スクールニュース
日本女子ラグビーフットボール連盟 常任理事          藤田有紀子

「藤田さぁ〜ん、お久しぶりぃ〜!」2002年の春、女子ラグビーの初心者講習会のグランドへさっそうと現れたボルボの中から聞こえた声、それがボンバーズの皆さんとの出会い(再会)でした。
連なって来る外車にスタッフ面々は、目を丸くして「うわぁ〜っ、芦屋マダム登場やぁ〜!」と大喜び。

その年、結成15年目にして日本ラグビーフットボール協会の傘下となった連盟への登録を快諾して下さり、秋の関西大会へ再び登場。
そして、そのオリジナルのウルトラマンジャージに二度驚かされたわけです。
ママさんクラブチームの老舗枚方パワーズは、ボンバーズのアップする姿を見て、「パス、うまいなぁ。足、速いし、負けそうや。」と言っていたのを、今でも覚えています。

明けて、3月のセブンスにもエントリー。ルール大丈夫かなぁと心配するスタッフを尻目に走る、走る。点数を離されても追いかける、追いかける。
そこには、ただラグビーだけをやってるだけじゃない、ステキな女性の姿がありました。

それから(まだ短いですが)今日に至るまで、ボンバーズの皆さんから学んだ事がたくさんあります。

日本協会傘下の正妻の座にあり、ワールドカップへ3度の出場の女子ラグビー、そうは言っても、まだまだマイナーで、「ラグビーやってます。」と言えば、「いったい、どんな女性??」と思う男性も多いのが現状です。そんな中で、妻であり、嫁であり、母であり、この三役は当然こなし、その上で仕事を持ち、趣味を楽しみ、40代になった今、20代、30代の女性が「こういう女性になりたい。」という羨望の的になっているのがボンバーズの皆さんなんです。

そして、もう一つ、その責任感の強さには、若いメンバーは、本当に教えられる事が多いんです。追い風吹けば調子良くても、向かい風吹けば、突然、無責任で他人事になり、引き気味になるメンバーに、それが代表経験者であっても、ボンバーズの皆さんは「私達は強くないし、同じようにグランドの中ではできないけれど・・・」とひかえぎみながらも、「辛い時でも辛抱して、ねばって続けていきましょうよ。」と、常に前向きに応援してくれます。

何をとっても、ボンバーズの皆さんの存在は大きく、これからも若いメンバーと交流を深めていっていただきたいと思います。冬の時代のラグビー界に暖かい光をともしてくれるボンバーズの皆さん、これからもよろしくお願い致します。

追伸:実は私、RSAでコーチをさせていただいていた事があります。一緒にラグビーを楽しんでいた子供たちは、もう大学生か社会人ですね。早いものです。

RSA」のより一層の発展を願ってやみません。ありがとうございました。

NO.96 2004年4月30日発行                     みづご
 「ボンバーズ」まさに、いろいろな性格&体格&職業を持った、いわゆる、小学校でいう、「総合学習」の授業のような爆弾オバサンの集まりです。でも、これがまたハマるんです。
 私はそもそも、シェイプアップとストレス解消のために、足を踏み入れたのですが、どんどんラグビーの楽しさに引き込まれ、気づいた時には頭までドップリ漬かっていました。
私は学生の頃、個人スポーツしかしていなかったので、ラグビーをすることで、ひとつのボールをつないでトライに持ちこむ、仲間との連帯感の素晴らしさを知りました。
自分の前には、
力強い(?)フォワードの背中、振り向けば、仲間の闘志に燃えた顔。
このジョイントにいて、
「ラグビーって最高!!」と思いました。

そして、念願かなった、昨年の夏合宿での親子対決!!
息子たちの成長を確認できた、いい試合でした。
スクラムの中での、親子ならではの会話「このサイン、どういう意味?」とありえない質問を、息子たちに投げかけたり、「お母さんにタックルして、ケガさせたらご飯誰が作るの?」と脅してみたり・・・・ 
でも、そんな脅しにも負けず、タックルをビシバシきめてきた息子たち!!
よくぞここまで強くなったと、ボンバー母たちは感動を覚えた試合でもありました。

