平成14年9月に発足、以来月一回のペースで、声を揃えて原文の朗読をすることから始めて古語の持つ表現の豊かさを味わいながら、ゆっくりゆっくりと読み進んでいます。メンバーは今のところ60代70代の女性が多いですが、現役の主婦や元気な20代も加わって、思い思いに感想を話し合いながら楽しくやっています。

練馬、すずしろ会だより

2009年10月14日 例会まとめ          内藤ます子
「行幸」「北の方とをさなき人と」(前半)
 いよいよ行幸当日、朱雀院の四十の賀の一大イベントの始まりです。初めに地図で朱雀院邸の場所を確かめその広さを想像しました。三条大路から四条大路にわたる大邸宅で、池には楽船二艘がゆっくり浮かぶ大きさです。宮中の人々は余すところなく参加し、春宮もお出でです。試楽の折の源氏の夕影の舞姿があまりに美しくて帝も不吉なものを感じ、源氏の身を守るためにその日から行幸当日まであちこちで読経を上げさせていましたが、それを春宮の女御は度を超していると非難しているのでした。
 さて、いよいよ源氏登場の場面です。木高い紅葉のかげに四十人の垣代(かいしろ、笛を吹き拍子をとる楽人たち、特に青海波のとき、舞人を取り囲んで垣のようになる。)が、えも言われぬ調べを吹きたてています。垣代はいずれも選りすぐった者たちが籠りっきりで練習してきたのだからそれはもう言うまでもなく見事なもので、それに松風の音が合わさってまるで深山にいるような趣きを醸し出しています。色鮮やかな紅葉の葉が散り交う中から青海波の舞人が登場、「かかやき出でたるさま、いと恐ろしきまでに見ゆ。」と描写されます。想像が駆り立てられます。源氏のかざしにしている紅葉は葉が散ってお顔の美しさに負けてしまっているので、左大将が御前の菊を折って差し替えます。折しも日が暮れかかりさっと時雨れて、空さえも感激の涙を流すほどの源氏の美しさ、かざしにした菊の色変わりしたのがまた何とも風情があるのです。(色変わりした菊を好もしいとする当時の美意識に注目。)退場の前に正面を向いてひと舞いする「入綾」も今日の源氏はことに見事で感動的でした。下人たちは木や岩のかげ、山の木の葉に埋もれているのですが、そのような下々の者でさえ少しは趣きを解するような者は感涙に咽んんでいると、作者は庭に点在する下人たちの姿を一つの風景として私たちに見えてくれました。印象的で面白い場面です。
 その夜、源氏の中将は正三位に、一気に上達部へと異例の昇進。頭の中将も上達部たちも皆それぞれに加階。源氏が人々を感動させた功績に対する帝の評価です。私たちから見れば、えぇーそんなことで昇進するのと驚きですが、文化的に素晴らしいものを目指していた平安貴族世界の価値観なのです。
 行幸も終わり、藤壺の宮は懐妊で里に下がっています。源氏は、この機会にもう一度何とか逢えないものかと切ない気持で落ち着かない日々を送っています。大殿(左大臣)は源氏が全く訪れないのを心配してうるさく言ってきます。そんな時、二条院に女君を迎えたという噂が大殿の耳に入ります。例の事情を知りませんから、しかるべき姫君を妻に迎えたと思いこんでしまいます。北の方はひどく心が傷つけられて、ああいやだなあと思っています。源氏にしてみれば、誤解も仕方ないけれど、普通の女のように素直に焼きもちを焼いて恨みごとでも言ってくれれば自分も打ち明けて慰めてあげることもできるのに、うわべを取り繕ってばかりでこちらは嫌な思いをするから、浮気だってしてしまうというものだと、北の方への不満が思い起こされます。けれども、北の方は妻としては完璧で、誰よりも先に結婚した相手として大切に思っているのだから、その気持ちはやがては分かってくれるだろうと、源氏は楽観的です。性格的には落ち着いているし、信頼できるという点では他にはいない、と、これは源氏の自己弁護のようです。
〈皆さんの感想から〉

    • 源氏の舞う「青海波」は姿も舞も素晴らしい、観る人をうっとりさせるものだったのでしょう。私も観てみたいものですがーーー想像するのも楽しいです。北の方と少女、藤壺、源氏のこれからの展開が楽しみです。
    • 行幸の素晴らしさ。下人が木のもと岩がくれ、木の葉に埋もれている様子など浮かぶ絵です。北の方に若草の少女のことが分かり、ドキドキしています。青海波の舞でみんなが加階したことはすごい!!
    • 朱雀院への行幸のはなやかさはどんなに素晴らしかったでしょう。源氏の舞う青海波を観たかったです。一方、北の方と源氏との心のすれ違いが歯がゆいですね。二人ともお互いの気持ちを素直に相手に伝えられれば、特に北の方はもっと心おだやかな日々を過ごせたでしょうに。
    • 源氏の類まれな舞、すべての人々を魅了する場面、言葉に言い尽くせぬその場面が想像されました。
    • 北の方とおさなき人とのところで、制度の中の女性の哀しみに触れた思いでした。
    • 源氏と北の方の複雑な夫婦関係が出てきた。現代だったら離婚しているだろうと思う。今後の展開が非常に楽しみだ。舞の情景が非常に美しく興味深かった。

    2009年9月9日 例会まとめ          内藤ます子
    【紅葉賀】
     若紫の物語につながる物語です。
    「試楽」
     先帝の朱雀院の長寿を祝って、帝が院にお出かけになて(これを行幸と言います)お祝いする大々的な行事の日が近づいています。管弦の楽も舞も当代一の才能を選りすぐって準備されています。この評判の行事に妃たちは参加できず観ることができません。帝は藤壺にだけは自分が今まで力を入れて準備してきた素晴らしい行事をぜひ観てほしいと思い、試楽(予行演習)を催します。帝の権限でです。「源氏の中将は、青海波を舞ひたまふ」この「ぞ」は「ゆったりとして特に美しい舞のあの青海波」ということです。若くて世にもまれな美貌の源氏があの優美な青海波を舞うのですから人々の魂を揺さぶらずにはおりません。片手には頭の中将が並んで、こちらも人に勝る容貌の持ち主ですが、源氏と並んでは見劣りしています。折しも入り方の日差しが映えてますます光り輝く源氏に、帝を始め居並ぶ人々はみな感激の涙を流しています。しかし、春宮の女御はむしゃくしゃして「不吉だわ」と、口にすべきでない言葉を口にしてしまいます。当の藤壺は、自分に対する大それた思い、あのややこしいことがなかったらもっと素晴らしく思えたろうにと思いながらも、源氏の美しさに酔いしれています。
     その夜、藤壺はそのまま清涼殿に泊まりとなります。帝は当然、特に藤壺の感想を聞きたくてならないのですが、藤壺はやっとの思いで「格別でした」と、つれない答えしかできません。帝は、家の子=高貴な家柄の子弟は舞の手つきなど格別に違って、舞の専門家たちにはないおっとりと大らかな優美さがあるものだと自らの芸術論を展開したうえで「あなたにこそ見せようと心をこめて準備したのですよ」と、藤壺へのあふれる思いを吐露するのです。藤壺の苦衷が思われます。
     翌朝、源氏からの文が藤壺に届けられました。ここに「中将の君」と書かれていることから、これは大命婦(藤壺と源氏の仲立ちをした女房)からの源氏に対する呼び方なので、この文もこの王命婦の仲立ちによるものでしょうと、先生の説明がありました。文は、今まで経験したこともないような苦しい気持ちで、それでもあなたへの思いを込めて舞った舞をあなたをどのような思いでご覧になりましたかと問いかける内容です。藤壺は、源氏のこの率直な告白に応えずにはいられない気持ちになって返歌を送ります。唐人の美しい舞である青海波、本物の唐人の振る袖は遠くだけれど、あなたの舞の一挙手一投足がすばらしく私の心を打ちましたとの内容。「おおかたには=特別な思いを抱いての事ではない」とあえて付け加えてはあったけれど、まさか返事がもらえるとは思っていなかったうえに、自分の舞の立ち居をしっかりと見つめていてくれたことを知った源氏は喜びます。しかも、その歌の内容が、青海波が中国から伝わった由来を知っていて格調高い詠みっぷりで后にふさわしい風格が伝わってくることに感動し、藤壺への憧れにますます胸を焦がす源氏、文をまるで「持経」のように広げては見広げては見するのです。
      〈皆さんの感想から〉

      • 今日から始まった「紅葉賀の巻」。 藤壺と源氏の物語に心が躍るようです。源氏の踊る青海波をぜひ見たかったです。どんなに素晴らしかったことでしょう。
      • 帝の愛情で試楽を御前でしたことはすごい、帝の絶大なる力。源氏の青海波、詠、仏の御迦陵頻伽の声のようで、みな泣きたまひぬ、とあった。藤壺からの返歌、すごい!! 
      • 源氏物語の映画で長谷川一夫が演じた源氏の青海波の舞、何十年前でしょうか、白黒の画像が頭の中に浮かんできました。藤壺は誰だったのかしら?彼の甘いささやくようなことば、胸躍らせて緊張して観たことを思い出します。
      • 帝と藤壺の前で行われた試楽で、源氏が舞った「青海波」。その素晴らしさが観る人の心を打ちとりこにした。藤壺の前で舞う源氏の心地と、すばらしかったと素直に帝に感想も言えない藤壺の心の内のせつなさを思った。
      • 源氏物語は夢の物語。苦悩(理屈)の物語を読むより美しい。人の人生は夢のごとく美しく、神の贈り物でしょうか。(先生のバリ島のお話、よかったです。気持ちの良い風が吹いているようでした。)

      2009年8月12日 例会まとめ          内藤ます子
      「鼻の紅」
       ようやく声を聞かせてくれた末摘花の姫君。喜んだのもつかの間、源氏はまたあの鮮やかに紅い鼻を見てしまって、すっかり興ざめして二条の院に戻ると紫の君が待っています。君はまだ大人になりきっていないあどけなさを残して実に可愛らしい。このところ末摘花にかかわて「紅」という色に嫌気がさしていたのだけれど、いま紫の君の桜襲を見ると、「紅」という色はこれほどまでに心ひかれるすてきなものだったのだと思えて、純粋無垢な様子でそこにいる紫の君をこよなく愛しいと思う源氏です。古風な祖母君に育てられていた影響でまだ歯黒めもしていなかったのが(上代から平安くらいまでは、成人のしるしとして歯黒めをする慣わしがあった)、化粧を整えさせて眉をすっきりとさせた今は可愛さにきよらな美しさが増して、これほどまでにいじらしく思える方の御世話もしないで、つらい男女関係に(末摘花とのこと)なんで苦労しているのかと自省する源氏。しかし今、紫の君と遊んでいると、諸々の心の憂さから解き放たれるのでしょう。「きよら」とは、清浄に輝くような気品のある第一級の美を表す語で、源氏、紫の君など、特別の人物にしか使われていないそうです。
       悪戯に髪の長い女の絵を描いて鼻に紅色を塗ってみるといかにも嫌な様子になる、鏡にうつした自分の鼻に紅い色を塗ってみると気品のある美しい顔でも見苦しい、末摘花の紅い鼻にこだわり続けている源氏です。それを見た紫の君は明るく笑い転げています。重苦しい源氏のこだわりが吹き消されるようです。「私がこんな片端になったらどうする」「ああ落ちなくなった、どうしよう」と源氏は姫君をからかいます。姫君が本気になって心配してふき取ってあげるのを、源氏はさらに「平中物語の主人公のようにこの上墨までつけないで」ふざけて楽しんでいます。これを作者はまるで好ましい夫婦のようだと述べて明るく話を終わらせます。この場面、末摘花の紅い鼻を物笑いの種にしてお気に入りの紫の君とふざけ合っている残酷な一面だと読む人もいます。原文に取り組んだ皆さんにはどう読めたでしょうか。
       庭先を見ると、庇の傍の紅梅は早咲きなのでもう色づいています。そこで詠んだ歌、「紅色の花がやたら疎ましく思われてしまうなあ、その枝ぶりには心ひかれるのに」。紅いものがやたらに目につく源氏なのです。末摘花との結婚は源氏にとって大変な苦痛をともなうこと、しかしそれも自分の好奇心が招いたことで、深いため息をつく源氏です。この後源氏は末摘花との関係をどうしていくのでしょうか。「かかる人々(零落した常陸宮の姫君とその邸の人々)の末々、いかなりけむ」と、読者に期待を持たせて「末摘花の巻」は終わりました。 読み終えて、私たちも末摘花の姫君の行く末が思われて、「朽ち果てるように死んでいったら不幸ですね」という意見が出ましたが、「本人は不幸とは思わないのです。そう思うのは物欲に支配されている私たちの価値観からの評価で、本物の貴族、絶対的貴族というものはこういうものではないでしょうか」という先生の見解に、末摘花の人物像を思い返してなるほどと思うところがありました。
       〈皆さんの感想から〉

      1. 源氏は赤鼻を見て大きなショックを受けて、赤い色に敏感に反応してしまう。紫の君と絵を描いたりして遊んでいるときに、源氏が鏡に自分の顔を映して見て、「かくよき顔だに・・・」と、自分を美しいと思っているのがわかる。鼻が赤いということが洋の東西を問わず笑いの対象になることは、おもしろい。しかし源氏は、そういう末摘花と契ったのも自分が興味を持ったのだから仕方ないと面倒を見ながらも苦痛だとは…。 
      2. 末摘花が不幸ではないということが非常に面白い。最後の場面で楽しそうな源氏と紫の君より末摘花の方が源氏という養い手も出来、和歌の勉強も始めて幸せそうだ。父宮も絶対的貴族だったのだと思う。 
      3. 赤い鼻の姫君の巻が今日で終わった。源氏はこの姫の赤い鼻を思い出すのも嫌で嫌で仕方がないのに、一生この何の魅力もない姫とかかわっていく、源氏の優しさもわかったような気がした。それにしても、紅い色を見るだけで拒否反応を示す源氏が何とも気の毒だった。
      源氏ほどの人なら才色兼備のどんな女性とでも恋愛できるのに、末摘花のような女性と自分から求めて契ったことに対して苦しむ源氏の様子、でも見捨てることができないやさしさに救いが見られます。とてもいろいろなことを考えさせられる巻きでした。女性としての生き方、差別観、心の貴族等々。


