◇

 

「せあっ!」

 掛け声と共に、耕介は剣を繰り出した。袈裟懸けから一度引き、今度は水平に刀身を打ち出す。

 刹那の激突音が、幾度となく庭に響き渡る。

 が、それを受ける薫の方は、至って冷静に耕介の攻撃を裁いていた。軽くステップを踏みながら、少しずつ後退する。繰り返し打ち出される彼の攻撃は、ことごとく彼女の一動作によって潰されていた。

 だが、だからといって勝敗が決まっているのかといえば、それは違った。

 理由はひとつ。戦況はまだ霊力の勝負にいたっていない。

 自信がある。こと霊力勝負になれば、負ける気はしない。

 と、薫が攻撃に転じようとしたところを踏んで、耕介は一気に後方に跳躍した。

「そろそろ、本気で行く」

 呟く。その意図は彼女にも伝わったらしい。増大する耕介の闘気と霊力に、薫は一瞬身震いしたようだったが、すぐに気を取り直して霊力を高めはじめた。

『神気発勝』

 二人の声が重なり、その刀身が光を放つ。

「一灯流『真威桜月刃』!」

「無尽流『洸牙』!」

 同時にはなった霊気の波は、しかし二人の中央でぶつかり、爆音を上げて霧散する。

「追の太刀『疾風』」

 十六夜の意識が薫に伝わり、間髪入れずに『十六夜』から第二の衝撃波が放たれた。一方御架月のサポートを受けていない耕介は、その攻撃に反応するのに一歩遅れた形になる。

(直撃するっ)

 そう判断したときには、身体に伝わる鈍い衝撃と共に、耕介はそのまま五メートルほど吹き飛んでいた。

 一瞬意識が反転し、地面にたたきつけられた反動で再び目を覚ます。口の中に、鉄の味が広がった。

「こ、耕介さん?」

 その様子に、まさか当たるとは思っていなかったらしく、逆に薫の方が驚いた声を上げた。

「大丈夫」

 起き上がって、耕介は薫に向き直った。口の中以外、ダメージは受けていない。

「薫。耕介様は無尽流も扱えます。気を抜いてはいけません」

「わかっちょる」

 十六夜さんからの軽い戒めの言葉に、薫は再び気を引き締めた。

「真威楓陣刃!」

 霊波砲。

 そう呼んで差し支えないほどの質量と速度を持った光の束が、耕介に襲い掛かかる。

 その光が目の前に迫り来るのを、しかし耕介はまるで他人事のように感じていた。当たれば、それは大怪我ではすまない。

 ひょっとしたら自殺願望でもあるのかもな、とも思う。

(双真なら、こんな時どうしただろう)

 久しぶりに会った友人は、耕介に負けず劣らず変わっていた。少なくとも、昔のような餓えた獣ではなくなった。

 だが、その変化はあくまで見た目のもの。『反力』という特殊能力を持つ彼の本質は、以前と何も変わっていないことは──ただ会話を交わしただけだったが──耕介にも理解できる。

「時は人を変える。良くも悪くも」

 彼の格言のような言葉。

 だが本当に、人はそう簡単に変わるのだろうか。

(俺の中には、いまだ『破壊者』と呼ばれていた頃の暴虐性が残っているんじゃないのか)

 だとすれば、それは耕介が考える中で最も恐ろしい結果を生むことになる。

 守ると決心した者たちを、自ら穢すかもしれない可能性は、決して皆無じゃない。

「戦いは技術の比べ合いじゃない。人間が行う生命活動の中で、最も原始に近い欲求活動。それは命だけでなく精神すら奪い合う代物だ」

 双真が、いつか言っていた言葉。

 白い、幹部専用の特攻服。背中に『HELL&HEAVEN』を示す、『天獄』の赤い刺繍が入ったそれをたなびかせて、彼は耕介の隣に立って言った。

「だから、敵を殺したいならまず己を消せ。すべての世界の(しがらみ)から自分を解放しろ」

(違う!)

 心の中で叫ぶ。

(薫は……彼女たち(・・・・)は敵じゃない!)

