境界性人格障害とは
1.人格障害とは
人格障害とはパーソナリティ障害とも呼ばれ、心の発達障害としてこの10年位の間に注目されるようになってきました。人間は生まれ育っていく中で様々な個性を獲得しながら、成長・発達を続けてゆきます。十人十色といわれるように、陽気、几帳面、怒りっぽい、神経質、おおらか、など性格を表す言葉は数え上げればキリがありません。
このように誰もが様々な性格を持っており、それが個性となっているわけですが、この性格や個性が極端に偏っているため、社会生活を送る上で自分も他人も苦しませることになる人がいます。こうした人々のことを精神医学の分野では「パーソナリティ・ディスオーダー」と呼ぶようになり、日本では「人格障害」と呼ばれるようになりました。
以下に、人格障害の特徴を示します。
@ その人の属する文化のなかで、著しく偏った思考や行動で、それらは物事の解釈、感情、対人関係、衝動の制御といった面で現れる。
A その思考や行動には、柔軟性がなく幅広い範囲で見られる。
B その思考や行動が、社会性や生活といった面で、様々な問題を引き起こしている。
C その思考や行動は、長期にわたって継続しており、少年期から青年期にかけて始まりが確認される。
D その思考や行動は、精神疾患、身体疾患、薬物乱用が根本原因ではない。
2.境界性人格障害とは
人格障害の中でも特に注目されているのが、境界性人格障害(境界例あるいはボーダーライン・パーソナリティ・ディスオーダーともいう)です。特徴としては、感情が極端に不安定で、抑うつ気分、強い不安感、激しい怒り、極端な理想化と否定、といったことがみられ、対人関係が安定しないことが特徴です。
アメリカ精神医学会の定めたDSM−Wが診断基準として用いられています。
★境界性人格障害の診断基準(アメリカ精神医学会 DSM−W)
対人関係、自己像、感情の不安定および著しい衝動性の広範な様式で、成人早期に始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち、5つ(またはそれ以上)で示される。
@
現実に、または想像の中で見捨てられることを避けようとする気違じみた努力。注:基準Dで取り上げられる自殺行為または自傷行為は含めないこと。
A
理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる不安定で激しい対人関係様式。
B
同一性障害:著明で持続的な不安定な自己像または自己感。
C
自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも二つの領域にわたるもの(例:浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、むちゃ食い)。注:基準Dで取り上げられる自殺行為または自傷行為は含めないこと。
D
自殺の行動、そぶり、脅し、または自傷行為の繰返し。
E
顕著な気分反応性による感情不安定性(例:通常は2、3時間持続し、2、3日以上持続することはまれな、エピソード的に起こる強い不快気分、いらいら、または不安)。
F
慢性的な空虚感
G
不適切で激しい怒り、または怒りの制御困難(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いのケンカを繰り返す)。
H
一過性のストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離性症状
人口の約2%が境界例といわれており、わが国では250万人ほどが相当すると考えられています。診断基準に基づいて要点をまとめると、
・ 家族や親しい人から見捨てられないようにと必死の努力をする。自分の全てを受け入れてもらおうとし、排他的な二者関係にしがみつこうとする。
・ 同じ相手に対して、ほめたり、うらやましがったりしたかと思うと、次の瞬間に罵声を浴びせたりする。相手への評価が極端に変わる。
・ 自分の価値観、人生観、目標、将来への展望などが安定せず突然変化する。自己像がつかめておらず、自分の生き方が良く分からない。
・ 極端な無駄遣い、過食と拒食の繰り返し、行きずりの相手との性交渉、など危険を顧みない衝動的な行動を何度も繰り返す。
・ 自殺、自傷といったそぶりや行動を繰り返し、それを相手に平気で示したりする。
・ 些細なことでも爆発的に怒りだし、その間は止めようが無くなるほどになるが、しばらくするとケロリとしている。あるいは涙を流して深く反省したりする。
3.発生要因
