―永遠への誘い―



・・・今日は帰りが遅くなっちゃったな・・・。

ん〜っと、鍵、鍵――っと。

(ガチャリ)

・・・そうだな・・・最近、皆にも会ってなかったし、

今月中に暇を作って皆に会いにいこう・・・。

・・・僕って妹不足なのかな・・・?

(ギィィ〜・・・)

「ただい・・・ま・・・。」

浮かべていた自嘲の笑みが凍り付く。


――そこに、いたのだ。

 灯りの消えた玄関に、気配もなくたたずむ、闇よりも暗き影――

「・・・・・・お帰り・・・兄くん・・・。」

空気が、揺らめいただけ。

それを言葉と認識するのに数瞬の間を要したのは、

そこに感情というものが存在しなかったから。

そして、彼女から発せられはじめた冷気に、

既に僕の思考が麻痺しはじめていたから。

「・・・ち、千影・・・。」

そう呟くのが精一杯だった。

彼女に、千影に向かって・・・。

 その言葉を聞いて、千影の瞳が一瞬光りを反射したように――

反射するような光りなど差していないのに――

閃き、そしてすうっと細められる。

「・・・・・・白雪くん・・・来たんだ・・・。」

「・・・。」

「・・・・・・よろしく・・・やっているようだね・・・。」

「い、いや、別に・・・そんな・・・(汗)。」

「・・・私には・・・逢ってくれない・・・くせに・・・。」

はじめて、千影の瞳に感情の色が宿る。それは――嫉妬。

「・・・ごめん・・・。」

僕もようやく、玄関をくぐって以降はじめて、

心に灯った気持ちを上手く言の葉に乗せることが出来た。

「・・・ごめんね千影。でも、逢いたくなかった訳じゃない。」

「・・・・・・。」

じっと、僕の心の奥を覗くように見つめてくる。

僕も自分自身の心を――

千影に逢いたかった気持ちを知って欲しくて、真っ直ぐ見つめ返す。

「・・・逢いたかった。来てくれて嬉しいよ・・・千影。」

その言葉を聞き、音もなく近づいてくる千影。

「・・・・・・お帰り・・・兄くん・・・。」

「・・・ただいま、千影・・・。」


僕を捕らえて離さない、蠱惑的な微笑みと共に――



「・・・召し上がれ・・・。」

テーブルに並ぶ夕食を前に、千影が促す。

メニューは、豚肉のソテーと横に添えられたキャベツの千切り。

キュウリのゴマ和えと、里芋とタコの 煮っ転がし。

大根のみそ汁にご飯。・・・ふつう。至って普通の晩御飯。

でもそれだけに、余計に怖い(失礼)。

「・・・あ、あの・・・これ、全部千影が?」

「・・・・・・。」

無言で頷く千影。

どう見ても、店屋物や出来合いのものには見えないので聞くまでもないんだけど、

滅多に料理などしない(と思う)千影の作品だけに余計に不安を感じてしまい、

素直に好意だという考えにまで至らない。

「・・・もしかして、魔術で作ったとか・・・?」

以前食べさせられた、魔術によって作られた数々の食べ物(?)を思い出し、

身震いしつつ問いただす。

「・・・・・・。」

ゆっくりと、だけどしっかり左右に首を振り、否定の意を表す。

・・・そうか・・・。

そういえば、チョコレートケーキの時は確かバレンタインで、

僕が他の女の子(妹たち以外にも)からチョコレートをもらって いるのを見て、腹を立てて食べさせたらしいし、

ミルフィーユの時も僕が他の女の子(妹たち以外)と、楽しそうに話していて、

千影とは全然話してあげなかったから(僕にそんなつもりはなかったけど)食べさせたりと

なにがしかの理由があった。

でも、今回は別にそういった理由はなにも――

――ある。ありまくる(汗)。

ううぅ・・・。

ホントにこれ、大丈夫かなぁ・・・?

 実は豚肉に見えて魔獣の肉とか、キュウリに見えて魔界の植物とか・・・

あぁ、段々そんな気がしてきた・・・(汗)。

「・・・魔術では、出せない味が・・・あるから・・・。」

僕の不安をよそに、そう説明する千影。

「魔術では、出せない味・・・?」

「・・・・・・。」

再び、ゆっくりと頷く千影。

「それって・・・」

一体何? と聞こうとして、じっと見つめる千影の視線に気圧されてしまう。

食べれば判るってことか・・・。

「・・・いただきまぁす。」

手を合わせてそう言ってから箸を取る。

まずは、この煮物を・・・。

(ぱくっ)

「・・・・・・。」

そんな僕を、自分の食事そっちのけでじっと見つめる千影。

う〜〜ん何か食べづらいなぁ・・・(汗)。・・・ん!?

