第6回 TELEVISION "MARQUEE MOON" (1977年発表)

前回であまりはっきりとは触れなかったが、ジョニー・
サンダースはニューヨークの音楽シーンから出てきた人物だ。
そこで'もう1つ、ニューヨークから出てきたバンドを紹介しよう。
TELEVISION。まぁ、なんと人を繰ったバンド名であることか。
ジョニー・サンダースが在籍したニューヨーク・ドールズや
ハートブレイカーズ、このテレヴィジョン、パティ・スミス、ラモーンズ
あたりが'70年代前半のNYのアンダーグラウンドシーンで活躍し、
巨大産業化していく王道ロックとの差別化のために「パンク」と
呼ばれるようになる。そして、これらのバンドの音がイギリスに
渡ってピストルズやクラッシュ、ダムドなどのロンドン・パンクへと
飛び火したのだ。だから、パンクの発祥地はNY。ロンドンじゃ
ないんだよ、そこの若いの(誰やねん)。
で、ロンドン・パンクは割りと3コードの早いロック、と相場が
決まっていたが、NYではそもそもシーンそのものをパンクと
呼んでいたので、それぞれのバンドの音は結構まちまちだった。
ドールズ、ハートブレイカーズ、ラモーンズ辺りはそのままロンドン・
パンクの親玉のようなサウンドだったが、このテレヴィジョンや
パティ・スミスのサウンドは、'60年代のストーンズやドアーズの
直系に近い。とりわけテレヴィジョンは、メンバーがドアーズの
大ファンだったということもあって、ドアーズが持っていたような
サイケデリック感覚を継承していた。何といっても、この1st
アルバム"MARQUEE
MOON(マーキー・ムーン)"は、彼らが
「ドアーズと同じレーベルだから」ということで選んだ
エレクトラからリリースされたのだ。
「マーキー」とは、ホテルや劇場などの玄関上の「ひさし」のこと。
よくアメリカ映画でお目にかかるやつだ。その上にかかった月、
だろうか。なんとなくNYの街角に立つメンバーの姿が目に
浮かぶような、ちょっとロマンティックなタイトルだと思う。
ギター2本、ベース、ドラムスという4人編成で、ヴォーカルは片方の
ギタリスト、トム・ヴァーレインがとっている。トムは、作詞・作曲も
一手に引き受けていた、バンドのリーダーだ。
このヴァーレイン(VARLAINE)という変わった名字、もちろん芸名で、
詩人ヴェルレーヌの英語読みなのである。バンド名にしても、略すとTV、
つまり彼のイニシャルになるし。うーん、文学。ここにもドアーズとの
共通点を感じる。よってトムの書く詩はイメージ優先の難解な
もの。そして、2本のギターとリズム隊が、まるで蠢く生き物のように
有機的に絡み合うサウンド。これらが一緒になる時、彼らの音楽は、
NYのアンダーグラウンドの景色をヴィヴィッドに描き出したのだ。
'77年にこのアルバムを発表後、翌'78年に2ndアルバム
"ADVENTURE"を発表して、彼らはあっけなく解散してしまう。
でも、バンド結成からメジャーデビューまでの時間の方が長かった
ので、実質6〜7年間の活動期間だったのではないだろうか。
・・・しかし、彼らの伝説はこれで終わりではなかった。
'92年、彼らは14年ぶりの3rdアルバム"TELEVISION"を引っ提げて
復活する。一説には、'78年の解散時に彼らは「'92年に3rd
アルバムを作ることを約束していた」というのだが、ホントですかね?
まぁ、とにかく彼らは復活し、ついに初めての来日公演が行なわれた。
ボクも行きましたよ、新宿厚生年金ホールでの追加公演。
会場は、伝説のバンドをとことん見ようという観客で沸き返って
いた。しかし、そんな観客を尻目に、彼らはまだリリース前の(!)
3rdアルバムの曲を中心に飄々とステージを行ない、その演奏
は、観客の反応とは関係のないところで、インプロヴィゼイションを
重ねるごとに白熱していくように感じられた。ラストは、1stアルバム
のタイトル曲、"MARQUEE MOON"。MCはなかったのだが、
観客もこれがラストと見抜いたのだろう。やけっぱちのような
盛り上がりだった。しかし、最後の最後、インプロの最中でトムの
ギターのエフェクターが壊れたらしく、演奏をぶった切ってあっけなく
終了、アンコールもなしだった。あの時は結構がっかりした憶えが
あるが、今思うと、あれも彼ららしいステージングだったような。
で、その後、また彼らの音沙汰はなくなってしまうのだった。
・・・そして、さらに10年後の今年、彼らはまたまた再結成を
果たして、苗場のフジロック・フェスティバルにやってきた。残念
ながらボクは観に行くことがでなかったが、ライヴレポートを
サイトで見た限りでは、さすがにメンバー、老けてました・・・。でも、
音の方はきっと、いぶし銀を放っていたことだろう。
それと、ステージ袖で、盟友パティ・スミスが彼らを見守っている
写真が載っていた。美しかった!
今回はニューアルバムは作らないのかな?
先程、「テレヴィジョンはNYのアンダーグラウンドの景色を
描き出した」と書いたが、実はボク、まだNYに行ったことが
ない。今は、彼らの音を通して、想像するのみである。
でも多分、その想像はそんなに外れてはいないと思う。
彼らの様な音がNY以外の街から現れるはずがない。それは
アルバムを聴けば、一聴瞭然だからである。ちょっとこじつけに
なるかも知れないが、そう言い切れるだけの説得力が
彼らの音楽にはある、ということだ。ちなみに、ボクの
1stアルバムの"my
little
frictions"というタイトルのヒントは、
このアルバムの収録曲からいただいたものだ。
実は、この先ボクがNYを訪れるときに持って行きたい
アルバムがもう1枚、ある。それは、BILLY JOELの
"THE
STRANGER"なのです(笑)。
(2002年8月14日記)
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