      2009年7月8日 例会まとめ          内藤ます子


      「姫君の変化」
       常陸宮の姫君から贈り物と文が届いた翌日、源氏は女房たちの詰め所を覗いて命婦に、「昨日の返事だよ。苦労して書いたよ」と言って投げて寄越しました。女房たちは何ごとかと好奇の目を光らせますが、源氏は「ただ梅の花の色のごと、・・・・」と風俗歌を口ずさんで笑って出ていきます。命婦は暗に姫の赤い鼻のことを冷やかしているのだとわかるからおもしろいと思いますが、女房たちは怪しいと詮索し合います。命婦はあわてて「違うのよ、霜の降った寒い朝に、一夜を共にした女が〈掻練〉(ねって柔らかくした絹で紅色をしている)に包まっていたので鼻が赤くなっていてがっかりされたことを歌っていらっしゃるのよ」と苦しい弁解をします。女房たちは納得できません。「無理なこじつけだわ。この中に華やかに目立つ鼻の人などいないし、左近の命婦かしら、肥後の采女かしら」とわいわい騒ぎ合っています。この場面、詮索と噂好きな女房たちの様子がよく出ていておもしろく読みました。一方、宮邸の方では源氏から届いた文の流れるような書体の美しさに女房たちは見惚れています。 晦日の日の夕方、命婦は例の古めかしい衣筥に源氏が使用するようにと献上された御衣装の一揃えを納めて宮家に届けます。葡萄染の織物の衣、山吹襲の物など趣の良いものが取りそろえられています。けれども、宮家の老女房たちは「こちらから贈ったのだって紅色の重々しいもので、見劣りするわけがない」と、自信たっぷりに決めつけます。「御歌だって、こちらからのは筋が通っていてしっかりしている。源氏の方はただおもしろいだけ」と口々に言い合うのでした。堅苦しい形式にこだわってきた宮家の老女房たちには源氏の歌の技巧がわからないようです。姫君も頑張ってやっとできた作なので他に書き写して残しているのでした。滑稽なようですが、気持ちが分からないでもありません。年始の行事で宮中が何かとにぎやかな中、源氏はあのさみしい宮邸のことが思いやられて、七日の白馬節会(あおうまのせちえ)が終わるとそのまま御宿直所に泊まるふりをして夜遅く宮邸を訪れます。邸の様子は以前よりは少し世間並みになっていて、姫君も物腰に少し女性らしさを身につけた様子、源氏は、年も改まって姫君も見違えるようになるかもしれないとまた期待してしまうのです。 翌朝、日が差し込むと、室内が明るくなります。少し身を乗り出して臥している姫の髪はものすごく美しいのです。源氏は姫が少し成長して美しくなった様子を想像して格子を上げようとするのですが、前に気の毒な事をしたことを思い出してすっかり上げきれません。室内には古めかしい鏡台や整髪の道具などが置かれて、父宮の遺品と思われる男物の道具も〈ほのぼの〉(ほん少し=すてきな古語!)残されているのが源氏の心をとらえます。姫君の衣装はとみると今日は世間並みの装いです。それもそのはず、先日源氏方から届けられたのをそのまま着ているのですが、源氏はそれと気付かず、見たことのあるような模様だなあと不思議に思うだけと書かれています。ここで、大疑問が。源氏用に献上された男物の装束をそのまま着ていたのか?それはおかしい。宮邸の女房が縫い直したのか?などなど。ついに結論は出ず。このあとは、皆さんの感想がまとめになっていますので略します。
      〈皆さんの感想から〉

      @ 久しぶりに姫に逢いに行くと、源氏から贈られた装束を着ていた姫。「今年こそは声を聞かせて」と源氏。それに「さえづる春」と応えた姫。以前より歌の勉強をしていた姫に期待した私。ずーっと先にまた逢った時にどう成長しているのか?「源氏から贈られた装束をぬいなおしたのかしら?」とか、いろいろと話が出ておもしろかったです。 A 姫が、「女の御装束、世づきたりと 見ゆる」ようになり、歌でもふるえながら返すことができて、源氏もやっと「夢かとぞ見る」と思えたのに、「かの末摘花を見て残念がるところが何とも哀れで、でもいつか二人の心がつながる日が来ると希望が持たれます。 B 末摘花が源氏によって少しずつ変化していく様子がうかがえます。今日の最後、源氏の期待が見事(?)に裏切られるのが残念であり、姫君にとっては悲しい場面でした。 C 末摘花の成長が嬉しい。源氏からの御衣筥の一具、着物は男女ともに寸法はゆるやかなのでよかったのでしょう。いろいろ想像できて楽しかったです。 D 末摘花が新しい年を迎えてやっと女らしく(すこし)変化してきた様子、そして源氏が声を聞きたいと思っていた声も聞けたし、美しい髪を見てうれしく思っていたのに、あの赤い鼻を見てがっかりした様子がおかしくも悲しかった。 E 末摘花が返歌ができたことが嬉しかった。どこで誰から勉強したのだろうかと思った。源氏は非常に正直だと思う。

      2009年6月10日 例会まとめ          内藤ます子
      「贈り物」
       その年も暮れた頃、宮中の部屋に大輔の命婦がやってきました。二人は色恋沙汰の相手ではないけれど冗談を言い合うような気安い関係です。その命婦が今日は言いにくそうに「ちょっと妙なことがありまして・・・、言わないでいるのも具合が悪いし、悩んでいるのですが・・」と、最後まで言い切らずに苦笑いしているのです。源氏は「また例の艶っぽい話だろう、私には何でも話せるでしょう」とからかい気味に促すのですが、取り出したのは例の姫宮からの文でした。「これこそは隠しておくなんてとんでもないこと」源氏が大切そうに受け取るのを見ると命婦は胸も潰れる思いです。文は、白くて厚い陸奥紙、消息文には使うことはあっても恋文には使わない代物です。命婦はその無粋さがよくわかっています。けれども姫君としては精いっぱい書いたものと思われます。しかし、歌はわかりにくい変な歌です。「唐衣」は「着」にかかる枕詞ですが「君が心」と続いています。源氏も首をかしげてしまいます。次に命婦は重く古めかしい衣装箱を取り出し、「どうしたものか、ひどくお恥ずかしくて」と恐縮して「元旦のお衣装をと姫がわざわざご用意なさったのを、必要ないとお返しすることもできず、私が隠し持っておくのも姫の御心に違うことになるし、御目にかけるのですが・・」と言う。元旦用の晴れ着は本来妻の用意するもので、このような姫の行為は極めて常識はずれなのです。しかし、命婦の心中を思いやって源氏は「隠しておかれては非常につらいよ、涙にぬれた袖を乾かしてくれる人もいないわが身には嬉しいことだよ」と冗談めかして礼を言うのですが、後の言葉が続きません。それにしてもあの姫君には歌や書を手をとって教えるべき者も付いていないのだと思うと、この歌も自身の全力を尽くして詠んだろうと思えて、「こんな尊いものはないよ」といって見ているのですが、命婦はきまり悪く赤面しています。命婦としては本当につらい思いなのでしょうね。
       さて、その衣装ですが、今様色(流行色の濃い紅梅色)だけどすっかり色あせています。ずいぶん古い布を取り出してきたのでしょう。しかも裏も同じ濃い色なので重ねの趣もない代物です。(こういうものを用意する女房たちの程度の悪さ、あの老女房たちです!) あぁあと興ざめの源氏が姫の文の端にいたずら書きのように書きつけた歌、「心ひかれる色でもないのにどうして末摘花に触れてしまったのだろう」という内容。ちらと見た命婦はあぁあの鼻を見てしまったのだと気付き、さっと歌を返します。「ひと花衣(布を一回染料につけただけの薄い染めの衣=薄い愛情にかけている)としても、姫宮の名に傷がつくような噂が立ってはつらい」という内容です。上手な歌ではないけれど、あの姫がこのようにさっと受け答えのできる相手ならよかったのにとつくづく残念に思う源氏です。また、宮家の姫を貶めたくないという命婦の思いに感心する源氏です。
       女房たちがやってくる様子、源氏は衣装箱を隠すように促します。こんなものを贈ってよこすのは一人前の分別のある大人がすることではないのです。知られてしまっては大変です。源氏は明らかに困っているのです。命婦は衣装を源氏に見せてしまった自分の思慮分別のなさを恥じる思いでそっと退出してゆきました。 
      〈皆さんの感想から〉

      1. まさしく貴族の娘なのに、赤い鼻であるというのが致命傷で、また、面白い部分だと思う。モデルがいたのではと推測してしまう。文や着物を贈るなんて、姫はとても成長していると感じた。
      2. 姫から手紙と、新年に着る直衣が贈られてきた。手紙の紙も歌も直衣も古びているし、歌も相変わらず下手ですが、源氏からこまやかに行き届いた贈り物を届けられたりしているうちに、姫も少しずつ、ずれてはいるけれども努力していく様子が描かれている。これから少しずつ姫の歌なども上達していくのだろうか。
      3. 歌も衣装も、姫の気持ちがせつない。鼻と花をかけて「花のとがめ」としたところが(おもしろい)
      4. 源氏物語の登場人物は、それぞれ個性的は人が多いけれど、その中でもこの話は面白いと思います。古文は本当に難しいと思います。でも声に出して読むと、美しくすぐれた音楽を聴いているようです。
      5. この巻きは、まだ私にはわからない事ばかりで、いろいろな意味で面白さを感じる。興味深く講義を受けています。


      2009年5月13日 例会まとめ          内藤ます子
      「よろぼふ門」 
      夕べ訪れたとき車を寄せておいた中門は、明るくなってみるとこれほどまでと驚くほどひどく荒れ果てているのでした。源氏はそれを見て、以前、あの雨の夜の宿直の折に左馬頭が話していた、雑草の生い茂った邸に思いもかけず美しい姫君がいて・・・という話はこういうところなのだろうか、こういうところに恋しくて恋しくて胸が詰まるほど苦しくなるような可愛い人を置いていつも気にかけているような恋ができたら、今心を悩ましている許されぬ方への思い(藤壺への)が紛れるのではないか、そうだったらどんなにいいことかと、またロマンチックなことを考えるのですが、現実に逢ってしまったのはあの何の心を動かされるところもない姫君です。しかし源氏はまた思うのでした。私以外に誰がこの姫君と付き合うことができるだろうか、私しかいないだろう、思えば亡き父宮が姫のことが心配でたまらず、その魂を姫に残していて、その魂が導いた縁に違いないと。(この源氏の受け止め方は読み飛ばせない大事なポイントのようにおもえました)橘の木がすっかり雪に埋もれているのを随身に払わせる、すると松の木がそれをうらやましがるように自ら起きあがったので積もっていた雪がはらはらと散った。何とも風情がある。それほど教養が深くなくてもいいからこんな風情のある景色をみて「名にたつ末のと見ゆる」などと歌を返してくれるような女性が傍にいてほしいと思いながら見ています。
      門の鍵の管理人が出てきたが、驚くほどの老人で、その娘だか孫だかどっちつかずの大きさの女がついてきたのだけれど、これが薄汚れたものを着て寒そうにしている。常陸宮邸の零落ぶりが際立ちます。源氏は貧しい人々の様子を詠んだ白楽天の「白氏文集」の詩の一節を思い出して歌を吟じます。紫式部は源氏を通してこのように貧しき者の姿を描き出したのです。なるほど、白楽天などを読んでいたのがこういう場面の描写に活かされていたのだと納得です。
      姫君が並みの顔立ちの女だったらこのまま通うこともなくなってしまうだろうけれど、あの容貌を見てしまった以上返って放っておけない源氏です。生活上の援助に常々訪れるようになり、姫の衣装用の物から老女房たちやあの門番の老人の物まで心遣いして届けるのですが、姫君は恥ずかしいとも思はない様子、(高貴なお育ちというのはこういうものなのでしょうか)、源氏はその方がかえって気楽で、常識ではありえないようなものまで贈るのでした。(何でしょう、きっと下着やなんかねと、私たちの想像力によるおしゃべりをしばし)
      と、ここで源氏は空蝉を思い出しています。(なんで? 解説によると、醜い女といえば・・・ということだそうです。)あの空蝉は容貌は劣っていたけれど立ち居振る舞いが奥ゆかしくて魅力的だった。品(身分、家柄)は姫君とは比べ物にならないほど劣っていたけれど、女の魅力は品ではないとつくづく思う源氏です。それにしてもその空蝉に振られた口惜しだがいつまでも源氏の心に残って忘れられないようです。
      〈皆さんの感想から〉

        • 雪の積もった松の木を擬人化して描くのに、式部の教養の高さ、この頃の宮中の人々の生活が思われます。姫を白日に見てがっかりした源氏は、屋敷の荒れ方、下々の者たちの衣類や痩せ方を見て哀れに思って、その後実用品なども贈って後見していくなど、心やさしい源氏は素敵です。 
        • 源氏物語の中にこんなに庶民の生活や落ちぶれた人の生活が、漢詩からも取り入れて深く書かれていることにびっくりしました。「我ならぬ人は、まして見忍びてむや」との源氏の人情深い優しい心で姫の生活が援助されて本当によかったです。
        • 源氏の物を贈られても気にとめないところが高貴な身分というのが興味深かった。進むにつれて源氏の世界が深くなっているように思います。
        • 「末摘花」の巻も残り少なくなりましたが、今一つ源氏がひかれたわけが理解できません。身分が高いのに現在は落ちぶれている姫への同情だけでしょうか。姫の心の内がわかりません。
        • 末摘花のよいところがありますように。源氏のやさしさが嬉しい。

        源氏すずしろの会:草津合宿参加者レポート
        2009年4月27日(月)〜29日(水) 
        目的:物語の始まりを読む。 
         
        テキスト:『イメージで読む源氏物語 桐壺・帚木』(一莖書房)
        読んだところ:揺れる内裏・御かたがたの動揺・噂する人々・母、北の方・御子誕生
        盲目の恋・一の御子の女御・衣ずれの怨恨・輝く御子・病む更衣
        臨終の更衣・更衣の死・母君の嘆き・死の波紋・夕月夜の訪問・勅使命婦
        母君、胸中を語る

