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『HELL&HEAVEN』
やがて十四のチームを傘下に置く、総勢七百人を超える史上最大最強の暴走族連合。
彼らが姿を現してから約半年後の、とある夏の一日。
その本隊たる幹部七人の中で、最年少最弱といわれる槙原耕介は、総勢八十名にもなるとある暴走族チームをひとりで壊滅した。
◇
「楽しかったか?」
がごっという音を足元で鳴らしながら、双真は耕介に言った。
問われて、耕介は彼のほうに向き直った。彼の足元、すなわち今生々しい音を立てたものを見る。
人。
いや、人であったものか。すでに流血のためか、それとも骨を砕かれた痛みからか、気を失っている。
死んではいない。
だが、ただそれだけ。おそらくこの人間は──体格から、漸く男だと判別できる──今後二度とまともに動けないだろう。車椅子か、松葉杖か。悪ければ寝たきりか。どちらにしろ、双真が今踏みつけた足の骨は、完全に砕けているはずだった。
それをまるで気にすることなく、双真はその鉄骨の仕込んであるブーツで踏みつけている。
「いや。別に」
答える。だが双真は、それが心外だとでも言うように口元を歪めた。
「よく言うよ。お前が殺ったんだぞ、これ」
言って、彼は自分の後方をあごで指した。
「ああ。俺がやった」
言われなくても視界に入っていた。山積みになっている人の山。血だらけで地面に伏しているおよそ八十人近い男たちの山。
死体でないのがせめてもの救いか。
(救い?)
反芻する。そして心中で笑った。
馬鹿げている。それはただの結果論だ。
彼らと対峙したとき、耕介は彼らを殺す気だった。
だが彼らは死んでいない。
耕介が手加減したのか、それとも彼らの運がいいのか。それは、耕介自身にもわからなかった。が、ひとつだけ確信できることがある。
(瞳がいなくて助かった)
いつも共に過ごしてきた幼馴染みの姿を思い出す。彼女がこの場にいれば、自分はこんなに暴れることができなかっただろうと、そう思うから。
その良し悪しなど関係なく。ただ純粋に、この場にいられては邪魔だから。
「で?」
双真が不意に、そう言った。その意図が測れなくて、耕介は逆に聞き返す。
「……何が?」
「だから、『破壊者』になった理由はなんだ?」
「…………何だったかな?」
「おいおい……」
呆れたようにため息をつく双真に、「ちょっと待ってくれ」とだけ言って、耕介はふと自分も誰かの上に立っていることを思い出した。
(どうりで地面がやわらかいと思った)
それだけ感じ取って、アスファルトの上に降り立つ。
「ああ、うん。理由っていえるほどのものじゃないんだけど」
言って、耕介は視線だけを移動させた。その先にある一本の旗を見やる。双真もそれに気付いたらしい、耕介の後に続いて旗を手に取って見る。
『聖徒──ヴァンデット──』
そう刺繍されている旗は、すでに見る影もなく無残な不燃物となっていた。
「こいつらって確か、先日俺たちのところに傘下に入れてくれって来た連中だったよな」
「うん。十四郎があっさり断ったけどね」
「幹部にしてくれって言ってきたんだったか。そりゃ、断るな。あいつ、暴れるだけが能の馬鹿は嫌いだから」
その場にはいなかったが、容易に想像できる。
会話に出てきた十四郎──名鳥十四郎は、『HELL&HEAVEN』の事実上のトップである男の名であった。その彼が下した判断が正しかったことは、この現状をみれば容易に納得がいく。
つまり──
耕介一人に全滅させられる程度の強さでは、『HELL&HEAVEN』の幹部など到底務まらないということ。
「その帰り際だと思う。んで、たまたま俺とかち合ってさ。断られた腹いせか知らないけど、こいつらが言ったことにちょっと頭に来てね」
「それで八十人近くを一人で半殺しか」
「手加減はしなかった。なんで一人も死んでないんだか、こっちが不思議だ」
そう言って、耕介は納得がいかないように首をかしげた。
「……耕介。お前、この前のケンカであばら骨数本折ったろう?あれ、完治したのか?」
「……あっ」
言われて、思い出す。というよりも、忘れていた。完全に。
「痛みがないから、忘れてた」
「くくっ。それで?何て言われたんだ?」
「俺たちのところに現在傘下に入っている連中が、本当は俺たちを潰すためにいるんだってことをさ、罵詈雑言と一緒に聞かされた」
「それでキレたのか?」
「違う。双真だって、俺だって。多分他の皆もそのことは自覚している。現在『HELL&HEAVEN』に属している十のチーム全てが、俺たちの暴走を止めること、俺たちを潰すことを目的として連合に参加していることくらいはね」
「で?」
「わかってたけどさ、普段意識してなかっただけにね。この程度の連中にそれを思い出させられたことが癪だった。そのことをクドクド、ネチネチと言ってくれたお礼ぐらいはしようかなと」
「それで『破壊者』になったのか」
「別にいいじゃないか。力で支配しようなんて言ってる馬鹿はいずれ潰すんだから」
実に楽しそうに言う双真に、耕介はふくれて見せた。と、
通りの向こうから、サイレンの音が聞こえる。誰かが通報したらしい。パトカーと、救急車の音。
「さて、行くか」
「双真?」
「わざわざサツに付き合ってやる必要はないさ」
「そうだけど。俺、バイクない。悪いけど、後ろ乗せて」
その耕介の言葉に、双真は一瞬きょとんとしたが、
「いいぜ、来い!」
言って、彼らはその惨状から走り去った。
◇
つまりは、それが『HELL&HEAVEN』を最強たらしめている理由。
七人全員が、化け物じみた強さを誇る。
故に、傘下にあるチーム全ては彼らのストッパーと呼ばれている。
警察ですら手を出せない彼らの暴走を止めるために。
ただ、それだけのために。