また、対外試合もあり、つなぐラグビーもどきを習得しつつあるボンバーズの姿が、最近見られるようになってきたのも事実です。
「え〜!なに〜?これ。」「なんで〜?」という声も少なくなってきました。これは、ひとえに頭の回転と反射神経のゆるやかな母達を辛抱強く御指導して下さる、岡島コーチのおかげと、感謝しています。
若い二人のボンバーを戦力に加え、これからもボンバーズの高齢化と闘いながら、ラグビーを続けていきたいと思います。
今年は誰だろう?と、表紙の人物が気になっていましたが、懐かしい絵に出合えました。このイラストは、うちの長男の学年が6年のフライアップの時に会場を飾るために、ある御父兄が描かれたものです。よね?Dr.AMINOコーチ。みやみやはこんな優しいお顔をされているのに、練習はとても厳しいコーチです。
N0.95 2004年4月25日発行                     韋駄天
 華麗なダイナマイトボンバーズに入って、はや2年。
 きっかけは、次男が幼稚園チームに入り、母母は息子達の姿を100%見守る立場になりました。もともと貧乏性の私はじっとすわっているのが心もとなくなり、「動きたい症候群」になっていた時、グッドタイミングというのでしょうか、「中○さーん、ラグビー一緒にしませんか?」とお誘いが・・・。「んー、どうしよう」と悩み、家族に相談。その時、息子の一言が・・・「これ以上強くなったらどうしよう」そこで母は決めました。
「試してみよう!」 それから、息子達と3人ラグビースクール人生です。
 実際に、ラグビーをやってみて一番に思ったことは、なんて頭を使うスポーツなんだと・・・。
 そして、息子達には、「もっとタックルに行けー」と叱咤激励していたくせに、タックルができないんです。タックルマシーンにだったら、なんとかそれらしくできます。が、試合で相手の選手が走ってくるところへタックルするなんてできません。本物のというとおかしいですが、生身の人間にぶつかることってそう簡単ではないことがよーくわかりました。息子達、がんばっているんだと感心することしきりです。
 2年経ち、仕事や体調の面で練習にあまり参加できないこともありますが、ラグビーって、いいスポーツだなって思います。いつも一つのボールでチームメイトがつながり、一つのトライのために個々の持っている力をつないでいく。
 ラグビーをまだかじった程度の私でもそれは感じています。芦屋ラグビースクールの子ども達が、ラグビーを楽しみ、仲間の素晴らしさをいっぱい感じていってほしいと願っています。
 そんな子ども達の一生懸命な姿に後押しされて私も、ボンバーズの楽しいメンバーの中でラグビーをしていけたらと思います。
ボンバーズHPに載せることは、以前にヒゲさんの許可はもらいましたが、似顔絵ご本人の許可はもらっていません。さすがに、左のコーチは、コレ見て気分を害されたのではないかと心配します。
NO.94 2003年5月18日発行     本気で愛してます!     M.M
 早いもので私がボンバーズに入って一年が経ちました。ボンバーズをはじめようと思ったきっかけは、少しでも痩せたいと思ったからです。
 ボンバーズが結成された当初、炎天下で帽子も被らずにラグビーをしている同年代の女性たちを見て私は仰天しました。信じられなかった。真夏の太陽は女性の敵です。ただでさえも、細心の注意を払わねばならないのに、彼女たちは進んで紫外線に肌を曝け出していたのです。その気持ちが私には到底理解できませんでした。でも、増殖が進む脂肪をこれ以上野放しにすることはできず、冬季限定という条件で私もボンバーズの一員となりました。
 練習に参加するようになって、まず驚いたのが、コーチの方も含めてみなさんが本気だと言うことでした。ごめんなさい。私は、ボンバーズはてっきりラグビーごっこをしているだけだと思っていたのです。でも、練習に参加しているうちに、強くなりたい、上手になりたいというメンバーたちの熱意に刺激されて、気が付くといつの間にか私も熱いボンバーになっていました。私の人生のご法度だった真夏の紫外線をたっぷり浴び、夏の練習にもできるだけ参加しました。また、この年になって、人前で50メートルを全力疾走することは、人前で水着姿を披露するのと同じぐらい私にとっては恥ずかしいことなのですが、昨年の春はそれもやってしまいました。
 そして、昨年10月には関西大会に参加し、初の大人との試合を経験しました。結果は残念ながら3対1で負けてしまいましたが、ワントライを勝ち取ることができ、私たちにとってはまずまずの試合を経験することが出来ました。若かりし頃陸上部に所属していた私は、みんなが力を併せて戦うことがこれほど感動的なものであるということを生まれて初めて知りました。
 決して若くはない女性たちがラグビーをするのは、時には見るに耐えないものなのかもしれません。でも、私たちは本気です。本気でラグビーを愛し、本気で強くなりたいと思っています。そんな私たちを、これからもどうか温かい目で見守り、応援して下さい。
 最後になりましたが、ちょっと見苦しい(かもしれない)私たちですが、お母さんたち、一緒に汗を流しませんか?私たちは、お母さんたちの参加を心から待っています。
I can't stop loving you ジャケットプレイをするGO そして私ってこんなに垂れ目だった?と気づかせてくれた似顔絵。隣の男性を大助と誤解された方もあるらしいけれど、古い方なら誰もが知っているあのコーチです!私とは何の関係もありませんが、後ろの女性との関係は不明です。コーチでもないのに表紙に選ばれたことは、とても光栄に思います。ウソでも、もう少し細めに描いてほしかったけれど。
NO.93 2002年4月28日発行.★爆弾娘への誘い★キャプテンかのん
 00年のクリスマス運動会でデビューのはずが、悪天候に阻まれおあずけになったものの、少々控えめにグランドの隅で走るオレンジ色のウィンドブレーカーの上下をお見かけになったことを思い出して下さい。
 明けて01年。この年にはイメージキャラクターも決まり、なにせ「カッコから入り」たがる私たち。試合用公式ユニフォームのお披露目デビュー戦は、芦屋ラグビーカーニバルのことでした。
 ウルトラの母(注1)との評もありますが、3分間の胸のタイマーの警告音をも無視し、いざ試合となれば我を忘れてボールに食らいつき、ゴールを目指します。(6年の諸君、ありがとう!よく耐えてくれた!)
 そして02年の現在は、練習日の朝10時にランニングから始まるトレーニング。そして、人数も常に15人近く揃い、紅白戦が組めるまでになりました。
 練習内容を理解するのに、少しだけ時間はかかりますが(注2)真面目に取り組む姿には、多くのコーチ方も、ご自分の担当学年の手を止めて指導下さる事も!(ありがとうございます)
 スクールでの認知度も高まって(注3)、ますますパワーアップのダイナマイト・ボンバーズでは皆さんのご参加をいつでもお待ちしております。今じゃ、ちょっとだけ大きな顔をして楽しそうに走り回るオレンジの「娘」。一緒に、無心に、ボールを追いかけませんか?
 また、練習試合などしていただけるチームもお願いしております。(この辺りは控えめに・・・)
 今後とも、ダイナマイト・ボンバーズをよろしくお願いします!
お問い合わせ・お申し込み  bombers@mcn.ne.jp
注釈;(1)グレーとオレンジの配色は、ウルトラマンを彷彿とさせます。
    (2)グランドに丁寧に絵を描いてもらったり、お手本を示してもらわないとね!
    (3)スクールのホームページ参照してください!

