- 琴や十六夜の月など、舞台が素敵ですね。久しぶりに参加しましたが、秋になってしみじみ文章を味わう余裕ができました。
- 大輔の命婦と源氏の楽しく親しげな関係がうかがえる展開で、面白く読めるところでした。一方、まだ見ぬ姫はどんな人なのでしょう。読む私たちも心ときめく源氏との出会いが待たれます。
- 女房が色々な邸に出入りできると言うのが面白かった。命婦と源氏のやり取りが軽快だった。女房はどこで給料をもらっていたか、気になった。
- 後見人に先立たれたら、後は大変だなあと思う。源氏との恋が楽しみです。命婦の恋多き陽気な人柄もいいんだなあと、興味あります。
- これからどうなるのか。源氏の期待と、私たちの期待にどう応えるのか。姫君の登場が待たれます。
2008年8月13日 例会まとめ 内藤ます子
「二つの邸」
予定通り少女を引き取りにやってきた父宮、しかしそこにはすでに少女も少納言もいないのです。残されていた女房たちは口止めされているから困った顔を見合わせているのみ。宮は、故尼君が父宮の邸に引き取られることを嫌がっていたことを思い出して、大方乳母が尼君の思いを汲んでどこかに連れ出してしまったのだろうと推察し、僧都のもとにも問い合わせるが行方はわからないのです。宮は少女の惜しまれるほど美しかった容姿を思い悲しみ、北の方は、少女の母君を憎く思っていたことも今は忘れて少女を手許において思うようにしよう〈わが心にまかせつべう〉と待っていたのに当てが外れてがっかりしているのです。ここで北の方の思惑について考えました。少女を思うように育て上げて高貴な相手に縁付かせようということか、そうではないのです。この宮家にはお子様方が何人かいたわけですから、この少女のような立場で引き取られた子は身の回りの世話係として自分の都合のいいように使えると期待していたと考えるのが妥当なのでした。『落窪物語』の姫君のように。
一方、源氏の二条院の邸の方にはだんだんともとの邸の女房たちや童女などの遊び相手が集まって来ました。少女は源氏が留守の心細い夕暮れなどは尼君を恋しがって泣くけれど、父宮のことはもともとめったに会うこともなかった方だから恋しがったりしないのです。今はむしろ源氏のことを〈後の親〉として懐いて胸に飛び込んで来る。少しも恥ずかしがらない。〈さかしら心〉(相手の心を読んで気をまわしたりするようなところ)がなく無邪気に自分の傍にいるのですから、源氏はもう可愛らしくてたまらないのです。この二人の関係はなんと言ったらいいのか、親子というわけではないし、男女の関係というのとも違う、一風変わったものというほかありません。少々一般の常識からは外れているようなのです。
ここで[若紫の巻]を閉じます。
[末摘花の巻]へ
「夕顔の面影」
ここでは時間が巻きもどって、若紫と出会う前の源氏。夕顔が亡くなって一年、その面影に浸りながら心空しく悩ましく過ごしている場面です。夕顔は心うち解けて可愛らしい人だった、しみじみと愛しい人だったと思い出している源氏は、どうにかして夕顔のような女性にもう一度めぐり逢いたいと切実に思い、噂を聞けば言い寄ってみるが途中で止めてしまうなど満たされることはない日々です。そんな折、空蝉や軒端の荻のことを思い出し、あの夜盗み見た二人の気を許し打ち解けた女の姿を見たいのもだと思ったりしているのです。
〈皆さんの感想から〉
- 少女が源氏に保護されて結果としてはよかったと思った。[若紫]が終ったが、お休みが
多かったので次の[末摘花]はなるべく出席するように心がけなければ皆さんにおいていかれそうです。
- 当時の常識から見れば若紫はすごいことだと思いますが、今更ながらこの長編を書いた
紫式部の才能にびっくりしました。自分の理想の女性を求める源氏の情熱に圧倒されました。
- 少女と源氏の関係は今後どのように展開してゆくのだろうか、楽しみです。
- たぐいまれな美しさと賢さとあどけなさを持った少女との出会いが源氏の人生に与え
た大きさがよくわかる「若紫の巻」でした。「末摘花」は源氏の夕顔を失った心の空洞を埋めていくくだりが楽しみです。
- 父宮が探し出そうとしてもわからないのに女房たちが二条院に行く部分が面白かった。
女房というのは職業だなあと思った。可愛い若紫と同時期に会う末摘花がどんな女性なのかとても気になった。
2008年7月9日 例会まとめ 内藤ます子
「二条の院へ」「手習」
二条院に着いて、源氏は少女を車から軽々と抱き下ろします。源氏の心もうれしくて軽やかです。少納言はどうしようかと躊躇っているのですが、源氏は「あなたは好きにしなさい。帰るならどうぞ」と冷たく突き放します。少納言が少女を置いて帰れるはずがありませんから、それを承知で決断を迫る源氏の一言なのです。少納言はしぶしぶ車から降りますが、心は穏やかではありません。父宮がどう思われるか、この先どうなっていくのかと思うと泣けてくるのを、言わば女君と男君の婚礼にあたるめでたい日と考えると泣くのは不吉なことなのでじっと堪えます。少女も不安がり少納言と寝るというのだけれど、源氏はこれからはそれはいけませんよと教え諭します。泣き出す少女、少納言もまんじりともせず夜を過ごす。。
さて夜が明けてみると、あまりに立派なお邸で少納言は気後れがしてじっと様子をうかがっているのですが、女房などはいない、そこで少女の世話に一人で立ち働く少納言。源氏は「夕方になったら(父宮が帰った後)自分の眼鏡にかなう女房を呼び寄せなさい」と言って、自分は東の対から殊に小さい童女を選んで呼び寄せました。姫君は頭から衣にすっぽりと包まっていつまでも床の中です。それを源氏は無理に起こして、「私を困らせないで、女は素直がいいのですよ」ともう今から女の取るべき態度を教えにかかるのです。目近かで見ると素晴らしく美しくますます心惹かれる源氏。美しい絵や遊び道具などを取り寄せてご機嫌を取っています。ようやく起き出した姫君はもう庭の美しさや屏風絵などの見事さに興味惹かれていく他愛なさ幼さです。こんなところにも若紫の素直な資質が表れているようです。
