◇

 

 そうして。

 意識をしたのはいつからだろうか──

 

 咽が渇けば水を飲むように。

 生きるために呼吸をするように。

 敵を殲滅する。

 喧嘩というにはあまりにもひどい破壊活動。

 衝動。

 欲求。

 渇望。

 いつか──槙原耕介は人を殺す。

『破壊者』として。

 

      ◇

 

「『破壊者』?」

 小さな洋食屋。ほどよく寂れた煉瓦壁が静かな店内をささやかに飾っている。

 その隅に並ぶ二人用のテーブル。

 差し向かいに座る長身の男から、聞きなれない言葉を聞いて、双真はオウム返しに聞き返した。

「ああ。耕介の異名。二つ名。字。──とにかく、そう言ったものだ」

 言って、男は自分が注文した緑茶に口をつけた。

 場違いな、茶をすする音が響く。

 洋食屋で緑茶がメニューに入っていることにいささか違和感を感じながら、双真は自分もコーヒーカップに手を伸ばした。熱すぎず、かといって冷めてもいない。ちょうどいい飲み安さのこの店独自らしいブレンドを咽に流す。

「初めてそう呼ばれたのは確か二年ほど前だったかな?俺があいつと会った頃にはその傾向が見え始めていたから」

「話が見えない。傾向ってなんのことだ?」

「だから、『破壊者』としての傾向さ」

 言って、男は笑った。自分よりも歳が上のはずの彼は、しかしその長身と甘いマスク、腰まで続く漆黒の髪、物腰の落ち着いた雰囲気が手伝って、美男子というレベルを軽く超えていた。幼いといった意味ではなく、双真よりも若く見える。

「押し問答する気はない。話す気がないなら帰るぞ、十四郎」

「まあ、待てって」

 怒気を含めて言う双真に、だが彼──名鳥十四郎は笑ってそれに答えた。

「耕介は俺たち七人の中では唯一の素人だということは、知っているだろう?」

「ああ……」

「最初に会ったときもそう思ったか?」

 言われて、双真は正直に首を振った。

「いや。強いとは思わなかった。けれどお前たちと組んでるんだ。俺の『反力』のように、なにかしらの特殊能力者だとは思った」

「けど、実質は違っただろう?あいつはただの素人で、洋食屋の次男坊だ。俺たち七人の中で、一番最後に合流したのが双真だったから。お前は知らないだろうけど、耕介は素人なんだ。間違いなく」

「だから?」

 先を促す。

「その素人が、どうして常人ではない俺たちと互角に渡り合える?あいつはまだ十四歳だ。肉体的にも成長過程にある。俺のように武術を習った経験もない。お前のように特殊能力を持っているわけでもない」

 そこで、ふと彼は言葉を切った。軽くため息をついて、続ける。

「その耕介を、俺たちと互角のレベルまで引き上げているのが『破壊者』だ」

「二重人格か?」

「……とは少し違う。俺だって精神医学は素人だから詳しくはわからないが、二重人格は基本的に違う人間だと思っていい。その記憶が継続される症例は極めて少ないし、そもそも意識の決定権がそれぞれに異なるために、行動につじつまが合わないことが多い。耕介はそれとは……」

「違うな」

 静かに、双真は断言した。

「ああ。あいつは記憶も確かだし、行動もそれに見合っている」

「なら『破壊者』ってのは?」

「破壊衝動。欲求とでもいうのか。あいつの本能がもたらす戦闘への意識変移」

「それじゃあ『狂人者──バーサーカー』じゃないか」

「違う。だから違うんだ、双真。耕介は『破壊者』になっても見境がないわけじゃない。ただ何かを壊したい衝動が飛躍的にあがるだけなんだ。そしてそれは肉体にも影響を及ぼす。あいつの反応速度や攻撃力が、『破壊者』の時だけ異様にあがるのはそのためだろう。精神が肉体を凌駕する。そしてもっとも重要なことは、あいつはそれを意識して行える。敵を認識すれば、いつでも『破壊者』になれるんだよ」

「…………」

「耕介本人は基本的に優しい人間だ。本当は誰も傷つけたくなどない、そう思ってる。けれど、力を無闇に振るっている連中は許せない。力が全てなどと考えている連中が許せない。だから誰かを傷つけるとき、あいつは自分の心を守るために『破壊者』に身を委ねる」

「自己防衛か……」

「けどな、それは危険なんだ。繰り返して言うけど、あいつは素人だ。そんな頻繁な心の入れ替えに、身体や心がもつわけがない。『破壊者』をあいつの身体能力を引き上げる増幅器と仮定すれば、耕介の身体はいずれ壊れる。成長して、大人になったあいつに戦闘技術等が加って総合的な力があがるようなことがあれば、それだけ『破壊者』となった時の反動は大きくなる。その時、今のように制御できる保障はない。成長期で、精神が安定していない今だからこそ、まだ間に合う」

「なら、耕介に直接そう言えよ。今のうちに足洗えってな」

「言った。けど答えはNOだった」

「何故?」

「自分の居場所を失くしたくないんだってさ」

 その言葉に、二人はしばらく沈黙した。

 誰もが思い、考えること。自分が生きる場所を求めるのは、決して悪いことではない。

「力ずくは?」

「それは本末転倒だろう?」

 言って、彼は深く深呼吸した。

「いずれは壊れるとはいっても、それがいつなのかは俺にもわからない。精神が不安定になって、未来で『破壊者』という『核』を内包した耕介がどうなるかも見当がつかない。だから、俺も覚悟しなければならないと思っている」