スクールを支えてこられた3人です。ゆーいちさん、元気ですか〜?
NO.92 2001年12月10日発行    夏合宿編     あおい
 “ダイナマイト・ボンバーズ!!”
 何て恥ずかしい名前だろうと・・・と思いながら練習に参加しだしてから、もうすぐで半年が経とうとしています。
 創設当初の登録人数は16人。それなのに、練習に来るメンバーはいっつも同じ顔が5、6人。
 「邪魔とか思われてるんやろうなあー」と思いつつ、グランドの端のはしのハシでコソコソ練習、肩身せまスギ。しばらくずーっとこんなかんじ。
 ところが、今年の夏合宿以来、私たち生まれ変わりました!!
 スパイクだって買ったし、ジャージだって注文したのよ!(すぐ形から入るんだから)とにかく!!
 ごはんの用意の合間をぬって2時間、いや正味1時間の練習。そして6年生との練習試合。言うまでもなく負けたけど、でもチームの中で何かが変わった!!(気がするんです、多分ね)
 それからというもの、練習に来る人数が増えた。めでたい!!少し肩身が広くなった♪
 未だにルールも良く理解できてないし、頭よりも先に体が動こうとするけど動けない。ラグビーって何!?そんなところから始めております。
 だけどみんなやっぱりラグビーが好きなんだと思う。それは、写真を見て頂ければ、一目瞭然!!
 ちょっと変なチーム名だし、子供のおゆうぎを抜け出せていない私たち「ダイナマイト・ボンバーズ」
 只今メンバー募集中!!今なら誰でもすぐレギュラーです。詳しくはマダム・キラー外山コーチまで。
 そして、最後になりましたが、スクール生及びコーチの皆さん、今後とも確実に邪魔になると思いますが、あまり嫌わないで下さいネ。
 私たち頑張ってます!!