源氏は二、三日は宮中にも上がらず少女に付きっ切りです。手習いの書や絵を、そのままお手本になるようにと書いてはお見せになっている。その中で、紫の紙に「武蔵野といへばかこたれぬ(ため息が出る)」と書かれた一枚を姫君はじっと見ている。〈ねは見ねどあはれとぞ思ふ武蔵野の露分けわぶる草のゆかりを〉意味深な歌です。「さあ返歌を書きなさい」と言うのですが姫君は「まだ書けないの」と可愛らしく笑っている。「下手でもいいから歌を詠みかけられたら返歌するものです。教えてあげますから」と言われて姫君は筆をとるのですが、恥ずかしがって少し横を向いて隠しながら書き「書き損なった」と言って見せようとしない。このあたりは子供らしい仕草として目に浮かぶようです。それでも無理に見てみると、〈かこつべきゆえを知らねばおぼつかないかなる草のゆかりなるらむ〉とある。筆跡はまだ未熟ながら大らかで伸びやかで、歌の内容もなかなか鋭い指摘をする素直さ、豊かな才能を秘めた姫君であることがわかります。源氏は大満足で、少女の傍を離れられません。
〈皆さんの感想から〉
- 源氏が少女と心楽しく過ごした事がすごくよく書かれていて、読む方にもとてもよくその気持ちが伝わってきた。
- 「すずろなる」という語は「静かでさわやか」というイメージを持っていたのですが、「いいかげんな男」という訳で、古語は難しいなと思いました。風景と人物がとても細やかに描かれていて、頭の中でイメージしてみると、本当に至福の時間です。
- 少女の行動はかなり子供的なのに思考は大人びている所に驚いた。少女の魅力が全面に押し出されていると思った。一面子供っぽいのに一面かなり大人びているのが魅力なんだと思う。
- 子供のとらえ方が素晴らしいところは、作者が女性であることによる観察眼の細やかさが良くわかる文章だと思います。
- 幼い若君の様子に想像力がふくらむ場面が次々と出てきて面白く読みました。どんな少女だったのか、内面外面とも源氏の心をとりこにした若紫のこれからに興味が尽きません。
2008年6月11日 例会まとめ 内藤ます子
「乳母の立場」「決行」
源氏は宮中の用事で少女のもとに行けないのでと断って惟光を代わりに宿直人として遣わす。実は行きにくいのです。相手はまだ幼さの残る少女、男女の関係とはし難い、すこし気が引けるのでしょう。しかし、乳母にしてみれば、源氏は少女の寝所で一夜を過ごしたのだからすでに結婚した形になっている、であれば当時の結婚の儀式どおり三夜通ってところあらわしとなるはずが源氏は通ってこないではないか、なんと言うひどいことか、このことを父宮が聞いたら大変なことになる、源氏ともあろう方が、ああがっかりだと、惟光に嘆くのです。源氏はもちろん世の常識としては通うべきだとは思うのだけれど、やっていることがどうも世の常識では考えられないようなことなので軽率な感じがして気が引ける、それならいっそのこと自分の邸に引き取ってしまおうと考えます。そんな折、惟光が文を届に行くと、乳母は「宮から明日少女を迎えにくるといってきたのであれこれ準備に慌しい」と、ろくに受け答えもせず縫い物などを忙しくしているのでした。
源氏は右大臣の邸にいるのですが、例の通り女君(葵上)はよそよそしく会おうともしない。そこに惟光からの知らせ。宮邸に引き取られてしまってからでは連れ出しにくい、その前にと意を決し、「夜明け前に決行する、随身は一人二人のみで」と指示します。この機を逃しては後悔すると、源氏の行動はすばやいです。大納言邸では少納言が出てきて何ごとかと応対しますが、「宮が引き取りに来る前に私が連れにきた」というのを聞いて、「何ということをおっしゃるのです」と笑って交わそうとします。しかし源氏はさっさと奥に入り込んで少女を抱きかかえて「さあお迎えですよ」と連れ出してしまうのです。少納言たちは大変なことになったと慌てて、宮がおこしになったらどうしたらいいのか、私たちの立場も思い遣って欲しいと源氏を非難するのですが、源氏は「人は後から着いて来なさい」と言って車に乗り込もうとする。少女は泣き出す。少納言はとっさの判断で昨夜用意した衣などを引き集めて、じぶんも少しいい着物に着替えてすばやく車に乗り込むのでした。
ドキドキの場面でした。源氏のすばやい決断と行動に驚き、また少納言の一瞬の判断と行動にも驚きました。
ここで、よく一般に言われている、少女を盗み出したとか、ロリータ趣味っだとかいう源氏への評価をどう考えるか、先生の方から投げかけられました。原文を読んでいくと決してそうではないとわかってくるということで、私たちも改めて丁寧に古語に拘って読んでいこうと思いました。
〈皆さんの感想から〉
- 源氏の少女に対する長い間の努力に対して、父宮に引き取られた後の運命を思えば、このような思い切った行動に出たことも仕方ないだろうとは思うが、それにしても男らしい源氏だナー。
- 源氏でも断られたり冗談を言われたりする場面で、身分の高い源氏でも絶対権力を持っていたわけではない。しきたりや世間体が重んじられる高い文化があるのだと改めて感じた。少女を連れ出す緊迫した場面で非常におもしろかった。
- 乳母の立場もよくわかり、源氏の決断から決行までの場面展開にハラハラドキドキしました。少女の運命が大きくかわるのでしょうか。