        1. 源氏物語の合宿に参加させていただいた。草津にある先生のリゾートマンションに着くと、雪をかぶった浅間山と白根山がどーんと目の前にあった。その素敵なマンションには素敵な温泉があり、腕のリハビリをしている身にとってはすごくありがたかった。先生や仲間の皆さんが作ってくださったおいしい夕食が終わり、8時から10時までみっちりと勉強会があった。今回は、光源氏の生母の桐壺更衣の登場の部分を読む。帝に深く愛されたがためにまわりの妃たちにいじめられ苦しめられ、のちの光源氏になる美しい御子の生母となりながら、その御子三歳の時に、心を許しあった帝や御子を残してこの世を去らねばならなかったところまで勉強した。今までで一番、源氏物語のすばらしさがわかったような気持ちだった。今回の合宿に参加できて本当によかったです。先生はじめ仲間の皆様、ありがとうございました。
        2. 帝が特別に目をかけていた更衣と、目をかけてもらったがゆえに周りの女御たちにおとしめられ、嫉まれた更衣桐壺。帝のもとにわたる時などの目にあまるいじめにもさわぎたてず、心の内に抑えている更衣。しかし、帝はそんな更衣の顔色などから察している。たぶん桐壺更衣は芯のしっかりした奥ゆかしい女性なのだろうと思う。相思相愛だった二人、桐壺の死後の帝はどうなっていくのだろうか。この頃の宮中で、楊貴妃の例も出して上達部、上人なども噂する・・・とあるが、中国のことなども知っていた宮中の人々の教養の高さもわかっておもしろい。桐壺更衣の育ちとその母北の方のことが次第に分かってくるであろうこの後が楽しみです。
        3. 源氏物語を原文に沿って忠実に読みといていく上で、まず第一帖の桐壺を読まないでいたことがこれまでとても残念で心残りでした。それが思いがけず草津の合宿で「いづれの御時にかーーーー」を読んだ時は、「ああ、これが私が高校の古文の時間に少しだけふれた、あの源氏物語の始まりなんだ」と、うれしさと充実感で、少し大げさに言えば心ふるえる思いがしました。帝と桐壺の更衣の悲しくも美しい物語で始まる物語、日本人として源氏物語に触れずに一生を終えるのは不幸ではないかと思います。高校の授業では選択科目ではなく必修として古文「源氏物語」を取り上げてほしいと思います。千年後の読者である私達をこれだけ引きつける源氏物語。さらに50年、100年後も絶えることなく読みつがれていくことでしょう。作者の紫式部も想像できなかったことではないでしょうか。
        4. 初めて読んだ源氏物語は大変むずかしく、しどろもどろで読みました。大変奥深いものだと思い、これから続けられるかと心配です。でも一方で、皆様といろいろと楽しい一時をすごせてとても楽しい三日間でした。
        5. 「いづれの御時にか女御更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり」

        幕があき、帝を取り巻く内裏でのどろどろした世界、千年前のことが次々と絵になって浮かんでは消えてゆき、引き込まれてゆきました。二十四時間公人である帝、位階の厳しい内裏での恋、更衣に対する女御達の冷たい視線や実力行使にも堪えぬき、御子が誕生。この御子が源氏となることに驚きました。この合宿で桐壺のことが勉強できて、母上のことも、(更衣の亡骸の)御送りの女房たちの車に(本当は付き添っていってはいけない慣わしなのに)したい乗るところや、帝が更衣との別れで「限りとて別るる道の悲しきにーーーー」と詠む場面では胸に響き、ポロリとしてしまいました。この後が楽しみです。私が歩き続けている限り、お世話になります。次の合宿もお願いします。

        1. 古語というものが今ひとつ解りません。古語に触れることで解っていくと思います。桐壺の巻を集中して勉強しました。何となくわかっているつもりでいたことに今日はよく気づきました。細部の古語を教えていただき、桐壺の巻が鮮明になりました。源氏物語の物語性は驚くばかりです。楽しくってしかたありません。先生が伝えようとしている感覚性というものでしょうか、それがとても魅力的で、式部の情熱を少し知る感じがしました。すっかりはまってしまいました。とりこになってしまいました。誰のせいでしょうか。

        ***************〈まとめ〉********************
        冒頭の一文について先ず考えさせられました。この書き出しはそれまでの作り物語の定式を打ち破る革新的なものなのでした。「昔、竹取の翁という者ありけり」(竹取物語)「昔、男ありけり」(伊勢物語)など、多くの物語は「昔々あるところに○○がいました・・・・」と漠然と「昔のできごとで・・・」として始まるのが一般的でしたが、ここでは「いづれの御時にか(ある帝の時代のできごと)」とより限定的に語り始めているのです。しかも舞台は后妃たちの住処である内裏と具体的です。そこではじめから大事件勃発です。すなわち「帝」とはいわば二十四時間公人の立場であって、后妃たちは出身の家柄を背負って政治的に内裏に送り込まれていて、帝はその方々の身分相応に愛さなければならないのです。これが常識。ところがこの帝は公人としての常識を無視して一人の更衣(四位以下の妃)だけに特別の愛情を注いでしまったのです。一人の反逆者としてこの帝は登場してきます。ここにこの物語のテーマが出ているということでした。簡潔にして衝撃的、読者をぐっと掴む書き出しの上手さです。さて、この大事件はさらに「玉の男御子さえ」生まれるという次の事件に発展します。しかもただならぬ美しさで、帝の心配の種です。一番初めに入内した右大臣家の女御にはすでに第一皇子がいて皇太子候補として世間の信望を得ていますが、この第二皇子の評判が立てば不幸な争いが起きかねないわけです。帝は第一皇子はそれとして尊重し、第二皇子は「私物」として大事にするという配慮をすることにします。父親らしい理性と人間性を感じさせます。しかし、この帝と桐壺の更衣の関係は宮中においては異常なことですから、二人だけの孤立した愛となって、精神的負担は更衣の方により重く積もりついに亡くなってゆくのですが、宮中から送り出すときの帝の戸惑い、最期を看取れぬ悲しみに大泣きする帝、健気にも最後の力を振り絞って「生きたい」と帝の愛に応える更衣、まことの愛を貫く一人の男と一人の女の姿でした。これはどんなに斬新なことだったでしょう。あとは皆さんのノートで復習してください。(内藤)


        2009年4月8日 例会まとめ          内藤ます子
        「雪の朝」 

        冒頭、姫君に代わって源氏に変な返歌を詠んだ、あの若い女房(侍従)が、今はもうすでにこの邸を去ってしまっていると始まります。短い一文ですが、源氏が久しく訪れていなかったという時の流れを感じさせるとともに、若い人を欠いたこの邸の一層の殺風景さを感じさせます。はじめて訪問する邸のように源氏は感じます。雪が降り風も出て灯りは消えた荒れ果てた邸の闇にいると、夕顔を失ったあの荒れ院のことが思われて恐ろしいけれど、それはそれで恋人といるというのも趣きもあるものだから、しんみりと語り合いたいと源氏は思うのですが、この姫君は例のだんまりで愛想がなく張り合いがない、ただただ夜明けを待つしかありません。「からうして明けぬる・・・」がその気分を表しています。明るくなった一面雪の庭を眺める源氏の姿は雪の反射に映えて「きよら」(第一級の美を表す)。「出ていらっしゃい、素直になさるのが一番ですよ」と源氏は姫君を誘います。ここで、姫君が人の言うことに逆らえない性格だと、さりげなく書かれていました。いよいよ姿を現した姫君、源氏は見たくて見たくて堪りません。しかしふり返ってあからさまに見るのは失礼、でも、全神経を集中して横目でしきりに覗うのです、打ち解けていくに従ってよく見えてくるだろうとまた期待して。さて、姫の姿は。あまりの奇異な容貌に源氏はなんで何もかも見てしまったのかと後悔するものの、やはり珍しいものを見るように自然と目が行ってしまうのです。若者らしい心理です。(しかし、姫についてはどうしてここまで異様な姿に創造したのでしょうか。) ところがこの姫は髪だけは大そう美しく誰にも負けないほど見事に長いのです。しかし、装束は恐ろしく古びて汚れているし、「黒貂の皮衣」(高級品だが一時代前の上流貴族の男性が着ていたもので、多分父宮の遺品)で寒さを凌いでいるのがいかにも零落の姫宮という感じで、源氏は見ていて辛くなります。仕草もぎこちなくてなんとも居心地の悪くなった源氏は早々に退出します。退出にあたり、男は歌を詠みます。「私しか頼る人はいないのに、契りを結んだ私になぜ打ち解けてくれないのですか」と。こういう場合、女は返歌をすべきなのですが、この姫君、ただ「むむ」と言って微かに笑っただけでした。これがはじめて姫が発した精一杯の言葉(?)だったのです。源氏は気の毒に哀れに感じて帰ってゆきます。
        〈皆さんの感想から〉

          • はじめ読んだ時は半分くらい意味がわからず、先生のご説明で霧が晴れるように話の筋が見えてくるのがとても楽しい反面、いつまで経っても古語の意味がわからない自分に一寸がっかり。はじめ、容姿や性格がわからず結ばれてから今まで会ったこともないような末摘花に会ってびっくり、でも、やさしい源氏のこと、これからどう展開していくのでしょうか。 
          • 横目で盗み見たり、珍しい顔立ちに目が離せなくなったり、源氏の人間臭さを見た気がしました。末摘花の健気さが切なくてかわいそうに思います。
          • 骨が見えそうな程痩せているのに髪が美しいというのが不思議だった。思わずかつらかと思った。女房も年寄りが多いだろうから、仕草も年寄りじみているのだろうと思った。
          • 雪の朝の情景がとても美しく、そこでの源氏が「雪の光に、いとどきよらに若う見えたまふを・・・」というのは、その後の末摘花の顔付き、姿をきわだたせるための表現でしょうか、心にくい紫式部ですね。末摘花がどんな方か興味津々でした。でも、私にはにくめない方ですね。「むむ」をどう解釈するかは各々違っていいのではないでしょうか。
          • 姫君のおかれた環境、老人どもに囲まれた生活、わびしいとも思わずひっそりと暮らす、悲しくなります。ホロリ・・・。
          • ――ただ「むむ」とうち笑いてーー に納得。おもしろい。語り手は作者?それとも誰なのでしょうか。古文の美しいところを暗誦したいと思いました。
          • とうとう登場した姫君「末摘花」、紫式部がここまで厳しく姫君を表現しているとは、原文を読むまで知りませんでした。言葉をもたない姫なのではないかと思うほどです。このような姫でも、源氏は見捨てず、先々までつながりを持つようになるのが救いです。

          2009年3月11日 例会まとめ          内藤ます子
          「宮家の御達」つづき
           「かの紫のゆかり」つまり若紫をひきとってこの少女に夢中になっていることが語られます。この巻が「若紫の巻」と並びの巻であることがここで分かります。「心入りたまひて」の「心入る」とは「心が入る」つまり「気に入る」という意の古語、なるほどです。その夢中の程度は「六条わたりにだに、離れまさりたまふめれば」、つまり、六条御息所という必ず通わなければならない大切な方の所にさえもご無沙汰になってしまったほどだというのですから大変な執着のしようです。まして、あの荒れ果てた宮邸のことはいつも気にしていながらもなかなか訪れる気にならない、それも仕方ないと語り手は述べます。けれども源氏も時には思い直して、想像する以上によいところがあるかもしれない、会っているときは暗闇で手探りの頼りなさで相手の顔もはっきりしない、姫をはっきりとこの目で確かめたいものだ、けれども明るくしてはっきり見えるようにするのも恥ずかしいことだなどと思ったりします。やはり源氏の好奇心が期待を抱かせるのでしょうか。
           宮邸では女房たちが寛いで宵を過ごしているそんな時に源氏はそっと入っていきます。覗き見ると、几帳などはひどく破損しているのだけれどずっと定位置に置かれていて奥は見えず、四、五人の老女房が固まって(「御達」とは「老女房達」のことでした。)お膳を囲んでいる、「秘色やうの唐土のもの」=青磁色の唐到来の器が並んでいる、これは天皇だけが使える高価な物だそうで、さすが宮家ですが、それが見苦しいまでに傷んでいるのです。それでご主人の残したお下がりの食物を食べている。部屋の隅のほうではいかにも寒そうにしている女達が白い衣裳のすっかり煤けてしまったものに汚れた褶(しびら)(下級の女房が着ける簡素な裳)を巻きつけて控えている、その腰つきがいかにも融通の利かない堅物に見えている。これは配膳係だそうで、額には櫛が垂れて挿されている。こういう姿は宮中の「内教坊や内侍所」で見かけるもので、宮中以外でもこんな仕来りを守っていることが珍しく、源氏は驚きまた興味引かれもするのです。
           源氏に見られているとも知らず、「ああなんて寒い年だろう、長生きするとこんな辛い目に遭うのだなあ」とか「亡くなった宮様がご存命の時を何で辛いなどと思ったのだろう、頼りなくてもこうして生きていけるのだなあ」などと嘆きあって、今にも飛び上がりそうに身震いしています。源氏はこれ以上は気の毒すぎて見ていられず、その場を離れて今来たというように戸を叩きます。女房たちは「そそや(あれまあ、それそれ)」とあわてて、灯りを向け直して格子を開け源氏を招き入れました。
           この場面、零落した宮家の様子を目の当たりにしているようでした。経済的には困窮していながら宮家としての古い仕来り様式を頑固に守って融通の利かない暮らしぶり、世間からすっかり取り残された人々、寒さに震え上がる様子。作り物語でありながら作り物でない現実の人間の姿を描き出していると思います。
          〈皆さんの感想から〉

          1. 「食ふ」場面は始めて出てきて自分の生活に近くなりました。「かたはらいたし」は日常語に近いのにとっさに意味が分からなかったりしました。「末摘花」楽しみです。 
          2. 「食ふ」についてはおどろきがありました。勉強の幅が広がります。「心入る」について、先生がふとおっしゃったお話にやまと言葉の深さを感じました。とても関心があります。
          3. 末摘花の生活環境がとてもリアルに表現されていて、源氏物語の中でも読んでいて楽しくなる場面でした。でも、高貴な生まれの姫君がどんな思いで生きていたのでしょう。
          4. 落ちぶれた宮家の様子がよく分かりました。その宮家の姫君を支える決心をした源氏のやさしさがよくあらわれた物語でした。
          5. 常陸宮邸を久しぶりに訪れた源氏。そこで垣間見た女房達の様子が生き生きと描かれていて、とても面白かったです。だんまり姫の今後はどうなっていくのかとても楽しみです。
          6. 源氏の中で格差がある状況がこんなにすばらしく表現されているのにとてもびっくりしました。不況の嵐が吹きすさぶ時に、千年の昔の世界の中に一時、でも、今日は老女の哀れさに一寸現実にかえりました。

           