「こ、これは・・・!?」

(ぱくっ)

続けて、和え物を口に運ぶ。そこから先は無言だった。

僕の食べるスピードが、みるみる速くなっていく。

「・・・・・・。」

それを見た千影は、満足げに薄く微笑みを浮かべると、自分の食事に取りかかった。



「ごちそうさまぁ。」

「・・・お粗末様。」

ふぅ〜〜、食べた食べた・・・。

3合はあったご飯は、全部平らげられていた。

食べたのはほとんど僕。

「・・・・・・兄くん・・・どう・・・だった・・・?」

上目使いに聞いてくる千影に、笑顔を向けてはっきりと言う。

「美味しかった! すっごく!」

途端に頬を朱くする千影。

千影の言っていた「魔術では、出せない味」って、きっと――

「千影の心がこもってたからね。」

真心とか、その・・・あ、愛情――とか(照れっ)。

その言葉を聞いて柔らかな微笑みを浮かべる千影。

「・・・白雪の料理と、どっちが美味しいかい・・・?」

「え゛」

その笑顔のまま、さらりと禁断の一言を投げかけてくる。

「・・・白雪特製絶対元気の出るすっぽんトルテと比べて・・・どうだい?」

「ぶっ!?」

思わず吹きだしてしまう。

・・・食事中じゃなくてよかった・・・(汗)。

「・・・白雪特製ウルトラスーパーゴージャスパフェと比べて・・・どうだい?」

「・・・・・・(汗)。」

なおも言い募る。笑顔がそのままなだけに、余計・・・(汗)。

背中を嫌な汗が伝う。

「・・・ど、どうして・・・」

それを? と、うまく動かない舌を懸命に動かし、聞こうとするけど

真顔に戻った千影の、冷淡とも取れる声に遮られる。

「・・・残留・・・思念・・・。」

残留思念・・・?

「・・・白雪くんは――あの娘だけじゃなく、他の皆も兄くんの為に何かを

するときは、その意識や氣が強くなるから・・・

覗くつもりはなかったんだが・・・包丁を握ったときに・・・。」

・・・サ、サイコメトラー千影・・・(汗)。

「・・・それで・・・どうなの・・・?」

再び、同じ質問を冷淡とも取れる声で、繰り返す。

でも、僕には判った。

冷たく聞こえるけれど、その底に確かに感情がうかがえる。

嫉妬という熱を帯びた、感情が・・・。

「・・・・・・比べられないよ。」

優柔不断なことを、でもはっきりと告げる。

偽りない、正直な気持ちだから・・・。

「白雪の料理には、白雪の心が、気持ちがいっぱい詰まってるから。

そして千影の料理にも、千影の心と気持ちがいっぱい詰まってた。

2人の心を比べることなんて、出来るはずがないよ・・・。」

「・・・兄くんらしいね・・・。」

くすっと笑う千影。申し訳ない気持ちが溢れてくる。

「自分でも、呆れるけどね・・・。」

どうして僕ってこう・・・。

「・・・それで、いいんだよ・・・。」

「え!?」

「・・・それが、兄くんなんだから、しょうがないよ・・・。

皆の大好きな――私の・・・大好きな、兄くんなんだから・・・(ぽっ)。」

「千影・・・。」

「・・・え、えと・・・しょ、食器・・・片付けるよ・・・。」

照れ隠しにそう言うと、珍しくわたわたと慌てて食器を重ね、台所に 向かう。

その背中に向かって、僕はそっと呟いた。

「・・・ありがとう、千影・・・。」



「・・・ホントに、帰るの?」

片付けが終わった後、明日も学校があるので、今日中に帰ると言い出した

千影に、玄関口で念を押して聞いてみる。

「・・・・・・ああ・・・。」

そう答えた千影が、何かに耐えるように酷く辛そうに見えたのは、 僕の欲目だろうか・・・? 