- 決行がすごい。乳母の気持ちもよくわかり、すばやい判断もすごい。
今日は出席できて、久々に源氏物語の世界に浸れました。来週が楽しみです。
2008年5月14日 例会まとめ 内藤ます子
「少女との一夜」「父宮訪問」
荒れ果てた邸に今夜は霰が降り荒れて恐ろしげである。こんなところに少女を置いてはとても帰れない。源氏は自分が「宿直人(とのゐびと)」を務めようとてきぱきと戸締りなどを命じて御帳のうちにはいってしまう。そのいかにも物慣れた主人のような振る舞いに女房たちは戸惑ったり頼もしく思ったり。乳母は心配ではあるが騒ぎ立てるのもよろしくないと困惑しながらもじっと控えているしかない。少女もさすがに恐ろしく震えていたが、少女が気に入りそうなことを語り掛ける源氏の優しさに恐怖心も消えていく。一夜が明けて源氏は帰っていくのだが、こんな心細い状態に少女を置いておけない、はやく自分の邸に引き取りたいという思いを伝えるが、乳母は父宮が迎えにくるのでとやんわりと源氏の申出を断る。それが当然のすじというものだが、源氏は、確かな筋でも父宮は今まで疎遠にしていて親しみもないだろうが、自分は深く少女のことを思っているのだと強調して、少女をいとおしむように撫でてふり返りふり返り邸をあとにする。(源氏の情の深さを思わせる)
帰り道、早朝の霧が立ちこめて霜がまっ白に降りていて実に風情のある情景だ。これが本当の後朝であったならとなにか物足りない思いでいる源氏。風流心が刺激されて、このあたりに忍んで通っている女の家があることを思い出しその門を供人に叩かせる。声のよく通る者を選んで「お会いせずには通過できません」という意の歌を読ませる。二回も読ませたのに女の方は下使いの女を出して「その気もないでしょうに」の意を伝えて取り合わない。相手がほかならぬ源氏と承知の上でだ。この女はなかなか芯の通った女と思われる。早朝の立ち寄りである以上別の女のところで一夜を過ごしての帰りということは当然判るのである。女に振られて帰る源氏もおもしろい。それでも帰宅した源氏は幸せなようだ。あの少女のあどけない様子を思い出し笑みがこぼれてしまうと描かれている。
源氏が帰っていったちょうどその日、父宮が少女のところを訪れた。邸の荒れように驚き「やっぱり早く引き取ることにしよう」と決意を語る。これまで北の方のことやなにやらでぐずぐずしていたことが「なほ(やはり)」の短い一語に表現される。乳母達の方にも躊躇がある。尼君のことを恋しがって泣き暮らしている少女をまだしばらくここお世話した方がいいのではないか、また自分達もあちらの邸に入ることが不安でもある。「もうすこし分別のつく年になってから」と消極的な態度。宮は「死んだ人のことをいつまで思っていても仕方ない。私がついているではないか」と、口では頼もしげなことをいって励ましますが、日が暮れれば帰っていくのだった。少女への愛情の質はどのようなものか、ここに宮の人となりが偲ばれる。父宮に帰られて一層心細さの増す少女、夕暮れともなればますます心が塞ぎこんでしまう。乳母もたまりかねて泣いてしまう。「屈す」という語から、暗くなりかけた室内で悲しみに打ちひしがれて泣き伏す少女の姿が浮かぶ。
〈皆さんの感想から〉
◎ 源氏がまだ幼い少女を一人前の女性として愛しつづけていく第一歩を踏み出し、今後の展開がどうなるか楽しみです。
◎ 若君はとまどいながらもいつしか源氏に信頼を寄せていく。源氏の若君の扱いのうまさはさすがです。父宮の訪問時の若君の淋しさが伝わり、父宮と源氏の若君に対する姿勢の違いがよくわかりました。
◎ 初めての出会いが雀の子を追う少女で、それも人里離れた山の中の家で、自然との調和がすばらしく、今度も風吹き荒れる心細い一夜と、背景と人の心が本当にうまくできているなあと感心します。
源氏が幼い若君と語らいながら添い寝してあげたことと、暮れれば帰る父宮との対比で、人間性の違いと
2008年4月9日 例会まとめ 内藤ます子
「尼君の死」「少女との一夜」
尼君がとうとう亡くなった。僧都からの手紙には簡潔ながら悲しみが率直に綴られていて、俗っぽいところがあるけれども人間味のある僧都の一面が浮かび上がる。源氏は自身の生い立ちと思い合わせて少女の悲しみを思いやり、心を込めて見舞いの手紙を送る。
尼君の喪が明けて京の邸に戻ってきていると聞いて、源氏は少女を見舞う。邸はぞっとするほど荒れて人も少なくなっていて(主人が死んで人々が去る)、幼い少女はどんなに恐ろしい思いをしていることかと想われるありさま。少納言が対面して涙ながらに尼君の最期の様子を伝え、源氏も涙が溢れて衣の袖を濡らす。少納言は少女の今後をどうしたらよいかと悩んでいる。父宮に引き取られることになるだろうけど、少女の母である亡き姫君が北の方の酷い仕打ちによって悩み苦しんで死んでいったことを想うと心配である。まして少女は年齢にふさわしい分別もついていない。こんな中途半端なありさまで父宮の家の子供たちの中に交じればどんなに馬鹿にされることか。後見人のいなくなった今となっては源氏が変わらずに想い続けてくださることをありがたく思うけれど、まだ妻としてつりあうような成長をしておらず年齢よりも幼いままでいることが心苦しくてと不安を語る。源氏は「繰り返し言って来た私の気持ちがまだわかってもらえていないのか。」と少納言を叱責し、「そのあどけないところが可愛くて惹かれるのは特別な縁があってのこと、直接言葉を交わさずには帰れない」と歌で気持ちを伝える。少納言はもったいないことながら困ったことだと、即座に「寄る波(源氏)にわけもわからぬ玉藻(少女)を思いのままにさせるわけにはいかない」との断りの返歌。この巧みさには源氏も感心するが、このまま引き下がれずにいる。