「覚悟?」

「あいつを殺す覚悟さ」

 突拍子もないことを、だが十四郎はあっさりと無感情に言ってのけた。一方、それを聞かされた双真もさすがに驚いたようだったが、それも一瞬だった。表情を険しくして、十四郎に詰め寄る。

「何故殺す必要がある?」

「『破壊者』として暴走してしまえば、いつかあいつは確実に人を殺す。それは双真、お前も感じてたんじゃないのか?俺は、そんな黒いことをあいつにさせたくない」

「そのために、逆に自分の手を汚すか……。どっちが本末転倒だか。まあいいよ、で?何故、その話を俺にした」

「一番適任だから」

 即答する。

「お前は耕介や俺を含めた他の六人とも違う。人を殺すことに対する考えとでもいうのかな。罪悪感もない。殺人を楽しめるが殺人狂でもない。だからといって、無感情というわけでも、敵だからと割り切っているわけでもない。ただ純粋な生命活動として、人を殺せるのはお前だけだから。だから話した。もし俺ができなくなった場合は、それをお前に委ねるために」

「人任せにも程があるぞ、それは」

 呆れたように呟く双真に、十四郎は軽く笑い声を上げた。

「あははは。まあそうなるな。けど、いずれ他の皆にも話す。今、とりあえず双真に知っておいてほしかった。耕介が『破壊者』としてその制御を失うようなことがあれば、俺たちの誰かがあいつを殺す」

「まだ返事していないんだけどね」

「でも、受けてくれるんだろ?」

 何かを見透かしたように笑う十四郎に、双真は何度目かのため息をついた。

「わかったわかった。心に留めとく。けど、これは貸しだからな、十四郎」

「サンキュ」

 妙に似合うウインクで返して、十四郎は伝票をもって立ち上がった。どちらが何かを言うわけでなく、視線だけで合図を交わして、彼はレジへ向かう。その後に双真も続いた。

「もっと食っとくべきだった」

「勘弁してくれ。金欠なんだから」

「大病院の御曹司が何言ってるんだか」

 小さく微笑して、双真は先に洋食屋を出た。

 外は晴れていた。といっても快晴といえるほどでもない。程よく風も吹いている。外で過ごすにはちょうどいい季節だった。

「もう秋だな」

 財布をしまいながら、十四郎が洋食屋から出てきた。

 その彼に、ふと気になったことを双真は聞いてみる。

「何故だ?」

「ん?」

「なんで、耕介にそこまで入れ込む。お前があいつを庇う理由はなんだ?」

「理由か……そうだな。上げるとすれば人助け、かな」

「人助け?」

「俺たちは皆、身の内に闇を抱えているだろう?でも、もしその闇を制御して普通の人として暮らすことができたらどうなるのか。それを知りたいからかな?現時点で矯正が利きそうなのって、俺たちの中で耕介だけだし」

「まあ、確かに……」

 言われて、双真は頷いた。自分を含めた他の六人を思い浮かべる。が、十四郎のいうことを試すには、どれも手遅れのような気がしてならない。

 いろいろな意味で、常人とは離れてしまっているから。

「双真は興味ないか?俺たちと同じ人種でありながら、唯一普通に幸せになれそうなあいつが、どんな未来を過ごすのか」

「…………」

「まあ、もうひとつ理由をあげるとするなら、俺が一人っ子だということかな」

 つまり、弟を助けたい兄心と、そう言いたいらしい。

「助けはしたいが、今手放したくもない、か……。甘い兄貴だな」

「そう言うなよ」

 言って、十四郎は肩をすくめて見せた。そうして、ふと洋食屋の方を振り返り、まだ気付いていない様子の双真に耳打ちする。

「今出た洋食屋。『サフラン』って言うんだけどな?」

 肩をポンと叩く。

「あれ、耕介の実家だ」

 今度こそ本当に驚いている双真の反応に満足して、十四郎は声を上げて笑った。

 

      ◇

 

 それが名鳥十四郎と──『HELL&HEAVEN』の党首だった男との約束。

 あれからもう六年。

 解散してからもう三年。

 甲龍との接触があってすぐ、それに耕介が関わっていることを知って、双真は十四郎に連絡を入れた。が、結局彼は今ヨーロッパのほうに短期留学しているため日本にいなかった。

 その他の連中も同じようなものだ。

 間が悪い。

 このままいけば、耕介を殺す役目は双真が果たすことになる。

(ま、別にいいけど……)

 彼自身、耕介を殺すことにためらいがあるわけではない。彼がいつか人を殺すかもしれないと意識したときから、薄々彼を止める必要性は感じていた。例えそれが力づくになろうとも。

 そこに理由などなかった。名鳥十四郎の言葉ではないが、耕介の未来に興味があったのも確かだけれど。

 そんなことは些細なことなのだ。

 問題は、双真ではなく耕介。

(あいつが『破壊者』を制御できるかどうか)

 すべてがそれに委ねられる。

 制御できれば問題ない。

 だが、もしできなければ。

 再び戦うことになる。

 六年前、出会ったときと同じように。

 

      ◇

 

 いや、きっともう遅い。

 再会したときから。

 戦うことを。

 『破壊者』が覚醒することを。

(俺も耕介も、心のどこかで感じていた)

 だから、迷わない。

 自分たちの歩む道は、きっと正しいのだから。

 

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