奥多摩災厄譚
(おくたまさいやくたん〜其の二十まで)
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2004/2/6終了
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其の一
私はオートバイも好きで、休みになると遠乗りをしていました。これは、そんなエネルギーを持て余していた夏の日に起こった出来事です。
ある日、久しぶりにバイク仲間がそろって休みをとれる事が分かりました。当然誰からともなく走りの計画が出ます。あっという間に、ホチキス留めのしおりがまわってきました。題して、
「雨が降ろうが、ヤリが降ろうがいくぞツーリング!」 こういうことに手際のいいやつが必ずいますねえ。その力を仕事にまわせば、もっと出世できるものを…おしいのう。(笑)
ん〜なになに…?
「 9:00出発、
青梅街道〜奥多摩湖〜大菩薩峠〜中央勝沼I.C〜河口湖(昼食)〜富士五湖有料道路〜東名御殿場I.C〜厚木I.C〜町田〜八王子(打ち上げ兼夕食)。」…いつものコースから、ちょっと足を延ばして、富士山麓までか。おーい、これ、解散何時になるんだよ?と思ったら、下に小さく「時刻によってはショートカット有り」との但し書きが。
要するに出たとこ勝負ってことだね。
いいよ、いいよ。走りに行けるならなんでもさ♪
其のニ
当日の朝。集合場所に久しぶりに仲間が集まりました。でも、一人いません。一番調子のいいWです。自宅に連絡しても誰も出ないので、寝ているのか、家を出ているのか確認できません。(当時、まだ携帯はそれほど普及していませんでした。)仕方がありませんが、時間がおしい。出発することになりました。
ところが、暖機をおえて出ようとすると、すぐエンストしてしまって、バッテリー上がりのように、セルモーターが回らなくなってしまったのです。「車に浮気してるからだ。」というちゃかしを背に、押し掛けで再スタート。バッテリー上がりなら、走っていれば充電されるだろうとたかをくくっていたのです。9:20、予定より少し遅れて、総勢六台で出発しました。楽しいはずの一日が、
私だけあんなことになろうとは、夢にも思わずに…。
其の三
ツーリングとは、字の通りツアー(旅)のことです。つまり、ある場所に移動して、観光なり、なんなりしてくる事ですね。しかし、我々の場合は、そこに至るまでの走行がメインになっているのです。手段が目的になってしまっている訳です。ですから、コースには暗黙のうちに必ず山間部、特に
峠が盛り込まれており、その走るさまはまるでキャノンボールの様です。
「止まらなーい、止まらせなーい」
…お〜いみんな休憩しようよ〜、ホントにさ〜。あっ、信号は守ってますよ。もちろん。
さて街が遠ざかり、一般車もまばらになってくると、そりゃもうみなさん
目が真剣になって、コーナーに突入していきます。「天気もいいし、快適快適。これも日頃の行いがいいからだなっ。」とよろこんでいたのですが〜。
其の四
それは、JR御嶽(みたけ)駅前をすぎて、しばらくしたあたりで起きました。ふいに愛車のフケが悪くなり、エンスト。惰性で路肩によせたものの、なんとセルモーターがまわらない!症状はバッテリー上がりそのものでした。出発の際のぐずりが頭をよぎりました。「こりゃあ、バッテリーじゃないな…。」
不運な事に、今日は隊列のしんがりを努めていました。後ろには誰もいません。どうするかな。しばらく思案していると、前方からすごい勢いでバイクが戻ってきました。それは、私の前を走っていたBくんで、よく気の付く 童顔の美青年です。「ミラーみたら、減速したのがわかったから。少し流してたんだけど、こないから心配になって戻ってきた。」いいやつだ〜。流石というか、当然というか。オレだったらすぐ気付いたろうか。とほほ。
其の五
症状を説明すると、「で、どうする?」このまま行く訳にはいきません。彼は、「バイクはどこかに預けて、後ろに乗っていかないか」といいます。高速は乗れないけど、せっかくのツーリングだし、近場でもまわっていこう、と。…ホントにいいやつだ。オレが女なら落ちたよ。今の科白。しかし、楽しみにしていたのは彼も同じ。私も子供ではないし、ここらならまだ町の近くだし、なんとかなるよと、予定通り行くように勧めました。彼は本当に大丈夫かと何度も念を押したのち、しばらくして申し訳無さそうに「じゃあ、いくよ。」と出発していきました。ふっ、さらば友よ…。