さて、少女の方は尼君を恋しがって泣き寝入りしていたが、遊び相手の童女達が「直衣着た人が見えている、父宮ではないかしら」と声を掛けると、すぐ起き上がって「父宮がいらしたの」と近づいてくる。その声がいかにも可愛らしい。源氏は「父宮ではないけれど、他人とはいえない者ですからこちらにいらっしゃい」と声を掛ける。声を聞けばさすがに少女も気がついて、いけないことをしてしまったと思って「眠いの」と言って乳母に擦り寄る。源氏は積極的だ。「私の膝の上でおやすみなさい。」と促す。すると乳母は「言っていた通り、お相手にはなれないほどの子供で」と源氏の方に押しやってみせる。少女はなされるままになって坐っている。この乳母の行為は意外だが、現実の少女を見せて恋愛の相手にはならないことを源氏に判らせようということだったようだ。少女はもう源氏の手に触れるようなところにいる。源氏は御簾の内に手を差し入れて、着物の柔らかい肌触りやつややかな髪、髪先のふさふさした感じに触れ、少女を実感している。更には手を捉えて引き寄せる。まあなんと大胆な!読んでいる私たちはドキドキとして次の展開に目が離せなくなる。少女はさすがに驚き怖がって「寝るって言ってるのに」と言って手を引くのについて源氏はするすると御簾の内に入ってしまう。あらあら!当時の読者たちもどんなに興奮して読んだだろうと思う。あまりのことに乳母は戸惑い困惑しきって、「まだ(男女のことは)何もわからないのだから口説いても無駄ですよ」と止めにかかるが源氏は「こんなに小さな子を相手にそんなことありません。私の誠意あるところを見守っていてください」と説得するのだった。
この場面で少女(若紫)のいかにも子供らしく屈託なく可愛らしい様子がたっぷりと描き出されている。この巻のはじめの方で突然挿入されていた「明石入道の娘」の話が思い起こされる。しっかりした両親が揃って都から一流の女房たちを呼び寄せて養育係とし、特別に高貴な相手に嫁がせるべくお姫様教育を受けて育てられていた娘。それに比べると若紫は姫君らしい躾が何もされていない。お行儀が悪い。しかし、大らかに伸びやかに素直な性格に育っている。この二人の対比が後々の物語で大きな意味を持ってくる。作者紫式部は実に用意周到に物語り構成をしていると、感嘆させられる。
2008年3月12日 例会まとめ 内藤ます子
「遺言」「少女の声」(「尼君の死」)
藤壷にしか心が向かわず激しく心を悩まして、この数ヶ月というものあれほど執着していた少女のことも思い遣れずに過ごしていた源氏です。それでも通わなければならない所(女性)があります。ここでは六条。気の張る相手ですが疎かには出来ない方ですからようやくのことで出かけていきます。月の美しい夜です。ふと通りかかった古めかしく荒れた様子の家の前、供の惟光が「故按察使の大納言の家」で、例の尼君がすっかり衰弱していると教えます。惟光は以前から知っていて源氏には尼君の住まいも病状も教えていなかったようです。さっそくお見舞いに、源氏はわざわざそのために伺ったと言わせます。この辺が苦労人源氏の大人の対処。しかし、尼君の家の者たちは大変です。源氏ともあろう方が、わざわざこんなむさくるしい所へお見舞いに見えたとあってはお断りも出来ない、急遽御座所を設えて重態おして尼君もお答えします。死を自覚する尼君は、少女の行く末の頼りなさを思うと極楽往生の妨げになると嘆かれ、今となっては源氏を頼るしかないのです。「お気持ちに変わりがなければ将来必ず〈数まへさせたまへ〉つまり、少女を妻の一人として迎えてほしい」と遺言するのでした。もともと尼君には源氏の人間としての誠実さに対する信頼があったと思われます。源氏も「始めて見かけたときからこの世だけの縁とは思えないものを感じていたのだ」と心を尽くして応えます。そこで源氏は「あの可愛らしい声を一声聞かせてほしいが」と所望しますが、女房たちは「もうお休みになりました」とそれを許しません。ところがそこに足音がしてきて「おばあさま、あの源氏の君がお見えでしょう。なぜ見ないのですか」と、当の本人の登場です。女房たちの慌てようが見えるようです。「お静かに」と制するのですが、「でも、見れば気分がよくなるとおっしゃっていたじゃないの」と無邪気に主張しています。源氏は女房たちの戸惑いを察して聞かなかったふりで帰りますが、その子供っぽさがまたたまらなく愛しくなったことでしょう。自分が引き取ってあれこれ教えていこうと固く決意したのでした。 翌日もお見舞いに添えて小さい文を届けます。「可愛らしい声を聞いてからもうあなたのことばかり思い続けています」という内容の文ですが、少女向けに幼い書体で書かれているのが素晴らしいので、「そのままお手本に」と女房たちは尼君に勧めます。返事は小納言(女房)から来て、「尼君はもう危篤状態で山寺に移り、お返事はあの世から差し上げることでしょう」と言うものでした。源氏は深く悲しんでいます。たださえ人をもの悲しくさせる秋の夕べ、源氏の心にかかり続けて悩ましいのは藤壷のこと、それゆえにこそ無理にでも〈ゆかり〉つまり、藤壺の血縁の少女を尋ねたいという思いが募ってくるのです。けれどもふと「実際に一緒の暮らしたら期待はずれということになるだろうか」と不安にもなり、源氏の心は様々に揺れているます。「手に摘みて・・・」の歌は暗い重い気持ちを癒してくれる初々しい〈野辺の若草〉のような少女への期待が詠まれています。が、〈摘む〉という言い方にちょっと残酷な響きを感じないでもないですが・・・・。
<皆さんの感想から>
◎ 尼君が重体の中、少女を託されて、源氏としては嬉しい気持ちと複雑な気持ちが交叉したのでは?
