墓 碑 銘

それぞれの世界で活躍された方に哀悼の意を表して、合掌

2007.6.25記

<2012年>
1.7 二谷英明(俳優、81歳)石原裕次郎、小林旭らと日活アクション映画の全盛期を支えた。テレビで1977年から「特捜最前線」で主演した。妻は女優の白川由美、長女は二谷友里恵。
2.4 芦野宏(シャンソン歌手、87歳)1953年デビュー、1955年から紅白歌合戦に10年連続出場。TVドラマ「コメットさん」では父親役で出演。現・日本シャンソン協会会長だった。
   

 

 

<2011年>
1.5 山下敬二郎(ロカビリー歌手、71歳)1958年に「第1回日劇ウェスタンカーニバル」で『ダイアナ』の日本語カバー曲を歌い有名に。平尾昌晃、ミッキー・カーチスとともに「ロカビリー3人男」と呼ばれる。父は落語家の故・柳家金語楼(NH「ジェスチャー」で有活躍)
1.7 高見沢 宏(男性コーラスグループ 「ダーク・ダックス」の一番左側、77歳)慶應大学ワグネルソサイエティのメンバーだった佐々木行(マンガさん)、喜早哲(ゲタさん)、遠山一(ゾウさん)らが1951年に結成した「ダーク・ダックス」に1952年に加入、テノールを担当した。通称「パクさん」。代表曲は「ともしび」「雪山讃歌」「山男の歌」「銀色の虹」など。
1.8 横沢 彪(たけし)(プロデューサー、73歳)フジテレビで「オレたちひょうきん族」「笑っていいも」などを手掛け、『笑いの仕掛け人」と呼ばれた。たけし、さんま、タモリなどをスターに押し上げた。1995年、フジ退社後は吉本興業東京支社長として活躍。
1.14 細川俊之(俳優、70歳)二枚目俳優として活躍。74年から木の実ナナとのミュージカル「ショーガール」は88年まで続いた。
1.14 和田 勉(元NHK演出家、80歳)NHK「龍馬が行く」「天城越え」「阿修羅のごとく」など手掛けた。退職後はバラエティ番組で「ガハハ」と豪快な笑い方で人気に。夫人は衣装デザインのワダエミ。
1.23 喜味こいし(漫才師、83歳)兄の故・夢路いとしと兄弟漫才で活躍した。兄・いとしのとぼけた味とこいしのつっこみで人気に。「ガッチリ買いましょう」というTV番組の司会も思い出深い。
2.14 和田寿郎(外科医師、88歳)1968年、日本初の心臓移植手術を執刀して話題となった。
中二だった私の記憶では、患者は数日後に病院の屋上から手を振り、大成功かに思えたが、数十日後に亡くなった。(患者の名は、たしか宮崎君だったと思う)脳死判定の論議もなかった時代で後に「殺人容疑」で告発された(不起訴)。心臓移植は「臓器移植法」が成立する99年まで行われなかった。
2.28 与那嶺要(本名:ウォレス・カナメ・ヨナミネ、元プロ野球選手、85歳)プロ野球で戦後初の外国人選手(日系2世)、通称はウォーリー与那嶺、巨人で首位打者を3回取った。1974年、巨人の10連覇を阻止して中日監督として優勝。
3.6 尾藤 公(びとうただし、元箕島高校野球部監督、68歳)和歌山県立箕島高野球部監督として甲子園に14回出場、春3回、夏1回優勝に導く。特に昭和54年は春夏連覇したが、夏の3回戦、対星稜高校戦は球史に残る名勝負となった。(詳しくは、「高校野球」→「名勝負」へ)
ベンチで選手を迎える姿は「尾藤スマイル」と呼ばれた。
3.8 谷沢永一(たにざわえいいち、文芸評論家、81歳)辛口の保守派論客。著書「悪魔の思想(文化人という名の国賊12人)」は私も読んだ。
3.10 坂上二郎(コント55号、76歳)1953年にNHKのど自慢で優勝するも歌手としては売れず、1966年に萩本欽一とコンビを結成、舞台を駆け回るような動きのあるコントで人気に。「飛びます、飛びます」などのギャグも。
1976年の解散後は俳優としても活躍した。
コンビ名は王選手の年間ホームラン記録に因む。
昭和40年代の売れっ子ぶりはすさまじかった。下ネタはやらなかったが、「裏番組をぶっ飛ばせ」という日曜の夜の番組ではゲストと野球ケンをやって「ワースト番組」にはいったことも。民放各局に冠番組を持っていた。
3.23 エリザベス・テーラー(女優、79歳)「リズ」の愛称で知られたアメリカを代表する映画スター。イギリス生まれで7歳の時に一家でアメリカ移住、12歳で映画デビュー。「バターフィールド8」(1960年)、「バージニアウルフなんかこわくない」(1966年)で2度のアカデミー主演女優賞に輝く。8度の結婚、7回の離婚で「離婚長者」とも揶揄された。
個人的には、「若草物語」(1949年、当時17歳)だけ見たことあるが、ほんと〜にカワイかった。