さて、大丈夫とはいったものの、具体的にどうするかは決めていませんでした。このあたりはほとんど民家がありませんし、とりあえずは、御嶽駅位までは戻らなければなりません。
…バイクを押して。
其の六
あつい。バイクを押し始めて5分も経たないうちに全身から汗が吹き出てきました。オートバイというものは、エンジンがかからなければただの鉄のカタマリ。御丁寧に、ガソリンも満タンにしておいたので、
総重量は200kgを越えています。 うーむ…。
ようやく御嶽駅付近まで戻ってきました。と、すごい勢いでバイクが一台かっとんできます。…おー、今日は天気もいいしなあ、彼も奥多摩湖にでも行くのだろうか…。すれ違った次の瞬間、「コォ〜ン、コゥ〜ン」、とシフトダウンして減速、引き返してくるではありませんか。「?はて?」すぐうしろに止まった彼を良く見ると、なんと出発のときにいなかった、(其の二参照)Wくんその人だったのでした。
「はれ。Taniさん、なにやってんの?」
其の七
Wいわく、「いや〜、オレ寝坊しちゃってさあ、もうみんな集合場所にいなかったから、あわてて追っかけてきたんだよ。」相変わらずルーズなやつだ。「で、なにやってんの?」Wにいきさつを説明すると、「そうか。そりゃ大変だな〜。で、みんなは先に行っちゃったんだ。」おお、一応気を使ってくれるのか。「で、どのくらい先行してる?」ん?「だから、トラブって、みんなと別れてから、どのくらい経った?」ん〜、三、四十分くらいかなあ。「じゃあ、とばせば追いつけるかもな!」んん?
「よーし、いくぜ!じゃ、気を付けてな。」
なにぃ!
彼はエンジンをかけると、くるりとUターン、さっと手を振ると、あっという間にかっとんで行ってしまいました。
…Wよ。おまえがそういうヤツだという事は知っていた。知ってはいたが、こういうときのその軽さは、殺意すらおぼえるぞ…。うそでも「付いていこうか」くらいゆえ(言え)。Bと比べてなんという違いだ。
其の八
残念ながら、 御嶽駅のあたりには、バイクを預けられるようなバイク店はなさそうな…。仕方なくもう少し戻る事にしました。
夏の晴天が災いして、アスファルトの照り返しがすごい。鈴鹿8H耐久で、コースの奥でコケて、ピットにマシンを押して戻るっていうのは、こんなかんじか…。アタマがゆだってきて、やばいです。街道ぞいのちっぽけな雑貨屋で、ポカリスエットを買って飲みます。皮パンツにライダースジャケット。安全のための装備が、体温放熱をさまたげて、逆に死をまねきそうですよ。
だんだん思考が支離滅裂になってきます。あーそのへんの民家の扉を叩いて、強引に預かってもらうか…。このまま止めといて、後でトラック借りて取りに来りゃいいか…。いやいや、いっそもう捨てて…、
いやいやいや。何を考えているんだ、オレは!
其の九
陽炎とともに、意識ももうろうとしてきました。これはまじでヤバイ。しかし良い方法が見つからない、というか、考える事ができない状態。
ゆるい登りをヒイヒイ押していくと、前方に4トントラックが停車しています。プロパンガスの配達車で、おじさんがボンベを降ろし終えたところでした。歩道に寄せて停めているので、大きく避けなくてはなりません。「くそう…、邪魔だな…。」いやいや、この人は悪くありません。自分の思考が破たんしているのです。(笑)
トラックの脇を通り過ぎようとした、その時。「お兄ちゃん、故障かい?」おじさんが声をかけてきたのです。
其の十
「えへ…、まは…(ええ、まぁ)。」息もたえだえな返事しか出来ません。おじさんは静かに続けます。「押していくのかい。大変だねえ。」はたと気付きました。このトラックは、プロパン配達用。リヤには、荷下ろしのために、パワーゲートがついています。しかも、荷台はほぼ空。400ccバイクなら、余裕で載せられます。これは…もしや…もしや〜!うれしさが込み上げてきたその時、おじさんは言いました。
「この先は、ずっと上りだ。それに、結構急なところもある。」うんうん、そうですか。それで…。 「かなりきついな。」
おお、それで!「やめたほうがいい。」
ヘ…?