◎ 偶然とはいえ、死に近い尼君をたずね、遺言で少女のことを源氏に託せて、尼君は心安んじてあの世に行けたことでしょう。源氏の心が届いたということで、これから源氏と少女の新しい一歩が描かれて行くのが楽しみです。
◎ 尼君の「あの世からの返事」が風流だと思いました。少女をいいずれ妻にという尼君の遺言で、「摘み取りたい」と思うまでの源氏の思いの強さが少し怖く感じました。
北山の療養で運命的な出会いをした少女と藤壷との心の悩みの最中に再び出会い、尼君の遺言でヒロ
2008年2月13日 例会まとめ 内藤ます子
「密会」「懐妊」
藤壷の宮が病気で里に下がっている。帝が心配でならないのを源氏はお気の毒に思う気持ちはありながら、それとは裏腹に、このチャンスにこそ藤壷に逢えるとそわそわ落ち着かない。藤壺第一の女房である王命婦について回って何とか逢う手はずをと急き立てる。無我夢中のうちに源氏はついに藤壷の傍にいる。現実に起こり得ないことが起こったのだ。けれどもこれは許されない密会。「わびしきや」は短い語ながらこの逢瀬の切なさを表す。藤壺の方はどうか。「あさましかりしをおぼしいづるだに〜〜」とある。この「し」で過去に辛い思いをしたことを思い出しているのだと判る。これまでどこにも過去に源氏と藤壺の間に関係があったことは描かれていなかったが、この短い一文ですべてが語られる。藤壺は辛く悲しい様子で居るけれどもそれがかえって源氏には愛しく親しみ深い感じで、さりとて決して馴れ馴れしくならず凛としている様子なのである。その藤壺の魅力に源氏は圧倒される。夢のような夜はたちまち明けて、別れたくない源氏は「このままこの身も夢の中に紛れ込んでしまいたい(歌)」と激しく泣く。それに対する藤壺は「こういうことは世間のもの語りとして伝わってしまう、夢の中にぼかしてしまうわけには行かないのです(歌)」と源氏よりも現実的に罪の苦しみを見ている。藤壺の悩み苦しむ様子を見れば源氏も自らの罪を思う。命婦が脱ぎ散らしてあった直衣などをかき集めて持って別れの時が迫った。この一文は忘我のうちに過ごした一夜を生々しく想像させる。現実に引き戻され邸に帰った源氏はただ泣き暮らすばかりだ。藤壷に手紙を出しても藤壷は一切手に取ろうとはしない。源氏との接触を絶とうとしているようだ。源氏は放心状態で参内もせず籠りっきりで居る。帝が心配していると耳にするにつけても源氏は恐ろしいことだと恐れる。藤壺もますます辛い思いに苛まれて暮らすうち身体の変調を感じ、人知れず思い当たることがあって一層悩みが深まる。やがて三か月ともなり女房たちが懐妊を知るところとなる。妃の懐妊は当然帝の御子として世の人々の注目する公事。しかし藤壷には源氏の子であることがはっきりと判っているから辛さは深まるばかり。帝の方は藤壷懐妊の報告を受けて大変な喜びようで御使いなどがひっきりなしに来るのだが藤壷にはただ恐ろしいことと思われるのだ。
七月(秋口)になって藤壺は参内する。帝は喜びますます藤壺を愛しく思い傍を離れず、気分の優れない藤壷のために管弦の宴を催して慰める。当然源氏を常に召して琴や笛などを演奏させる。藤壺の前で、抑えようとしても藤壷への思慕の情が演奏に漏れ出てしまう。藤壺の方もやはり源氏を愛しく思う気持ちにとらわれてしまう。
<皆さんの感想から>
◎ やっと恋いこがれた藤壺との出会い、本来ならうきうきするところ、二人の心の葛藤や複雑な心の動き、また、二人の立場の違いの歌の内容等、とてもよかったです。
◎ せっかく会えた二人なのに、二人とも満たされない想いを抱える。予想しない懐妊で、それでも源氏は逃げられず、逃げないで藤壺を想い、藤壺の奥底では源氏を思う。想いの深さに感心しました。
◎ 兎に角スケールの大きな、そして恋の苦しみ喜びがみやびな言葉で千年も前のこの小説は本当にノーベル賞ものだと思います。しかし、宮中のこんな大それた不倫を小説にして、紫式部は非難をあびなかったのかな?
古語の短い使い方で深い内容を表す素晴らしさは、絵画の一本の線の使い方と同じに感じられます。(一本の線の重み同様に)言葉数の多い現代ものと違い、短く少ない言葉でいろいろ言い表している。 ◎ 源氏と藤壺の恋。千年の昔のことなのに今の私達にも切なく心に染み渡るようです。源氏物語絵巻を心に思い浮かべながら、この先の二人の運命はどうなるのか、ドキドキしながら来月が待たれます
2008年1月9日 例会まとめ 内藤ます子
「妻の一言」 帰京した源氏はさっそく帝に対面します。帝は父親の目になって「いといたう衰へにけり」と源氏を見ます。心配でならないのです。話の中で特に源氏の病を治してくれた聖に関心を示しその徳に強く惹かれる帝です。そこに左大臣が「お迎えに」とやってきます。源氏はあまり気が進まないのですが、一所懸命な舅に「引かされて」左大臣邸へと向かいます。久しぶりの邸はまた一段と美しく立派な御殿なっていますが、女君は相変わらず引きこもったまま、左大臣の熱心な説得でようやくお出ましとなるのです。しかし、女房達に坐らされたまま微動だにせず、端正な美しさで黙っています。重苦しい空気が流れますが、やがて源氏の方から恨み言を口にします、「人並みの妻らしくしてほしい。病気の時に『いかが』とも聞いてくれなかった」と。すると女君がやっと口を開いて一言、「問はぬはつらきものにやあらむ(本当に辛いことですか)」と。源氏の内心を突いた痛烈な皮肉です。しかも変わぬ美しい容貌で。源氏もカチンときたのでしょう、「あれこれ私は努力してきたのに、こんなに疎まれている」と女君を責めて、最後に「よしや命だに(いいさ命さえ永らえていればそのうち分かるだろう)」と捨て台詞を残して寝所に入ってしまいます。女君はもちろん入って来ようともしないし源氏も誘う気になれません。寝入った振りをして縁のあった女達のことを思って夜を過ごす源氏。なんとも辛過ぎる二人の関係です。
