歌集『鳥のない鳥籠』
第1歌集の自選30首です。


 

 朱夏という遠い記憶がすれちがう雨降る午後の通勤快速

 黄昏に目覚めてみれば広報車「今日でこの世は終わりになります。」

 緑なす野原の向こうに死者たちを天へと導く大観覧車

 七色のビタミン剤が降る夜にジャバ・ウオッキーの夢を寝盗って

 十五年ぶりに開けば『坊っちゃん』は無鉄砲のまま一つ歳下

 目を閉じて海へ花投げ波間へと消えれば目を開け地下鉄降りる

 花曇り幸と不幸を好きなだけお日様バターでいためてあげる

 翼もつ生き物でさえ死ぬという他愛ないこと気づいた五月

 積乱雲山分けすれば頭からずぶぬれになる不運な八月

 高架線風に鳴る空見上げれば雲の引き方忘れた飛行機

 出てるなら鯨も歌うさあの月へ嫁いだ海の女神によせて

 はじくのをやめて見つめるまっ白なノートをよこぎるてんとう虫を

 翼ある猫たち埋める めちゃくちゃに当たって砕ける夕立のなか

 サイゴンの虹はきれいな十二色 トム・ソーヤーは義足はずして

 ホールデン・コールフィールドまたいつか 郵便ポストに誓って捨てる

 夕方の雨は上がってまた一頭ブラキオザウルス天へと昇る

 ゲロつつく鳩よお前を知っている 前世でおれがプロメテウスで

 鳥のない鳥籠となり永遠を日ごと夜ごとに味わうがいい

 その秘密、嘘にしてやる 十六夜の月の砂場に書くラブレター

 負けないね O型の血がお前より絶対速く流れているから

 このうだる暑さも明日の結末もみんな銀河の微熱のせいさ

 僕たちの前世は鳥でよく海を渡ってはぐれてばかりいたっけ

 後悔は後から出来るさ 来年とそのまた次の夏を使って

 夕焼けの赤の響きは今日死んだ人とトマトの総消費量

 後ろ手を静かにほどけばわが心都に夏の風吹くごとく

 飛行機はあの太陽に飛び込んで月ロケットになるはずでした

 ピーナツとカシューナッツがぶつかればどっちが負けるかわかっているだろ

 くじらより大きなビルの眼を洗う文明の飼育係となって

 魂を容れておくにはちょうどいい 祖母の形見の胡弓奏でる

 システィーナ礼拝堂座を星という星もて描く少年と犬




 ・・・・・・第1歌集「鳥のない鳥籠」(本阿弥書店・2000円・税抜)


 

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