第44講義 Heart−Beat City
僕の部屋には、約300枚ぐらいのCDがある。
最盛期には500枚以上あったのが、あまり聴かないものは処分したので、現在はこれぐらい。
サラリーマン時代に比べ、時間に余裕が出来たので、音楽を聴く時間が増えた。
嬉しいんだ、これが。
僕の大学時代に、JADOES(ジャドーズ)というバンドがいた。
角松敏生プロデューズでデビュー。
結構好きで聴いていたのだが、何時の間にかアルバムを出さなくなっていた。
どうしたのか?
もう止めてしまったのかな
と思っていたのだが……
ご存知の方もいると思うが、彼らは「ダンス☆マン&The Band」となり活動している。
最初に見たときは、かなりぶっ飛んだが……。
でも「背の高いヤツはジャマとか」
「よくある名字『斉藤』」とか
「ドーム3個分ってどれくらい?」とか
結構好きだったりします。
JADOESで一番好きなのが 「Herat−Beat City」という曲。
アイロニカルになりながらも、変わらないものや確かなものに憧れを抱いているという詩。
時々、CDラックから引っ張り出して聴いている。
最近の僕の心境が、この詩とシンクロする。
今の僕は、確かなものなど何一つ持たない状態ですが
この名古屋の街で
何とか探して生きたい。
そう願う日々です。
今回は、「攻め」と「受け」について書いてみます。
最近の僕は、お店や競技麻雀といったかなりストイックな状況で打つことが多くなりました。
以前のように、ただフリーで楽しむだけなら攻撃型の麻雀がお勧め。
なぜなら、勝っても負けても精一杯頑張った爽快感があり、変なストレスがたまらない事が多いからです。
しかし、囲むメンバーのレベルが上がった場合
または、競技麻雀(赤牌、一発、裏ドラ、カンドラ、カン裏なしのルール)のような、失点が大きく響く場合
攻撃だけのスタイルは、長い目で見て歩が悪いようです。
受けるときはしっかりと固め、状況に応じて思い切り良く攻めるのが良いようです。
最近の僕は、この「攻め」と「受け」を意識して、丁寧な麻雀を打つことを心がけています。
@「攻め」の場合
テンパイチャンスは目いっぱいにとる(先切り、手役などは考えない)、安全牌についてはあまり意識しない
自風、場風、三元牌は積極的に1枚目から動く
メンゼンで手を進める場合は最終的にリーチを想定する
字牌は絞らず、手牌の伸びを優先
ドラや赤牌も、自分の都合優先で切る
他家のリーチに対しては、点数を予測しながら、出来る限り闘う。
A「守備」の場合
手役を考えて、先切りもする(感じとしては、邪魔な枝葉を落とす剪定作業のように、手牌は出来るだけスリムにし、安全牌を抱える)。
場合によっては、ペンチャンカンチャンを先に整理して、字牌を残す
出来るだけ字牌は鳴かない。鳴いてテンパイするか、好形のシャンテンが望める時以外は2鳴きでも鳴かない
飽くまでも「受け」なので、リーチはかけない。
字牌は出来るだけ絞り、合わせ打ちする
ドラや赤牌は絶対に安全な状況にならない限り切らない。
常に他者のリーチに対して、比較的対応できそうな牌を考えて持っておく。
この「攻撃」と「守備」の分岐点について
まず「親番」は、「攻撃」の要素。
特に、ルールがテンパイ連荘の場合
親にとっては、リーチかけ放題の状態だからね
また「配牌」が良く、7〜8順目ぐらいまでには好形のテンパイが見込める場合
また、少し微妙なのですが、「得点力」が望める場合
例えば、ドラとか赤を3枚以上抱えているケース。
ただし、他の形があまりにも悪い場合は「守備」的な打ち方をお勧めする。
また、「守備」の要素は、当然「配牌」が悪い時
また、得点力が望めないケース。
ドラも赤も無い。
自分にないということは、他者にガッチリ入っている場合が多い。
こういう場合は、手役を決めて進める。
例えばチートイツ
ホンイツ系
チャンタ系
はたまた国士無双など
ただし、補足事項であるが、ツモに恵まれれば、とてつもない爆発力が望めるケースがある。
例えば、ドラと赤を組み込んだチートイツをテンパイしたり
純チャン三色
はたまた、スーアンコや国士
一気に大外から大まくりのトップなんてケースも出てくる。
もちろん、常にうまくいくはずもなく、大抵の場合は好手牌に恵まれた他家からのリーチが入ることが多い。
そういった場合に「守備」的な打ち方をしていれば、比較的安全に対応が出来て、またうまくかわせる場合もある。
ただし、最善の対応をしたとしてもうまくいかない時は多い。
それも「麻雀」であるので、できるなら、そこで揺れない自信を付けることが大切。
どんなに強い打ち手でもトップが取れるのは全半荘の3割程度。
言ってみれば、野球の打率より悪いのである。
それは「経験」を裏打ちすることしかないようである。
1つ1つを積み重ねても、麻雀の奥は四次元トンネル。
皆目見当もつかず、底なし沼のように意識が絡め取られる事が多い。
顔を上げ
前を向いて
突き進むしかないのだ。
心の鼓動を感じつつ
想いを大切に過ごしたいものです。
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