「小さき結び文」 あの少女が成長していく様を傍で見ていたいという思いは源氏の中でますます膨らんで、なんとか無理なく引き取る方法はないかと思案します。あの藤壺の宮の血筋と思えば一層思いは募り、行動を開始。「いいかげんな気持ちではないことを理解していただければ嬉しい」と書いて手紙を出します。中に小さい結び文を入れました。結び文は恋文です。小さいのは少女宛ということです。「可憐な山桜が忘れられず、風に花が散ってしまうのが気がかりだ」と、思いを伝えます。その筆跡といい結び方といい、年頃を過ぎた(さだすぎたる)尼君や女房たちも心をときめかすすばらしさです。尼君は源氏の熱意は分かり悩みますが、「まだ続け字も書けない子供ですから」と交わし「はかないお気持ちでしょう」との返歌を添えます。悔しい思いの源氏。こういう時は惟光の登場です。惟光を使者に立てて、少納言の乳母に会って相談するように命じます。惟光は言葉を尽くして源氏の様子を語るけれども尼君たちの不安感を拭い去ることはできません。文には源氏の熱心な思いが綴られていて、少女へも例の小さい結び文で「まだ幼い放ち書きを見たいものです」と添えて「どうして離れているのでしょう」の歌を贈ります。まるでもう恋人同士のようです。けれども尼君の返歌は「浅はかな気持ちでは・・・」と言う内容のものでした。その後少納言から「そのうち尼君の病気がよくなって京の邸に戻ったらお返事しましょう」と言う手紙が届きますが、源氏は不安定な気持ちのまま過ごすことになります。
<皆さんの感想から>
◎ 妻の態度や一言に「何故」と思いましたが、この様にしか表現できない、可愛そうです。
◎ プライドの高い妻は、すばらしい夫に対しても心を開かず、大変な病気を患った夫に対しても「問はぬはつらきものにやあらむ」後目に見おこせたまへる・・・その様子が北風が吹く夫婦の冷たい関係が見えるようです。
◎ 少女に対する源氏の一途な気持ちはどうすれば届くのでしょう。歯がゆい気持ちがよくわかります。来月が楽しみです。
◎ 手紙の文字も気持ちが出るもの。結び文の結び方にも気持ちが出る。手紙を出すとすぐに返歌できる教養のすばらしさ。
◎ 結び文が小さいと小さい人へというのが面白かったです。妻は源氏にほれていたのではと思いました。
◎ 「問はぬはつらきものにやあらむ」にへぇ〜。「小さき結び文」もすてきね。
2007年12月12日 例会まとめ 内藤ます子
「送別の宴」「めでたき人」
夜明けが近づいてきました。耳に聞えてくるのは法華経の読経の声、山から吹き降ろす風の音に滝の音が響き合って、源氏は、嫌な思いがすべて洗い流されて心が澄み切ってゆくような感動を覚え、涙を催すと詠います。僧都は「私には聞き慣れた音で心が動揺したりはしません」と返歌、まるで情趣を解さないない詠みよう。やがて夜が明け山の朝の美しい景物が見えてきます。源氏は目を見張るばかり、「なやましさもまぎれ果てぬ」、病から解放された感じなのでしょう。帰る段となり、例の聖は身体が不自由なのを押しても源氏のために護身のための陀羅尼経を唱えるのです。その声がしゃがれているのですが、それが返って徳を積んだありがたいものに聞えます。迎えの供人たちもやってきて快癒を祝い、帝からのお見舞いの言葉も伝えられます。僧都は、盛大な送別の宴の準備をします。「谷の底まで掘り出で」で、めずらしい品々を取り揃えるべく全力を傾けてがんばる様子が表現されています。別れにあたり聖は自分の「独鈷」をお守りにと差し上げます。するとそれを見ていた僧都の方は、聖徳太子が百済から持ち帰ったという「金剛子」の数珠の、玉飾りの唐風の箱に入れてあって透かし編みの袋に入れて五葉の松の枝につけたものと、紺瑠璃の壷のいくつかに薬を詰めて藤や桜の枝につけたものと、めったにない最高級の品々を献上するのでした。ここでも聖と僧都の対比的な描かれ方が私たちの関心をひきます。源氏は聖からすべての法師たち、山がつに至るまで布施や贈りものを行き渡らせ帰途に着きます。しかし、気がかりなのは少女のこと。少女への未練を残して去る思いを歌に託して送りますが、尼君からは「かすみの空のようにはっきりしないあなたのお気持ちを見届けましょう」との返歌で交わされます。しかし、その筆跡の風情ある美しさは源氏の心に好印象を残したようです。
左大臣家から源氏の行方を心配していた子息たちが大挙してやってきました。頭の中将や左中弁たちです。自分たちをお供に加えてくれなかったことの不平を述べながら、このまま帰るのはもったいない、美しい山の景色を楽しもうと腰を落ち着けて花見の宴が始まります。頭の中将が笛を吹き、左中弁は扇を打ち鳴らして歌い出します。いつもの随身が篳篥を吹き、笙の笛を持って来させた者もいて、華やかな管弦の宴となります。まさに絵巻物のような宮廷貴族たちの優雅な場面です。僧都が気を利かせて琴を持ち出し源氏にも演奏を勧めます。源氏は身体がまだ辛く気分が優れないのですが、無愛想にならない程度に爪弾いて皆に和し、一同は去って行きます。僧坊の人々はあまりのすばらしさに涙を流して感激しています。ここでは「かかる御さまながら、いとむつかしき日本の末の世に生まれたまへらむと見るに、いとなむ悲しき」という僧都の言葉が注目されました。美しく優れている源氏がこんな生き難い末世に生まれてきためぐり合わせを悲しんでいるのです。
さて、少女はというと、大人たちとともに源氏を「めでたき人かな」と見て憧れの気持ちが芽生えているようです。「源氏の君」を人形に作ったり絵に描いたり、美しい着物を着せてお世話する遊びに夢中になているのでした。
<皆さんの感想から>
◎ 当時の貴族の様子が宴の中で描かれている。教養あり、歌・楽曲を楽しんでいる。
◎ 貴族の世界の優雅な世界を垣間見るできる楽しい章でした。
◎ 美しい自然の中での宴が素晴らしいです。 ◎すばらしい場面で、想像して楽しかった。
◎ 山奥での源氏、僧侶とのやりとり、君達の出迎え。目まぐるしい情景の移り変わり。最後に出てくる少女との本格的な出会いを想像するとワクワクします。
