「………今日は暇ね」
ひびきの高校の茶道部の部室で一人水無月琴子が、今日も誰も部員が来ない茶道部の部室でまだ11月の半ばなのにコタツを出してあるからコタツに潜り、ボーーーッとしている。最近茶道部はあまり部員が活動に参加しないのである。
(別に文化部だから毎日来ないと行けないわけじゃないし、来なかったらどうかなると言うものでもないけどやっぱりあまり人が来ないと言うのは寂しいわね)
そんな風に水無月琴子が考えていると茶道部の部室の廊下を歩いている二人の男子生徒が目に映る。自分の親友の幼なじみとその友人坂城匠が一緒に歩いているのを見て琴子はちょっといい事を思いついてしまう。
「ちょっと、ちょっと」
部室から笑顔で琴子が匠と彼を呼ぶと匠と彼は反射的に1歩自分の身体を後ろに下がらせてしまう。
(おい、匠。水無月さんが笑ってるぞ)
(こりゃあ絶対に何かあるね。ここは逃げよう)
(賛成だ、絶対にこき使われるに決まってる)
(よし、1、2の3で逃げよう。イチ、ニの……)
ダッ
彼と匠は琴子に背を向けると一気にひびきの高校の校舎を駆け出し、自分達の明日の未来を勝ち取ろうとしたのだが階段まで後一歩という所で思いがけない人物に会ってしまう。
「あれ、こんなところでそんなに慌ててどうしたの?」
自分の幼なじみであり、今頃は運動場で陸上部の練習をしているはずのショートカットと元気な笑みが印象的な陽ノ下光に会ってしまい、彼もどう反応をすればいいのか一瞬躊躇してしまう。
「ひ、光。こんなところでどうしたんだ?」
「どうしたって今日は私ミーティングだけだもん。だから君と帰ろうって思ってクラスに戻ろうと思ったんだけど会えてよかったぁ。一緒に帰ろうよ」
「そ、そうだな。一緒に帰ろうか」
「うん!…あれ?琴子だ」
光が自分達に向かってスタスタと歩いてくる茶道部部員の水無月琴子の名前を呼ぶと琴子も親友ににっこりと挨拶を返す。
「こんにちは、光。ちょうどいい所で会えて嬉しいわ。光もちょっと来ない?今、茶道部に誰もいないからお茶ぐらい出すわよ」
「うん、それじゃあ寄せてもらうね。坂城君も行こうよ!」
光に言われて匠が思い出したようにポンと手を叩いて言う。
「あー、そう言えば俺今日はどうしてもはずせない用事があったんだ。いやー、残念だけど今日は遠慮するよ、水無月さん」
「そうなの?それじゃあ仕方ないわね」
琴子が仕方なさそうに言うと匠も笑顔で言う。
「いやぁ、本当に残念だなぁ。あ、それじゃあお達者で〜」
そう言って匠が帰ろうとすると彼も慌てて、
「あ、そう言えば俺も用事があるんだった」
と言うと琴子が彼を冷ややかに睨んで言う。
「あら、さっきは光と一緒に帰るんじゃなかったの?あなたの用事ってコロコロ変わるのね」
(し、しまったぁ。ついいつものクセで光に誘われてオーケーした事がこんなところで仇になってしまうなんて。もうダメだ。俺は水無月さんにボロボロにこき使われるんだ)
心の中で血の涙を流しながら彼がコクリとうなずいて匠との別れを惜しむと光と琴子について茶道部の部室に入らされるのであった。
「ふーーん、あんまり変わり映えしてないね」
光がちょっと興味深げに前に来た時とあまり様子の変わらない茶道部の部室を見てそう言うと琴子もうなずく。
「ええ、だからちょっと模様替えをしようと思ってね。手伝ってくれない、光?」
「うん、いいよ。君ももちろんオーケーだよね!」
自分の幼なじみにそう言われては
「もちろんいいぜ。どんな荷物でも俺が運んで見せるよ」
と間抜けにも自分で墓穴を掘ってしまうしかない彼であった。
「あら、頼もしいわね。それじゃあロッカーの上の荷物とかをちょっと整理したいからダンボールとかを下ろしてね。私と光はちょっと最近使わない茶道具を洗ってるから」
「い、いや、実は俺最近持病の腰痛であまり高い所にある物を持ってはいけませんって医者に言われてるんで…」
彼がそう言うと光がおかしそうに笑ってしまう。
「あははっ、面白い冗談だね。でも、ちょっとおじさんっぽいよ」
「そ、そうだな。うーん、もう少し違う病気が良かったかな?」
彼がそう言って自分のギャグ(本心)に首をひねると琴子が彼にロッカーの上の荷物をとってくれるように頼むので仕方なく手伝うのであった。
2時間後。
彼が息も絶え絶えに茶道部の模様替えを終えると、大方の茶道具を洗い終わり、こちらも一息ついた水無月琴子と陽ノ下光が彼に拍手を送ると彼が笑顔でうなずく。
「ははは。これぐらい大した事ないよ」
しかし心の中では
