13
痛みは得てして長引くものだということを、耕介は今更ながらに実感していた。
自室。
ベッドに無造作に転がりながら、時々身体を動かしてみる。
「くうっ!」
痛い。
身体全体に響き渡る痛みは、先日の旧友との戦闘後、あっさりと再発していた。
言ってみればただの筋肉痛である。動くたびに思わず出てくる声をとめることができず、耕介はあまり恰好のいいとはいえない体勢のまま呻いた。
と、
「お兄ちゃん、シップ、持って来たよ」
コンコンとノックされ、こちらの返事を待たずしてガチャッとドアを開けて入ってきたのは手にシップ薬を持った知佳と、『十六夜』を携えた薫だった。
「ああ、知佳。ありがと」
「はいはい。いいから、とりあえず服脱いで、背中向けてください、大きな患者さん?」
どこか子供をあやすような感じで、シップ薬の箱の封を切りながら知佳は言った。その後方で、薫が十六夜を抜く。ヒュンッと白い一筋の帯が刀身から伸び、人型となって耕介の枕元に降り立った。
「大丈夫ですか? 耕介様」
「ええ、だい…じょうぶ……です」
あまりそうは聞こえない耕介の言葉に、十六夜と薫が心配そうに眉を寄せる。
「とりあえず、知佳ちゃんがシップを張り終えたら、十六夜で癒しばかけますから」
「お手数をおかけします」
力なくうなだれる耕介に、知佳が一枚一枚丁寧にシップを張っていく。年頃の少女に背中を見せるのはそれなりに恥ずかしかったが、今はそれどころではなかった。なにせ、くしゃみひとつにさえ腹部に痛みを感じるのである。しゃべること自体、長時間は持ちそうになかった。
「でも、昨日より筋肉痛、ひどくなってない?お兄ちゃん」
「あ、ああ。うん、そうだね……」
歯切れの悪い耕介に、一方で薫は気付いていたのだろう。少し怒った表情で追及した。
「耕介さん、昨夜、『纏』を使ったでしょう?」
「うっく……!」
唸る。痛みのせいもあったが、薫の言葉に驚いた知佳が、思わずシップを張る手に力を入れてしまったからだった。
「図星ですね」
冷静に耕介の反応を読み取る薫。その彼女が少し怖くなって、耕介はとりあえず素直に頷くことにした。
「やはりですか。御架月が起きてこんのは、そんためですね?」
「お兄ちゃん、昨日何してたの?」
「えっと……」
「無尽流の技である『纏』を使わなければならないようなことを、しとったとですね?」
薫の言葉は、ほぼ核心だった。暑くもないのに汗が出る。
「えっと、ちょっとばかし『破壊者』になってきました♪」
『え?』
さすがに驚いて、三人の声が重なった。その様子に慌てて耕介は弁解する。
「い、いや。ほら、皆が探してくれた制御法だけどさ。狙われていることを考えれば、あまり時間がないと思ったんだ。昨日話した、俺と同じく狙われている昔の仲間に協力してもらって、『破壊者』を制御しようとしたんだよ」
「耕介さん……」
「お兄ちゃん」
「うん。黙っていったことは謝る。でも皆を信用してないわけじゃないんだ。ただね、俺自身が本当に皆と暮らせるか。その資格があるのか。それを試したかった」
知佳の頭を撫でながら、耕介は続けた。
「だから、俺は後悔してないよ。こうしてさざなみにいられるんだから」
「それじゃあ、お兄ちゃん!」
「耕介さん! 制御に成功したとですか?」
二人の期待に満ちた視線に、耕介は少しばつが悪そうに頬をかいた。
「ああ、うん。多分……ね」
『多分?』
再び、合唱。
「どんな感じで制御できているかっていうのは、俺自身分からないんだよ。難儀なことに。ただ、もう二度と暴走はしないとは断言できる。これだけは確かだよ」
「それはつまり、制御できている、ということではないのでしょうか」
控えめに意見をいう十六夜の言葉に、知佳と薫も頷く。
「いや。だから、多分ってことで……」
「なんだよ、優柔不断だな」
笑い半分、呆れ半分で突っ込みを入れたのは真雪だった。ドアのところで、壁に背もたれながら、彼女はいつの間にか部屋の中にいた。
「真雪さん……」
「それで?」
「それで、っていうのは?」
「だからさ。結局のところ、やらなきゃいけないことってのは残ったままなんだろ?」
「…………」
「耕介がこんなにも早く『破壊者』を制御しようとしたのは、お前さんを狙っている連中を自分で倒したいからじゃないのか?」
「……よく、わかりましたね」
本当に、仁村真雪という女性の頭のよさには、耕介は脱帽するばかりだった。さすがは最年長。いや、漫画家として架空の人生を創り出しているからだろうか。その観察眼には頭が下がる思いで、耕介は彼女に顔を向けた。
「伊達に歳くってねぇよ」
二カッと笑う真雪に、耕介も笑みを返す。
「耕介さんほどの腕の持ち主ですから、あまり心配はしていませんが……」
あまり乗り気でないように、薫は言った。
「くれぐれも、気をつけてくださいよ」
「あれ? 反対しないのか、神咲」
「耕介さんが決めたことですから。それに、ここに帰ってきてくれるのでしょう?」
「お兄ちゃん……」
心配そうにこちらを覗き込む知佳に笑顔を返して、安心させる。
「うん。勿論、帰ってくる!」
「うん!」
涙混じりに頷く妹の頭を乱暴に撫でて、耕介はひとまずの一段落ついたことに、久々にのんびりとしたため息をついた。