4.21 田中好子(スーちゃん、元キャンディーズ、女優・55歳)1973年伊藤蘭、藤村美樹とキャンディーズを結成、「年下の男の子」「春一番」「可愛い悪魔」「微笑がえし」などがヒット。絶頂期の1978年『普通の女の子に戻りたい』と解散。1980年から女優として復帰、89年の「黒い雨」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞。
4.21 成田文男(元プロ野球ロッテ投手、64歳)昭和40年に修徳高から東京オリオンズ入団、44年に阪急戦でノーヒットノーラン、45年は25勝、48年は21勝で最多勝獲得。通算成績は175勝129敗8セーブ。
当時、小山・木樽・成田の3本柱はパリーグ随一でした。
4.23 大賀典雄(元ソニー社長、81歳)東京芸大在学中に井深大、盛田昭夫と知り合い、オペラ歌手を目指していたがソニーに入社。1982年から1995年まで社長、ソニーの多角化、国際化を推進した。
5.7 セベ・バレステロス(プロゴルファー、54歳)スペインを代表するゴルファー。16歳でプロ転向、欧州ツアーで50勝、メジャータイトルも5勝。日本でも活躍し、ファンの多いゴルファーだった。
5.9 岡田茂(東映名誉会長、87歳)時代劇の東映を支え、映画の斜陽化した1960〜70年代には「任侠路線」を打ち出し、支持を集めた。映画界のドンだった。
5.16 児玉 清(俳優、77歳)テレビドラマで名脇役として活躍、1975年から「パネルクイズ アタック25」の司会でも知られる。読書家で書評家としての仕事もこなしていた。
5.21 長門裕之(俳優、77歳)祖父が「日本映画の父」といわれた牧野省三、父が日活のスター沢村国太郎、叔母が沢村貞子、叔父に加東大介、映画監督のマキノ雅弘、弟が津川雅彦という芸能一家。南田洋子(2009年没)とのおしどり夫婦で有名だった。
6.5 伊藤昌弘(元衆議院議員、83歳)都議を経て、一期だけだが衆議院議員を務めた。墨田区の本所地区からの衆議院議員はこの人だけではないだろうか。父が応援していたので、私も応援していたのだが。
6.23 ピーター・フォーク(米俳優、83歳)「刑事コロンボ」役で知られる。このシリーズで4度、エミー賞受賞。よれよれのコート、葉巻、そして「うちのかみさんがね・・・」の名セリフ。私も大好きなドラマでした。
6.28 小林 修(声優、76歳)米テレビ番組「ローハイド」の主役・フェーバーの吹き替え、映画「王様と私」「荒野の七人」のユル・ブリンナーの吹き替えでお馴染みだった。
7.12 宮尾すすむ(タレント、77歳)右手のひらをあごに付けて「はいっ」のポーズで司会、レポーターとして活躍。テレビの日本の社長シリーズは人気だった。
7.19 原田芳雄(俳優、71歳)知的かつ野性的な演技の俳優だった。個人的にはテレビドラマ「木枯らし紋次郎」に出演した回、中野良子と共演したドラマが印象に残っている。
7.26 小松左京(作家、80歳)ベストセラー「日本沈没」などのSF小説の草分け的存在
7.28 伊良部秀輝(元プロ野球投手、42歳)賀川・尽誠学園からロッテ入り、その後言動がたびたび話題になり、阪神、米・ヤンキースなどで活躍した。当時の日本記録158キロという速球投手だった。
8.5 前田武彦(タレント、82歳)永六輔、青島幸男らと放送作家として活躍、後に「夜のヒットスタジオ」や大橋巨泉との「ゲバゲバ90分」などに出演した。あだ名を付ける名人だった。国政選挙の応援で「俺が当選させてやる」などの発言から、一時、干された時期もあった。
8.10 日吉ミミ(歌手、64歳)1970年「男と女のお話」「男と女の数え歌」がヒットした。上から読んでも、下から読んでも「ヨナカバカナノヨ」なんて詞の歌もあった。
8.21 竹脇無我(俳優、67歳)お坊ちゃんタイプの二枚目。昭和40年代のテレビドラマ「だいこんの花」(森繁久弥が父親役)が印象深い。その他に「大岡越前」など。最近まで、うつ病で悩んでいた。
9.21 杉浦直樹(俳優、79歳)1957年日活「俺は待ってるぜ」で映画デビュー。実力派俳優として活躍。テレビドラマ「岸辺のアルバム」(原作・山田太一)も代表作だが、個人的には昭和50年頃の石田鉄男との舞台「おかしな二人」(原作:ニール・サイモン)がその後の路線を決める好演だったと思う。
9.24 山内賢(俳優、67歳)日活で吉永小百合、和泉雅子との共演が多かった。和泉とのデュエット「二人の銀座」はヒットした。
9.26 ワンガリ・マータイ女史(ケニア環境副大臣)日本語の「もったいない」という言葉を広め、環境保護に貢献した。2004年にはノーベル平和賞受賞。
10.5