なぜこのような境界例が発生するのか、その要因については、あまり解明されていません。これは、境界例がまだ新しい概念であることにもよります。遺伝的要因を示す説もあれば、脳の器質的な異常が要因だとする説もあります。
最近の傾向としては、境界例は素質的な要因をベースにして、乳幼児期の母子関係に問題があって発症するという考え方が受け入れられるようになってきました。少し詳しく解説します。
子どもは生まれてから1歳くらいまでは移動能力を獲得していないので、常に母親と一緒に接していなければなりません。物理的に距離をおくことができず、母子密着の状態で成長するわけです。しかし1歳前後からハイハイ、歩行などを獲得することにより、物理的に母親と距離を置くことができるようになります。ただ、母親の元を離れて自力で新しい世界へ向かっていくことは、子どもにとって不安なことであるため、母親の存在を安全基地にしながら行動します。すなわち、母親のほうを振り返って見て安全確認(社会的参照)をするようになります。
このとき、母親自身に子どもと離れることへの不安があったり、あるいは家庭内の問題により、子どもと離れられない状況にあったりすると、1歳を過ぎても母子密着の状態が続くことになります。
あるいは2〜3歳の第1次反抗期において、母親が子どもの意思を認めず、子どもが少しでも逆らうと拒否し、母親のいうとおりにするときだけ可愛がるということを繰り返したりしたとします。こういった状況においても、母親の支配の下での子育てが続くことになり、子どもは自分の意思を持つことが困難になってきます。
つまり、極端な母子密着あるいは母親の支配的態度により、子ども自身が精神的に自立することが困難になってきます。
こうした状況が継続されると、子どもは母親に対して、「自分を可愛がる良い母親」と「自分を拒否する悪い母親」といった2分割(スプリッティング)が生じてきます。健全に育ってきた子どもの場合は、母親に対しての評価にあいまいな部分(今日は70点くらいのお母さんかなぁ)を持つことができるのですが、境界例の場合は「100点の母親」「0点の母親」といったイチかゼロの評価しか持てなくなります。こうした評価は成長するにつれて、自分や母親以外の他人に対しても生じてきます。「良い自分」「悪い自分」とか「愛するAさん」「殺したいAさん」といった具合に、同じ対象に対して極端な評価が生じてきます。
境界例の子どもは、おおむね思春期ころまではいわゆる「おとなしい良い子」で育ってくることが多いようです。学業成績も優秀なケースが多く、いわゆる親の期待通りに育っていくことが多いのですが、これは仮の姿であって、後に問題が表面化してきます。
思春期頃までは、人間関係も限定されており、まわりから保護的に扱われることも多いので、問題になるようなことは少ないのですが、思春期を過ぎて青年期に入ったころから、多くの人は社会の荒波にもまれ始めるようになります。この時期になってくると、様々な個性や性格を持った海千山千の人間関係にさらされることになり、このことが境界例を発症させることになります。
境界例が発症したきっかけを確認すると、他の人から見れば些細なことが原因になっていることが多いのですが、本人にしてみれば、まるでこの世の終わりかのような、経験をさせられたことに感じられ、後は坂を転げ落ちるように、境界例の特徴が噴出していくことになります。それまで「良い子」だった子どもが突然、切れたり、引きこもってしまったり、自殺未遂を起こしたり、非行などの反社会的行動・非社会的行動を繰り返すようになるのです。
4.治療について
治療のための第一歩としては何をすればよいのでしょうか。それは、良い治療者つまり精神科医や臨床心理士とめぐり合うことであると考えます。しかし、外科や内科などの病院と違って、情報を集めにくいのが実際のところでしょうし、いきなり精神病院を訪れるのも、なんだか気が引けるのが本音でしょう。
そこでまず利用したいのが、「精神保健福祉センター」および「保健所」です。これらの施設には精神保健福祉士などの国家資格を持った職員が、精神保健福祉相談員として配置されており、精神保健および精神障害者の福祉に関する相談を受け付け、本人及び家族を訪問して必要な支援を行ってくれます。公的な機関ですから費用は掛かりません。ここを利用すれば、良い治療者を紹介してくれる可能性は高いと思われます。
