Seabass Boxチェサピーク湾(1)

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Striped Bass story

昨年秋にJGFAのスズキシンポジウムに参加致しましたが、パネリストの一人、船橋漁協の大野さんから「チェサピーク湾の出来事」という言葉が出されて、同じパネリストの丸橋さんがとてもビックリしておりました事が、頭に残っておりました。

さてチェサピーク湾が米国のどこかにあるということは、話から推察されましたが、そこで何が起こったのかが、気になっておりました。最近たまたま図書館で手にした古い本(「海に暮らす」芦沢一洋訳、原書は「Men's Lives」Peter Matthiessen著)に、このことが子細に述べられておりました。

これは米国のスポーツフィッシャーと彼らと利害の一致する、釣り具業界やプレジャーボート業者達の「愚かな」行為を綴った歴史です。この愚かさを大野さんは「チェサピーク湾の出来事」という言葉に詰め込んでいたということを、ようやく知った訳です。



チェサピークの主(あるじ)はスズキ。とは言ってもシマスズキ(ストライプトバス)にまつわる話です。外観は日本のマルスズキよりやや体高があり、横縞があることからこのような名称となっておりますが、食性は日本のスズキ以上に貪欲で、ミノー(小魚)のみならずロブスターやカニ類、更にはイガイなどの貝類から、ゴカイ等の多毛類まで採食するという貪欲さをもっております。

また日本のマルスズキと同様、河川を溯る性質(遡河性)をもっております。例えば大西洋岸では、湾に注ぐ河川のはるか上流部でも彼らに出会うことが出来ます。ハドソン川のずっと上流の250kmも溯った場所にもおりますし、480kmも奥地のジョージア州でも捕獲されているようです。日本でかっては有名だった利根川の川スズキは群馬県前橋付近(河口から200km)まで溯りましたが、到底かないません。



さすが広大な北米ならではのスケールと感心してしまいますが、驚くことに、サウスカロライナ州の貯水湖でもシマスズキは、数十トンの単位で捕獲されているようです。このケースでは、彼らは水門により塞き止められてしまった湖水内で、産卵を繰り返すようになり、生物学的にも海水魚とは縁を切った存在となってしまったようです。事実、この日本にも「淡水スズキ」とか称して一部の釣り堀に放流されているようです。
このような事例は、彼らが如何に高い耐性を有しているかという事を、如実にあらわしております。

耐性(Tolerance)というのは塩分濃度、水温、潮流、汚染、餌などの環境条件に対しての幅広さや適応性を指しますが、もう一つ彼らの耐性を顕著に示す事例が、十九世紀末に行われた幼魚のサンフランシスコ湾への移植事業です。400尾におよぶ幼魚は、当時何とニュージャージーからサンフランシスコに向けて貨物列車で移送されましたが、その後この子孫は、南カリフォルニアから隣国カナダのブリティッシュコロンビア州まで幅広く分布することになって、水揚げも数百トンに至ったという事です。



ただ彼らの生態で、日本のスズキと大きく異なる点は産卵時期と場所です。日本のスズキは12月から2月にかけて、湾奥から湾口部へ移動して、そこで産卵を済ませたのち、再び春風とともに湾内や河川域へ入ってくるのが一般的なパターンとなっておりますが、シマスズキの場合は、大きな汽水域河口部で産卵をしますが、これが実に大変なことなのです。

それは、河口部一帯は年により環境条件が大きく振れてしまうという点にあります。降水量・塩分濃度・水温・汚染度・潮流・栄養分等々に加えて天候です。春の増水期に合わせて産卵するわけですが、この時期にたくさんの雨が降るのか、少雨かでも産卵そのものの成功率は大きく振れてしまいます。

シマスズキの場合、一尾の雌が産む卵の数は数百万粒に達するわけで多産系といえますが、その成功不成功はその卵の多さよりも、孵化を取り巻く「水環境」そのものに左右されてしまうようです。このように予測のつけにくい環境で、安定的に個体数を維持することは困難な話であり、このことがシマスズキの長命さと多産性を説明する大きな理由となっております。従ってシマスズキの再生産は、このような産卵傾向のため、十年とかの長い周期で評価することが、本来必要であるわけです。(ここは重要なポイント)



Chesapeake Bay watershed

さてここでチェサピーク湾 の話に戻したいと思います。正確な理由は良く分かっておりませんが、中部大西洋のシマスズキは同湾の河口域から大群となって、海岸に沿って南と北に移動していくパターンが出来ているようです。不思議と海岸から数キロ沖合では、シマスズキの群れを見掛けることはめったないようです。

この群れは二歳から四歳までの雌で占められており、四月の末には小型の一群が、先ずロングアイランド東端のモントーク岬に姿を見せ、五月になると中型がやってくるというのが歳時記的な回遊パターンとなっております。
産卵経験済みの大型が姿を見せるのは、例年六月に入ってからで、やがて七月初旬になると、回遊魚はマサチューセッツ沿岸からメーン州湾岸を通り過ぎていき、夏が終わりに近づくと、群れは再び南に動きはじめます。ロングアイランド・サウンド側(半島の裏湾)の魚は東へ一旦移動して、プラムガットとレースとの間の水路を抜け、大西洋に出て行くというパターンのようです。
秋の間はシマスズキはモントーク岬の周辺に群れを作って集まって、そこで大量の餌をとって冬に備えます。そうして十一月の感謝祭までに大型は沿岸から姿を消していきます。



かっては多くの河川(ノースカロライナ〜バージニア)や湾内で彼等を見ることが出来ましたが、河川の汚染やダム建設などの影響で激減してしまいました。いまではチェサピーク湾とハドソン川が大西洋でのシマスズキの再生産のメッカと呼んでも良いと思います。


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