既に転勤でスクールを去られましたが、新しい風を吹き込んだお二人です。風と共に去りぬ・・・。
NO.91 2001年4月28日発行 Bombersはじまり    ジョニー
 「コーチって仕事して、日曜日までこうして子どもたちを相手に練習して大変よね。」
 子どもについて練習を見にくるお母さんたちの必ず言う言葉!
 いつもそう言いながら子どもたちの様子を見ているだけが日曜日の朝の過ごし方・・・だったのに。
 ところが・・・あれは合宿前でした。
 あるコーチが「お母さん、よろしければコーチとの試合、承ります。」と言った事から、この物語のはじまり〜なんですよね!
 「ハハーッ、とんでもない!!」って笑っていたけれど、「○○コーチにタックルできるよー。」とか「こっちからコーチメンバーを指名しない?」とか結構盛り上がっちゃって・・・。合宿でのお母さんチーム対コーチチームのハンディマッチが現実のものとなってしまったのです。
 それ以降、なんだかハチャメチャでもすっかりハマッてしまって〜。
 もちろんラグビーの“おもしろさ”に魅せられたワケですが!!
 それからというものグランドの隅でゴソゴソ練習しているうちにダイナマイト・ボンバーズ、誰がつけたかボンバーズ!な〜んていうネーミングもうただき、(・・・○○レディースじゃないの?)
 でも案外その気!みんなやる気!(・・・下心も含めて)物語の続きに向かって頑張っていま〜す!応援して下さいね!
 ちなみにメンバーを募集しています。
 “ボンバーズ、ハチャメチャ物語”を一緒につくりませんか?よろしくぅ!
ロボタンとKANちゃんの熱い戦い。
NO.90 2000年10月25日発行  
この方は、ムッシュのお兄様です。隣の女性は!?
NO.89 2000年3月20日発行  
この号から、ヒゲさんが描く似顔絵に表紙が変わりました。(以前は白黒の写真) ヒゲさんの大親友でもある淳さんの特徴を本当に上手く描いてらっしゃると思います。