信州大学工学部卒後、大手電機メーカーにて電子応用機器の開発設計に従事。当時まだ珍しいIntel4004の応用製品を開発する職場でした。元々は機構設計が担当ですが、ソフトウェアに興味を持ち8080,Z80等のアセンブラを手がける。当時の社内では機構屋がソフトをやる例は無かったので上司の理解には感謝したものです。私自身は無知でしたが、その頃アメリカはもとより日本においても大きな変化の予兆を感じ取った人がパソコン黎明期を創り出したようです(20年後のインターネットも同様だとつくづく思います。
- 1979年 見聞を広めたいという気持ちで中小企業診断士になる
資格取得後、日本マンパワーのCPSというコンサルタント養成講座の第6期を受けました。参加者の多くは診断士合格者または将来の人生設計を描いていた人であり、企業の管理職の方が多かったようです。たまたまマンパワーでビジネスゲーム体験の企画があり受講しました。西沢先生という方の主催でテスト的に実施されたのですが、裏方ではマイコン(パソコン)を使っていると聞いて驚いたものです。NEC PC-8001が登場した頃のことです。
- 1980年 (株)日本能率協会中小企業センター入社
講座の縁で同センターに入社しました。最初はパソコンを使った医院向けの診療報酬システムの開発をしました。同社は本体の日本能率協会とは別に中堅中小企業向けのコンサルタント会社でしたので、その後は、雑多ともいえるくらいいろいろな業種(部品工場、惣菜工場、スーパー、検体検査、煎餅屋・・・)企業の業務改善、生産改善、経営分析、システム診断等を行いました。
その傍ら、社団法人日本能率協会(JMA)の最上位の幹部研修コースであるEDCというセミナーの中の経営シミュレーション講座を手伝うようになりました。畠山理事長、磯貝理事(後、文教大学教授)の二枚看板による人気コースです。
古くからアンドリンガーの手計算型ビジネスゲームをやっていたようですが、数年前に公認会計士の吉村氏がタンディラジオジャック社のTRS80のBASICで動くようにプログラム化し、運営をしていました(非常に先駆的なこと)。ところが、何かとメンテナンスが大変だったようで、国産機への移植と講座の担当が私に回ってきました(82年頃のこと)。NECのPC-8801へ移植しました。言語の互換性は高いので苦労は無かったのですが、アルゴリズムと会計知識の方が大変だったと記憶しています。
その後、EDCが廃止になるまでの十数年間、30回ほど担当をしました。上場企業の部長クラスが集う研修は、緊張もするけれど実に楽しいものでした。さらに、EDCとは並行しながら、仕様を拡張したSSDMというモデルを作り、磯貝氏とペアで外部企業の幹部教育にこれまた数十回実施しました。
- 1985年 独立してオフィス・DOMEXを開設。現在に至る
専門は基幹人材教育、管理職研修、業務改善、システム設計、プレゼン研修等。
ここで御案内している経営シミュレーションは一社で何回もやるということが多く、20回以上、10年の関係をもつ企業がいくつかあります。最近の特徴は、社内ビジネススクール(経営塾)の中で使われることです。人員削減や選抜という今日では、教育機会が広くあまねくという時代ではないことを実感しています。だからこそ、『競争力の源泉はB/Sに載らない人財である』ということをモットーに、今後もその支援に励みたいと思っております。
1999年からの開始です。主に受講者への事前情報提供としての役割でした。
2003年ADSL導入を契機に再構築しながら主要検索エンジン全てにインデックスされました。2005/4、サイト全体で600件/日、PageViewは1400。こんな堅いテーマでよく来るものだナーと感心します。どうせなら1,000件/日を目指したいもの・・・と思っていたのですが2006/1/12に達成。
他団体のページは情報不足ですから、思い切り情報量を多く開示していますが、多すぎるかもしれません (^o^;; ご不明な点はお問合せください。
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