さて、治療が始まると症状によっては大変長い期間を必要とする場合があります。治療に3年〜7年程度かかるという調査もありますが、場合によっては数ヶ月で直る場合もあれば、10年以上の長期にわたる場合もあります。いずれにしても気になるのが、治療費の問題です。保険診療は、平成15年4月から全て3割負担となりますが、精神障害の場合は長期にわたるケースが多いため、3割負担では経済的負担が大きくなります。そこで利用したいのが、「通院医療費公費負担制度」です。これは、申請書と診断書を市町村に提出することにより、治療費の95%を公費で負担してくれるのです。ただし自治体によって多少内容が違う場合がありますので、詳細は精神保健福祉センターや保健所などで確認してください。また、公費負担はあくまでも保険診療にのみ適用されますので、カウンセリングの内容によっては自由診療扱いとなり、公費負担がなされない場合もあります。
さて、治療方法ですが、薬物療法と精神療法が基本になります。薬物療法は、抗不安薬、抗うつ薬、抗精神病薬が使われます。また、精神療法については、精神科医によって違ってきますが、精神分析療法、認知行動療法、行動療法などが使われることが多いようです。
治療の予後ですが、米国、日本でそれぞれ追跡調査が行われています。調査数がそれほど多くないので、必ずしも当てはまらないかもしれませんが、どちらの調査もおおむね2/3の人が治癒しています。また、年齢が高くなるにつれて自然と症状が治まってきて、40歳くらいになると治癒する例も多いようです。
余談ですが、米国の例では治癒後、弁護士、医師、心理学者などになった人も相当数おり、これはこの障害をもつ人たちに特徴的に見られる、知能の高さ、洞察力の高さなどが関係していると考えられます。
5.家族や友人としてのかかわり方
境界性人格障害の人とかかわる事は、大変なエネルギーを要します。専門家である精神科医や臨床心理士ですら、「転移」や「逆転移」といったお互いの気持ちに振り回される問題により、治療に失敗してしまうケースが多く見られます。ましてや家族や友人など、専門家以外の人が、彼らとかかわるとき、いとも簡単に振り回されてしまい大変な思いをすることが多いことでしょう。そこでかかわり方のポイントをいくつかあげてみました。
・ 相手の考えや行動について冷静に考え、感情的にならないようにする。
彼らは様々な問題行動を起こします。それらの多くは、ひとつの自己表現であり、あなたに対する「試し」であることが多いのです。彼らがなぜそのような考えや行動を取ったのかを冷静になって考えてみる必要があります。そして、彼らを変えようとするのではなく、障害を理解することが大切です。そこから解決の糸口が見つかってくる可能性があります。
・ 一人で悩まず、専門家などから情報を得る。
彼らに振り回されて疲れきっている、家族や親しい友人もサポートが必要だと思います。自分のことを大切にしてください。自分を犠牲にしてまで無理を重ねてしまっては両者共倒れになってしまいます。専門家のサポートを受けることが大切でしょう。良い専門家の条件としては、よく話を聴いてくれることと、質問に対して分かりやすく説明をしてくれることであると考えています。
・ 相手の話をじっくりと聴く。
相手の話をじっくりと聴きます。その際、相手に対して価値観を押し付けず、たとえ間違ったことを言ったとしても、否定的に伝えるのではなく、肯定的な言い方をしてみるとよいでしょう。例えとして「その行動は間違っている。反省して直すべきだ。」ではなく、「君の気持ちは分かった。だからそんな行動をしたんだね。」といった具合に答えます。
・ 支えすぎず、距離を置いた接し方をする。
彼らは、信頼できる相手を見つけると、二者関係をもとめ排他的になり、べったりと依存してくることがあります。あなたに対する要求や行動がエスカレートしてきて、それに応じられなくなると、とたんに爆発することになります。サポートをする場合は、ある程度条件を提示して、必要以上に支えないようにすること(親密な他人という表現があります)が大切です。
・ 怒りが爆発したときは、避難する。
時として怒りが爆発することがあります。生命の安全すら脅かされることもあるかもしれません。このような時はいわゆる「切れた」状態なので、話し合いによる解決はかえって火に油を注ぐことになりがちです。対処としては、相手に対して冷静でない状態であることを告げます。そして相手の気持ちを理解しているが、このような状況では自分も困惑しているので、とりあえず話し合いを中断することを告げます。しかし、相手が冷静になったら何時でも話し合いを再開することも告げておきます。こうしてしばらく物理的に距離を取るとともに冷却期間を置くことが大切です。
参考文献
一番ヶ瀬康子(監修)「障害者の心理」一橋出版