スティーブ・ジョブズ(アップル創業者、56歳)1976年にアップルコンピュータ創業、洗練されたデザインの「マッキントッシュ」を世に送り出す。その後、会社を追われた時期もあったが、96年に業績不振に陥ったアップルに復帰、CEOとして「iTune」「iPod」「iPhone」「iPad」などをヒットさせ、時価総額世界一に育てた。その影響力は情報家電にとどまらず、通信、音楽、映像、メディアなど幅広い領域に及ぶ。今世紀最大の革新経営者といえる。

10.9
(11.9)?
黒沢 良(声優、81歳)米俳優ゲーリー・クーパーの吹き替えで知られ、テレビ番組のナレーションでも活躍した。
10.10 中村芝翫(歌舞伎役者、83歳)女形で人間国宝。長男は福助、次男が橋之助。
10.10 柳ジョージ(歌手、63歳)柳ジョージとレイニーウッドというバンドで「雨に泣いている」がヒットした。
10.24 北 杜夫(作家、84歳)「どくとるマンボウ」シリーズ、「怪盗ジバコ」などユーモアのある作品が多かった。他には「楡家の人びと」「白きたおやかな峰」など。父は歌人・斎藤茂吉、兄は医師・斎藤茂太。
11.5 西岡武夫(参議院議長、75歳)1963年衆院当選、その後「新自由クラブ」を結成して離党、その後自民党に復党、さらに小沢一郎とともに新進党、自由党、民主党と変転した。
11.7 鳴戸親方(第59代横綱・隆の里、59歳)糖尿病を患いながら筋トレで肉体改造し、30歳という遅咲きの横綱で「おしん横綱」と呼ばれた。二代目・若の花の間垣親方とは同郷、同門、同じ列車で上京して共に横綱に。

