◆ 書評記事掲載コーナー ◆

過去に掲載されました小社刊行の書籍に関する書評及び関連記事の抜粋です。
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文化遺産と現代 生存権new!! 古代日本海の漁撈民
北斗遺跡 原の辻遺跡 壺屋焼が語る琉球外史
日本史年表・年号ハンドブック 多賀城跡 志波城・徳丹城跡
壺屋焼が語る琉球外史 発達障害の教育相談
明治三十九年の農場日誌 貴族院

『文化遺産と現代』関係記事

【朝日新聞大阪版 2009年7月3日(抜粋)】

コンクリの明日香村役場


飛鳥の宮殿地区にある奈良県明日香村役場にあるコンクリート庁舎を評価する見解もあることが、このほど刊行された『文化遺産と現代』(同成社、本体3200円)で紹介された。村役場の地下には飛鳥浄御原宮などの遺構が埋もれていると推定され、庁舎自体が好ましくないとされてきただけに論議を呼びそうだ。
 同書は埋蔵文化財や景観などの保存、復元、活用をめぐる多くの課題を総括した共同研究の著書。考古学、歴史学はもちろん、社会学などの研究者12人が参加。「異種格闘技」と自称する珍しい試みである。……
 考古学はいま、困難に直面する。本来は文化遺産の検証や保存などを目的にしているはずの調査が、利潤も追求する民営事業者に移行され、チェック機能の不十分さなどにさらされているからだ。
 さらに活用面での不備も指摘されている。……同書は、こうした困難な課題に取り組む共同研究の成果といえる。
 文化遺産の「豊かな未来」が着実に開かれつつあるようだ。

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『生存権』書評記事

【図書新聞 2009年9月5日号(抜粋)】

未熟な語を自らの肺腑から発するようになれる予兆、道しるべ
―良き聞き手に支えられた識者三人のインタビュー

片岡龍

  「生存権」、この語を、自分の五臓から発するものとするために、わたしたちの社会は、わたしは、あとどのくらいの脱皮をくりかえさなければならないのだろう。
 まだマスコミや学界が、コップの中をかきまわしているうちはダメだろう。コップが割れ、水が地面にこぼれてはじめて、この語はきっと、その固有の意味をわたしたちに解くよう要求してくる。本書は、その予兆を示すものである。
 本書は、(中略)三人のインタビューから構成されている。
 聞き手は、高校時代は三里塚闘争に参加、大学時代はデーモン小暮やサンプラザ中野もいたバンドで活躍、岩波書店入社以後は、編集者、劇団主宰者、エッセイストの三足のわらじを華麗に履きこなすものの、三〇代後半の閉塞感、うつ症状をきっかけに退社、大学教員を経て、現在フリーの編集者、作家という、ある意味七〇年代後半から日本の文化界の三〇年の推移を体現した経験をもつ堀切和雅氏(一九六〇年生れ)。氏の近著には、難病をもって生れたお子さんとの日々の歩みを淡々と綴った『娘よ、ゆっくり大きくなりなさい―ミトコンドリア病の子と生きる』(集英社新書、二〇〇六年刊)がある。
 本書が、「予兆」としての意味をもつのは、この堀切さんの個人的歴史と密接に関係している。もちろん本書では、堀切さんはインタビュアーとしての節度を守って、話し手を引き立てる姿勢に徹している。しかし、色々な人の話に素直に耳を傾けながら、自分の考えをまとめていくのが、氏のスタイル。本書の「予兆」を聴きとるには、三人へのインタビューをとおして、氏がこれまでのじぐざぐした思索の歩みに、難病のお子さんとの生活をふまえた上で、どのような筋道をつけようとしているのかを、想像しなければならない。(中略)
 第一章、立岩真也氏へのインタビュー(「『目指すは最低限度』じゃないでしょう?」)では、ワーキングプアの年間の総収入が、生活保護を受けている人たちよりも低いという事実から、生活保護の水準を引き下げよう、いやそうさせまいというように、現在わたしたちが生存権を問題にする際、憲法で規定された「最低限度」の基準の高い低いという論点に硬直しやすいことが問題とされる。(中略)
 第二章、尾藤廣喜氏へのインタビュー(「じゃ、社会っていうのはなんのためにあるのか」)では、(中略)一般に、第二五条は「プログラム規定」として、国の努力目標を示したに過ぎないとされるが、むしろそれを健全な社民主義の精神として、国に強い拘束力をもつものとみなし、新自由主義の風潮はこの二五条的な日本像に反することが指摘される。
 第三章、岡本厚氏へのインタビュー(「弱者に冷酷な世の中」)では、戦後の日本で健全な社民主義の精神が育たなかったのは、高度成長の中で、経済的豊かさ以外の理念を、保守主義者も、社民主義者も粘り強く考えることができず、一種の共犯構造を形成した(中略)
 かつての上司のもとで、堀切さんの言葉はやや熱気を帯びはじめる。「人間が何を大事にするかとか、思想の、社会観の問題が、この貧窮者が続出している社会のなかで問われている。その中で改めて表れてきた問題のかたちの一つが生存権」。(中略)
 「生存権」、このまだ未熟な語を、わたしたちの肺腑から発するようになれる、その予兆、道しるべが本書にはある。
(東北大学准教授・日本思想史)