          2009年2月11日 例会まとめ          内藤ます子
          「後朝の文」「宮家の御達」

           常陸宮の姫君との出会いは、夕顔のような女に違いないと期待ばかりが膨らんでいたその思いが粉々に打ち砕かれるけっかとなりました。すぐに後朝の文も届けられないでいるのですが、相手の軽々しくない身分のことを思うと可哀想で、思い乱れている源氏です。そこに頭の中将がやって来て知りたがります。
           宮中では朱雀院の行幸の楽人や舞人などの決められる日とあってたちまちに一日が過ぎ、夕方となってやっと源氏は後朝の文もまだだったことを思い出すのですが、暮れ始めて雨も降ってくるし、面倒臭くなって訪ねる気もしないでいます。女とともに過ごした翌朝はすぐに文を贈り、三日間は通い続けるのが当時の作法、いくら忙しくても、源氏ともあろう人が女に対してこのような失礼なことを今までしたことはなかったのではないでしょうか。落胆の表れか、戸惑いか。 一方、宮邸では待てど暮らせど後朝の文が来ない、命婦は見捨てられた姫君が気の毒でつらくてならない、けれども当のご本人は昨夜のことをはずかしく思い続けてぼおっとしていて文の遅れなど「とが」とも思わないでいるのです。遅くなってやっと文が届きます。「夕霧がはれる様子もないうちにうっとおしい宵の雨が降ってきました・・・心を開いて打ち解けてくれるのが待たれます」という内容。鬱々とした源氏の気分が反映されているような詠みっぷりです。女房たちは源氏は来ないと察し胸つぶれる思いですが、とにかく姫には何とか返歌を書かせようと勧めますが、どうしていいか分からずぐずぐずしていて夜は更けてゆきます。堪り兼ねて侍従がまた例によって教えますが、「あなたを待ている私のことを思いやりなさい、気持ちが同じでなくてもいいから」という押し付けがましい変な歌です。和歌素人の私達読者にもひどい歌とすぐわかるほどです。それをしたためた紙の描写がまた泣かせます。上等の紫色の紙ですが、古びて色が褪せて、染める時に使った灰が残って白っぽくなっているのです。古い上等なものを大事に取っているこの宮家の暮らしぶりが伺えます。文字は堅苦しい昔風で上下がきちんと揃えて書かれている、つまり草書の散らし書きというような風情のあるものではないということでしょうか。源氏は見る価値もないと打ちおきますが、宮家の姫君をこのまま見捨てておくわけにはいかなく、最後まで面倒見ようと心に深く決めるのでした。
           左大臣邸では朱雀院の行幸の準備で賑やかに器楽の練習の日々が続き、宮邸には足が遠のいたまま時は過ぎて秋も暮れていきました。命婦がやって来て源氏の不実を責めます。忙しかったと言い訳をして、「あまりものを知らないので懲らしめようと思って」と冗談でごまかそうとします。その様子が若々しくて魅力的なので、恨めしく思っていた命婦も、自分勝手で人の怨みを買っても仕方のない年頃なのだと納得してしまうのです。このあたりの命婦の反応の描き方も人間的で面白いと思います。
          その後、源氏は時たま宮邸を訪れるようになったと書かれています。
          〈皆さんの感想から〉

            • どうしようもない姫を助けるというのは源氏にしか出来ないことで、少しの優越感もあるのだろうと思った。「結婚」がやはり今とは違う習慣なのだと感じた。 
            • この時代としては浮世ばなれした末摘花の描写が、想像を越えて楽しく読みました。この先、美しくはなくても教養豊かな女性として成長していくのでしょうか。
            • 姫君の教養のなさにびっくり。でも、捨ておけない源氏の「時々おはしける」で、ほっとしました。
            • 歌のことが分からなくても、歌の変なことは分かるので、おかしかったです。
            • どうなることかと思っていたけれど、源氏がこれからも通ってくることになり、宮家ともどもほっとしました。
            • 食に対する精神性を教えていただき、大変な文化の高さを学びました。クオリティーや想像性を楽しむ文化、抽象的な世界には何が核になっているのか。相手を思いやる心なのか。優しさとか、いろいろと考えてしまいました。
            • 宮家の姫に生まれても、よい相手をひきつけるような教養を身につけられなかった悲劇が、ひしひしと伝わってくる巧みな展開。読者はわくわくとして待ちわびていたと思います。

            2008年1月14日 例会まとめ          内藤ます子
            「手引き」つづき「君がしじま」
             男と逢うという初めての経験ですが、男の人に対して口を利くという時の心構えなど全く知らないでここまで過ごしてきたのです。姫君はただぼーっと坐っているだけです。気の利いた女房も付き添っていません。「乳母だちたる老人(おいびと)」、夕方になると眠くなってしまう老人で、さっさと自分の部屋で横になってしまい姫君を放ったらかし。若い女房たちは、源氏を見ようと「心げさうし」夢中です(自分がよく見られようと緊張している様子を実にうまく表現する古語です)。源氏はというと、姫君との初めての出逢いに心を尽くしたおしゃれをしてきています。身をやつしていますが、この方の美意識がわかる人にはたまらないほどの装いでがんばっています。「正身(さうじみ)」という変わった語が出てきました。「当人」という意味ですが、語り手はこの姫君を指して「肝腎のご本尊はね・・・」というニュアンスでしょうか、この風変わりな姫君を少しからかったような語り口で、このちぐはぐな男女の出逢いを描き出すのです。 源氏は、始めのうちは女君のだんまりも奥ゆかしいと思っているのですが、いくら語りかけても一言の返答もなく、ついに「嫌なら嫌とはっきり言ってくれ」とまで迫ります。それでもだんまりの女君、傍にいた乳母子の若い女房が堪り兼ねて代理の返歌をします。ここがまた可笑しい。素早く気を利かしたつもりでしょうがとんちんかんな歌で声も妙に若若しく馴れ馴れしい。けれども源氏は初めて返事をもらえたのが嬉しくて、また何やかやと語りかけるのですが、再び何の反応もない、さすがに源氏もわけがわからなくなり我慢の限界です。襖障子を押し開けて女君の部屋に入ってしまいます。命婦は、びっくり、姫君がいかにも気の毒と困り果てますが、こうなったら自分は気づかなかったことにしようと決め込み、女房たちは評判の源氏なのだからいいじゃないか大げさに嘆くことでもしない。当の姫君は動転して身をすくませているばかり。源氏は、初めはこれくらいの恥じらいが可愛らしいと思ってはみたものの、どことなく納得できないものを感じ始めます。男女がともに過ごす時の風情も魅力も感じられない、次第に気の毒に思えてきて、やがて今まで経験したことのない嫌な感じがして、まだ夜更けというのに帰ってゆくのです。命婦も知らぬふり、源氏も何事もなかったというふうに密かに。(可哀想な姫君です!)
            〈皆さんの感想から〉

              • やまとことばの面白さ。でも読んでいてなかなかその意味を理解できず、先生の訳をお聞きするとその状況が目の前にパッとしてきて紫式部の描写力に感じ入ります。 
              • 源氏が春から秋にかけて一生懸命通ってやっと姫に会えたのに一言も話してくれない。そして、源氏の気持ちの期待感の打ち砕かれ方。今までの姫たちとの接し方とあまりに違うことの源氏の驚きと落胆。この姫君は今後どうなってしまうのだろう。
              • 姫君は何も悪い事はしていないのに巻き込まれて悲劇だなあと感じた。話をしなくても生活できるのはやはり環境のせいかもしれないと思う。出会わなければよかったのにと三人とも思う関係は非常に珍しいと思った。
              • 末摘花その人は命婦にただ坐って黙っていなさいといわれて物語が進み、最後は源氏が逃げだ帰るという展開であり、楽しかったです。お正月にテレビで「源氏物語」をみましたが、「本文」が一番です。
              • 末摘花は実在のモデルがいたのでしょうか。紫式部の、読者の想像力をかきたてる展開に興味深く読みました。昔読んだ『源氏物語』の解釈とはちがいうれしくなりました。
              • 今日のお話は今までになく理解できました。言葉の意味も面白く、源氏の世界に浸りました。この言葉を日常的にちょっと使えるようになるとなるといいのですが、勉強不足でなかなかおぼえられません。
              • 末摘花のあまりの無知に悲しくなった。源氏の後味の悪さが気の毒だ。
              • 日本語の原点、常に相手がいて相手を気遣う間に言葉がある。源氏物語は大変勉強になると感じました。

              2008年12月10日 例会まとめ          内藤ます子
              「ものづつみ」「手引き」
               秋、たださえ物思う季節、夕顔の宿で聞いた砧の音を思い出して悩ましい源氏。夕顔を偲ぶにつけても常陸宮の姫君のことが思われます。この姫君に執着するのはやはり夕顔の面影を重ねているのですね。何度文を遣わしても返事が来ないのはどういうことかと命婦を責めます。命婦は姫君が源氏にふさわしくないと思って、「ひどい引っ込み思案で、文も手にもとらずに居るのではないかと思う」と説明します。源氏は納得できず、「もう思慮深い大人なのだから、自分で判断できるはず」と思うのです。だから、「自分は早くに親を亡くして心細い思い、同じ境遇の者同士、わずらわしい男女の関係ではなく心を通い合わせたい、お許しがなくても直接会うしかない」と強引な手引きを要求します。命婦は思うのです。源氏は常々女たちの情報をさりげなく聞き集めているから、寂しい宵に、慰めのつもりでちょっと姫君のことを話題にしただけなのに、ひどく興味を持ってしまって何となくわずらわしい。それにこの女君は恋の相手としてはふさわしくない。中途半端に手引きなどしたら源氏に気の毒なことになるだろう、が、源氏がこんなに熱心にいっているのを聞き入れないというのも気が引ける。それに、父宮がいるときからこの邸は時勢後れの所で訪ねる人もなく、まして今は雑草を分けてやって来る人は誰もないのに、源氏からの文が届くようになって下々の女房たちも期待で相好を崩しているありさま。だが、当の姫君は男からの手紙など恥ずかしくて手にも取らない。こうなったら強引に手引きしてしまおうと命婦は思い決めます。こう思い決めてしまうと浮き浮きしてくる命婦です。しかしこの事は父親には黙っています。(なぜでしょう)
               さて、八月二十日過ぎ、月の出は遅い、星が冴え冴えと輝き松の梢を吹く風の音が心細さを誘い姫君は昔の事を語り泣いています。命婦は今がいい折と源氏に知らせたのでしょう、源氏がやってきます。月がようやく出て荒れた邸を照らし出して不気味です。そこに琴の音が。姫君が命婦に勧められて微かにかき鳴らしたものです。だれも咎める者がなく、源氏は簡単に邸内に入って行きます。命婦は姫君の手前わざと驚き顔で、「困りました、姫君が文に返事をしないことを日頃から恨まれていて、私は断っていたのだけれど、自分で直接わけを話したいと来ているので、軽々しいお振る舞いではないのですよ」と会うように促すのですが、姫君のほうは「どう話していいのかわからない」と言って奥にいざり入ってしまう始末。その初心な様子を見て命婦は教え諭さずにはいられません。「こんなに心細い暮らしをどうにかしなければならない、それには男君の世話にならなければならないのです。現状を認識してください」と。姫君も逆らえず「ただ聞くだけでいいなら格子を降ろして」と臆病です。けれども命婦は「源氏のような方をすのこなどにはふさわしくない、浮ついた気持ちではけしてない方です」と説得してお座所を準備します。その際、姫君のいる奥の部屋との間の障子(襖)を命婦自身がしっかりと閉めたという所がおもしろい。
              〈皆さんの感想から〉

                • 源氏にとっては、初めての、何回も手紙を出しても返事が来ないでイライラしたことと思います。それだけに次回の展開が待ち遠しく思われます。 
                • 男の貴族は宮中勤務など外出の機会があるが、姫君は常に家の中にいるというのが改めて分かった。その中で生きていくのは教育とお金が必要というのが再認識できた。このような姫君にもスポットライトが当てられるのは紫式部のすごさだと思う。
                • 常陸宮の「ものづつみ」が、私の想像を越えることでした。命婦の采配が楽しかったです。次回が待たれます。
                • 源氏が常々女の情報(うわさ)を耳にして、頭にとどめている様子。このような男性はいつの世にもいるものだなあと思ってしまっておかしい。「ものづつみ」姫はどう源氏と会うようになるのだろうか?
                • 今日もまだ源氏と末摘花の対面には至りませんでした。源氏が姫君と会った時、どうなるのでしょう。姫の今後は?不安と期待でいっぱいです(姫と同じ気分で)。

                2008年11月12日 例会まとめ          内藤ます子
                「好敵手」つづき「返りごと」
                 恋のライバル同士が仲良く一つ車に乗って笛を吹き合わせて楽しい気分に浸りながら大殿邸へ、さっきの常陸宮邸でのできごとなどなかったように普段着に着替えて何食わぬ顔で仲良く合奏を楽しんでいます。大殿は嬉しくてたまりません。自分も得意の高麗笛を合わせ、さらに御簾の内で特に上手な女房たちに琴を弾かせますから、華やかな管弦の宴となります。と、ここで思わぬ人物の登場です。源氏の妻に仕える女房〈中務の君〉に焦点が当てられます。この女房は優れた琵琶の弾き手なのですが、今は演奏に加わらず、〈すさまじげに寄り臥し〉ていると描写されます。実はこの女房、頭の中将が思いを寄せてきたのを振って、源氏の好意に応えて恋の相手になったのでした。そのことを知った中将の母大宮に面白くないと思われているので居辛い状況になっているのでした。ここでは源氏が妻の女房と恋人関係になっていることは問題ではないようです。なぜここで〈中務の君〉が描かれたのでしょう?
                 一方、源氏と中将は琴の音に、常陸宮邸でのあの琴の音を思い出して、頭の中将は〈あらましごと〉(こうあったらいいなあと思うこと)に想像が拡がっていきます。荒れ果てた邸に住む哀れな美しい姫君と恋に落ち、恋に苦しむ自分を想像すると、源氏に出し抜かれては悔しい、油断してはならじと思ってしまいます。源氏もそうでしたが、昔物語のような恋に憧れる若者の心理が何とも可笑しくもあり可愛くも感じられます。
                 その後、二人は姫君に恋文を届けたようだが、一向に返事が来ません。源氏は納得がいかず不愉快です。頭の中将は源氏以上に苛々としていて、つい源氏に憤懣を漏らします。中将が言い寄っていると察しがつくと、源氏はわざととぼけて曖昧な返事をします。すると中将のほうは源氏には返事があったのだと思いこみ悔しがるのです。源氏はそれほどこの女君に執着していたわけではないのですが、はじめに言い寄った自分を差し置いて中将の熱心な口説きによって女が中将に靡いてはたまらないとライバル心を燃やし、例の命婦に相談して自分の真面目な気持ちを伝えてほしいと頼みます。命婦は、めたにないほど内気な方でそういう恋の相手にはふさわしくないと拒絶しますが、源氏の想像力は夕顔の面影と重ね合わせて愛らしくおっとりした女性像を作り上げてしまいます。源氏が求めるのは夕顔なのです。
                 ここで時間的には「若紫の巻」の初めに繋がります。源氏の身に事件やもの思いが続き、常陸宮の姫君のことを思うゆとりなく春夏が過ぎて行きました。
                〈皆さんの感想から〉

