SENRYU(川柳)

吉田悦花 川柳集

茶ン茶羅吟社川柳第四集『兎園冊』(二〇〇ニ年発行)所収

悦花句集 (全四〇句より抜粋)




背景画像タンマさんご提供





 オトナの遊び   

文・吉田悦花  (ヨシダ・エツカ/茶ン茶羅吟社同人)

南平さんとの出会いは、たしか1994年頃だったと思う。俳句をかじり始めていたわたしを、はるこさんが、茶ン茶羅吟社の川柳会に誘ってくださったのだ。東京・中野の居酒屋の二階、一番奥の個室が定例の場所だった。

当時、南平さんは、七〇歳前。長い教員生活をリタイアされ、悠々自適の生活を送られていたようだ。お酒はかなりいけるクチだったが、いくら召し上がってもにこやかで、泰然としておられた。口数は少なく、はにかんだような笑顔が印象的だった。お名前のとおり華のある華さんとは異なるシブイ魅力で、「人生の達人」ということばが頭に浮かんだ。

冷めてても別れずにいる堀ごたつ
しば漬をはずれ亭主とつつき合い

見た目ほのぼのとして、やがて薄ら寒くなるような。堀ごたつ、しば漬という、ごく日常の素材が、人生の哀歓を醸し出している。これも現実という諦観が感じられて、どこか凄みがある。

川柳って余裕のあるオトナの遊びなんだ。大変な世界に首を突っ込んじゃったかも……というのが、当時のわたしの正直なキモチであった。好奇心旺盛というと聞こえはよいが、おっちょこちょいのわたしは、「人生の達人」にお目にかかるのを愉しみに、駄句を重ねてひるまず、川柳会に出席させていただいた。





南平作品は、どこか凄みのある人生句から、そのまま絵が浮かぶようなリアリティーとユーモア精神を武器として、自由自在に日常を詠み込むスタイルに変わってきたような気がする。

とくに、二〇〇〇年の年賀状にも記されていた「誤作動」句は、コンピュータ二〇〇〇年問題に右往左往するニッポンに対する、強烈な諧謔精神が息づく。川柳という詩形だからこそ言い得た、と思う。

長いこと会への出席が遠のいていた南平さんが、自宅療養されているとうかがい、二〇〇一年八月一一日、はるこさんと四季さんと三人で南平さんをお訪ねした。激しい雷雨の中、突然の来訪にもかかわらず、笑顔で迎えてくださった。中野駅へ帰る途中、雨は上がっていた。

あの日から、もうすぐ一年になる。


(茶ン茶羅吟社川柳第四集『兎園冊』より)


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