『生存権』書評記事

【看護教育 2009年8月号(抜粋)】

医療と社会 ブックガイド97 『生存権』


  生存権,もっと具体的には憲法25条を巡る3人へのインタビューからなる本。最初に引用されているが,憲法25条はこうなっている。
「1 すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
 2 国は,すべての生活部面について,社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」
  話をした3人のうちの1人は私。付けてもらった題は「「目指すは最低限度」じゃないでしょう?」。
  1人は尾藤廣喜さん。1947年生まれの弁護士。京都弁護士会高齢者・障害者支援センター運営委員会委員長などを務める。題は「じゃ,社会っていうのはなんのためにあるのか」。
  もう1人は岡本厚さん。1954年生まれ。岩波書店『世界』編集長。題は「弱者に冷酷な世の中(それは自分に返ってくる)」。(中略)
  さて私のパートだが,つけてもらった題「「目指すは最低限度」じゃないでしょう?」の通りのことを(ことも)話している。
  どこの憲法にも「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が書いてあるわけではない。比べればずいぶんよい。しかし同時に,以前から,「最低限」と言わなければならないというのもすこしつらいことだと思ってきた。例えば一つ,最低限と言ってしまうと,どれだけが最低限なのかを言わねばならないはめになり,これは最低限だ,いや贅沢だといった争いにまきこまれてしまう。それでよいか。私は別のところでも最低限と言わなければならないことはないと述べ,ここでも繰り返している。むろん他のことも話している。読んでください。(立岩真也)

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『生存権』関係記事

【東京新聞夕刊 2009年4月17日(抜粋)】

書物の森 この一冊


……多数の人々が貧困圏になだれ落ちているいまこそ、憲法25条の「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(生存権)という条文が光を増し、また論争の種になる。登場するのは、……ラジカルな弱者論で知られる社会学者の立岩真也、……困窮者のため役所と猛烈に闘っている尾藤廣喜弁護士、硬派総合誌として孤塁を守る『世界』編集長、岡本厚。インタビューしているのは元岩波書店、現ユビキタ・スタジオの堀切和雅……問題は、貧窮者は本さえ買えないこと。全国の図書館、必備! それも「文化的」に生きるためのセーフティーネットのひとつなのだ。

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『古代日本海の漁撈民』関連記事

【山陰中央新聞 2009年3月11日(抜粋)】

「古代日本海の漁撈民」を読む
北ツ海漁民文化の実相

……日本の古典では、日本海を「北ツ海」とよんでいたことは『日本書紀』『出雲国風土記』(『大海』とも書く)あるいは『備後国風土記』逸文などによってたしかめることができる。その北ツ海文化の漁撈民(ぎょろうみん)すなわち海民の実態とその文化を、鮮やかにうかびあがらせたのが本書である。……したがって本書には、漁撈具や漁法のたんなる漁業史ではなく、海民の活動や生活をふくめての漁民文化史としての面目が躍動する。……著者の研究内容がいかに示唆にとむかは、例えば第一章第五節に述べられている古代島根半島の漁撈民のなかの、メカリ神事と売布(めふ)神社への言及をみてもわかる。第三章の神話・伝承にみる漁撈民の「天真魚咋(あめのまなぐい)考」や『出雲国風土記』たこ島伝承の吟味も興味深い。とりわけ、「ワニ」にかんする漁撈民を中心とする信仰の考察は出色である。……日本文化の基層については、とかく農民の存在や農耕文化の重要性のみが強調されがちだが、海民とその文化がはたしてきた役割を軽視することはできない。本書が海民の豊かなくらしと文化をみごとによみがえらせる。
『北斗遺跡』関連記事

【釧路新聞 2009年2月27日(抜粋)】

‘釧路の歴史に触れて’