                  • 「若紫」の頃の話と聞いてなるほどと思いました。夕顔を失って失意の頃に新しい恋を想像して頭中将と張り合ってゆく源氏の心の変化がおもしろい。
                  • 仲のよい男同士。頭の中将と源氏のお互いの恋の妄想とかけひきのおもしろさ。どんな女性なのだろうかと今後に興味がかき立てられる。
                  • 頭の中将と源氏の腹の探りあいが面白い。平安時代の上流階級のゆったりとした様子が浮かんできました。
                  • 源氏と頭の中将の、親友でありながら恋愛では絶対相手に負けまいとする心のありようが楽しく、想像力をかき立てられました。この後、源氏が現実に末摘花と会った時、見かけと違う心映えを感じてほしいです。
                  • 女房と源氏、中将が対等の関係でやり合っているというのが非常に面白かった。男性の主従関係は確立しているような気がするが、男女の恋に関しては、女性の主君と女房が主従ではなく対等な気がする。
                  • 携帯電話がこんなに普及している時代に、これはとても必要な読書会ですね。想像の世界に浸れます。古語に触れていることで丁寧にお話をしなければならない場面(年上の方、目上の方)で役に立っています。

                  2008年10月8日 例会まとめ          内藤ます子
                  「常盤の宮の姫君」つづき 「好敵手」
                   大輔の命婦は頭のめぐりのよい人です。姫君の琴をこれ以上源氏に聴かせてはぼろが出ると、「曇りがちになってきたのでせっかくの琴の音も響かない、(ついさっきは琴の音が冴える夜だからぜひお聴かせくださいといっていたのに)それに私のところにお客が来ることになっているので、今度落ち着いたときにお聴かせください(さっきは、いつも忙しなくしてお聴かせいただけないので今宵はぜひ、などと言ったのに)」などと口実をつけて止めさせます。源氏は不満です。「これからというところで、腕前の良し悪しの判断も出来ない。もっと近くで聴かせてくれ」と迫るのですが、命婦は「暮らし向きが苦しくて消え入りそうに思い沈んでいらっしゃるので、男性を引き合わせるのは痛々しくてお気の毒です」と、思わしい返答をしません。これには源氏も納得してしまいます。何といっても現在の零落振りがしみじみお気の毒に思われるほどの高い身分の方なのだ、と自分に言い聞かせてそっと帰ることにします。命婦は他の女のところに寄るのだろうと想像して、源氏に「帝はあなたが真面目すぎると心配していらっしゃるようだけれど、私は時々おかしく思います。こんなやつれ姿で女のところにこっそり訪ねている姿をご覧になったらどう思われるのでしょうね」と軽口をたたいてひやかします。すると源氏は「他の人に言われるならまだしも、おまえに言われることはない。女のおまえの恋愛ごとの多いことのほうがみっともないよ」とやり返します。さすがに命婦もはずかしそう。気の置けない二人のやりとりが楽しそうです。
                   帰りかけた源氏ですがやはり心がひきつけられてしまうのでしょう、姫君の気配だけでも感じたいと寝殿のほうに近づいて行きますと、なんとそこに先客あり。源氏は物陰に隠れて様子を見ます。(ここで読者には、実は頭の中将だと語り手は明かして説明を始めます)夕方、頭の中将は源氏と一緒に宮中を退出したのだけれど、源氏が真っ直ぐに北の方葵の待つ大殿に寄らず、自分の邸の二条院にも帰らずどこかに行ってしまったので穏やかではない気持ちになって、自分も訪れる女がいたにも拘らず源氏の後をつけたのでした。ところが源氏は寝殿ではなくおかしな方に(命婦の部屋に)入っていったので変だなあと思いながら源氏の出てくるのを待っているところでした。一方、源氏の方は自分と知られてはまずいと思って抜き足差し足帰りかけるのですが、中将は気がついてそっと傍に寄ってきて声を掛けます。「置き去りにされたのが辛くてお送りしましたよ」と。この場面は喜劇の舞台を見ているように面白く思い浮かべることができます。源氏はなぁんだ中将だったのかと分かるとおかしくなりほっとすると同時に憎らしくも思い「男が密かに通っていく先まで確かめる奴がいるか」とやり返します(このやりとりは歌で行われます)。中将も負けていません。「本当はこうした女のもとに通う場合は先に随身を使って手引きをさせるべきで、身をやつしての忍び歩きは軽率な事件も起きるのだから気をつけなければいけない」と諌めます。こう言われて源氏は悔しい。悔しいけれど源氏は心のうちで「中将はあの撫子(夕顔の子=頭の中将の子)の事は知らないのだ。」と、これは自分が優位であると思っていささか溜飲を下げているようです。ちょっと子供っぽいなあとも思える二人のやりとりです。
                  〈皆さんの感想から〉

                    • 千年も昔の貴族達の姿が目の前に見えるようで、会話も気がきいていてとても面白い場面でした。
                    • 命婦と源氏のやりとり、源氏と頭の中将との会話が楽しかったです。
                    • 好敵手の頭の中将と源氏のやりとりの面白さ。生活苦もなく心のままに生きていけた貴族の様子が・・・。

                    2008年9月10日 例会まとめ 内藤ます子
                    「大輔の命婦」「常盤の宮の姫君」

                    先ずは新しい登場人物のイメージアップです。左衛門の乳母という人がいて、この人は源氏にとっては大弐の乳母の次に大事に思っている人ですが、(何人も乳母がいたのですね)
                    その人の娘で〈大輔の命婦〉という宮中づとめの女房が登場します。この女房は、皇族の血筋を引いている兵部の大輔という人の娘で、「いといたう色好める若人」と紹介されます。乳母子の関係で皇族の血を引いていて恋愛話も楽しめる若い女性というわけで、源氏にとっては気の置けない間柄です。その命婦がある時〈故常陸の親王〉の姫君のことを源氏に話します。末の姫君で、父宮がこよなく愛し大切に育てられたが、今はひとり残されて心細く暮らしているという。源氏は心動かされます。命婦は「隠れるように暮らしていて、人付き合いもしないで、琴だけが親しいお友だちのようです」と源氏の興味をそらすように言うのですが、これが返ってこの風変わりな姫君に対する源氏の好奇心を駆立てました。父宮が琴の名手だったことを源氏はよく知っていて、その方に育てられた姫君であるなら琴の技量もさぞかしと期待します。「それほどでもありません」と否定する命婦の言葉もわざと言っているのではないかと疑って、ぜひとも出かけていかずにはいられない源氏です。「朧月夜に忍んで行こう」と命婦を呼び出して案内させます。この命婦、母はすでに夫とは別れて筑前の守の妻となっていて、父兵部の大輔も別の女の所に通っていて里にいるのは継母、というわけで何かと里には居づらいのでしょう、源氏の邸にも常陸の姫君の邸にも日頃親しく出入りしているという立場です。 十六夜の月の美しい頃合いに、源氏は出かけます。命婦は仕方なく姫君に取り次ぎに行くと、姫君はまだ格子を降ろさず梅の香を楽しみながら外を眺めているところです。ちょうどよい折と命婦は「このような夜は琴の音が合いますね、いつもは忙しくしていてお聞かせいただいていないのが残念です」と誘います。すると姫君は「宮中に出入りして耳の肥えたあなたには聴けるようなものではありません」と謙遜しつつも琴を引き寄せます。命婦はハラハラ、何といっても優れた弾き手の源氏が密かに聞き耳を立てているのですから。さて姫君はほのかにかき鳴らす程度弾きます。取り立てて優れた技量ではないけれど、琴の音色そのものが本来品のあるものなので源氏は趣きあるなあと聴きます。それよりも源氏の思いは姫君の身の上の方に傾いていきます。宮というほどの身分の方が、昔からの伝統を守ってきちんと姫君を育て上げた所なのに、今はひどく荒れ果てて、姫君はどんなに思い暮らしていることか。更に源氏の若い想像力は、昔物語によくある話へと膨らんでゆきます。こういう荒れた邸にすてきな美女が居て、訪れた男は思いがけない素敵な恋をするというもの。源氏は自分も物語の男に擬えて、姫君に会いたい思いを募らせるのですが、相手が相手ですから、ぶしつけな行いは慎まねばならないと、逸る心を抑えるのです。
                    〈皆さんの感想から〉

                      • 琴や十六夜の月など、舞台が素敵ですね。久しぶりに参加しましたが、秋になってしみじみ文章を味わう余裕ができました。
                      • 大輔の命婦と源氏の楽しく親しげな関係がうかがえる展開で、面白く読めるところでした。一方、まだ見ぬ姫はどんな人なのでしょう。読む私たちも心ときめく源氏との出会いが待たれます。
                      • 女房が色々な邸に出入りできると言うのが面白かった。命婦と源氏のやり取りが軽快だった。女房はどこで給料をもらっていたか、気になった。
                      • 後見人に先立たれたら、後は大変だなあと思う。源氏との恋が楽しみです。命婦の恋多き陽気な人柄もいいんだなあと、興味あります。
                      • これからどうなるのか。源氏の期待と、私たちの期待にどう応えるのか。姫君の登場が待たれます。



                      2008年8月13日 例会まとめ 内藤ます子
                      「二つの邸」 
                      予定通り少女を引き取りにやってきた父宮、しかしそこにはすでに少女も少納言もいないのです。残されていた女房たちは口止めされているから困った顔を見合わせているのみ。宮は、故尼君が父宮の邸に引き取られることを嫌がっていたことを思い出して、大方乳母が尼君の思いを汲んでどこかに連れ出してしまったのだろうと推察し、僧都のもとにも問い合わせるが行方はわからないのです。宮は少女の惜しまれるほど美しかった容姿を思い悲しみ、北の方は、少女の母君を憎く思っていたことも今は忘れて少女を手許において思うようにしよう〈わが心にまかせつべう〉と待っていたのに当てが外れてがっかりしているのです。ここで北の方の思惑について考えました。少女を思うように育て上げて高貴な相手に縁付かせようということか、そうではないのです。この宮家にはお子様方が何人かいたわけですから、この少女のような立場で引き取られた子は身の回りの世話係として自分の都合のいいように使えると期待していたと考えるのが妥当なのでした。『落窪物語』の姫君のように。
                      一方、源氏の二条院の邸の方にはだんだんともとの邸の女房たちや童女などの遊び相手が集まって来ました。少女は源氏が留守の心細い夕暮れなどは尼君を恋しがって泣くけれど、父宮のことはもともとめったに会うこともなかった方だから恋しがったりしないのです。今はむしろ源氏のことを〈後の親〉として懐いて胸に飛び込んで来る。少しも恥ずかしがらない。〈さかしら心〉(相手の心を読んで気をまわしたりするようなところ)がなく無邪気に自分の傍にいるのですから、源氏はもう可愛らしくてたまらないのです。この二人の関係はなんと言ったらいいのか、親子というわけではないし、男女の関係というのとも違う、一風変わったものというほかありません。少々一般の常識からは外れているようなのです。
                      ここで[若紫の巻]を閉じます。
                      [末摘花の巻]
                      「夕顔の面影」
                      ここでは時間が巻きもどって、若紫と出会う前の源氏。夕顔が亡くなって一年、その面影に浸りながら心空しく悩ましく過ごしている場面です。夕顔は心うち解けて可愛らしい人だった、しみじみと愛しい人だったと思い出している源氏は、どうにかして夕顔のような女性にもう一度めぐり逢いたいと切実に思い、噂を聞けば言い寄ってみるが途中で止めてしまうなど満たされることはない日々です。そんな折、空蝉や軒端の荻のことを思い出し、あの夜盗み見た二人の気を許し打ち解けた女の姿を見たいのもだと思ったりしているのです。
                      〈皆さんの感想から〉

                      1. 少女が源氏に保護されて結果としてはよかったと思った。[若紫]が終ったが、お休みが

                      多かったので次の[末摘花]はなるべく出席するように心がけなければ皆さんにおいていかれそうです。

                      1. 当時の常識から見れば若紫はすごいことだと思いますが、今更ながらこの長編を書いた

                      紫式部の才能にびっくりしました。自分の理想の女性を求める源氏の情熱に圧倒されました。

                      1. 少女と源氏の関係は今後どのように展開してゆくのだろうか、楽しみです。
                      2. たぐいまれな美しさと賢さとあどけなさを持った少女との出会いが源氏の人生に与え