自分の過去。過失。そして暴力性。それを内に秘めている自分を否定されるかもしれないことへの恐怖。けれど、彼女たちは受け入れてくれた。自分という人間を。家族として。
過ちを二度と犯さないためにしなければならないこと。双真との戦いで知ったことは無駄ではないし、無駄にしたくない。彼が言ったとおり、自分の未来が闇でも構わない。報われなくてもいい。自分がいる間は、ここのみんなを守っていこうと、守っていきたいと思うこの心だけは本物だから。
だから自分はここにいる。皆で幸せになるために。
「がんばろう」
静かに、天井を見つめて耕介は呟いた。真雪がそれに反応する。
「おし! 話がまとまったところで、耕介。決戦はいつだ?」
「多分、今晩ぐらいじゃないかと……」
「随分早いな」
「期日の一週間は明日だと聞きました。ということは今日の夜。つまり戦いは明日の朝がベストです。打ち合わせしたわけじゃないのできちんとは言えませんが、多分そうなるんじゃないかと……」
「行き当たりばったり」
「返す言葉もないです」
さめざめと、うなだれる耕介。一方の真雪は、驚きながらも切り替えは早かった。
「そうか。なら、それまでにその筋肉痛、回復しなきゃならないな」
妹にハンカチを渡しながら、真雪は口元をいやらしげにゆがめた。思わず背筋に悪寒が走る。そして認識した。あの目は間違いなくなにかを企んでいる目だと。
「特別サービスだ。マッサージしてやろう」
「え、えっと、真雪さん。そろそろ仕事の方を……」
「終わった」
「睡眠は?」
「もう十分に寝たよ」
「知佳ぁー」
思わず妹に助けを求めようとそちらに顔を向けると、知佳はパタパタと真雪のハンカチを振っていた。
「お兄ちゃん、がんばって」
「まぁ、マッサージは身体によかことですし……」
「おい! ちょっと、二人とも?」
「耕介様。では、ごゆるりと」
「って、十六夜さんまで? そんなの、できるわけないでしょう!」
「くくくっ! 皆を心配させた罰くらいは受けてもらわんとなぁ……」
ごきりっと鳴ったのは、耕介の肩だった。
「ぐわっ!」
痛みが走る。これが折れているだろう左手でなくて、心底彼はほっとした。残っている霊力を、全力でその回復に向かわせる。弱点を知られないように、耕介はそっと意識を左手に集中させた。
「これが岡本君じゃなくてよかったなぁ、耕介」
「いや、これをみなみちゃんにやられたら死にますって、俺」
「そうか。それじゃあ、ご期待にお応えして。岡本くーん!」
「はーい!」
真雪が顔を向けたそこには、ちょこんと、腕まくりしてすでに準備に取り掛かっているみなみがいた。
「ってみなみちゃん? なんでここに? っていうか、忘れてたけど、皆学校は?」
早口でしゃべるだけで、腹部に痛みが走る。だが、それどころではなかった。このままでは間違いなく地獄が待っている。そのことを実感して、耕介は冷や汗をかきながら周りを見渡した。うつ伏せになっていたため、顔を動かすたびにまた激痛が走る。
「風芽丘は今日、半ドンなんですよー」
真雪の指示を受け、実に楽しそうに耕介の上にまたがる。
「だから、実はボクもいたりするんだよね♪」
「リスティ!?」
耕介の机の上に制服姿で腰掛けていたのは、紛れもなく愛の義娘。最近随分とお茶目になってきた銀髪の少女だった。
「聖祥は文化祭準備期間だから。今日は元々授業午前中だけだし……」
知佳が付け足す。
「私、今日講義ありませんし」
「って、愛さん?」
ドアのところでさりげなく佇んでいたのは、この寮のオーナーである。
「ふむ。ってことは、猫以外は全員いることになるか」
「陣内は小学生ですから」
「さすがに学校は休めないよね」
薫と知佳が残念そうにうなずく。仕方ないといったふうにタバコの煙を吐き出しながら、真雪は言った。
「まぁいいか。んじゃあ、とりあえず岡本君。軽く肩鳴らしから行ってみようかぁ!」
「オッケーです!」
「全然オッケーじゃない! って、みなみちゃん。そういえば部活は?」
「これ終わったら行きます」
「今行こうよ!」
「観念しろ、耕介。さ、岡本君。やってくれ」
「はい!」
「ああ! お願いだから優しく、優しくね? 優し……」
ごきゅりっ!
「あおっ!」
ぐごきゅっ!
「くうおぁつ!」
「ふむ。なかなか利いてそうな音だな」
真雪の言葉に、みなみの怪力を嫌というほど知っているさざなみ寮の面々が頷いた。
「そ、それ……な、なんか……い、意味が……ちが、違うぅぅっ」
耕介の呟きは案の定無視される。と、リスティが止めの一発とばかりに笑顔で言った。
「耕介、後で電気マッサージしてあげるからね♪」
「やめろおおおおおおおっ!」
叫ぶ。心の底からの願望を、しかし悲しいかな。却下されることを、耕介は心のどこかで悟っていた。それでも、叫ばずにはいられない。
真雪が、さらに笑みを深めて言った。
「やめろ?」
「止めてくださいぃぃぃっ!」
一瞬で言葉の裏を読み取って、耕介は語尾を修正した。その態度に満足げに頷きながら、真雪が口元をゆがめる。
「ほれほれ♪ せっかくなんだから、身体の隅々までほぐしてやるよ」
「いやだああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!」
そうして。
国守山の午後は過ぎていく。