11.21

午後2時
24分

立川談志(落語家、75歳)天才的な落語家。1952年高校を中退して五代目・小さんに入門(16歳)して「小よし」、二つ目で「小ゑん」、1963年(27歳)で真打「五代目・立川談志」襲名。1971年にはタレント議員ブームで参議院に当選、沖縄開発庁政務次官を務めるも酔ったうえでの放言で辞任。1983年、落語協会の『真打制度』に 反発して脱退「落語立川流」創設。師匠の小さんとも袂を分かつ。定席に出られないがホール落語で立川流の隆盛を保つ。
私が初めて落語は面白い、と感じたのが談志の「付き馬」、以来談志ファンである。30代ですでに師匠・小さんの技量を越え、自分より上手い噺家がいなくなり、暇つぶしに参議院議員を経験したのだろう。真打試験での粗製乱造に反対しただけあり、立川流の真打昇進は一番厳しい。敢えていえば、同じく真打乱造に反対して脱退した円生一門(現・円楽党)は、一番甘い。
小さんに入門したが、本当は「志ん生・文楽」が好きだったのではないだろうか、とくに志ん生。
毒舌として有名だが、繊細で気の小さい性格だったようだ。戒名は自分でつけた「立川雲黒斎家元勝手居士」。高座には上がらなくても、落語界に睨みをきかせていて欲しかった。立川流Cコース(一般人向け)を受験しておけばよかったと後悔頻り、一度でいい、同じ空間にいたかった。
(赤字は個人的なコメントです)
11.25 西本幸雄(元プロ野球監督、91歳)パリーグの弱小球団だった阪急、近鉄で8度のリーグ優勝を果たすが、一度も日本一になれず、「悲運の名将」と呼ばれた。
12.7 松田トシ(声楽家、96歳)1949年からNHKのラジオ番組「うたのおばさん」に出演、紅白歌合戦にも出場した。「スター誕生」の審査員姿が印象深い(岩崎宏美を見出した)
12.9 岸千恵子(民謡歌手、69歳)大きな身振り手振りで踊りながら民謡を謳って人気を得た。
12.10 市川森一(脚本家、70歳)昭和41年「快獣ブースカ」で脚本家デビュー、「ウルトラマンシリーズ」「太陽にほえろ」「黄金の日々」「山河燃ゆ」などを手掛けた。現・日本放送作家協会会長だった。
12.20 森田芳光(映画監督、61歳)81年、落語家の修行時代を描いた「のようなもの」で監督デビュー、83年「家族ゲーム」で各映画賞受賞、その他に「それから」「39 刑法第39条」「椿三十郎」「武士の家計簿」など。
12.25 岩井半四郎(歌舞伎俳優、84歳)日本舞踊・初代花柳寿太郎の長男として生まれ、1939年に二代目市川猿之助に入門、51年十代目岩井半四郎を襲名。戦後は花形として、後年は脇役として活躍した。岩井友美、仁科亜希子は娘。
12.28 内藤 陳(コメディアン、75歳)1962年、「トリオ・ザ・パンチ」結成、『ハードボイルドだど』などのギャグで活躍した。最近は日本冒険小説家協会を設立し会長を務めた。
12.31 松平康隆(元・全日本男子バレーボール監督、81歳)東京オリンピックはコーチで銅、メキシコで銀、監督として1972年のミュンヘンで金メダル獲得。新戦法(時間差、Cクイック等)を考案して男子バレー最初で最後の金メダルを獲得した。

 

 

<2010年>
1.17 小林 繁(元巨人・阪神の投手、57歳)「空白の一日」のドラフト会議後、新人の江川とトレードで巨人から阪神へ。サイドスローからの強気な投球で139勝95敗17セーブ。
1.17 浅川マキ(歌手、67歳)アングラ劇団で活躍し、「夜が明けたら」の歌がヒット
1.18 ミッキー安川(タレント、76歳)18歳で渡米し、アルバイトしながら苦学。帰国後はコメディアン、司会者として活躍。
2.11 玉置宏(司会者、76歳)「ロッテ歌のアルバム」等の歌謡番組の司会で活躍。「一週間のご無沙汰でした」の名文句は有名。落語通で所蔵する音源は個人では日本一とも。横浜にぎわい座の館長も務めた。
2.17 藤田まこと(俳優、76歳)昭和30年代「てなもんや三度笠」で「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー」が流行語に。近年は「必殺シリーズ」「はぐれ刑事 純情派」が代表作になった。
3.27 しばたはつみ(歌手、57歳)CMソング等で活躍(「レナウン娘」等)の後、「マイ・ラグジャリー・ナイト」がヒットし、実力派のジャズ・ボーカルとして活躍した。
4.7 木村拓也(巨人軍コーチ、37歳)日本ハム、広島、巨人で活躍。対広島戦の試合前のノック中にくも膜下出血で倒れちた。
4.9 井上ひさし(作家、75歳)NHK[ひょっこりひょうたん島」の脚本で頭角を現す。自作を上演する「こまつ座」主宰。
4.27 北林谷栄(俳優・98歳)若い頃から「おばあちゃん役者」として活躍。戦前から舞台で活躍、戦後は宇野重吉、瀧澤修らと劇団民芸を創立した。
5.2 佐藤 慶(俳優・81歳)個性的な脇役として活躍した
5.5 田宮謙次郎(元プロ野球選手・監督、82歳)1949年投手として阪神入団して11勝、その後は打者に転向。1958年、首位打者として長嶋(新人)の三冠王を阻んだ。1959年、大毎に移籍し「ミサイル打線」。
5.14 鈴木俊一(元東京都知事、99歳)1979年から連続4期都知事を務めた。1期目には、美濃部都政が残した大赤字財政を立て直し、評価を得た。4期目はバブル崩壊期でもあり、老害ともいわれた。
5.24 ラッシャー木村(プロレスラー、68歳)大相撲からプロレスに転向し、「国際プロレス」を経て、全日本プロレスへ。独特のマイクパフォーマンスで人気を集めた。黒タイツ姿が力道山を彷彿とさせた。
7.10