                      た大きさがよくわかる「若紫の巻」でした。「末摘花」は源氏の夕顔を失った心の空洞を埋めていくくだりが楽しみです。

                      1. 父宮が探し出そうとしてもわからないのに女房たちが二条院に行く部分が面白かった。

                      女房というのは職業だなあと思った。可愛い若紫と同時期に会う末摘花がどんな女性なのかとても気になった。

                      2008年7月9日 例会まとめ          内藤ます子
                      「二条の院へ」「手習」 
                      二条院に着いて、源氏は少女を車から軽々と抱き下ろします。源氏の心もうれしくて軽やかです。少納言はどうしようかと躊躇っているのですが、源氏は「あなたは好きにしなさい。帰るならどうぞ」と冷たく突き放します。少納言が少女を置いて帰れるはずがありませんから、それを承知で決断を迫る源氏の一言なのです。少納言はしぶしぶ車から降りますが、心は穏やかではありません。父宮がどう思われるか、この先どうなっていくのかと思うと泣けてくるのを、言わば女君と男君の婚礼にあたるめでたい日と考えると泣くのは不吉なことなのでじっと堪えます。少女も不安がり少納言と寝るというのだけれど、源氏はこれからはそれはいけませんよと教え諭します。泣き出す少女、少納言もまんじりともせず夜を過ごす。。
                      さて夜が明けてみると、あまりに立派なお邸で少納言は気後れがしてじっと様子をうかがっているのですが、女房などはいない、そこで少女の世話に一人で立ち働く少納言。源氏は「夕方になったら(父宮が帰った後)自分の眼鏡にかなう女房を呼び寄せなさい」と言って、自分は東の対から殊に小さい童女を選んで呼び寄せました。姫君は頭から衣にすっぽりと包まっていつまでも床の中です。それを源氏は無理に起こして、「私を困らせないで、女は素直がいいのですよ」ともう今から女の取るべき態度を教えにかかるのです。目近かで見ると素晴らしく美しくますます心惹かれる源氏。美しい絵や遊び道具などを取り寄せてご機嫌を取っています。ようやく起き出した姫君はもう庭の美しさや屏風絵などの見事さに興味惹かれていく他愛なさ幼さです。こんなところにも若紫の素直な資質が表れているようです。
                      源氏は二、三日は宮中にも上がらず少女に付きっ切りです。手習いの書や絵を、そのままお手本になるようにと書いてはお見せになっている。その中で、紫の紙に「武蔵野といへばかこたれぬ(ため息が出る)」と書かれた一枚を姫君はじっと見ている。〈ねは見ねどあはれとぞ思ふ武蔵野の露分けわぶる草のゆかりを〉意味深な歌です。「さあ返歌を書きなさい」と言うのですが姫君は「まだ書けないの」と可愛らしく笑っている。「下手でもいいから歌を詠みかけられたら返歌するものです。教えてあげますから」と言われて姫君は筆をとるのですが、恥ずかしがって少し横を向いて隠しながら書き「書き損なった」と言って見せようとしない。このあたりは子供らしい仕草として目に浮かぶようです。それでも無理に見てみると、〈かこつべきゆえを知らねばおぼつかないかなる草のゆかりなるらむ〉とある。筆跡はまだ未熟ながら大らかで伸びやかで、歌の内容もなかなか鋭い指摘をする素直さ、豊かな才能を秘めた姫君であることがわかります。源氏は大満足で、少女の傍を離れられません。
                      〈皆さんの感想から〉

                      1. 源氏が少女と心楽しく過ごした事がすごくよく書かれていて、読む方にもとてもよくその気持ちが伝わってきた。
                      2. 「すずろなる」という語は「静かでさわやか」というイメージを持っていたのですが、「いいかげんな男」という訳で、古語は難しいなと思いました。風景と人物がとても細やかに描かれていて、頭の中でイメージしてみると、本当に至福の時間です。
                      3. 少女の行動はかなり子供的なのに思考は大人びている所に驚いた。少女の魅力が全面に押し出されていると思った。一面子供っぽいのに一面かなり大人びているのが魅力なんだと思う。
                      4. 子供のとらえ方が素晴らしいところは、作者が女性であることによる観察眼の細やかさが良くわかる文章だと思います。
                      5. 幼い若君の様子に想像力がふくらむ場面が次々と出てきて面白く読みました。どんな少女だったのか、内面外面とも源氏の心をとりこにした若紫のこれからに興味が尽きません。


                      2008年6月11日 例会まとめ          内藤ます子
                      「乳母の立場」「決行」 
                      源氏は宮中の用事で少女のもとに行けないのでと断って惟光を代わりに宿直人として遣わす。実は行きにくいのです。相手はまだ幼さの残る少女、男女の関係とはし難い、すこし気が引けるのでしょう。しかし、乳母にしてみれば、源氏は少女の寝所で一夜を過ごしたのだからすでに結婚した形になっている、であれば当時の結婚の儀式どおり三夜通ってところあらわしとなるはずが源氏は通ってこないではないか、なんと言うひどいことか、このことを父宮が聞いたら大変なことになる、源氏ともあろう方が、ああがっかりだと、惟光に嘆くのです。源氏はもちろん世の常識としては通うべきだとは思うのだけれど、やっていることがどうも世の常識では考えられないようなことなので軽率な感じがして気が引ける、それならいっそのこと自分の邸に引き取ってしまおうと考えます。そんな折、惟光が文を届に行くと、乳母は「宮から明日少女を迎えにくるといってきたのであれこれ準備に慌しい」と、ろくに受け答えもせず縫い物などを忙しくしているのでした。
                      源氏は右大臣の邸にいるのですが、例の通り女君(葵上)はよそよそしく会おうともしない。そこに惟光からの知らせ。宮邸に引き取られてしまってからでは連れ出しにくい、その前にと意を決し、「夜明け前に決行する、随身は一人二人のみで」と指示します。この機を逃しては後悔すると、源氏の行動はすばやいです。大納言邸では少納言が出てきて何ごとかと応対しますが、「宮が引き取りに来る前に私が連れにきた」というのを聞いて、「何ということをおっしゃるのです」と笑って交わそうとします。しかし源氏はさっさと奥に入り込んで少女を抱きかかえて「さあお迎えですよ」と連れ出してしまうのです。少納言たちは大変なことになったと慌てて、宮がおこしになったらどうしたらいいのか、私たちの立場も思い遣って欲しいと源氏を非難するのですが、源氏は「人は後から着いて来なさい」と言って車に乗り込もうとする。少女は泣き出す。少納言はとっさの判断で昨夜用意した衣などを引き集めて、じぶんも少しいい着物に着替えてすばやく車に乗り込むのでした。
                      ドキドキの場面でした。源氏のすばやい決断と行動に驚き、また少納言の一瞬の判断と行動にも驚きました。
                      ここで、よく一般に言われている、少女を盗み出したとか、ロリータ趣味っだとかいう源氏への評価をどう考えるか、先生の方から投げかけられました。原文を読んでいくと決してそうではないとわかってくるということで、私たちも改めて丁寧に古語に拘って読んでいこうと思いました。
                      〈皆さんの感想から〉

                      1. 源氏の少女に対する長い間の努力に対して、父宮に引き取られた後の運命を思えば、このような思い切った行動に出たことも仕方ないだろうとは思うが、それにしても男らしい源氏だナー。
                      2. 源氏でも断られたり冗談を言われたりする場面で、身分の高い源氏でも絶対権力を持っていたわけではない。しきたりや世間体が重んじられる高い文化があるのだと改めて感じた。少女を連れ出す緊迫した場面で非常におもしろかった。
                      3. 乳母の立場もよくわかり、源氏の決断から決行までの場面展開にハラハラドキドキしました。少女の運命が大きくかわるのでしょうか。
                      4. 決行がすごい。乳母の気持ちもよくわかり、すばやい判断もすごい。

                      今日は出席できて、久々に源氏物語の世界に浸れました。来週が楽しみです。

                      2008年5月14日 例会まとめ          内藤ます子
                      「少女との一夜」「父宮訪問」 
                       荒れ果てた邸に今夜は霰が降り荒れて恐ろしげである。こんなところに少女を置いてはとても帰れない。源氏は自分が「宿直人(とのゐびと)」を務めようとてきぱきと戸締りなどを命じて御帳のうちにはいってしまう。そのいかにも物慣れた主人のような振る舞いに女房たちは戸惑ったり頼もしく思ったり。乳母は心配ではあるが騒ぎ立てるのもよろしくないと困惑しながらもじっと控えているしかない。少女もさすがに恐ろしく震えていたが、少女が気に入りそうなことを語り掛ける源氏の優しさに恐怖心も消えていく。一夜が明けて源氏は帰っていくのだが、こんな心細い状態に少女を置いておけない、はやく自分の邸に引き取りたいという思いを伝えるが、乳母は父宮が迎えにくるのでとやんわりと源氏の申出を断る。それが当然のすじというものだが、源氏は、確かな筋でも父宮は今まで疎遠にしていて親しみもないだろうが、自分は深く少女のことを思っているのだと強調して、少女をいとおしむように撫でてふり返りふり返り邸をあとにする。(源氏の情の深さを思わせる)
                       帰り道、早朝の霧が立ちこめて霜がまっ白に降りていて実に風情のある情景だ。これが本当の後朝であったならとなにか物足りない思いでいる源氏。風流心が刺激されて、このあたりに忍んで通っている女の家があることを思い出しその門を供人に叩かせる。声のよく通る者を選んで「お会いせずには通過できません」という意の歌を読ませる。二回も読ませたのに女の方は下使いの女を出して「その気もないでしょうに」の意を伝えて取り合わない。相手がほかならぬ源氏と承知の上でだ。この女はなかなか芯の通った女と思われる。早朝の立ち寄りである以上別の女のところで一夜を過ごしての帰りということは当然判るのである。女に振られて帰る源氏もおもしろい。それでも帰宅した源氏は幸せなようだ。あの少女のあどけない様子を思い出し笑みがこぼれてしまうと描かれている。
                       源氏が帰っていったちょうどその日、父宮が少女のところを訪れた。邸の荒れように驚き「やっぱり早く引き取ることにしよう」と決意を語る。これまで北の方のことやなにやらでぐずぐずしていたことが「なほ(やはり)」の短い一語に表現される。乳母達の方にも躊躇がある。尼君のことを恋しがって泣き暮らしている少女をまだしばらくここお世話した方がいいのではないか、また自分達もあちらの邸に入ることが不安でもある。「もうすこし分別のつく年になってから」と消極的な態度。宮は「死んだ人のことをいつまで思っていても仕方ない。私がついているではないか」と、口では頼もしげなことをいって励ましますが、日が暮れれば帰っていくのだった。少女への愛情の質はどのようなものか、ここに宮の人となりが偲ばれる。父宮に帰られて一層心細さの増す少女、夕暮れともなればますます心が塞ぎこんでしまう。乳母もたまりかねて泣いてしまう。「屈す」という語から、暗くなりかけた室内で悲しみに打ちひしがれて泣き伏す少女の姿が浮かぶ。
                      〈皆さんの感想から〉
                      ◎ 源氏がまだ幼い少女を一人前の女性として愛しつづけていく第一歩を踏み出し、今後の展開がどうなるか楽しみです。
                      ◎ 若君はとまどいながらもいつしか源氏に信頼を寄せていく。源氏の若君の扱いのうまさはさすがです。父宮の訪問時の若君の淋しさが伝わり、父宮と源氏の若君に対する姿勢の違いがよくわかりました。
                      ◎ 初めての出会いが雀の子を追う少女で、それも人里離れた山の中の家で、自然との調和がすばらしく、今度も風吹き荒れる心細い一夜と、背景と人の心が本当にうまくできているなあと感心します。
                      源氏が幼い若君と語らいながら添い寝してあげたことと、暮れれば帰る父宮との対比で、人間性の違いと

                      2008年4月9日 例会まとめ          内藤ます子
                      「尼君の死」「少女との一夜」 
                       尼君がとうとう亡くなった。僧都からの手紙には簡潔ながら悲しみが率直に綴られていて、俗っぽいところがあるけれども人間味のある僧都の一面が浮かび上がる。源氏は自身の生い立ちと思い合わせて少女の悲しみを思いやり、心を込めて見舞いの手紙を送る。
                       尼君の喪が明けて京の邸に戻ってきていると聞いて、源氏は少女を見舞う。邸はぞっとするほど荒れて人も少なくなっていて(主人が死んで人々が去る)、幼い少女はどんなに恐ろしい思いをしていることかと想われるありさま。少納言が対面して涙ながらに尼君の最期の様子を伝え、源氏も涙が溢れて衣の袖を濡らす。少納言は少女の今後をどうしたらよいかと悩んでいる。父宮に引き取られることになるだろうけど、少女の母である亡き姫君が北の方の酷い仕打ちによって悩み苦しんで死んでいったことを想うと心配である。まして少女は年齢にふさわしい分別もついていない。こんな中途半端なありさまで父宮の家の子供たちの中に交じればどんなに馬鹿にされることか。後見人のいなくなった今となっては源氏が変わらずに想い続けてくださることをありがたく思うけれど、まだ妻としてつりあうような成長をしておらず年齢よりも幼いままでいることが心苦しくてと不安を語る。源氏は「繰り返し言って来た私の気持ちがまだわかってもらえていないのか。」と少納言を叱責し、「そのあどけないところが可愛くて惹かれるのは特別な縁があってのこと、直接言葉を交わさずには帰れない」と歌で気持ちを伝える。少納言はもったいないことながら困ったことだと、即座に「寄る波(源氏)にわけもわからぬ玉藻(少女)を思いのままにさせるわけにはいかない」との断りの返歌。この巧みさには源氏も感心するが、このまま引き下がれずにいる。
                       さて、少女の方は尼君を恋しがって泣き寝入りしていたが、遊び相手の童女達が「直衣着た人が見えている、父宮ではないかしら」と声を掛けると、すぐ起き上がって「父宮がいらしたの」と近づいてくる。その声がいかにも可愛らしい。源氏は「父宮ではないけれど、他人とはいえない者ですからこちらにいらっしゃい」と声を掛ける。声を聞けばさすがに少女も気がついて、いけないことをしてしまったと思って「眠いの」と言って乳母に擦り寄る。源氏は積極的だ。「私の膝の上でおやすみなさい。」と促す。すると乳母は「言っていた通り、お相手にはなれないほどの子供で」と源氏の方に押しやってみせる。少女はなされるままになって坐っている。この乳母の行為は意外だが、現実の少女を見せて恋愛の相手にはならないことを源氏に判らせようということだったようだ。少女はもう源氏の手に触れるようなところにいる。源氏は御簾の内に手を差し入れて、着物の柔らかい肌触りやつややかな髪、髪先のふさふさした感じに触れ、少女を実感している。更には手を捉えて引き寄せる。まあなんと大胆な!読んでいる私たちはドキドキとして次の展開に目が離せなくなる。少女はさすがに驚き怖がって「寝るって言ってるのに」と言って手を引くのについて源氏はするすると御簾の内に入ってしまう。あらあら!当時の読者たちもどんなに興奮して読んだだろうと思う。あまりのことに乳母は戸惑い困惑しきって、「まだ(男女のことは)何もわからないのだから口説いても無駄ですよ」と止めにかかるが源氏は「こんなに小さな子を相手にそんなことありません。私の誠意あるところを見守っていてください」と説得するのだった。
                      この場面で少女(若紫)のいかにも子供らしく屈託なく可愛らしい様子がたっぷりと描き出されている。この巻のはじめの方で突然挿入されていた「明石入道の娘」の話が思い起こされる。しっかりした両親が揃って都から一流の女房たちを呼び寄せて養育係とし、特別に高貴な相手に嫁がせるべくお姫様教育を受けて育てられていた娘。それに比べると若紫は姫君らしい躾が何もされていない。お行儀が悪い。しかし、大らかに伸びやかに素直な性格に育っている。この二人の対比が後々の物語で大きな意味を持ってくる。作者紫式部は実に用意周到に物語り構成をしていると、感嘆させられる。

