのである。道路の整備が何をもたらしたのかといえば、「過疎化」という都市に働き手を奪い取られるバキューム現象であり、電化により夜の闇は奪われ、狸やキツネの悪さも消え、闇に乗じて行われていた夜這いもなくなり、石油燃料の普及により炭の消費が激減し炭焼きの需要も無くなった。釣りに関して云えば、滅多なことで山里の民以外が魚を捕ることがなく実質的に里の共有資源として機能していた渓流魚は都会の釣り人達に奪われ、山菜など山の幸はハイカー達に根こそぎにされた。その代わりに街から魚や肉や生活資材など便利な物が、貨幣経済の浸透と裏腹に車に乗ってやってきた。そのため男達は貨幣を稼ぐために文字通り出稼ぎに行くことを強いられた。
素石は失われた山里の生活の語り部ではあったが、同時に「まちの人間」であった。絵付け師として山里を漂白するような生活を一時的に送っていたにせよ、最終的には山の民とはならなかったのである。だからこそ69歳という若さで亡くなるまでずっと憧憬を抱き語り続けることが出来たのだともいえるのかもしれない。あるいは山里へのアクセスという動機を失わないためにもあえてそのような生活を選ばなかったのかも知れない。あるいは山里の漂白という「フィールドワーク」を続けるためにもあえて具体的にどこかの山に棲まうという行為を禁じ手としたのかもしれない。以上は私の愚な思いつきに過ぎないず、彼が最期は山で暮らしたいと周辺に願望を述べていた事実もあり、実際は志半ばで亡くなったためそのような生活が出来なかったともいえるのであるが、素石の本を読むとそのようなことを想像してしまう。ある廃村を訪れ、人々の営みがあった証拠として、かつてそこで栽培されていたであろう野生化したオランダイチゴを発見し、それを口に含んだ途端思わず涙を流してしまう素石のエピソードは、ある意味滑稽でもあるが、彼の山の暮らしに対しての心情がいかなるものかを愚直なまでに吐露している。まるで彼の追い求めていたものは「喪失」そのものであるかのように。
残念ながら私には素石のような憧憬やロマンはない。既に素石が盛んに山里に向かっていた時代から既にその風景や趣は過去のものとなりつつあり、現在となっては、私ができることといえばその時代の雰囲気を空想することだけである。現在も山里は存在するが、素石が描いたような山の生活様式は残滓としてしか残っていないのではないか。また当時と違い現在、都市と山里は時間的距離が実は非常に近くなっているのである。鉄道やバスなど公共の交通機関を使い、終点からさらに徒歩で川を目指し、炭焼き小屋で宿を取っていたような時代にあった釣りのあり方と、大多数の釣り人が自家用車を所有し、僅か2時間から3時間走れば、ほぼ日本中どこでも渓流魚の釣れる川へアクセスできる現在とではあり方や趣が違う。素石が感じていたであろう山の世界と人間の世界の微妙な境界という「場」はどこかに姿を消し、彼が追い求めていたツチノコ同様、追い掛けても追い掛けても距離を詰めることが出来ない夢幻になってしまったのである。
以上7/5/02記す
〜ポール・クイネット著「パブロフの鱒」角川書店ISBN4-04-791362-6
実はこのポール・クイネットの著書は随分前に読んでいたのであるが、感想を書く時間が取れなかった。久しぶりに釣りも仕事も旅行もない珍しい週末を過ごしているのでこうしてパソコンの前に座っているのである。今日再び本を開いて少しおさらいしてみた。
この本はすべての自称(あるいは他称でも可)「釣り中毒」が読むべき本だ。いや違う。本物の釣り中毒はこの手の本は読む時間さえないかも知れない。釣りに関するテクニックなど何も載っていやしないしね。自分は釣り中毒であるが、これって病気なのかなと若干不安に思っている人が読むのにぴったりかも知れない。著者のクイネットの本職はアングラーじゃなかった心理学者である。でもたぶん人生の本分は釣りにあり、しのぎとして心理学者をやっていると紹介されたほうが本人も喜ぶのではないだろうか。実は私も白状すればそうなのだ。釣りのない平日は生きている気がしない。釣りで疲れた体を休めるために平日の勤務があるような気が最近はする。特に月曜日の午前中に会議などあるとたまらんなあ。おっと話がそれた。
しかしよく考えてみるとこの本は誰を対象に書かれた本なのだろうか。釣り中毒に対しての処方箋が書かれているわけでもなく、むしろ奨励しているし。実は釣り中毒患者の心理学者である著者の自己分析と弁明とも読めなくはない。そしておそらく多くのアングラーがこの本を読みながら笑いをこらえることが出来ないだろう。なにしろ文章の三分の一はジョークで出来ているからだ。(ちょっとオーバーかな。でも釣り人の話なんて元来オーバーなのよ。)でもだまされてはいけない。ちゃんと次の三点について納得できるようになっている。「希望としての釣り」、「野生へのアクセス手段としての釣り」、「たぶん唯一の健康的な自己欺瞞としての釣り」。釣り中毒患者の理論武装にうってつけなのかも知れない。