釧路埋蔵文化財調査センターの松田猛所長の著書「北斗遺跡」がこのほど同成社(本社東京)から出版された。……北斗遺跡は1988年に史跡整備のために発掘調査が開始され、松田所長は調査を直接担当した。その内容や成果が、写真や図を基に細かく説明されている。特に北海道の時代区分である擦文時代(本州では奈良―鎌倉時代にあたる)の竪穴住居跡から見つかった遺物から分かる生業や食生活も写真で詳しく記されている。松田さんは「復元した北斗遺跡の近くに行ってぜひ釧路の歴史に触れてほしい」と話している。

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『原の辻遺跡』紹介記事

【赤旗 2009年2月1日(抜粋)】

……長崎県の離島、壱岐にある三重の環濠に囲まれた「弥生の原風景」といわれる遺跡の総合ガイドブック。……「魏志倭人伝」に登場する「一支国」王都を裏付ける発掘です。

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第36回伊波普猷賞受賞
『壺屋焼が語る琉球外史』の講評

【沖縄タイムス 2009年1月22日(抜粋)】

‘対外交流史に新たな視点’


91年から93年にかけて東京都港区汐留遺跡(仙台藩伊達家上屋敷跡)から発掘された「無釉焼締徳利」の調査・分析結果からいずれも那覇市壺屋で焼かれた「壺屋焼」であることが判明した。小笠原での発掘から実に二十年が経過したことになる。言い換えれば著者は、二十年間この陶器の出所と来歴を尋ね歩いてきたということだ。……通常の考古学的調査研究ならば、報告はここで終わる。しかし著者の探求はここで止まらない。土器に始まる沖縄の焼き物史を専門の考古学的知見を交えて概観した後、歴史上の文献を渉猟し、民俗学的なフィールドワークを駆使して分布の歴史的足跡をたどる。……本著によって、壺屋焼の研究史・研究領域は一気に全国、太平洋地域にまで広がり、琉球・沖縄の対外交流史に<もの>の側面から新たな1ページを加えることになった。 言語学・国語学の専門分野を踏まえて、琉球・沖縄の文学・民俗・歴史にまたがる多彩な研究成果をあげた「伊波普猷」の名を冠する賞にふさわしい著作といえよう。

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『日本史年表・年号ハンドブック』の書評

【図書新聞 2008年11月29日(抜粋)】

‘簡便さにおいて傑出した歴史年表’


学校教育のなかで、歴史教科ほど退屈なものはなかった。型通りの歴史解説、年号を記憶することの強制といったことなどは、ほんらいの歴史への視線とはまったく位相の違うことだと感じたものだった。……それでは本書はどうなのかといえば、まさしく簡便さにおいては傑出していると思った。そもそもこの“簡便さ”なるものは、なかなか難しいことである。……このように任意に例示してみればいかに簡潔に記述されているかがわかってくるかと思う。つまりこの簡潔さがそのまま簡便さとなって、本書を際立たせていることになる……。

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『多賀城跡』の書評

【河北新報 2008年11月3日(抜粋)】
多賀城市商工観光課長高倉敏明さん(五七)が、古代に国府が置かれた同市の史跡についてまとめた本「多賀城跡」を出版した。自身が多賀城跡周辺の発掘活動に長年携わってきた集大成とも言える著書で、「古代の日本が国家を形づくる上で多賀城が必要な存在だったということを強調したかった」と話す。……。

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『志波城・徳丹城跡』の書評

【岩手日報 2008年10月25日(抜粋)】
10月4日は本書の著者「西野修さんの日」だったかもしれない。
……本書から浮かび上がるのは、二城柵の個性の違いだ。「征夷的」な志波城に対し、行政色が強い徳丹城は「融和の時代の城柵」。……。
……推論のつぎはぎではなく、多年の地道な研究蓄積のエッセンスとしての卓見の数々。ある種、禁欲的ともいえる文体と相まって、決して読みやすい本ではない。だが、そもそも自己主張とは、その人に蓄積があってこそ説得力を持ちうる。その大原則に立ち返るという意味では、考古学ファンならずとも味読したい本だ。
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『壷屋焼が語る琉球外史』の書評

【八重山毎日新聞 2008年4月14日(抜粋)】
壺屋焼きというと、現在でも続く沖縄を代表する焼き物だ。……この調査から一〇数年の間に遺物の再検討が行われ、県外で壺屋焼きが確認された遺跡は六〇カ所を超えているという。
その壺屋焼きはどのようにして海を渡ったのか。……八丈島やマリアナ諸島で確認された壺屋焼きについて書かれているが、なぜ八丈島・マリアナ諸島なのか? それは読んでのお楽しみだ。……。
「海を渡った壺屋焼」のお話。これを読むと、ついつい味わいのある壺屋焼きで泡盛を飲みたくなることだろう。