つかこうへい(劇作家・演出家、62歳)「つかこうへい劇団」主宰。「熱海殺人事件」「蒲田行進曲」(直木賞受賞)などの作・演出を手掛ける。母親が在日韓国人だったことから幼少期は苛め、差別に合い、「いつか、こうへいに」というペンネームにしたという。深作欣二監督による映画「蒲田行進曲」は大ヒットした。「葬儀等は行わず、墓・戒名も不要、対馬付近で散骨して欲しい」という1月1日付けの遺書を残していた。

7.17 石井好子(シャンソン歌手、87歳)日本のシャンソンの草分けだった
7.18 砂押邦信(元立教野球部監督、87歳)昭和25年から30年まで立教大学野球部監督、長嶋を育てた。深夜に及ぶ守備練習ではボールに石灰をつけてのノックは有名。後にはプロ野球・「国鉄」でも監督を務めた。
7.27頃 園 佳也子(女優、80歳)脇役としてテレビ、映画で活躍した。
8.2頃 今野雄二(映画評論家、66歳)「平凡パンチ」編集部を経て、音楽や映画の評論家として活躍。自殺とみられる。
8.21

梨元 勝(芸能レポーター、65歳)芸能レポーターの先駆け的存在、「恐縮です」のせりふで知られる。

8.27 アントン・ヘーシンク(柔道家、76歳)東京オリンピックで初めて採用された柔道・無差別級金メダリスト。優勝の瞬間、畳に駆け上がろうとしたオランダ人を制した姿は印象的。その後、柔道の国際化に貢献した。柔道着のカラー化には反対した日本を押し切って成立させた。一時期、プロレスのリングにも立った。1997年、勲三等瑞宝章を与えられた。
8.28 山本小鉄(元プロレスラー、68歳)1963年、日本プロレス入門、星野勘太郎と組んで「ヤマハブラザース」として活躍。その後は1972年から新日本プロレス創設に参加しコーチ、レフェリーとして活躍。長州力らを育てた。
9.1 若乃花(元横綱、82歳)小兵ながら猛稽古に耐え、「土俵の鬼」と呼ばれる。45代横綱として「栃若時代」を築く。二子山部屋を創設し2横綱(二代目若乃花、隆の里)、2大関を育てた。1988年から92年まで相撲協会理事長。
初代・貴乃花は実弟、若貴兄弟は甥にあたる。
9.11 谷 啓(タレント、78歳)元・クレージーキャッツのトロンボーン奏者。ワンテンポ遅れたとぼけた味と「ガチョ〜〜〜ン」「ビローン」「谷啓だぁ」などのギャグで人気だった。
9.16 小林桂樹(俳優、86歳)東宝映画「社長」シリーズでの秘書役などで活躍。昭和50年頃のTVドラマ「それぞれの秋」も懐かく思い出す。
9.28 古今亭志ん五(落語家、61歳)故・志ん朝の一番弟子であり、現一門のリーダー的存在だった。
9.28 池内淳子(女優、76歳)着物の似合う日本的な女性役として活躍。「女と味噌汁」というTVドラマが印象に残る。夜間、軽自動車で味噌汁を商う和服の女性、実際にいたらいいなあ、と思ったものだ。
10.7 大沢啓二(元日本ハム監督、78歳)神奈川商工のエースで甲子園出場、立教を経て、南海に外野手として入団。1976年から日本ハム監督を務め、81年にリーグ優勝。率直な発言から「大沢親分」と親しまれ、球界のご意見番だった。
10.8 池部良(俳優、92)戦後の2枚目トップスターとして活躍、「青い山脈」「雪国」などに主演した。
10.22 坂田栄男(二十三世本因坊、90歳)通算64タイトルを獲得した勝負師。
10.26 コロムビア・ライト(漫才師、83歳)1949年にコロムビア・トップと「青空トップ・ライト」(後にコロムビア・トップ・ライトに改名)を結成、時事ネタで人気を博した。トップが74年に参院当選で解散し、一人で漫談を続けた。
10.30 野沢那智(声優、72歳)アラン・ドロンの吹き替えで有名。TBSの深夜ラジオ「パック・イン・ミュージック」での白石冬美との掛け合いも懐かしい。
11.15 星野哲郎(作詞家、85歳)作詞家の大御所、演歌からポップスなで4000曲以上作詞した。「三百六十五歩のマーチ」「函館の女」「「アンコ椿は恋の花」「兄弟船」「男はつらいよ」等多数
11.25 星野勘太郎(プロレスラー、67歳)昭和36年に日本プロレスに入門、42年から故・山本小鉄と組んで「ヤマハブラザース」としてアメリカでも活躍。49年に新日本プロレスに移籍、平成7年に引退していた。
12.15 ボブ・フェラー(大リーグの剛速球投手、92歳)1936年大リーグデビュー、1940年には開幕戦でノーヒット・ノーラン。「火の玉投手」という異名で活躍。インディアンス一筋で18年間通算成績は266勝162敗。
12.28 高峰秀子(女優・86歳)戦後日本映画の黄金期に活躍した。「カルメン故郷に帰る」(本邦初のカラー映画)、「浮雲」「無法松の一生」「名もなく貧しく美しく」等に主演、特に「二十四の瞳」(昭和29年)、「喜びも悲しみも幾年月」(昭和32年)が大ヒットした。『デコちゃん』の愛称で親しまれた。夫は映画監督の松山善三氏。
12.28 竜 鉄也(歌手・74歳)盲目の演歌歌手、「奥飛騨慕情」がヒットした。