◎ 僧都の性格が聖の枯れた心と違って面白かったが、終わりに「いとむつかしき日本の末の世に生まれたまへらむと見るにいとなむ悲しき」のことばでへぇ〜!と思いました。
2007年11月14日 例会まとめ 内藤ます子
「眠れぬままに」「心中を訴える」
少女の後見人になろうという源氏の申出は僧都に取り合ってはもらえず、悶々と寝付けずにいる源氏の耳にはいろいろな音が聞えてきます。雨風の音、一段と高まった滝の音、修行僧達の眠たげな読経。山の僧坊の夜の気配が源氏の不安定な心境を思わせる描写です。その中に数珠が脇息にあたるかすかな音も混じります。これはあの夕ぐれに垣根越しに見かけた尼君の気配です。女たちの衣擦れの音も聞えます。源氏には「なつかしう」「あてやかなり」と思われ、案外近くにいるのだと思うと行動に出ずに入られない源氏です。扇を鳴らして人を呼びます。まさか源氏がお呼びではなかろうが・・・、と怪しむ女房に源氏は「仏の御しるべは・・・」と声を掛けます。これは『法華経』の一説だそうで、闇の中の仏の導きを説いたもので、暗い中を案内してくれという気持ちをこの場にふさわしい言葉で伝えたのです。こういう当意即妙が源氏の得意技。若々しく魅力的な声音からも確かに源氏だと女房には判り、判れば「はづかし」=相手が立派過ぎて憚られるので、どういうことかと問い返す女房に「若草の〜〜」(少女の身の上を思う)の歌を托します。これは明らかに少女への恋心を述べた歌です。女房はますます不審がります。このような恋の歌の対象となるような姫君はいない、いったい誰にと。おかしいことは十分承知ですが源氏は必死です。「どうしても尼君に言いたいことがあってのことと理解してください」と押し通します。尼君の驚きは「あな、今めかし」と言う言葉で表現されています。源氏の若々しい反応の仕方には好感を持ったようです。しかし、まだ男女のことなどわからない幼い少女なのに、源氏の君はなにを思い違いをしているのだろうか、それに、尼君が少女を若草になぞらえて詠んだ歌のことをどうして知ったのか、さまざまに疑問に思いながらも返事をしないのは情趣も解さない者と思われるので、「枕ゆふ今宵ばかりの露〜〜」(あなたの涙に比べたら私たちは毎日毎日泣き暮らしているのですよ)の歌を返し、源氏の思いを突き放すのです。
これで引き下がれる源氏ではありません。ぜひとも直接対面して自分の真面目な気持ちを伝えたい。尼君にしてみればまだ幼い少女のことを源氏は何か勘違いしているのではないかという思いがあり承知しかねますが、女房たちは源氏の面子を考えて会うことを勧めます。尼君も源氏の誠実さはわかるので自ら源氏の傍に寄ります。「とみにもえうち出でたまはず」源氏の緊張が伝わってきます。尼君の方から「軽い気持ちのお話ではありませんね」と水を向けてくれました。源氏は一気に核心に触れます。源氏自身幼くして母をさらには祖母をも失い心の拠り所を持たぬ頼りなさの中で生い立ってきたことを語り、少女の親代わりになりたいのだと訴えます。しかし、やはり尼君はこの申出を受け入れかねます。源氏の誠意は分かるけれども、親代わりとは信じられない。源氏は結婚相手として考えているとしか思えない。尼君の結論は「えなむうけたまはりとどめられざりける」でした。
<皆さんの感想から>
◎ 源氏が尼の歌を聞いていて、その歌からとっさに和歌を贈るのがすばらしいと思う。そしてこのむずかしい恋を成就させるための情熱と誠実さがよく伝わってきました。
◎ 年上の尼君にむかって年若い源氏が自分の思いを伝えてくれと一生懸命に訴えてい
◎ 源氏の身になれば、自分の気持ちを伝えられてよかった。
◎ 若い源氏の必死さも、まだ尼君には通じない状況が細かに描かれておもしろかった。次の会には思いが届くのでしょうか。
◎ こんなに必死な源氏の姿はあっただろうか?源氏の身の上話を通じ、少しずつ源氏の心が尼君に通じてゆく所に、ホッとしつつも尼君がこれからどう変わってゆくか楽しみです。
2007年10月10日 例会まとめ 内藤ます子
「少女の素性」「意中を切り出す」
客人を迎えての僧都のもてなしは説法です。その説法を聞くにつけても源氏の心のうちに抱える罪の意識に響ます。父帝の妃である藤壺を愛し、片時も忘れられずにいるということ。この苦しみは生きている限り負い続けなければならない、まして来世にはどんなにひどい罰が待っているかと思うと恐ろしく、この僧都のように脱俗してしまいたいという気持ちになる。が、その傍から(ここで「ものから」という接続の語が源氏の心境をよく表しています)源氏の心はあの少女への思いに傾いていくのです。若い源氏にしてみれば当然のこと。ここに来た本来の目的は少女の素性を知ることでした。源氏はおかしなことを言い出します。「ここに住んでいるのは誰なのか尋ねたいという夢を見たが、今日その意味が分かった。このことだったのだ」と。意味不明のこじつけですが僧都は源氏が自分の説法など聞いていなかった、源氏の興味は他にあるのだと気づき苦笑いでしょう。しかし源氏の話に乗って「お聞きになっても期待はずれですよ」と前置きして尼君の素性を話します。それによると尼君は故按察使大納言の妻で僧都の妹、病気になって僧都を頼って来ているという。源氏が本当に知りたいのは尼君のことではない、「ところでその大納言にはご息女がいたと聞いたことがあったが」と当て推量で一歩突っ込みます。「恋愛の相手にとかいう興味で聞いているのではなくて、真面目な質問ですよ」とわざわざ言い訳までつけて。実は下心があるからこんな言い訳を言ってしまうのでしょう。すると狙い通りの答えが返ってきます。
