「俳句研究」2007年1月号(富士見書房)


俳句実作の俳枕 「成田山新勝寺」


吉田 悦花





正月三が日に二六〇万人の参拝者でにぎわう成田山新勝寺は、千葉県成田市にある真言宗智山派の大本山。関東三大不動のひとつ。初詣や節分など、ニュースにもよく登場する。千葉県出身の私は、子供の頃、成田山の焼印の木札が入った交通安全のお守りを持たされていた。

成田山新勝寺は、天慶三(九四〇)年、寛朝大僧正によって開山した。その前年、朱雀天皇は、寛朝に命じて、高雄山神護寺の空海作の不動明王像を東国へ移し、平将門の乱の平定祈願のため、護摩を修めさせた。朝廷軍の勝利と将門の死を祈り、乱の鎮圧後、その地に不動明王を本尊とする新勝寺を建立し、東国鎮護の寺院としたのである。

江戸時代中期の中興の祖・照範上人は、本堂(現・光明堂)を建立し、不動明王像を江戸に運んで出開帳を行った。

さらに、歌舞伎役者の初代市川團十郎が、成田不動に帰依して「成田屋」の屋号を名乗り、不動明王が登場する芝居を演じるなど、広告塔のような役割を担ったことで、「成田のお不動さま」の名は全国的に広まった。

成田詣は、江戸市民の格好のレジャーとなり、現在も年間約一千万人の参拝者を集めている。

広大な境内には伽藍が並び、仁王門、三重塔、額堂、光明堂、釈迦堂の五棟は、国の重要文化財指定。本堂正面の大注連縄は、照範上人が考案したことから「照範じめ」と呼ばれる独特のもの。こうしたものから、成田山の人気や隆盛に思いを馳せることも、実作のポイントといえよう。

豊かな緑や池の配された成田山公園は、参詣の疲れを癒す散歩スポット。梅と桜の名所でもある。藤棚の脇の「丈六に陽炎高し石の上 芭蕉」(天明八年建立)、「凄かりし月の団蔵七代目  虚子」などの句碑もある。

JR・京成成田駅から成田山にいたる表参道には、老舗旅館、飲食店、みやげもの屋で賑わっている。参道沿いには、市内の旧家に生まれた三橋鷹女のブロンズ像が、等身大の着物姿で佇んでいる。鷹女の父・重兵衛は、新勝寺の重役や成田市助役もつとめた。

成田山の近くには、日本の空の玄関、成田国際空港がある。国際都市・成田として、外国人の姿も目立つ。その上空には、多くの旅客機が飛来している。




HOME  戻る