 

<2009年>
2.2 山内一弘(プロ野球選手・監督)「打撃の職人」といわれ毎日、阪神で活躍した。2271安打は川上以来の2人目。
3.25 遠藤幸雄(体操選手、72歳)東京オリンピックで個人総合優勝、「体操ニッポン」黄金期の中心選手。
3.21 清水由貴子(元歌手・タレント)「スター誕生」から歌手デビュー、欽ちゃんファミリーとして活躍。
5.2 忌野清志郎(ロック歌手・58歳)高校時代にRCサクセションを結成し長く活躍した。
5.11 三木たかし(作曲家・64歳)「津軽海峡冬景色」「思秋期」等を作曲した。黛ジュンは実妹。
6.13 三沢光晴(プロレスラー・46歳)全日本プロレスでは「二代目・タイガーマスク」として活躍、その後マスクを取って「三沢」で活躍し全日本の社長を経て、プロレス団体「ノア」を旗揚げし代表に。死因は試合中に受けたバックドロップによるものだった。
6.25 ファラ・フォーセット(米女優・62歳)「チャーリーズ・エンジェル」で人気に
6.25 マイケル・ジャクソン(米歌手・50歳)10歳の頃に5人兄弟「ジャクソン5」でデニュー。ソロとして『ムーンウォーカー』と呼ばれる踊りと歌で世界的なスターに。アルバム「スリラー」は1億枚の」セールスでギネスブック認定。近年は整形、奇行ばかり目立っていた。
8.2 古橋広之進(元水泳選手、元水泳連盟会長、元JOC会長・80歳)戦後、中長距離の自由形で世界新を33回更新し、「フジヤマのトビウオ」と呼ばれた。2008年、スポーツ界から初めて文化勲章を受章した。折しも、開催された世界水泳視察中のローマで死去。
8.6 大原麗子(女優・62歳)テレビ、映画で活躍した。ウィスキーのCMで「すこし愛して、なが〜く愛して」は流行語に。
ギランバレー症候群で闘病中の孤独死。
8.12 山城新伍(タレント・70歳)昭和35年テレビドラマ「白馬童子」に主演、昭和50年代以降は司会で活躍。
放送禁止用語を「チョメチョメ」と表現し、流行語に。
8.18 金 大中(韓国元大統領・85歳)昭和48年「金大中事件」(九段のホテル・グランドパレスから拉致された)を経て、韓国の民主化に尽力し、大統領に。
8.24

トニー・ザイラー(オーストリア、スキーヤー,73歳)1956年冬季五輪で史上初のアルペン3冠王(滑降、回転、大回転)、その後映画「黒い稲妻」「白銀は招くよ」に主演。(回転の銀メダルが日本の猪谷千春氏)