 それらの思考はほんの一瞬だった。迫り来る楓陣刃を前に、だが彼は無造作に構えを解く。

「無尽流……」

 小声で呟き、耕介は霊力を剣を持っていない左手に集中させる。

「『限』……」

 そして、薫の放った霊波砲を、いともあっさりと片手ではじき返した。

「な!」

 はじき返された霊力の波は、そのまま耕介の遥か後方でうねりを上げて爆発する。

 一切手加減などしなかった霊波攻撃を、まさか素手で弾かれるとは予想していなかったのだろう、薫の目が大きく見開かれた。その驚く薫に対し、十六夜は冷静に事を見つめている。

 神咲無尽流『限』──

 霊力を一箇所に集中することでいかなる敵の攻撃をも防ぎながら、その一方で手中させた霊力で攻撃をするという攻防一体の技。

 それを今、耕介は防御にだけ使ったのだ。

「薫!」

 十六夜が主に呼びかけると、彼女はすぐに反応を示してきた。

「十六夜。今のは?」

「無尽流の技のひとつです。基本的には攻撃主体の無尽流の中で、あの『限』という技は防御も兼ねた特殊なタイプです」

「一撃喰らったら終わりやね」

 驚きながらも、薫は『限』の特性を冷静に見抜いていた。刀を水平に構えなおし、再び『十六夜』に霊力を流し込む。

「総合的霊力の許容量が劣るうちが勝つには短期決戦を臨むしかない。十六夜、いくよ」

「はい!」

 一気に間合いを詰めようと、彼女は駆け出した。

 その薫の一挙一動を、耕介は相変わらず構えもせずに見つめる。

 ふと、このまま薫の剣をその身で受けたい欲求に駆られる。

 ──死。

 間違いなく、それは自分に死をもたらす。

 薫は剣の達人。その力量を持ってすれば、寸止めもできてもおかしくはない。

 だがおそらく彼女はその手を止めないだろう。

 彼女は知らない。自分が今考えていることを。

 だから死ぬ。

 ──死。

「死ぬ……俺が?」

 呟く。それは、すでに間合いに入っていた薫にも聞こえていた。だが、

「はああああっ!」

 彼女は止まらない。

 薫は気付いていなかった。

 耕介の異変に。

 御架月は止めるべきだった。

 彼が『槙原耕介』であるうちに。

「楓陣刃ぁ!」

 『十六夜』を振り下ろす。近距離からの技の発動。彼女が狙っていたのはこれだった。

「うわあああああああああああああっ!」

 耕介の雄叫びが──いや、悲鳴が響き渡る。

 だがそれは、楓陣刃を喰らったことによるものではなかった。

「無尽流『纏』!」

 紙一重でそれをよけ、『御架月』に霊力を送り込んで技を発動させる。

 動く。

 世界がモノクロになり、感覚のすべてが時空間より遮断される。

 無尽流の誇る高速移動術。

 薫には、耕介が楓陣刃を紙一重でよけて、一歩を踏み出したところまでしか見えなかった。

 気配もろとも、耕介を見失う。

「え?」

 薫が事態を把握できずにいる間に、耕介は彼女の上空に飛んでいた。彼女はまだ、こちらに気付いていない。

「薫」

 呼びかける。

 静かに。そして殺気をこめて。

 その声に、彼女も上を向いた。慌てて十六夜を構える。

 だが、遅い。

 このまま振りぬけば、確実に彼女の首は飛ぶ。『十六夜』ごと彼女を裂く。そう実感するが、耕介はその手を止めなかった。

「無尽流『雷切』」

「耕介様ぁ!」

 危険を察知したらしい御架月が叫ぶ声が聞こえる。

 それは確かに耕介の耳にも届いていた。だが今の彼にとって、それはただの音でしかない。

 思考が狂う。

 敵は殺す。そうしなければこちらが殺られる。

 だから止まらない。

 止められるわけがない。

(何故止めなければならない?彼女は敵なのに……)

 敵。

(敵は誰?)

 いや違う。

(誰が敵だ?)

 知っている。

(命を狙う者、命を奪う者)

 なら彼女は……敵なのだろうか。

(わからない。だがもう遅い。もうすぐ自分は彼女を殺す)

 殺す。

(彼女を?)

 だとするならば、

(彼女の命を狙っているのは俺。彼女の命を奪うのも俺)

 そして。

(ああ、そうか)

 思い当たる。

 彼女は敵ではない。

俺が彼女たちの敵なんだ(・・・・・・・・・・・)

 理解する。それが真実だと。そして、迷いが晴れたように、耕介は剣を振り下ろした。

 と──

 ガコォンッ!と鳴った音は、しかし剣の激突音でも、ましてや肉が切り裂かれる音でもなかった。

 空中にフライパンが飛ぶ。

 その場違いな代物が跳んできた方向を振り返って、

「ま、真雪様?」

 御架月が驚きの声を上げた。

 そして──

 真雪や知佳が駆け寄ってくる様をぼんやりと見つめながら、耕介はそこで意識を失った。

 

 

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