貴方も釣り中毒の門を叩いてみませんか。
以上7/21/01記す
ウィトゲンシュタインは「論理哲学論考」をわずか33歳で世に出して「もう哲学について語ることはなくなった。私の使命はおわった。」として哲学者をとっとと引退し、小学校の先生になってしまった。実際彼が生きている間に一般に発表されたのはこの「論理哲学論考」一冊のみである。
彼の思想は前期の「写像理論」と後期の「言語ゲーム」というキーワードで良く論じられる。私のような素人が口を挟むことは何もないのだが、彼の功績は哲学を否定したことにある。ウィトゲンシュタインによれば哲学はそもそも言葉の用法が間違っているそうなのだ。故に哲学のたてる問題は「誤り」以前にそもそも「無意味」なのだ。特に後期の「哲学的探求」などでは、既存の哲学はハエトリ壺に例えられている。
そしてウィトゲンシュタイン自身は自分の哲学に対してこう言っている。「自分の哲学はハエにハエトリ壺から抜け出せる方法を教えることだ。」そうだ。最近ちょっとかじってみているが、なかなか難しい。逆にハエトリ壺に捕らわれそうである。私はflyfisherならぬ単なるハエ(fly)である。
ウィトゲンシュタインには申し訳ないがこうも思う。flyfisherはわざわざ「flyfishing」という名の「flyfisher取り壺」に自ら進んでまんまと捕らわれる存在である。もし壺の外部に迷惑を及ぼさない限りは、そっとしておいてほしいなあ(笑)。
実はウィトゲンシュタイン自身、小学校の教師を挫折して、またケンブリッジに戻り、後期の「言語ゲーム」という巨大なハエトリ壺を発見した。そしてみずから囚われの身となってしまったのである。自分の言説を結局死ぬまで発表しなかったのはそのためである。
まあ、このアナロジーには無理がある。flyfisherは出口がいつも見えているのに、いつでも飛び出せるのに飛び出さない、出たくて出られないのではない。出たくないのである。
以上4/21/99更新
太公望はあちらの国では「下手な釣り人」のことを指すらしい。呂尚は釣り好きなのではない。彼にとって竿は思索のための道具だったのだ。太公望については、漫画であるが『無面目・太公望伝』(諸星大二郎/潮出版)がお勧め。
私は「また遊んでおくれ」という気持ちだけあれば動機は十分なのではないかと思う。
環境倫理学の入門書などを読むのも面白い。私は全面的に賛同はしないが。ここには自然の権利、動物への権利の拡張というトレンドについて説明がたいていなされていると思う。ここまでゆくとちょっと行き過ぎではないかと感じる。何事も徹底しないと気が済まない西洋人の悪い面だ。
どうして「死」を考えた方がよいのか。簡単にその理由を説明すると、結局「生」と「死」は表裏一体だからなのだ。よりよく生きるためである。
なぜ社会は「死」を隠蔽してきたのか。これは様々な人が語っているが、養老孟司氏の一連の著作が一番納得できる。
次回作は釣りと倫理について語って欲しい。
近代以降に失われた一つの文明について書かれている。それは日本の文明だ。江戸から明治初期にかけて日本を訪れた外国人の手記から、その時代の空気を豊に再現している労作である。
江戸時代の日本人は非常に動物を大切にしていたことが判る。なにしろ鶏さえ殺せなかったのだ。ある人(外国人)が日本人から鶏をもらった。それを潰して食べると聞いたとき、譲った日本人は「殺すなら返してくれ、私は卵をほしいのかと思って差し上げただけだ。鶏は家族の一員なのだ」といってその鶏をもって帰ったという。
当時の日本人は人間と動物の間に明確な区切りをもっていなかったようだ。動物を仲間だと思い、また自分たちもそんなに高尚なものでもないという自覚があったようだと著者の渡辺氏は述べている。
まだ我々にも多少当時の文明の名残がある。自然の権利、動物の権利とかいう概念に多少の違和感を感じるのはそのせいではないだろうか。日本人にとっては人間の権利を他に拡張するという流れそのものが、そもそも倒立的に感じるのではないか。
欧米崇拝教も、日本バンザイ教もどちらも変だと思うたちなので、これ以上の言及はさけるが、英国生まれの、米国育ちであるフライフィッシングを、まったくオリジナルで毛鈎釣りの文化がある日本において敢えて選んだ変な釣り人として、ちょっと考えてしまったわけだ。
以上1/12/99更新