靴を履き、ゆっくりとドアノブに手を伸ばす千影。

「・・・兄くん・・・それでは・・・また・・・!?」

――気が付いたら、後ろから抱きすくめていた。

千影の寂しげな後ろ姿を見ていたら、胸が締め付けられるようで・・・。

「・・・行かないで・・・。」

抱きしめる腕に、力を込める。

「・・・痛いよ・・・離して、兄くん・・・。」

「・・・いやだ・・・。」

さらに、力を込めうなじに顔を埋める。

「・・・泊まっていって・・・。」

首筋に掛かる吐息がくすぐったいのか、僅かに身をよじる。

「・・・兄くん・・・。」

「・・・お願い・・・。」

回されている僕の腕に、そっと手を添える千影。

微笑んだのが、何となく気配で判った。

「・・・甘えん坊だな・・・兄くんは・・・(はぁと)。」


 仰向けに寝ている僕の上にもたれて、

胸板に頬を寄せている千影の表情は、とても安らいでいた。

「・・・兄くんの鼓動を聞いていると、心が落ち着く・・・。」

そう言ってうっとりする千影の髪を、優しく撫でてあげる。

普段は編んでまとめてある髪は、今はほどけて、

千影の背中を紫暗のビロードで覆っている。

「・・・それにしても、兄くんはあの頃から・・・変わらない・・・な・・・。」

「あの頃・・・?」

「・・・ねぇ、兄くん。

兄くんは、私との約束・・・覚えているかい・・・?」

「・・・・・・確かギロチンを買ってって・・・痛っ!」

覆い被さってきた千影が、軽く僕の肩を噛んで、

すねたような視線を向けてくる。

「・・・冗談だよ・・・。確か――」


『・・・ねぇ、兄くん。お願いが・・・あるの・・・。』

『お願い? なぁに?』

『・・・ちかのものに・・・なってくれる・・・?』

『千影のものに?』

『・・・うん。ちかだけの兄くんに・・・なって欲しいの・・・。』

『う〜〜ん・・・それは・・・やっぱり出来ないよ。』

『・・・何故? ちかのことが・・・嫌い・・・だから・・・?』

『そうじゃないよ。』

『・・・なら、どうして・・・?』

『だって、僕は千影のお兄さんだけど、咲耶や可憐、鈴凛や花穂に鞠絵・・・

そして今度産まれてくる赤ちゃん達の、お兄さんでもあるもの。』

『・・・・・・。』

『だから、千影だけのものになることは、出来ないよ。』

『・・・判った。・・・それなら、

ちかのことを1番好きに・・・させてみせる・・・。』

『千影のことを? 僕が?』

『・・・そうしたら、ちかだけの兄くんに・・・なってくれる・・・?』

『・・・・・・判ったよ。そうしたら、千影だけのものになるよ・・・。』

『・・・本当・・・?』

『うん。』

『それじゃあ――』

『『・・・約束・・・』』


「――っていうやつでしょ。ちゃんと覚えてるよ。

・・・それにしても5歳児の発言とは思えな・・・痛っ!」

今度は、首筋を噛まれてしまう。

「・・・・・・意地悪・・・。」

噛んでくるのは、千影が甘えたいときの癖だ。

普段は理知的な千影が時折見せる動物的な仕種が、

たまらなく愛らしかった。

「・・・嫌いになった・・・?」

もう一度、滑らかな手触りを楽しむように、優しく髪を撫でる。

「・・・ううん。・・・もっと・・・

私の心を・・・兄くんの心で、縛って欲しい・・・。」

「・・・そうすれば、兄くんの心も・・・私の心で・・・縛れるから・・・。」

「・・・千影・・・。」

「・・・いつか、行こう・・・2人だけの・・・世界に・・・。

光に満ちた・・・あの世界に・・・。」

「・・・2人だけの、世界、か・・・。」

それも悪くない、と思うのは、千影の魔術が効いてきた証拠――なのかな?

「・・・そこには、永遠が・・・あるんだ。

・・・永遠に、私と兄くんの2人きりで・・・。」

そう言って、僕の胸板に両手を付いて、上体を起こす。

白磁のように滑らかで細い肩を、さらさらと紫暗の川が流れる。

ゆっくりと、微笑みながら言葉を紡ぐ。

 それはまるで呪文のように、僕の心に滑り込んできた。

「・・・約束だよ・・・兄くん・・・。」


僕を捕らえて離さない、蠱惑的な微笑みと共に――



―おわり―