◇

 

 白いコートの背中に『天獄』と赤く刺繍された文字。それは『HELL&HEAVEN』幹部だけが着る特攻服。

 強さと恐怖の象徴として。

 その存在があった三年前を思い出して、耕介は一人苦笑した。

 目の前で。そして林の中で、それは嫌というほど目立っていた。そのまま迷うことなく双真に追いついて、耕介は彼に並んだ。後ろから、御架月がふわふわと付いてくる。

「特攻服。まだ持っていたのか?解散のときに全部燃やしたものと思ってたけど」

 気になって、耕介は双真に聞いてみた。が、

「燃やした」

 帰ってきた答えは、ひどく端的だった。思わず、彼のほうを見つめる。

「燃やした後に、いつもの店に注文したんだよ。一着ずつな」

「え?俺知らないぞ、そんなこと」

「お前、あの時まだ成長期だっただろう。また背が伸びるといけないからといって、十四郎が止めたんだ」

「って、俺だけ?」

「というより、身長の伸び率が異様なんだよ、お前は。年間何センチ伸びれば気が済むんだ?」

「い、いや。好きででかくなったわけじゃないし」

 日頃、場所ふさぎだなんだのと言われているだけに、耕介は少しばかり傷ついて言った。

「栄養の取りすぎだ。もっと偏食しろ」

「なんかあべこべじゃないか?それ」

 お互いに毒つきながら、林の中を歩く。今初めて、耕介は双真との会話に懐かしさを感じていた。

 これからすることは決まっている。

 約束という言葉を借りた殺し合い。

 けれど不思議と、死に対する恐怖も、戦いに対する高揚感も感じられなかった。

 あるのは、ただ生きようとする意志。生きたいという希望。

 数分して、二人は広場に出た。

 高台。人の手が加わっていない草原が、目の前に広がっている。裏手に回れば、以前バス停のあったところに出るこの場所は、確かにめったなことでは人は来ないだろう。暴れるには丁度いい広さだった。

「ここでいいだろう……」

 双真が、その足を止めた。手に持っていたもう一着の特攻服を、耕介に差し出す。

「お前の分だ」

「俺の?」

「サイズはワンランク下だけど。百九十もあるお前のサイズだとそれこそ特注になるからな。多分、着れるだろう?」

「ちょっとまってくれよ……っと」

 特攻服を受け取って、耕介は実に三年ぶりにそれに袖を通した。なるほど。確かに少しサイズが小さい。丈は大丈夫だったが、袖の部分が少し短く、下に着ているトレーナーがはみ出していた。

「ちょっと小さいけど。まあ、大丈夫。動くのに問題なし」

「そうか」

 頷いて、双真は耕介と間合いを取った。少しずつ、草原が、林が、そこに住まう小動物たちが、彼の放つ闘気と殺気を感じて騒ぎ始める。

 耕介はおもむろにゆっくりと、『御架月』を抜いた。銀色の刀身。毎日、手入れを欠かさないこともあって、刀は月の明りに反射して神秘的な光を帯びていた。

「神我封滅」

 呟く。霊力を意識して剣に送り込み、同時に刀身がボウッと黄金色に輝いた。

 手加減はしない。それは暗黙の了解。

 これは約束。かつての仲間との契り。今でも大切な、そして今大切に想う人たちを守るために果たそうと誓ったもの。

 だから、全力でいく。

 そのために、耕介は自分の意識を一気に戦闘に持って行った。

 感じる。

 敵の気配。

 目の前にいる自分を殺そうとする者──その気配を。

 息を吐く。

 そして吸う。

「そろそろ行くぞ。耕介」

 敵の声。戦いの始まりの空気を察知して、耕介は『破壊者』へと変移した。

 

      …

 

 風が吹いた。

 白いコートが風に揺れてたなびく。

 技の発動に、もともと言葉など要らなかった。薫が一刀流の技を呼称するのは、その発動を補助するためだ。技と術は密接な関係にある。どちらが失敗しても、それは発動しない。

 そのことは耕介も分かっていた。だが力の緊迫した戦いにおいては言葉を発している間などない。だから彼は、無言で霊波を放出した。

 光の玉が無尽蔵に生まれ、彼の周りに浮いた。主の命令を待ちきれないかのごとく、時に電光を走らせ、スパークしては消え、さらに大きくなって再生する。

 呼吸は、一度だけでよかった。

「……行け」

 そして下る命令。

 一瞬後、それは大きなうねりと共に、光のシャワーとなって双真に襲い掛かった。轟く爆音。巻き上がる土煙。手ごたえがないところを見ると、どうやら避けられたらしい。追撃のために、煙が姿を隠すと同時に耕介は気配を消した。同時に、双真の気配も消える。

 『纏』の一歩手前まで霊力を溜めながら、高速移動で間合いを詰める。

 この草原の空気の動き。そこから予想される煙の動き。そして、それ以外の動作を視界の端で確認する。そこに敵がいることを半ば直感的に察知して、耕介は楓陣刃を叩き込んだ。

 再び、爆発。その音が耳を襲い、脳をぐらつかせる。

 それが、一瞬の隙になった。

(後ろ!)

 時間にしてコンマ以下の時間。気付いたときにはもう遅かった。殺気を後方に感じたと同時に、背中に衝撃が走る。脊髄を狙った、容赦のない急所攻撃。身体を左に少しばかりずらして、致命傷を避けることができた以外は、耕介は抵抗することもできずに地面にたたきつけられた。

「くぅっ!」

 地面に片手で着地する。その反動を利用して、そのまま前方に飛んだ。追撃してくる気配。空中で体勢を一回転して、耕介は再び地面に霊力を叩き込んだ。

「ちっ!」

 双真の声。吹き上げる土石が、下方から彼に襲い掛かった。彼の勢いがとまったところを間髪いれず、耕介は刀を水平に突き出す。

 ズサッという骨ごと肉を貫く音。その感触。手に生ぬるい液体がかかったと同時に、煙の中から伸びてきた蹴りに耕介は後方に飛ばされた。

 

 そして、再び訪れる静寂。

 

 貫かれた左腕の傷は、決して浅くなかった。コートが赤く染まっていく。筋肉を収縮し、血を止め、持ち合わせていたハンカチを腕に巻いて、双真は耕介に──『破壊者』に向き直った。

 反応速度。一瞬の判断。その攻撃力。霊力者として成長した彼の戦闘力が依然と比べて格段に高くなっていることを、双真はその身で実感した。

 このままでは負ける。

 彼を殺すこともできずに返り討ちにあうことは、冷静に考えれば容易に予想できた。

 だから──

 意識を耕介一人に集中させる。

 湧き上がる殺人衝動。

 気が闇に沈む。

 身体が火照る。

 目が熱い。

 沸騰する血液。

 そして双真は静かに、だが全てを震撼させるような声で、宣言した。

「──『反力(アンチ・ディナミス)』発動──!」>

 

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