TAKANO
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創業年 |
1938 |
創業者 |
高野馬二郎 |
創業地 |
|
現在地 |
たった4年と11ヶ月しか存在しなかったことで、「幻の時計メーカー」として有名な、タカノ。
ワールドムック27,「国産腕時計博物館」によると、タカノは、正式名称を「高野精密工業株式会社」といいます。
そのルーツは1899年に掛け時計製造のために設立された「高野時計製造所」と1913年に目覚まし時計などの金属製置き時計を製造する目的で設立された「高野金属品製作所」であり、1921年に合併して「高野時計金属品製作所」となりました。
1938年4月23日、金属品部門を分離。兵器類を製造するために設立されたのが「高野精密工業株式会社」です。初代社長には高野馬二郎氏就任。この兵器類の製造は、朝鮮戦争の特需が完全に終わる、1956年ころまで続けられていました。
1939年6月、高野時次氏社長就任。
1957年2月、朝鮮戦争終了後の軍需用設備を生かして腕時計の生産をするため、西ドイツのラコー社から紳士用、婦人用のムーブメントの購入を決定。
1957年7月、米国ハミルトン時計と技術提携。
1957年9月10日、「タカノの腕時計第一号」(いわゆるラコー型)「2000シリーズ」が発売されます。
その後、1959年10月、世界一薄型の手巻き時計、「シャトー」発売。その技術力を世界に示したのです。ところが、それに前後して、1959年9月に伊勢湾台風に被害をうけ、工場の操業停止一ヶ月、一億1000万円もの損害を被ります。さらにその販売力の未熟さから、業績は悪化。
1961年夏頃には、倒産の危機に直面。
1962年5月8日、「理研光学工業(現リコー)」の社長、市村清氏がタカノの社長に就任、同年7月26日に「高野精密工業株式会社」は社名を「リコー時計株式会社(現リコーエレメックス)」に変更、「タカノ」というブランドは、4年11ヶ月で消滅するのです。
タカノの時計については、わからない部分が多く、トンボ出版の国産腕時計シリーズ第10巻の「タカノ」が出版されるのを期待していたのですが、どうも未発売に終わりそうな気配なのが残念なところですね。
さて今回ご紹介する時計は、非常に珍しい、デッドストックです。
2005年5月25日、札幌で一番の老舗時計店である、梅澤時計店が、その99年の歴史を閉じました。時計販売の不振、時計修理の激減、後継者がいない、などがその主な理由だったとのこと。閉店にあたっての在庫処分で、お店の金庫に40年以上眠っていたものを入手しました。
6個ワンセットでタカノの紙箱に入っており、ひとつずつタグがついて、これもタカノ銘入りのバネ棒つき、それぞれビニール袋に収められています。当時は純正革ブレスはセットではなく、本体のみで入荷したそうです。なので、純正革ブレスは付属していません。
こういう時計との出会いは本当に「一期一会」だな、とつくづく思います。