                      2008年3月12日 例会まとめ          内藤ます子
                      「遺言」「少女の声」(「尼君の死」) 
                       藤壷にしか心が向かわず激しく心を悩まして、この数ヶ月というものあれほど執着していた少女のことも思い遣れずに過ごしていた源氏です。それでも通わなければならない所(女性)があります。ここでは六条。気の張る相手ですが疎かには出来ない方ですからようやくのことで出かけていきます。月の美しい夜です。ふと通りかかった古めかしく荒れた様子の家の前、供の惟光が「故按察使の大納言の家」で、例の尼君がすっかり衰弱していると教えます。惟光は以前から知っていて源氏には尼君の住まいも病状も教えていなかったようです。さっそくお見舞いに、源氏はわざわざそのために伺ったと言わせます。この辺が苦労人源氏の大人の対処。しかし、尼君の家の者たちは大変です。源氏ともあろう方が、わざわざこんなむさくるしい所へお見舞いに見えたとあってはお断りも出来ない、急遽御座所を設えて重態おして尼君もお答えします。死を自覚する尼君は、少女の行く末の頼りなさを思うと極楽往生の妨げになると嘆かれ、今となっては源氏を頼るしかないのです。「お気持ちに変わりがなければ将来必ず〈数まへさせたまへ〉つまり、少女を妻の一人として迎えてほしい」と遺言するのでした。もともと尼君には源氏の人間としての誠実さに対する信頼があったと思われます。源氏も「始めて見かけたときからこの世だけの縁とは思えないものを感じていたのだ」と心を尽くして応えます。そこで源氏は「あの可愛らしい声を一声聞かせてほしいが」と所望しますが、女房たちは「もうお休みになりました」とそれを許しません。ところがそこに足音がしてきて「おばあさま、あの源氏の君がお見えでしょう。なぜ見ないのですか」と、当の本人の登場です。女房たちの慌てようが見えるようです。「お静かに」と制するのですが、「でも、見れば気分がよくなるとおっしゃっていたじゃないの」と無邪気に主張しています。源氏は女房たちの戸惑いを察して聞かなかったふりで帰りますが、その子供っぽさがまたたまらなく愛しくなったことでしょう。自分が引き取ってあれこれ教えていこうと固く決意したのでした。 翌日もお見舞いに添えて小さい文を届けます。「可愛らしい声を聞いてからもうあなたのことばかり思い続けています」という内容の文ですが、少女向けに幼い書体で書かれているのが素晴らしいので、「そのままお手本に」と女房たちは尼君に勧めます。返事は小納言(女房)から来て、「尼君はもう危篤状態で山寺に移り、お返事はあの世から差し上げることでしょう」と言うものでした。源氏は深く悲しんでいます。たださえ人をもの悲しくさせる秋の夕べ、源氏の心にかかり続けて悩ましいのは藤壷のこと、それゆえにこそ無理にでも〈ゆかり〉つまり、藤壺の血縁の少女を尋ねたいという思いが募ってくるのです。けれどもふと「実際に一緒の暮らしたら期待はずれということになるだろうか」と不安にもなり、源氏の心は様々に揺れているます。「手に摘みて・・・」の歌は暗い重い気持ちを癒してくれる初々しい〈野辺の若草〉のような少女への期待が詠まれています。が、〈摘む〉という言い方にちょっと残酷な響きを感じないでもないですが・・・・。
                      <皆さんの感想から>
                      ◎ 尼君が重体の中、少女を託されて、源氏としては嬉しい気持ちと複雑な気持ちが交叉したのでは?
                      ◎ 偶然とはいえ、死に近い尼君をたずね、遺言で少女のことを源氏に託せて、尼君は心安んじてあの世に行けたことでしょう。源氏の心が届いたということで、これから源氏と少女の新しい一歩が描かれて行くのが楽しみです。
                      ◎ 尼君の「あの世からの返事」が風流だと思いました。少女をいいずれ妻にという尼君の遺言で、「摘み取りたい」と思うまでの源氏の思いの強さが少し怖く感じました。
                      北山の療養で運命的な出会いをした少女と藤壷との心の悩みの最中に再び出会い、尼君の遺言でヒロ

                      2008年2月13日 例会まとめ          内藤ます子
                      「密会」「懐妊」 
                       藤壷の宮が病気で里に下がっている。帝が心配でならないのを源氏はお気の毒に思う気持ちはありながら、それとは裏腹に、このチャンスにこそ藤壷に逢えるとそわそわ落ち着かない。藤壺第一の女房である王命婦について回って何とか逢う手はずをと急き立てる。無我夢中のうちに源氏はついに藤壷の傍にいる。現実に起こり得ないことが起こったのだ。けれどもこれは許されない密会。「わびしきや」は短い語ながらこの逢瀬の切なさを表す。藤壺の方はどうか。「あさましかりしをおぼしいづるだに〜〜」とある。この「し」で過去に辛い思いをしたことを思い出しているのだと判る。これまでどこにも過去に源氏と藤壺の間に関係があったことは描かれていなかったが、この短い一文ですべてが語られる。藤壺は辛く悲しい様子で居るけれどもそれがかえって源氏には愛しく親しみ深い感じで、さりとて決して馴れ馴れしくならず凛としている様子なのである。その藤壺の魅力に源氏は圧倒される。夢のような夜はたちまち明けて、別れたくない源氏は「このままこの身も夢の中に紛れ込んでしまいたい(歌)」と激しく泣く。それに対する藤壺は「こういうことは世間のもの語りとして伝わってしまう、夢の中にぼかしてしまうわけには行かないのです(歌)」と源氏よりも現実的に罪の苦しみを見ている。藤壺の悩み苦しむ様子を見れば源氏も自らの罪を思う。命婦が脱ぎ散らしてあった直衣などをかき集めて持って別れの時が迫った。この一文は忘我のうちに過ごした一夜を生々しく想像させる。現実に引き戻され邸に帰った源氏はただ泣き暮らすばかりだ。藤壷に手紙を出しても藤壷は一切手に取ろうとはしない。源氏との接触を絶とうとしているようだ。源氏は放心状態で参内もせず籠りっきりで居る。帝が心配していると耳にするにつけても源氏は恐ろしいことだと恐れる。藤壺もますます辛い思いに苛まれて暮らすうち身体の変調を感じ、人知れず思い当たることがあって一層悩みが深まる。やがて三か月ともなり女房たちが懐妊を知るところとなる。妃の懐妊は当然帝の御子として世の人々の注目する公事。しかし藤壷には源氏の子であることがはっきりと判っているから辛さは深まるばかり。帝の方は藤壷懐妊の報告を受けて大変な喜びようで御使いなどがひっきりなしに来るのだが藤壷にはただ恐ろしいことと思われるのだ。
                       七月(秋口)になって藤壺は参内する。帝は喜びますます藤壺を愛しく思い傍を離れず、気分の優れない藤壷のために管弦の宴を催して慰める。当然源氏を常に召して琴や笛などを演奏させる。藤壺の前で、抑えようとしても藤壷への思慕の情が演奏に漏れ出てしまう。藤壺の方もやはり源氏を愛しく思う気持ちにとらわれてしまう。
                      <皆さんの感想から>
                      ◎ やっと恋いこがれた藤壺との出会い、本来ならうきうきするところ、二人の心の葛藤や複雑な心の動き、また、二人の立場の違いの歌の内容等、とてもよかったです。
                      ◎ せっかく会えた二人なのに、二人とも満たされない想いを抱える。予想しない懐妊で、それでも源氏は逃げられず、逃げないで藤壺を想い、藤壺の奥底では源氏を思う。想いの深さに感心しました。
                      ◎ 兎に角スケールの大きな、そして恋の苦しみ喜びがみやびな言葉で千年も前のこの小説は本当にノーベル賞ものだと思います。しかし、宮中のこんな大それた不倫を小説にして、紫式部は非難をあびなかったのかな?
                      古語の短い使い方で深い内容を表す素晴らしさは、絵画の一本の線の使い方と同じに感じられます。(一本の線の重み同様に)言葉数の多い現代ものと違い、短く少ない言葉でいろいろ言い表している。  ◎ 源氏と藤壺の恋。千年の昔のことなのに今の私達にも切なく心に染み渡るようです。源氏物語絵巻を心に思い浮かべながら、この先の二人の運命はどうなるのか、ドキドキしながら来月が待たれます

                      2008年1月9日 例会まとめ          内藤ます子
                      「妻の一言」 帰京した源氏はさっそく帝に対面します。帝は父親の目になって「いといたう衰へにけり」と源氏を見ます。心配でならないのです。話の中で特に源氏の病を治してくれた聖に関心を示しその徳に強く惹かれる帝です。そこに左大臣が「お迎えに」とやってきます。源氏はあまり気が進まないのですが、一所懸命な舅に「引かされて」左大臣邸へと向かいます。久しぶりの邸はまた一段と美しく立派な御殿なっていますが、女君は相変わらず引きこもったまま、左大臣の熱心な説得でようやくお出ましとなるのです。しかし、女房達に坐らされたまま微動だにせず、端正な美しさで黙っています。重苦しい空気が流れますが、やがて源氏の方から恨み言を口にします、「人並みの妻らしくしてほしい。病気の時に『いかが』とも聞いてくれなかった」と。すると女君がやっと口を開いて一言、「問はぬはつらきものにやあらむ(本当に辛いことですか)」と。源氏の内心を突いた痛烈な皮肉です。しかも変わぬ美しい容貌で。源氏もカチンときたのでしょう、「あれこれ私は努力してきたのに、こんなに疎まれている」と女君を責めて、最後に「よしや命だに(いいさ命さえ永らえていればそのうち分かるだろう)」と捨て台詞を残して寝所に入ってしまいます。女君はもちろん入って来ようともしないし源氏も誘う気になれません。寝入った振りをして縁のあった女達のことを思って夜を過ごす源氏。なんとも辛過ぎる二人の関係です。
                      「小さき結び文」 あの少女が成長していく様を傍で見ていたいという思いは源氏の中でますます膨らんで、なんとか無理なく引き取る方法はないかと思案します。あの藤壺の宮の血筋と思えば一層思いは募り、行動を開始。「いいかげんな気持ちではないことを理解していただければ嬉しい」と書いて手紙を出します。中に小さい結び文を入れました。結び文は恋文です。小さいのは少女宛ということです。「可憐な山桜が忘れられず、風に花が散ってしまうのが気がかりだ」と、思いを伝えます。その筆跡といい結び方といい、年頃を過ぎた(さだすぎたる)尼君や女房たちも心をときめかすすばらしさです。尼君は源氏の熱意は分かり悩みますが、「まだ続け字も書けない子供ですから」と交わし「はかないお気持ちでしょう」との返歌を添えます。悔しい思いの源氏。こういう時は惟光の登場です。惟光を使者に立てて、少納言の乳母に会って相談するように命じます。惟光は言葉を尽くして源氏の様子を語るけれども尼君たちの不安感を拭い去ることはできません。文には源氏の熱心な思いが綴られていて、少女へも例の小さい結び文で「まだ幼い放ち書きを見たいものです」と添えて「どうして離れているのでしょう」の歌を贈ります。まるでもう恋人同士のようです。けれども尼君の返歌は「浅はかな気持ちでは・・・」と言う内容のものでした。その後少納言から「そのうち尼君の病気がよくなって京の邸に戻ったらお返事しましょう」と言う手紙が届きますが、源氏は不安定な気持ちのまま過ごすことになります。
                      <皆さんの感想から>
                      ◎ 妻の態度や一言に「何故」と思いましたが、この様にしか表現できない、可愛そうです。
                      ◎ プライドの高い妻は、すばらしい夫に対しても心を開かず、大変な病気を患った夫に対しても「問はぬはつらきものにやあらむ」後目に見おこせたまへる・・・その様子が北風が吹く夫婦の冷たい関係が見えるようです。
                      ◎ 少女に対する源氏の一途な気持ちはどうすれば届くのでしょう。歯がゆい気持ちがよくわかります。来月が楽しみです。
                      ◎ 手紙の文字も気持ちが出るもの。結び文の結び方にも気持ちが出る。手紙を出すとすぐに返歌できる教養のすばらしさ。
                      ◎ 結び文が小さいと小さい人へというのが面白かったです。妻は源氏にほれていたのではと思いました。
                      ◎ 「問はぬはつらきものにやあらむ」にへぇ〜。「小さき結び文」もすてきね。

