第13回 ROD STEWART "ATLANTIC CROSSING"
(1975年発表)

高校時代、本格的に洋楽を聴きだしてから丸3年間はアナログ・
レコードで収集をしていたせいか、今でもCDを聴く際には
A面・B面にこだわってしまう。アナログ時代のアルバムがCD化
されたものは当然、CDが主流になってから制作されたものでも、
「ここまでがA面、ここからB面だ。」とはっきりわかる作品の方が好き。
作ったミュージシャンもそれを意識しているのがよくわかるし、
大体そういうアルバムは構成が間延びしていない。学校の授業が
そうであるように、ヒトの集中力はどうやら1時間前後のようだし、
その真ん中で1度休めればベストなのだろう。その意味でLP盤は
ヒトに優しいメディアだ(った)と言えると思う。逆に80分近くまで
収録されているCDでボクが気に入っているものは、ほとんどない。
このLPの効果を上手く使ったのが、ロッド・スチュワートの
「アトランティック・クロッシング」。A面を「ファースト・ハーフ」として
ロックン・ロールナンバーばかりを集め、B面を「スロー・ハーフ」
としてバラッドナンバーばかりを集めた会心作。大好きなアルバムだ。
イギリスでサッカー好きの少年として育ったロッドが歌手として一躍
注目を集めたのは、ヤードバーズを脱退した天才ギタリスト、
ジェフ・ベックのグループに参加してから。その後、同グループの
ロン・ウッドと一緒に解散状態になっていたスモール・フェイセズに
加入、バンド名を「フェイセズ」と改めて活動する。同時にソロ活動も
開始し、これがフェイセズ以上の評価を得、イギリスを代表する
ヴォーカリストとなっていく。
もともとサム・クックやオーティス・レディングなどのアメリカの
黒人ヴォーカリスト達に憧れて音楽活動をスタートさせたロッド。
イギリスでトップを取っても、是非アメリカで、かの黒人ヴォーカリスト
達をバックアップしたミュージシャン達とアルバムを作りたいと
願っていた。それが初めて実現したのが「アトランティック・
クロッシング」なのだ。タイトルは文字通り、イギリスから
「大西洋を渡って」アメリカにでかけたロッド自身のことであり、
ジャケットもその様子を実にロマンティックなイラストで表現している。
憧れの地で、憧れのミュージシャン達に囲まれた喜びをストレートに
表現し、「ファースト・ハーフ」でジャンプ感いっぱいに伸び伸びと
歌う彼も素晴しいが、ボクが特に好きなのは、二ール・ヤングと
活動を共にしていたクレイジー・ホースのギタリスト、ダニー・
ウィットン作の「もう話したくない」に始まり、あの「セイリング」で
終わる「スロー・ハーフ」の方だ。これほどの寂寥感を歌に
込められるのは、やはりロッドがロック史上数少ない「原石の」
ヴォーカリストである証ではないか、と思う。数年前東北を
一人旅した際に、宿をとった青森の街を夕食後ブラブラと
していたら、閉店間近で人もまばらな商店街の有線で
「もう話したくない」が流れた時には、思わず涙したものだ。
このアルバム以降ロッドはフェイセズを脱退、そのままアメリカを
本拠地にソロ1本で活動していく(これがきっかけでフェイセズは
解散、ロン・ウッドはローリング・ストーンズに加入する)。
その後のスーパースター振りは誰もが知るところだが、
残念ながらここから今までの間、僕が好きな彼のアルバムと
言えば、'88年の「アウト・オブ・オーダー」だけなのである。
もともとトラッド向きのシンガーゆえに、ゴージャスな
サウンド・プロダクションは彼には似合わないと思う。
「アトランティック・クロッシング」以前のアルバムが、
シンプルなサウンドでどれも良い作品ばかりだったのとは、
極めて対照的なのだ。
ボクにとっては、今のロッドには「大御所シンガーだなぁ」という
感慨があるだけだ。ここ10年程の間にやたらとベスト盤の類が
リリースされていることからして、彼の新作に期待する
つもりは、もう全くない。あ、数年前ドラマの主題歌になった
「レイディ・ラック」という曲だけは良かったな。
それこそ昔に返ったような曲・音作りだったのだ。
「アトランティック・クロッシング」は、あの時のロッドにしか
作れなかったアルバム、ということなのだろう。ミュージシャンが
成長していくというのも、いろいろ難しいことなのだ。
(2002年10月24日記)
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