おじさんは、そう言うやいなや、さっさとトラックに乗り、行ってしまいました。
ふ、ふはは…。一気に疲労が…。
其の十一
バイクを停め、歩道にへたりこんで30分。心身ともにへろへろです。さて、どうしようか…。車が通らない街道は、とても静かで、鳥の鳴き声すら聞こえてきます。
(平和だ…。オレ以外は。)気持が落ち着いて来たところで、考えます。(このまま押していくのは無理だ。かといって、すぐに回収する手段は用意できない。とすれば、やっぱり、一旦どこかで預かってもらい、後で取りに来るしかないか。)
休憩して、ようやく当たり前の事が、判断できるようになりました。方針は決定です。
其の十二
問題は、どこで預かってもらうか、です。いきなり民家に押し掛けてというのは、ちょっと気が引けます。もちろん丁重にお願いすれば、承諾してもらえると思います。でも、ローリング族が多い街道ですから、バイクにあまり良い感情は持っていないでしょう。できれば避けたいところです。と、押して来た途中に、駐在所があったことを思い出しました。
そうか。警察か…!普段は天敵(?)のような警察も、こういう時には、信用度が高い感じがします。よし。もと来た道を引き返すことにしました。
其の十三
緩やかな下り上りを押して、駐在所が見えて来ました。手前で息を整えます。さあ、どうなるか。
「すみませーん。」…応答無し。再度声を掛けるも、誰も出て来ません。おーい、駐在所の意味ないじゃん、とがっくりしていたところ、呼び鈴ボタンが。「御用の方は押して下さい。」
ああ、そういうことね。ボタンを押すと、奥でごそごそと気配がして、お巡りさんが出て来ました。「はい、どうしました?」
「あのう、オートバイが故障してしまって、動かないんです。」「それで、一旦戻ってから、すぐトラックで引き取りに来ますので、それまでこちらでオートバイを預かっていただけませんか。」お巡りさんの表情は変わりません。
あ、あれれっ、もしかしてオレ、やってもうた?
其の十四
「故障?どんな状況なの。バイクどれ?」立続けに言われて、少しあせります。機嫌を損ねたか?表に停めてある愛車を見せると、お巡りさん、早速エンジンをかけて、症状を確認しています。「バッテリー上がってんじゃないのかなあ。ケーブルで車とつないでみようか。」とパトカーのバッテリーとつないで、再度始動。かかるにはかかるのですが、ブレーキをかけたり、ウインカーをつけたりすると、とたんに回転がばらつき、止まってしまいます。
「こりゃ、バッテリーじゃないね。発電系がいっちゃってるよ、たぶん。」それはわかっているのですよ。だから、一時預かって欲しいんですってば。「…預かってもいいんだけど、このバイク、暴走族に人気の車種だから、ここに一晩置いといたら、
朝にはなくなってるよ。十中八九。」えっ、まじですか。
其の十五
さて、どうするか。考え込んだ私を見て、お巡りさん、「修理してもらえばいいんだよな。これ。修理工場に持っていくほうがいいよ。」いや、でもここらのお店、知らないんですけど。「知り合いの工場があるから、そこに頼もう。バイク、預けられるかい?」そりゃ、大丈夫ですが。
早速電話してくれました。「持って来れば診てくれるってよ。」そりゃありがたいこってす。が、そこまでどうやっていけばいいのか…延々押すか…。と、お巡りさん、おもむろにヘルメットをかぶり、ミニ白バイ(125cc)のエンジンをかけました。あのう…?「さあ、いくぞ。はい、これそっちのフォーク(ハンドルと車輪をつないでいる部品)に結んで。」って、何をしようと。お巡りさん、にやりと笑って一言。
「けん引するんだよ。」けん引?バイク同士で、しかも白バイと?…マジかい!
