「千影と兄くんのSS(仮)」
ある晴れた月曜日。
低血圧で朝が苦手なためいつも兄に起こされている千影が、めずらしく早起きして朝食を作っている。
以前、兄に手料理をご馳走したことがあったが、あれは実は前日から時間をかけて作ったものであって、実はあまり料理は得意ではない。
危なっかしい手つきで豆腐を小さく切り、煮立った味噌汁の中に一気に放りこむ。
魚の焼け具合を見ようと屈むと、ふいに椅子の上に広げた「初めての手料理」の『味噌汁』の欄に書いてある一文が目に入った。
「味噌汁は煮立たせないこと。」
鍋の中を見ると、豆腐入りの味噌汁は激しく煮立っている。
妙に腹が立って乱暴にコンロのスイッチを切ると、壁にかけた鳩時計が7回鳴いた。
「兄くん・・・まだ寝ているのか。」
自分はいつも7時20分頃まで起きないが、今日は既に起きているので「まったくしょうがないな」などと思いながら階段を上る。
「兄くん・・・・入るよ。」
兄の部屋のドアを開けると、正面にある窓から朝日の射し込む明るい部屋が見えた。
同じような間取りだが、千影の部屋とは大きく印象が違う。
家具の少ない簡素な部屋の、妙に大きなベッドのなかで兄が眠っている。
「兄くん、朝だよ。」
声をかける。
・・・が、起きる気配は無い。
「兄くん・・・朝だよ・・・朝食が出来ているよ・・・。」
出来ていない。
オマケに味噌汁は少し失敗している。
と、そのとき、ふいに兄が口を開いた。
「ちかげ・・・」
「・・!」
寝言だった。千影は寝言で兄が自分の名前を口走ったことが少々意外で、夢を覗いてしまおうか、などと考えていた。
「・・・・ちかげ。」
「・・・なんだい・・・?」
ふざけて返事をしてみる。寝言に返事をするとその人間は死んでしまうというが、実際どうなのだろうか。
「・・・・好きだ。」
「・・!!・・・」
兄の口から出た言葉に、思わず赤面した。
普段の兄は千影を怖がる事はあっても、こんなことを言う事はまずない。
人間は眠っている時と起きている時の境が案外曖昧なものだというが、本当なのかもしれない。
(それなら・・・今なら・・・・兄くんの本音が聞けるかもしれない。)
千影は口元に微笑を浮かべ、ベッドに顔を近づけて、兄の寝顔に話しかけた。
*****
そのまま、千影と眠っている兄との会話は一時間にも及び、
結局兄は、その日は焼け焦げた魚と形の揃わない豆腐の味噌汁といった朝食を妙に機嫌の良い千影と一緒にとり、
二人仲良く遅刻する羽目になったのだった。