◇
「いればいいじゃん」
切実な耕介の呟きに、いともあっけなくそう言ったのは真雪だった。
「真雪さん?……に、薫。十六夜さんに御架月も。いつの間に?」
「ちょっと前だよ。知佳に呼びに行かせたんだろ?」
「そうですけど、来てたなら声かけてくれればいいのに」
慌てて、耕介は顔を彼女の方に向けた。涙を流す寸前であったために、泣き顔を見られずには済んだ。が、相変わらず身体は自由が利かない。
「考え事してたみたいだったからね。まとまったかい?」
「いえ……」
力なく首を振る耕介に、真雪は軽くため息をついた。顔だけをドアの方に向けて、
「愛。入ってこいよ」
「え?」
驚いたのは耕介だった。止めるまもなくドアが開き、愛が顔をのぞかせる。
「いいんですか?」
そう伺うようにおずおずと、彼女は部屋に入ってきた。その愛に、真雪は笑い返す。
「愛はここのオーナーだろ?何を気兼ねしてんだよ。耕介の今後の話を聞く権利はいの一番にある。ま、昨日の件については神咲が一番か?どっちにしても入っていいよ。それから……」
そう言って、今度は窓の方に視線を移す。
「残りがこの部屋に入ると随分手狭になるんだが。どうする?そこの四人」
「あうっ」
窓の外から聞こえた声は、知佳のものだった。
「あ、バカ」
「声出したら駄目なのだ、知佳坊」
これは、リスティと美緒。
「でも、もう気付かれてると思うよ」
と、一人あきらめたようなみなみの声。
「みんな、来てるのか……」
相変わらずベッドに寝そべったまま、耕介が嘆息気味に呟いた。
「皆、昨日のあれを見てるんだ。気にするなって方が無理だろ?」
どこか茶化したように言う真雪は、だが次の瞬間、真剣な顔をして、
「話っていうのは昨日のことだろ?」
「はい……」
「そっか。んで?皆に聞かれちゃあまずいことでもある?」
「…………」
問われて、耕介は黙り込んだ。
正直に言えば、まだ決心が付いていない。
つまりは、自分の過去を話すこと。そして、昨日起こったことの理由の説明。『破壊者』と呼ばれた自分を暴露すること。
今にしてみれば。いや、今になってやっと。
美緒や知佳。薫、十六夜がどのような気持ちで、新しく寮にやってくる人たちに自分の正体を明かしたのか、よくわかる。
拒絶されるかもしれない恐怖。
自分が人とは違う存在であることのコンプレックス。
けれど、話さないわけには行かない。事は、耕介が拒絶されるだけでは済まされない。
(だけど……)
怖い。
自分がこんなにも臆病者だったのだと思い知らされる。この人たちの笑顔が、二度とこちらに向けられなくなることへの恐怖。
それは、考えたくもない絶望の未来。
(けれど、もしかしたら……)
そう思わないわけでもない。だが、そうでない可能性への思索が、声帯を詰まらせる。
しかし状況によっては、拒絶されたらされたで、そのほうが都合がいいかもしれなかった。そうなれば、確実に耕介はさざなみ寮を出ることになる。そして気兼ねなく、奴らと戦える。
その後は長崎の実家だけでなく、今後二度と表社会には戻れなくなるだろう可能性はあるが、彼女たちを危険に巻き込むよりはいい。自分という危険に晒すことはない。
(そうか……)
はたと、気付く。
失うのは──失うのが怖いのは、自分の今の立場じゃない。
ましてや、自分が彼女たちという『家族』を失うことでもない。
(皆が幸せになれないこと。それが一番怖い)
ここに管理人として就任して、皆を守ると心に決めたのだ。なら、自分が今すべきことは、一つしか耕介には思い浮かばなかった。
顔を窓の方に向ける。時刻はもう夕方。暦はもうすぐ十一月。山の季節は、麓よりはいくばくか早い。その分冷えるであろう外にいる四人に、耕介は言った。
「知佳にリスティ。美緒にみなみちゃんも、入っておいで。ずっと外にいると風邪引くよ」
「Yes!」
待ってましたとばかりに返事をしたリスティが、フィンを広げる音が聞こえる。
「あ、コラ!リスティ?」
知佳のいまいち本気でない、叱咤の声。続いて、知佳のフィンが展開される音が響き──
一瞬で、四人は耕介の部屋に転移していた。
「きゃあっ!」
「いったぁい!」
と、同時に悲鳴とごつんっという音。
見ると、知佳と愛がお互いに頭を抑えてうずくまっていた。