(うう……結局茶道部の荷物をいったん廊下に出してそれから水無月さんの指示にしたがって全部配置をかえたんだからはっきり言ってすごく疲れた。光も水無月さんと話してばかりであまりこっちの方は手伝ってくれないし)
そんな風に自分をこき使う女子生徒に文句を言ってしまう。
「結構片付いたわね。まぁ後は私がやるからあなたと光は帰ってもいいわよ」
彼の表情を見ながら琴子が雑巾を片手にそう言うと光が慌てて言う。
「えっ、いいよ琴子。私と彼が手伝うからさ。茶道部は誰も来てないんでしょ。だったら琴子一人じゃ無理だよ」
「でも、彼に悪いでしょ」
水無月琴子が本当にすまなそうに言うと彼が鷹揚に首を振って言う。
「そんなことないよ。俺や光は全然暇だからさ。6時だろうが7時だろうが付き合うよ」
彼がそう宣言してしまうと琴子がニヤリと笑みを浮かべて、
「ありがとう。光、いい幼なじみを持ったわね」
と自分の親友に言うと光が彼を見て照れたような表情を浮かべてしまう。
「そ、そんなことないよ」
「ふふっ。じゃあ、あなた、この部屋の拭き掃除を頼むわね。私と光はちょっと道具を洗ってくるわ」
琴子が相変わらず自分が親友の彼のことを褒めると赤くなってしまう癖が抜けない光をおかしそうに見ながら彼に雑巾を差し出して彼に部屋の中の掃除を任せる。琴子に差し出された雑巾を受け取って彼が仕方なく部屋の中の掃除に取り掛かると琴子が光を誘って残った茶道具を洗いに行くのであった。
光と琴子が制服の腕を捲り上げ、お茶の道具を洗いながら琴子がつぶやく。
「光。……あなたはどうして彼の事が好きなの?」
いきなり自分の親友に質問をされて光が不思議そうな表情を浮かべてしまう。
「え……?」
「変な事を聞いてごめんなさい。でも思ったのよ、光はあの男のどんなところが好きなのかしらってね。あんな鈍感な男のどこが……」
「か、彼ってそんなに鈍感かな?」
光が不思議そうにそう質問すると琴子がうなずく。
「鈍感ね!」
「うう……やっぱり」
「もうすぐ高校3年生だって言うのに光と彼って全然進んでないんじゃないの?光、彼と初めて口付けを交わしたのははいつかしら?」
ガラガラ……
「光、手を滑らしちゃダメよ。一応この道具の中にはみんなの部費で買ってるのもあるんだから」
自分の親友のあせった様子に冷静に琴子が言うと、光が泣きそうな表情を浮かべてしまう。
「だ、だって琴子が変な事を言うから……」
「ふぅ、その様子じゃあ高校を卒業するまでにあなたと彼の仲が進むのは無理かもしれないわねぇ」
「だ、大丈夫だよ」
「何が大丈夫なのよ。光、その大丈夫な根拠を1000文字以内にまとめて提出しなさいよ」
「ううっ、今日の琴子押しが強いね」
光が洗い終わった茶道具を拭きながらそう言うと琴子が怒ったように言う。
「大体、今年の文化祭も去年の文化祭も全然あなた達雰囲気が変わってないじゃない。いい、光、彼はもう頭に超が1万個ほどつく鈍感なんだからあなたが積極的にならないと絶対にだめよ」
「う、うん」
「光っていつもは元気で行動的なのにいざと言う時に自分の気持ちを相手に伝えられない時があるから少し心配なのよ。彼が光の事を嫌っているとは思えないけど光もそんな彼の気持ちに甘えないでしっかりしないとダメよ」
「………琴子」
光が自分の親友の言葉にそうつぶやいてしまうと琴子が笑顔を浮かべて言う。
「そんなしんみりした表情はダメよ。光のとりえはいつも元気で彼の前では決して涙を見せない。……そうでしょ」
「う、うん!」
「そうそう。……さ、茶道部に帰るわよ」
そう言って琴子が拭き終わった茶道具を箱の中に入れ終わるとそれを持って茶道部に戻ろうとし、慌てて光も自分の親友についていく。
「うんっ!……えへへ、琴子ってやっぱりやさしいんだね」
「あら、私にお世辞を言っても何も出ないわよ」
「もう、琴子も素直になってよ。でないと琴子も彼ができないよ」
「うーーん、私の近くにはあんまりいい男性っていないからねぇ」
「坂城君は?」
光の言葉に琴子が首を振って言う。
「そんな風に勧めてくれなくてもいいわよ。まぁ今は手のかかる妹がいるから妹の方が一段落ついたらその時にまた考えるわね」
琴子の言葉に光が不思議そうな表情を浮かべてしまう。
「琴子って妹がいたんだ?私、全然知らなかったなぁ」
光が本当に初耳だと言う感じでそう言うと、琴子も仕方なく心の中で、
(あなたの事よ、光)
やさしくつぶやくのであった。
その頃彼はそんなことを光と琴子がそんな話をしているのも知らずに一生懸命に拭き掃除をしているのであった。