9.25 土井正三(元・プロ野球選手)巨人のV9時代の名二塁手。バントの名人でもあった。
10.4 中川昭一(元・財務大臣、56歳)父は元農相の中川一郎(自殺)、地盤を継いで8期連続して衆議院当選。麻生内閣で財務大臣就任中、世界金融サミットでの「酔っぱらい会見」で大臣辞職、2009年解散した総選挙で落選中だった。
睡眠薬過剰摂取による事故か、あるいは自殺か・・・
10.17 加藤和彦(元・フォーククルセダーズ、62歳)昭和43年に「帰って来たヨッパライ」が大ヒット、「アングラソング」ブームを起こす。「イムジン河」の発売禁止により、「悲しくてやりきれない」を3時間で作曲したのは有名。その他に「あの素晴らしい恋をもう一度」「白い色は恋人の色」等ヒット曲多数を作曲した。軽井沢のホテルで自殺。
10.21 南田洋子(女優、76歳)長門裕之氏とおしどり夫婦として有名。近年は重度の認知症だったらしい。
10.29 三遊亭円楽(落語家、76歳)「笑点」のメンバーとして開始時から参加、「湯上りの男」「星の王子さま」といったキャッチフレーズで人気者に。司会も23年務めた。若い頃は談志・志ん朝・円鏡と「四天王」と呼ばれた。昭和53年、師・円生とともに落語協会を脱退(翌年、円生は死亡)、その後「円楽党」(現・円楽一門)を率い、多くの弟子を育てた。
10.29 立川文都(落語家、49歳)立川流の真打ち。私見だが、関西出身で「なんとも上品で優しい関西弁の落語家」だった。好きな噺家だっただけに残念。
11.10 森繁久弥(俳優、96歳)早大中退後、宝塚劇場を経てNHKへ、満州で放送局勤務。1950年帰国後、NHKラジオ「愉快な仲間」で多彩な才能を発揮。1952年東宝映画「三等重役」で喜劇俳優として高い評価を得る。55年の「夫婦善哉」が大ヒット、その後は「社長シリーズ」「駅前シリーズ」で不動の地位を築く。ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」では18年900回の公演を重ね、大衆芸能分野で初の文化勲章を受章した。「知床旅情」の作詞・作曲でも有名。テレビドラマ「だいこんの花」で竹脇無我の父親役も懐かしい。
11.16 水の江滝子(元SKD,タレント、通称「ターキー」、94歳)戦前、松竹歌劇団1期生として入団、「男装の麗人」と呼ばれ一世を風靡した。戦後、日活のプロヂューサーとして津川雅彦、石原裕次郎らを発掘した。NHK「ジェスチャー」の女性キャプテンとしても茶の間で親しまれた。1993年に森繁久弥氏を葬儀委員長として「生前葬」を行った。
12.2 平山郁夫(日本画家、79歳)仏教やシルクロードを題材にした幻想的な作風の画家。消失した法隆寺金堂壁画の再現模写や高松塚古墳壁画の現状模写に従事した。98年文化勲章受章、2001〜2005年まで東京芸大の学長を務めた。
12.22 田辺一鶴(講談師、80歳)長いヒゲがトレードマークの講談師。東京オリンピックの参加国を読み上げるなど、新作講談で人気を博した。


<2008年>

2.11 中村寅吉(プロゴルファ−、92才)
2.13 市川 昆(映画監督、92才)「ビルマの竪琴」「東京オリンピック」「犬神家の一族」「木枯し紋次郎」
2.28 江藤慎一(元プロ野球選手、70才)中日、ロッテ、太洋、太平洋で活躍、セで3度、パでも1度首位打者を獲得。ONのよきライバルだった。
4.6  川内康範(作家、作詞家、88才)「月光仮面」の原作者、歌謡曲「誰よりも君を愛す」「伊勢佐木町ブル−ス」「おふくろさん」「骨まで愛して」「花と蝶」等
4.7  チャールトン・ヘストン(アメリカ・俳優、84才)「ベン・ハー」「十戒」「猿の惑星」
5.13 塚田茂(放送作家、82歳)多くのバラエティー番組を手がけた。
6.21 グレート草津(プロレスラー 66才)元ラグビー選手、国際プロレス旗揚げから参加
6.27 レイモン・ルフェーブル(音楽家、76才)「シバの女王」などの作曲、イージーリスニングを代表する楽団を率いた
8.2 赤塚不二夫(漫画家・72才)「おそ松くん」「天才バカボン」等のギャグ漫画で一世を風靡した。
9.28 ポール・ニューマン(アメリカ・俳優・83才)「ハスラー」「明日に向かって撃て」「スティング」
10.5 緒形 拳(俳優・71才)日本を代表する俳優だった。新国劇から大河ドラマ「太閤記」でテレビドラマ主演、翌年
          の「源義経」での弁慶役で地位を確立、映画では「砂の器」「復讐するは我にあり」「楢山節考」等で
         いぶし銀の存在感ある役者として活躍。(個人的にも好きな俳優だった。合掌)
10.11 峰岸徹(俳優・65才)名脇役として活躍
10.27 フランク永井(歌手・76才)低音の歌声で昭和30年代に活躍
            「有楽町で逢いましょう」「君恋し」「おまえに」「東京ナイトクラブ」
11.7 筑紫哲也(ニュースキャスター・73才)「アサヒジャーナル」編集長を経て、TVのニュースキャスターとして活躍
12.6 遠藤 実(作曲家・76才)「からたち日記」「高校3年生」「星影のワルツ」「北国の春」「こまっちゃうな」「せんせい」
         「くちなしの花」「夢追い酒」等等、戦後歌謡界を代表する作曲家
       『人の世に涙の川があり 苦労の山もある その川を渡るとき その山を越えるとき 歌という友がいる』詩:遠藤実 

