産卵の話

日本にソウギョ類の稚魚が、初めて移植されたのは、明治11年(1878)にまでさかのぼります。これらは東京、兵庫、長崎の三ヶ所に放養されたそうです。
その後S5年、11年と続き、16〜19年の間は「戦時魚類増産対策」ということで、350万尾が移植されたようです、北は秋田・山形から南は大分・宮崎まで、20数府県に渡ったそうです。
戦後になりS29年、S30年と続けられて、S31年以降は利根川水系から種苗栽培の目処がついたので、これで77年間に渡る移植の歴史に終止符が打たれたというわけです。
こんにち、日本帰化して120余年の歳月がすぎ、レンギョ・ソウギョ・アオウオは日本の各フィールドに見事にとけ込んでおります。このような外来魚ばかりですと結構なのですが、サンフィッシュ科の魚による、今日の淡水生態系の破壊を見るにつけ、人は賢いものなのか愚かなのか、良く分からなくなってしまいます。



拙HPでも既にご紹介したとおり、大陸産の大魚は、コイやフナとは違い「流下卵」というスタイルの生態を特徴としております。これは川の流れとともに浮遊する受精卵が下流に流れていき、その間に孵化するという、広大な中国大陸ならではの産卵形態です。
残念ながら、日本で自然孵化が確認されているのは、利根川だけですが、流下卵の一部は江戸川や荒川にも流れていきます。河川の流程が短いので、孵化する前に大多数が海に入って死んでしまうようですが、それでも付近の用水や溜まりで孵化する個体も少なくないようです。

普段は鷹揚な大陸生まれの大魚たちは、こと産卵場となりますと意外に神経質であり、利根川上流域のわずか20数キロの間でしか産卵をおこないません。具体的には埼玉県大里郡豊里村から下流、羽生市稲子に至る流程24キロが、その一帯です。
産卵場の水深は2〜6m、流速は秒速1m内外、産卵は幾度かに分けておこなわれ、7月のはじめに産卵のピークを迎えます。このようなことから、毎年5月20日より7月19日まで、江戸川をふくむ利根水系では、60cm以上の親魚は禁漁になります。



このような産卵保護の動きとともに、レンギョ・ソウギョの養殖についても、いろいろと行われてまいりました。一つの方法は、中国とは異なり、流程の短い日本の河川では、多くの流下卵が孵化する前に海に落ちてしまうので、江戸川の下流域などで、流れ落ちてくる卵をすくって養魚池に移す方法です。

もう一つは、人工授精させた卵を「流水式孵化層」に放ち、孵化させる方式です。書くと簡単なようですが、大陸生まれのレンギョやソウギョを人の手で孵化させていく迄に、試行錯誤を繰り返し、多くの年月と手間暇がかかったようです。そして、このようにして得られた稚魚は日本全国の湖沼河川に放たれました。
いま、あちこちの流程の短い河川でも、レンギョやソウギョの姿が見られるのは、このような先人の研究と努力があったからこそです。



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