【南海タイムス 2008年4月11日(抜粋)】
……八丈島では水道が普及する前まで、各家庭で大きな甕(かめ)を1個以上備えていた。それらの大甕は、愛知県産の常滑焼きと沖縄産の壺屋焼。小田さんは同書で、江戸遺跡や八丈島、小笠原、マリアナ諸島で発見される壺屋焼の陶器の足跡から、泡盛の歴史的な展開やその背景などを探る。

【沖縄タイムス 2008年4月26日(抜粋)】
……「ものが語る」シリーズの一巻に、いよいよ沖縄の壷屋焼が登場した。壷屋焼から何が語られるのか、興味心身でページを開いてみた。すると、まずは江戸時代の大名、あの伊達政宗の子孫が住む仙台伊達藩の江戸屋敷から、泡盛の徳利として用いられた壷屋焼が出土したという。伊達のお殿様は泡盛を飲んだのである。しかも、それはどうやら徳川の将軍様からの拝領品であったらしい。なぜ、そんなことが起こったのか。著者の探索の手(筆)は近代科学を用いた壷屋焼の分析を踏まえながら、次第に江戸から京、長崎へと延びて行く。……。

【琉球新報 2008年5月4日(抜粋)】
「琉球外史」という書名は秀逸である。「外史」とは本来の語義では、正式ではない、私的な歴史叙述という意味を持ち、「正史」に対置される。壷屋焼や泡盛を手がかりに交流史に主眼を置いた内容なので、筆者の小田静夫先生は書名を「外史」とされたのかもしれない。しかし、本書には、琉球の「外」での壷屋焼流通の歴史が述べられており、それは琉球「外」交史とも重なっていく。また、旧石器時代の研究で知られる小田先生による、時代や領域を超えた外からのまなざしという面もある。

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『発達障害の教育相談』の書評

【長崎新聞 2008年4月13日(抜粋)】
高機能自閉症や注意欠陥他動性障害(ADHD)、アスペルガー症候群など「発達障害」の児童・生徒に対する理解を深めてもらおうと、県立諌早東養護学校(諫早市永昌東町)教諭の久我利孝さん(四九)が「発達障害の教育相談 理解深化への手引き」(同成社)を出版した。
発達障害の原因は「何らかの要因による脳の機能不全」とされるが、久我さんはその脳機能について「単独処理機能」と「統合処理機能」という独自の考え方を用いて分析。養護学校の教育相談で対応に悩む現場教諭や保護者に助言をしてきた。……
「発達障害の子どもは異質、特殊と見られがちだが、一般的な人や子どもたちの延長線上にいる。理解が深まればどうかかわればいいのかも見えてくる。本書がその一助になれば」と話している。
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『明治三十九年の農場日誌』の書評

【熊本日日新聞 2008年3月28日(抜粋)】
日誌は動向前身「球磨農業学校」四期生の荒毛氏が、〇六年四月から三年間わたって記録した千ページ。同校は五〇年に校舎が全焼して記録などは焼失したが、日誌はその後に同校へ寄贈された。
二〇〇五年春、赴任した片岡校長が資料館で見つけた。教諭と生徒の計八人で「読み解く会」を発足、解読に取り組んできた。
……同校長は「当時十五歳ほどの少年が書いたとは思えないレベルの高さ。完全な有機農法での栽培が詳述されているので、今でも参考になるのでは」と話している。問い合わせは同成社03-3239-1467。
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『貴族院』の書評

【朝日新聞 2008年3月9日(抜粋)】
……さて、「貴族院」といえば当時の政府が政党を通じて民意を代表する衆議院を抑えるために、家族などの特権階級を集めて創設した機関と思われている。しかし、著者は未刊の史料や旧華族へのヒアリングに基づいて、そうした通説を覆していく。……国家総動員の戦時下で、衆議院が積極的に軍部におもねったのに対し、貴族院では徹底して軍部に抗したとは言えないまでも、個々の議員が矜持を示すこともあった。大政翼賛会への参加は自由で、東条内閣批判もたびたび行われた。……参議院の存在が注目を浴び、参議院改革の議論も聞こえてくる昨今、その前身であった貴族院に立ち返って、二院政が果たす役割と参議院の意義について、あらためて考えてみてはどうだろうか(小林良彰・慶應大学教授)。
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