<2007年>

   植木等(元クレ−ジ−キャッツ、「日本一」シリ−ズで活躍)
   横山ノック(元漫画トリオ、元大阪府知事)
6.25 谷 幹一(コメディアン、渥美清・関敬六とトリオで活躍 74才)
6.28 宮沢喜一(元首相 87才)
7.28 カ−ル・ゴッチ(プロレスラ−、コ−チ 82才)猪木、藤波等を指導
8.1  阿久 悠(作詞家、作家 70才)5000曲の作詞、「瀬戸内少年野球団」で直木賞候補
       「一曲の歌は一本の映画、遊園地の一つのアトラクションに匹敵する」が持論だった。
10.12 黒川紀章(建築家 73才)07年、都知事選・参議院選に共生新党で立候補、敗退
10.18 木原光知子(16才で東京五輪出場、スポ−ツタレントの草分け 59才)
11.13 稲尾和久(元西鉄投手 70才)西鉄の黄金時代を築く。生涯276勝137敗、防御率1.98
         高卒1年目に21勝、2年目には20連勝(日本記録)、20勝以上8年連続、
         30勝以上3年連続、シ−ズン42勝(日本タイ記録)、
         シ−ズン79登板(2年前に阪神・藤川が更新)


<2006年>
1.6 加藤芳郎(漫画家、「連想ゲ−ム」80才)
2.9 藤田元司(元巨人軍監督 74才)
2.28 加藤六月(元農水相)
3.2 久世光彦(演出家、「時間ですよ」70才)
3.21 宮川泰(作曲家、「恋のバカンス」75才)
3.22 三遊亭円右(落語家、石けんのCMでお馴染み 82才)
4.1 松本竜助(漫才、紳助の相方49才)
4.3 村上元三(小説家 96才)
5.7 曽我町子(声優、オバQ等68才)
5.10 松野頼三(元自民党総務会長89才)
5.16 田村高廣(俳優、阪東妻三郎の長男、三兄弟の長兄 77才)
5.26 山本英一郎(元野球連盟会長、甲子園の解説でお馴染み 87才)
5.29 岡田真澄(俳優 70才)
5.30 今村昌平(映画監督「復讐するは我にあり」「楢山節考」79才)
6.17 宿沢広朗(元ラグビ−全日本監督、三井住友銀行取締役 55才)
6.23 二十山親方(元大関北天佑 45才)
7.1  橋本龍太郎(元首相、ポマ−ド頭が印象的 68才)
7.13 宮田征典(元巨人投手、「8時半の男」66才)
7.31 吉村昭(作家「戦艦大和」79才)
8.23 関敬六(コメディアン、「寅さん」映画に助演 78才)
9.18 石田幸四郎(元公明党党首 76才)
9.24 丹波哲郎(俳優「キ−ハンタ−」「Gメン75」「大霊界」84才)
9.26 市川昭介(作曲家「アンコ椿は恋の花」73才)
9.30 多々良純(俳優「七人の侍」89才)
10.17 木村尚三郎(歴史学者 76才)
10.20 藤岡琢也(俳優「事件記者」76才)
10.26 大木金太郎(プロレスラ−、必殺技は頭突き 77才)
11.3  内山田洋(「内山田洋とク−ルファイブ」のリ−ダ− 70才)
11.10 はらたいら(漫画家、「クイズダ−ビ−」で活躍63才)
11.16 仲谷 昇(俳優77才)
11.20 斉藤茂太(精神科医、エッセイスト、斉藤茂吉の長男 90才)
11.26 稲葉興作(元日商会頭、元石播社長82才)
12.17 岸田今日子(女優76才)
12.20 青島幸男(放送作家、元都知事74才)

<2005年>

 

<2004年>

 

<2000年以前> 

1996.8.4 渥美 清(俳優)「寅さん」シリーズ(48作)に主演。

 

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