                      2007年12月12日 例会まとめ          内藤ます子
                      「送別の宴」「めでたき人」
                       夜明けが近づいてきました。耳に聞えてくるのは法華経の読経の声、山から吹き降ろす風の音に滝の音が響き合って、源氏は、嫌な思いがすべて洗い流されて心が澄み切ってゆくような感動を覚え、涙を催すと詠います。僧都は「私には聞き慣れた音で心が動揺したりはしません」と返歌、まるで情趣を解さないない詠みよう。やがて夜が明け山の朝の美しい景物が見えてきます。源氏は目を見張るばかり、「なやましさもまぎれ果てぬ」、病から解放された感じなのでしょう。帰る段となり、例の聖は身体が不自由なのを押しても源氏のために護身のための陀羅尼経を唱えるのです。その声がしゃがれているのですが、それが返って徳を積んだありがたいものに聞えます。迎えの供人たちもやってきて快癒を祝い、帝からのお見舞いの言葉も伝えられます。僧都は、盛大な送別の宴の準備をします。「谷の底まで掘り出で」で、めずらしい品々を取り揃えるべく全力を傾けてがんばる様子が表現されています。別れにあたり聖は自分の「独鈷」をお守りにと差し上げます。するとそれを見ていた僧都の方は、聖徳太子が百済から持ち帰ったという「金剛子」の数珠の、玉飾りの唐風の箱に入れてあって透かし編みの袋に入れて五葉の松の枝につけたものと、紺瑠璃の壷のいくつかに薬を詰めて藤や桜の枝につけたものと、めったにない最高級の品々を献上するのでした。ここでも聖と僧都の対比的な描かれ方が私たちの関心をひきます。源氏は聖からすべての法師たち、山がつに至るまで布施や贈りものを行き渡らせ帰途に着きます。しかし、気がかりなのは少女のこと。少女への未練を残して去る思いを歌に託して送りますが、尼君からは「かすみの空のようにはっきりしないあなたのお気持ちを見届けましょう」との返歌で交わされます。しかし、その筆跡の風情ある美しさは源氏の心に好印象を残したようです。 
                       左大臣家から源氏の行方を心配していた子息たちが大挙してやってきました。頭の中将や左中弁たちです。自分たちをお供に加えてくれなかったことの不平を述べながら、このまま帰るのはもったいない、美しい山の景色を楽しもうと腰を落ち着けて花見の宴が始まります。頭の中将が笛を吹き、左中弁は扇を打ち鳴らして歌い出します。いつもの随身が篳篥を吹き、笙の笛を持って来させた者もいて、華やかな管弦の宴となります。まさに絵巻物のような宮廷貴族たちの優雅な場面です。僧都が気を利かせて琴を持ち出し源氏にも演奏を勧めます。源氏は身体がまだ辛く気分が優れないのですが、無愛想にならない程度に爪弾いて皆に和し、一同は去って行きます。僧坊の人々はあまりのすばらしさに涙を流して感激しています。ここでは「かかる御さまながら、いとむつかしき日本の末の世に生まれたまへらむと見るに、いとなむ悲しき」という僧都の言葉が注目されました。美しく優れている源氏がこんな生き難い末世に生まれてきためぐり合わせを悲しんでいるのです。 
                       さて、少女はというと、大人たちとともに源氏を「めでたき人かな」と見て憧れの気持ちが芽生えているようです。「源氏の君」を人形に作ったり絵に描いたり、美しい着物を着せてお世話する遊びに夢中になているのでした。
                      <皆さんの感想から>
                      ◎ 当時の貴族の様子が宴の中で描かれている。教養あり、歌・楽曲を楽しんでいる。
                      ◎ 貴族の世界の優雅な世界を垣間見るできる楽しい章でした。
                      ◎ 美しい自然の中での宴が素晴らしいです。 ◎すばらしい場面で、想像して楽しかった。
                      ◎ 山奥での源氏、僧侶とのやりとり、君達の出迎え。目まぐるしい情景の移り変わり。最後に出てくる少女との本格的な出会いを想像するとワクワクします。
                      ◎ 僧都の性格が聖の枯れた心と違って面白かったが、終わりに「いとむつかしき日本の末の世に生まれたまへらむと見るにいとなむ悲しき」のことばでへぇ〜!と思いました。

                      2007年11月14日 例会まとめ          内藤ます子
                      「眠れぬままに」「心中を訴える」
                       少女の後見人になろうという源氏の申出は僧都に取り合ってはもらえず、悶々と寝付けずにいる源氏の耳にはいろいろな音が聞えてきます。雨風の音、一段と高まった滝の音、修行僧達の眠たげな読経。山の僧坊の夜の気配が源氏の不安定な心境を思わせる描写です。その中に数珠が脇息にあたるかすかな音も混じります。これはあの夕ぐれに垣根越しに見かけた尼君の気配です。女たちの衣擦れの音も聞えます。源氏には「なつかしう」「あてやかなり」と思われ、案外近くにいるのだと思うと行動に出ずに入られない源氏です。扇を鳴らして人を呼びます。まさか源氏がお呼びではなかろうが・・・、と怪しむ女房に源氏は「仏の御しるべは・・・」と声を掛けます。これは『法華経』の一説だそうで、闇の中の仏の導きを説いたもので、暗い中を案内してくれという気持ちをこの場にふさわしい言葉で伝えたのです。こういう当意即妙が源氏の得意技。若々しく魅力的な声音からも確かに源氏だと女房には判り、判れば「はづかし」=相手が立派過ぎて憚られるので、どういうことかと問い返す女房に「若草の〜〜」(少女の身の上を思う)の歌を托します。これは明らかに少女への恋心を述べた歌です。女房はますます不審がります。このような恋の歌の対象となるような姫君はいない、いったい誰にと。おかしいことは十分承知ですが源氏は必死です。「どうしても尼君に言いたいことがあってのことと理解してください」と押し通します。尼君の驚きは「あな、今めかし」と言う言葉で表現されています。源氏の若々しい反応の仕方には好感を持ったようです。しかし、まだ男女のことなどわからない幼い少女なのに、源氏の君はなにを思い違いをしているのだろうか、それに、尼君が少女を若草になぞらえて詠んだ歌のことをどうして知ったのか、さまざまに疑問に思いながらも返事をしないのは情趣も解さない者と思われるので、「枕ゆふ今宵ばかりの露〜〜」(あなたの涙に比べたら私たちは毎日毎日泣き暮らしているのですよ)の歌を返し、源氏の思いを突き放すのです。
                       これで引き下がれる源氏ではありません。ぜひとも直接対面して自分の真面目な気持ちを伝えたい。尼君にしてみればまだ幼い少女のことを源氏は何か勘違いしているのではないかという思いがあり承知しかねますが、女房たちは源氏の面子を考えて会うことを勧めます。尼君も源氏の誠実さはわかるので自ら源氏の傍に寄ります。「とみにもえうち出でたまはず」源氏の緊張が伝わってきます。尼君の方から「軽い気持ちのお話ではありませんね」と水を向けてくれました。源氏は一気に核心に触れます。源氏自身幼くして母をさらには祖母をも失い心の拠り所を持たぬ頼りなさの中で生い立ってきたことを語り、少女の親代わりになりたいのだと訴えます。しかし、やはり尼君はこの申出を受け入れかねます。源氏の誠意は分かるけれども、親代わりとは信じられない。源氏は結婚相手として考えているとしか思えない。尼君の結論は「えなむうけたまはりとどめられざりける」でした。
                      <皆さんの感想から>
                      ◎ 源氏が尼の歌を聞いていて、その歌からとっさに和歌を贈るのがすばらしいと思う。そしてこのむずかしい恋を成就させるための情熱と誠実さがよく伝わってきました。
                      ◎ 年上の尼君にむかって年若い源氏が自分の思いを伝えてくれと一生懸命に訴えてい
                      ◎ 源氏の身になれば、自分の気持ちを伝えられてよかった。
                      ◎ 若い源氏の必死さも、まだ尼君には通じない状況が細かに描かれておもしろかった。次の会には思いが届くのでしょうか。
                      ◎ こんなに必死な源氏の姿はあっただろうか?源氏の身の上話を通じ、少しずつ源氏の心が尼君に通じてゆく所に、ホッとしつつも尼君がこれからどう変わってゆくか楽しみです。

                      2007年10月10日 例会まとめ          内藤ます子
                      「少女の素性」「意中を切り出す」
                       客人を迎えての僧都のもてなしは説法です。その説法を聞くにつけても源氏の心のうちに抱える罪の意識に響ます。父帝の妃である藤壺を愛し、片時も忘れられずにいるということ。この苦しみは生きている限り負い続けなければならない、まして来世にはどんなにひどい罰が待っているかと思うと恐ろしく、この僧都のように脱俗してしまいたいという気持ちになる。が、その傍から(ここで「ものから」という接続の語が源氏の心境をよく表しています)源氏の心はあの少女への思いに傾いていくのです。若い源氏にしてみれば当然のこと。ここに来た本来の目的は少女の素性を知ることでした。源氏はおかしなことを言い出します。「ここに住んでいるのは誰なのか尋ねたいという夢を見たが、今日その意味が分かった。このことだったのだ」と。意味不明のこじつけですが僧都は源氏が自分の説法など聞いていなかった、源氏の興味は他にあるのだと気づき苦笑いでしょう。しかし源氏の話に乗って「お聞きになっても期待はずれですよ」と前置きして尼君の素性を話します。それによると尼君は故按察使大納言の妻で僧都の妹、病気になって僧都を頼って来ているという。源氏が本当に知りたいのは尼君のことではない、「ところでその大納言にはご息女がいたと聞いたことがあったが」と当て推量で一歩突っ込みます。「恋愛の相手にとかいう興味で聞いているのではなくて、真面目な質問ですよ」とわざわざ言い訳までつけて。実は下心があるからこんな言い訳を言ってしまうのでしょう。すると狙い通りの答えが返ってきます。
                      一人娘がいて、父の大納言は入内させようと大事に育てていたがその目的を果たさないうちに世を去ってしまって、そのあとは尼君が女手一つで苦労してお世話していた。そのうち兵部卿の宮が忍んで来るようになったけれど、その奥方が気位の高い人で辛いことがたくさんあって悩みぬいて死んでしまった。亡くなってもう十余年経つと、僧都にとっては辛い思い出として語るのです。しかし源氏にとっては明るい灯りが点ったようなものです。これであの少女の素性がわかった、兵部卿の宮の血筋だから藤壺に似通っていたのだと判るとますます心惹かれて、傍に置いて自分の思うとおりに教育してやがて妻にしたいと思うのです。
                       さあいよいよ本題に、「遺児はいなかったか」と、確かめに掛かります。ちょうど亡くなる時に女の子が生まれているという。「それも女にてぞ」という僧都の口ぶりには祖母の手に残された遺児の将来の生い先不安への深い嘆きが込められています。たださえ女の子を一人前に育て上げるのは大変なのです。ましてしっかりした後見も無く、老い先短い尼君に遺されたのですから。すかさず源氏は「私が後見人になろう(結婚相手にすること)と思うので尼君に話して欲しい」と切り出します。あまりに唐突な申し出、軽々しい遊び心と疑われたくないので「すでに妻はいるけれど馴染めず独りで住んでいる。まだ結婚などという話しはふさわしくない年頃だと、普通に考えれば照れくさいことだけれど・・・」などと言い訳がましく口ごもってしまう源氏です。しかし僧都はそっけなく断ってその場を立つのです。
                      僧都の言葉づかいは失礼のないように丁重ですが、軽々しい扱いを受けたと不快に思っている様子で、「そもそも女というのは・・・」と、若い源氏に向かって教え諭さずにはいられなかったようです。
                      <皆さんの感想から>
                      ◎ 源氏は心通い合う人と語らいたい思いを持っている。今も昔も同じだなという思いあり。
                      ◎ 藤壺の面陰のある少女への思いを僧都に言わずにはおれなかった源氏の心を思うと、僧都の態度は少しかわいそうでした。 ◎ 今日も源氏の世界にひたれてよかったです。
                      ◎ もうこの場で申し込むとは思ってはいなかったのでびっくりしました。でも、この運命的な出逢いに源氏の高鳴る胸のうちもわかるような気がします。

                      2007年9月12日 例会まとめ          内藤ます子
                      「尼君の心配」「僧都の坊」
                       十歳にもなったのに何の分別もない子供っぽい少女を愛しみながらも、尼君は心配で嘆かれるのです。「亡くなった姫君は十歳の時に父の殿を亡くされたけれど、その時はもっとしっかりとなさっていたのにあなたは・・・」と。〈故姫君〉は尼君の娘、〈殿〉は尼君の夫ということで、少女はどうやら〈故姫君〉の遺児で尼君は祖母と人間関係が判ってきました。幼くして母を亡くした少女が祖母に育てられているのです。しかも尼君は少女に対して敬語を使っていますから、尼君から見て高い身分だということが判ります。病身の尼君の嘆きは「おのれ見捨てたてまつらば、いかで世におはせむとすらむ」と深刻です。この少女のように二親がしっかりと揃っていない姫君は結婚によって確かな後見人を得るのですが、まだ結婚など考えられない幼さの残る少女です。このまま遺して逝くということは、孤児として放り出してしまうという残酷な結果になるのです。それが「見捨てる」ということなのです。尼君の嘆き悲しむ様子にさすがの幼い少女もわけもなく悲しくなってうつむいてしまいますが、こぼれかかる髪がつやつやと美しくて、源氏の目には少女の美しさが焼きつきます。
                       そこに源氏がきていることを知った僧都が慌しく登場します。人目につく端近に居る女たちをたしなめるのですが自身は興奮気味です。世に名高いあの源氏がこんな近くに来られている。この機会にぜひ見てみたいと、結構俗っぽいところが描かれています。
                       一方、源氏は宿に帰っても興奮冷め遣らずさっき見た少女のことを思うのです。「ああ、なんと愛らしくいとしく思える少女だったか。あのお方(藤壺)の代わりに共に暮らしたいなあ(明け暮れ見ばや)」と言う思いが心の奥深くしっかりと根を下ろしてしまうのでした。
                       さっそく僧都のところから弟子がやって来て、お越しになっていながら知らせていただけなかったのは残念だとの挨拶の口上を伝えます。歓迎の挨拶というより恨み言のようです。
                      源氏としても礼を欠いたわけですから言い訳が必要です。「実はわらわ病が重症で、急にここの聖を訪ねたが、もしよくならなかったら聖に悪いことになる。私のためにそんなことになったらいけないと極々忍んで来ているのです。のちほどそちらにも」などと。読者である私たちはもうすでに源氏の本心は知っています。僧都のことを「心はづかしき人」と言っていました。位が高くて会うに気の張る相手なのです。まして今は粗末な身なりで身をやつしているので見られたくない。「知られたくない」が本心でした。なのにこういう言い訳がすらっと出てくるというのは老獪なのか、相手への心遣いなのか、ちょっと笑えました。すぐに僧都もやって来て自身の坊へと熱心に誘います。源氏は気後れするのですが、あの少女のことを詳しく知りたいという気持ちもあり出かけて行きます。さすがにみごとな庭の造作。〈南面〉(客間)の設えも行き届いていて、〈そらだきもの〉(隣室で香を焚き、その香りを漂わせる)の香が満ちてなかなか趣き深い。そこに源氏の〈御追風〉(衣に焚き染めた香りが動く度にほのかに漂うもの)。源氏には源氏だけの独自の香りがあるそうです。ここに描かれている場面はとても僧都の「お籠り」中とは思えない優雅な暮らしぶりに思えますが、高位にあり権力もあり、それだけに結構世俗的な人物として描き出されているのでしょうか。
                      <皆さんの感想から>
                      ◎ この時代の雅な貴族の日常に触れて、うらやましくなりました。せわしない現代の生活が反省させられます。
                      ◎ 尼君の姫君に対する思いがひしひしと伝わってくる章でした。源氏の僧都に対する機転の利いた返答に若いのにと驚きました。
                      ◎ 久しぶりに源氏の世界にひたれました。ことばが素敵でした。
                      三ヶ月ぶりに参加させて頂きしみじみとした時間がも

                       これからもゆっくりペースで楽しんでいくつもりです


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