其の十六
「発進!」「了解です!」
車でのけん引を経験された方は御存じでしょうが、2台をつないだロープをたるませないようにするのが、安全かつスムーズなけん引走行の秘けつです。
たるむと、前車が加速したときにいきなり引っ張られて、ガツンと大きなショックがきます。で、前車の加速が終了すると、後車が惰性で加速しつづけて接近し、ロープがたるむ。おまけで、あわててブレーキ、という悪循環に陥ります。ですから、後車は、ロープを常に張った状態にしておくために、前車との速度差をゼロに近付けるように、細かくブレーキ操作をしなくてはいけません。(市販のけん引ロープは、このショックを軽減するために、ゴムのように伸縮するような構造になっています。)
しかし、今回の場合、車間距離が近い事と、ロープのかける場所を左フロントフォークだけにしてしまったので、引かれるたびに、ハンドルが右にとられながら、追突しそうになるという危険な状況になってしまいました。
…いや、だってバイクのけん引なんて、生まれて初めてだったんですよ。
其の十七
あ…アブねーっ。
警官がこんな危険なけん引をしていいのかっ、と思うような15分でした。その間、近隣の住民や、すれ違う車の、「なんだあれ?」という好奇の目と指差しにさらされる事に…。絶対なんか悪さして、連れていかれるヤツにしか見えなかったろうなあ…。うう。
到着したのは、個人営業の自動車屋さん。乗り入れると、御主人と従業員の方が待っていてくれました。「きたきた。これかい。」さっそく症状を説明すると、「発電系だね。たぶん交換だろう。パーツは取り寄せだから、今日はこのまま預かることになるけど。」
もちろんですよ。この場で修理して下さいなんて、無理な注文は致しません。お巡りさんは、「じゃ、あとはよろしく〜。」と、駐在所に戻っていきました。
お茶を御馳走になりながら、今までの経緯を話すと、「そりゃあ難儀だったなあ。ウチがスズキの店でよかったな。わはは。」
と豪快な御主人。(私のバイクは丁度スズキだった。)修理の目処がついたら、連絡をいただくことにして、帰る事にしました。はあ…。
其の十八
とぼとぼと、もよりのJR御嶽駅に向かいました。あいにく、上りは出たばかりで、次はほぼ一時間後。いきなりヒマになってしまいました。とたんに腹のムシが鳴き出したので、腹ごしらえをすることにします。
朝食から何も食べずにバイクを押したり引いたりしていましたからねえ。緊張と興奮は、空腹すら感じさせないでパワーを引き出す事ができるんですね。それを人為的に起こすのが覚醒剤とか、麻薬なんでしょう。でも、感じないだけでその分はちゃんと疲労しているんですが…。とりあえず山菜そばをいただきました。(今なら、
なんでそばなんじゃ!もっと精のつくモン喰え!、と言いたくなりますが〜。)
其の十九
ぶらぶらと時間をつぶし、やってきた電車に乗り込みます。と、そこは帰宅の高校生でいっぱい。すでに3時すぎですから、そういうタイミングの時間割りだったのでしょう。こちらは、
革ジャン、革パン、ブーツで、おまけに片手にヘルメットと、浮きまくりの格好だったので、女子生徒の視線と、くすくす笑いに耐えつつ分岐駅の拝島までを過ごしました。
電車を乗り継ぎ、ようやく自宅に着いたのは陽も西に傾いた午後5時。夕食の支度をはじめていた毋に、「あら、今日ははやかったのねえ。楽しかった?」いきなりの日常のセリフに、安堵と脱力…ははは、まあね…。
夏の暑い一日は終わりました。その晩は、泥のように眠ったのは言うまでもありません。
其の二十
翌日、会社では昨日のツーリング話に花が咲いていました。「だから、もうワンテンポブレーキングを遅らせてつっこめば…」「燃費むちゃくちゃ悪かったよ。おまえより排気量少ないのに、なんでだ…」
話に加われない私に、お調子者のWが声を掛けて来ました。「そういえば、あのあとちゃんと帰れた?」
…帰れたから、こうやって出勤してるんだろうが! と思いつつ、笑顔で「ああ、心配掛けて悪かったね。大丈夫だよ。」ああ、オレも大人になった…(笑)「今度は、バイクも完調にして、みんなで楽しもうな。」の言葉には、大きく同意したのでした。
其の二十の後日談
オートバイは、発電機で発電した電気を、一定に調整してバッテリーにおくるレギュレータがだめでした。だから、発電していても、バッテリーに充電できなくて、すぐ上がった状態になってしまった訳です。交換です。高かったですけど。
駐在所のお巡りさんと、飛び込みで修理を引き受けてくれた自動車屋さんには、菓子折を持参して、お礼をしました。世の中、まだまだ捨てたもんじゃないですね。私も、困った人をに出くわしたら、手を貸してあげようとしみじみ思いました。
「情けは人のためならず」ですよ。(「情けをかけるのは、その人の為にならない」ではなくて、「人に情けをかけると、めぐりめぐって自分の為になる」という意味ですよ。念のため。)
…あと、
「デカケルマエニ(愛車のチェックを)ワスレズニ♪」ということでしょうか。(泣)
それではみなさん、安全運転で楽しいドライブ&ツーリングを。
〜おしまい〜
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