一人娘がいて、父の大納言は入内させようと大事に育てていたがその目的を果たさないうちに世を去ってしまって、そのあとは尼君が女手一つで苦労してお世話していた。そのうち兵部卿の宮が忍んで来るようになったけれど、その奥方が気位の高い人で辛いことがたくさんあって悩みぬいて死んでしまった。亡くなってもう十余年経つと、僧都にとっては辛い思い出として語るのです。しかし源氏にとっては明るい灯りが点ったようなものです。これであの少女の素性がわかった、兵部卿の宮の血筋だから藤壺に似通っていたのだと判るとますます心惹かれて、傍に置いて自分の思うとおりに教育してやがて妻にしたいと思うのです。
さあいよいよ本題に、「遺児はいなかったか」と、確かめに掛かります。ちょうど亡くなる時に女の子が生まれているという。「それも女にてぞ」という僧都の口ぶりには祖母の手に残された遺児の将来の生い先不安への深い嘆きが込められています。たださえ女の子を一人前に育て上げるのは大変なのです。ましてしっかりした後見も無く、老い先短い尼君に遺されたのですから。すかさず源氏は「私が後見人になろう(結婚相手にすること)と思うので尼君に話して欲しい」と切り出します。あまりに唐突な申し出、軽々しい遊び心と疑われたくないので「すでに妻はいるけれど馴染めず独りで住んでいる。まだ結婚などという話しはふさわしくない年頃だと、普通に考えれば照れくさいことだけれど・・・」などと言い訳がましく口ごもってしまう源氏です。しかし僧都はそっけなく断ってその場を立つのです。
僧都の言葉づかいは失礼のないように丁重ですが、軽々しい扱いを受けたと不快に思っている様子で、「そもそも女というのは・・・」と、若い源氏に向かって教え諭さずにはいられなかったようです。
<皆さんの感想から>
◎ 源氏は心通い合う人と語らいたい思いを持っている。今も昔も同じだなという思いあり。
◎ 藤壺の面陰のある少女への思いを僧都に言わずにはおれなかった源氏の心を思うと、僧都の態度は少しかわいそうでした。 ◎ 今日も源氏の世界にひたれてよかったです。
◎ もうこの場で申し込むとは思ってはいなかったのでびっくりしました。でも、この運命的な出逢いに源氏の高鳴る胸のうちもわかるような気がします。
2007年9月12日 例会まとめ 内藤ます子
「尼君の心配」「僧都の坊」
十歳にもなったのに何の分別もない子供っぽい少女を愛しみながらも、尼君は心配で嘆かれるのです。「亡くなった姫君は十歳の時に父の殿を亡くされたけれど、その時はもっとしっかりとなさっていたのにあなたは・・・」と。〈故姫君〉は尼君の娘、〈殿〉は尼君の夫ということで、少女はどうやら〈故姫君〉の遺児で尼君は祖母と人間関係が判ってきました。幼くして母を亡くした少女が祖母に育てられているのです。しかも尼君は少女に対して敬語を使っていますから、尼君から見て高い身分だということが判ります。病身の尼君の嘆きは「おのれ見捨てたてまつらば、いかで世におはせむとすらむ」と深刻です。この少女のように二親がしっかりと揃っていない姫君は結婚によって確かな後見人を得るのですが、まだ結婚など考えられない幼さの残る少女です。このまま遺して逝くということは、孤児として放り出してしまうという残酷な結果になるのです。それが「見捨てる」ということなのです。尼君の嘆き悲しむ様子にさすがの幼い少女もわけもなく悲しくなってうつむいてしまいますが、こぼれかかる髪がつやつやと美しくて、源氏の目には少女の美しさが焼きつきます。
そこに源氏がきていることを知った僧都が慌しく登場します。人目につく端近に居る女たちをたしなめるのですが自身は興奮気味です。世に名高いあの源氏がこんな近くに来られている。この機会にぜひ見てみたいと、結構俗っぽいところが描かれています。
一方、源氏は宿に帰っても興奮冷め遣らずさっき見た少女のことを思うのです。「ああ、なんと愛らしくいとしく思える少女だったか。あのお方(藤壺)の代わりに共に暮らしたいなあ(明け暮れ見ばや)」と言う思いが心の奥深くしっかりと根を下ろしてしまうのでした。
さっそく僧都のところから弟子がやって来て、お越しになっていながら知らせていただけなかったのは残念だとの挨拶の口上を伝えます。歓迎の挨拶というより恨み言のようです。
源氏としても礼を欠いたわけですから言い訳が必要です。「実はわらわ病が重症で、急にここの聖を訪ねたが、もしよくならなかったら聖に悪いことになる。私のためにそんなことになったらいけないと極々忍んで来ているのです。のちほどそちらにも」などと。読者である私たちはもうすでに源氏の本心は知っています。僧都のことを「心はづかしき人」と言っていました。位が高くて会うに気の張る相手なのです。まして今は粗末な身なりで身をやつしているので見られたくない。「知られたくない」が本心でした。なのにこういう言い訳がすらっと出てくるというのは老獪なのか、相手への心遣いなのか、ちょっと笑えました。すぐに僧都もやって来て自身の坊へと熱心に誘います。源氏は気後れするのですが、あの少女のことを詳しく知りたいという気持ちもあり出かけて行きます。さすがにみごとな庭の造作。〈南面〉(客間)の設えも行き届いていて、〈そらだきもの〉(隣室で香を焚き、その香りを漂わせる)の香が満ちてなかなか趣き深い。そこに源氏の〈御追風〉(衣に焚き染めた香りが動く度にほのかに漂うもの)。源氏には源氏だけの独自の香りがあるそうです。ここに描かれている場面はとても僧都の「お籠り」中とは思えない優雅な暮らしぶりに思えますが、高位にあり権力もあり、それだけに結構世俗的な人物として描き出されているのでしょうか。
<皆さんの感想から>
◎ この時代の雅な貴族の日常に触れて、うらやましくなりました。せわしない現代の生活が反省させられます。
◎ 尼君の姫君に対する思いがひしひしと伝わってくる章でした。源氏の僧都に対する機転の利いた返答に若いのにと驚きました。
◎ 久しぶりに源氏の世界にひたれました。ことばが素敵でした。
三ヶ月ぶりに参加させて頂きしみじみとした時間がも
これからもゆっくりペースで楽しんでいくつもりです
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