「なーにやってんだか」
「とりあえず、リスティも知佳ちゃんも羽、しまったら?」
そう薫に言われ、二人はピアス型コントロールを操作して具現化した羽をしまう。
HGS患者がその能力行使の際に背中に具現化する『リアーフィン』。放熱や能力制御等を行うために存在するその背中の光の翼は、知佳が純白の天使のような羽であるのに対し、リスティやそのクローンたる彼女の妹二人は金色の昆虫のような三対の翼だった。
その形状によって副作用や能力が異なるらしいが、どちらにせよ、羽は質量を持った物質として現実空間に現象する。
その二人が羽を広げて、美緒とみなみをつれて、唯でさえ真雪たちで手狭になりかけていた耕介の部屋に転移してきた。
「ぶつかって当然だろ、まったく」
と、真雪は呆れたように呟いて、手持ちの携帯灰皿で吸っていたタバコを揉み消した。目の前の管理人が使っている椅子を引き出し、そこに腰下ろす。
「耕介……」
「はい。えーと。話は結構長くなると思うから。立ってると、疲れますよ」
言って、耕介は皆に着席を促した。
「ところで、耕介さんはなんで寝そべったままなんですか?」
真雪の隣に腰を下ろしながら、みなみが疑問を口にした。皆がそう思っていたらしく、いっせいに視線が耕介に注がれる。が、その疑問に答えたのは御架月だった。
「神咲無尽流『纏』──この技の使用が原因です」
「『纏』?」
薫が、初めて聞く名前を復唱した。
「はい。神咲が誇る高速移動術です。これを使いこなせれば、もう世界に敵はないといわれるほどの絶対的な技」
「私も『纏』に関しては詳しくはわからないのですが……」
と、御架月の言葉を十六夜が引き継ぐ。
「霊力を放出後、本来は流れ出てそのまま霧散するエネルギーを分散させず、己の肉体を『纏』によって留めることで、時間軸上にある現世から離脱する技と聞いています」
「ちょ、ちょっと十六夜さん。もう少しわかりやすく説明してくんない?」
と、さっぱりといったふうに両手を広げて、真雪が言った。耕介を除く一同が、うんうんと頷く。
耕介と一瞬目を合わせた後、御架月があとを続けた。
「つまり霊力の壁みたいなもので肉体を世界から分離し、時間の支配から逃れるんです。術者自身の時間の流れが、周囲に比べて飛躍的に遅いために、局地的に言えば、『纏』を使っている間は術者は歳をとらなくなります」
「それで高速移動をなしえるんやね?」
ようやく合点がいったというふうに、薫が言った。
「はい。例えば、周囲の一秒間が、術者だけ一分間の感覚になります。高速移動術と呼ばれていますが、正確には『纏』は時間操作術の一種です。当然、技の発動自体に莫大な霊力を必要とします。筋肉も普段使用していない部分が酷使されるため、『纏』使用後は相当な疲労が訪れます」
「それで、耕介はこの様か……」
「面目ない」
その茶化しに返答できるぐらいには、耕介も元気を取り戻していた。主人の様子を眺めながら、御架月は続ける。
「いえ。むしろ、この程度で済んだのはすごいことです。耕介様は昨日のあれが初めての『纏』だったはずです。お教えしたのは基礎だけのはずですし。その点を踏まえれば『纏』をほんの数秒──あ、ここでは術者における数秒ということですよ──だけでも使用できること自体が驚きです。遅らす時間の比率をどれだけ上げることができるかは術者次第ですが、それでも耕介様ほど短期間で『纏』を覚えられた方はいないでしょう」
「へぇ……すごいんだね、お兄ちゃん」
「何が何やらチンプンカンプンなのだ」
「うーん。つまり、耕介はすごいってことだよ、美緒」
素直に感心する知佳に、状況を把握できていない美緒と、リスティ。そんな妹たちの会話を聞いて、耕介は笑った。
「と、いうわけで、しばらく起きれそうにないんだ。こんな格好で悪いけれど」
「構わないよ」
と、皆を代表して真雪。皆が頷く。
「それじゃあ、話そうか。……そうだな……どこから話すべきか……」
正直に言えば、考えていたわけではなかった。
だから、思考をまとめてみる。
たどたどしいながらでもいい。
自分の想いが伝わるように。
「あれはね、俺がまだ小学校を卒業したばかりの頃……」
そうして。
静かに、告白は始まった。