〜幕間〜

 

 出迎えてくれたのは星空だった。街から離れているだけに、彼の自宅付近には街頭やネオンといった不自然な灯りは存在しないため、屋敷の明かりを消すと、完全に暗闇が光臨する。

 心地よい闇。

 人が恐れる闇。

 これほど美しく、安らぎをくれる闇を恐れる必要はどこにもないというのに。人は灯りを付け、群れを成し、自然界から隔離する方法を選んだ。

 やはり理解できんなと、苦笑する。

 半壊した屋敷。その玄関口で、彼は大の字に仰向けになって空を見上げた。

 満天とは言いがたかった。雲に隠れ、月はその姿の半分を隠してしまっている。だが逆にうっすらとうつるその円形が、どこか神秘を感じさせるのは何故だろう。

 答えはわかりきっている。これが自然なのだ。あるがままに生まれる美しさ。それ故に儚く、触れば崩れてしまうほど脆い。だがそれが、さらなる美しさを生む。

 自然はこんなにも美しい。

 だがそれを、人は拒否した。自然との共存を拒み、社会を築き、文明を興し、人間の世界を作り出した。保守のために自然を破壊し、汚染した人間社会。今更環境問題などいったところで、もう遅すぎるのは目にみえている。

 いつか、全てを科学に頼る日が来る。

 自然が滅び、人口による自然を作り出す。それを見て、心を和ませるのだ。愚かにも。

 そして夜の一族もまた、その人間との共存の道を選択した。

(自然を拒絶した人類に未来はない。何故これがわからんのだ、エリザ)

 毒つく相手は、もうこの場にはいない。おそらく向かったのだろう。戦場へ。甲龍を倒しに。

 だがそんなことはもうどうでもよかった。

 今はこの心地よい闇にのまれていなかった。

 ゆっくりと身体を起こす。痛みと疲労で気が遠退きそうだったが、それでも何とか立ち上がって、彼はもう一度天を仰いだ。

 夜空は美しく。

 自然はこれほどまでに壮大だ。

「人間と共に歩むか。ならばそれもいい。彼らはいずれ滅びる」

 そうか──

 はたと、彼は気づいた。

「僕は、一族を救いたかったのか。不自然な滅び(・・・・・・)から。せめて自然に滅びることができれば……いや。それも違うか。人間を支配下に置きたいというのは紛れもない僕の本音だしな……」

 風が彼の言葉を薙いだ。

「まぁ、いいさ。滅びるならば滅びるがいい。僕は自分勝手にゆっくりやるさ。人間世界が滅びるのが先か。自然が滅びるのが先か。それとも──」

 自分が死ぬのが先か。

 ククク、と笑う。力が封印されたことによる苛立ちは、何故かなかった。こんなものは、いずれ解除できる。永久の魔術は存在しないのだから。

 そう、ゆっくり往けば良い。

(そういえば先週、父が何か言ってきたな)

 不意に思い出して、彼は思索した。

 確か高校に通えという父からの通達に、苦笑した覚えがあった。自宅での通信教育で、彼はおよそ大学を卒業できる程度の学問ならばすでに習得していたからだ。

 今更高校など必要ないのではないか、そう反論すると、父はこう言ったのだ。

「高校くらい卒業しておかないと、今の社会は不便だからな」

 人間社会で暮らすのに、とは父は言わなかった。

「くだらない」

 鼻で笑う。

「だが、まぁいいか。暇つぶしにはなるだろう」

 聞けば、新年明けから彼が通う予定になっている風芽丘学園は共学だという。つまり女もいるのだ。暇つぶしに、下僕を調達するのもいいかもしれない。

 嘲笑とも取れる笑いを浮かべながら、自室に帰ろうと彼は身を翻した。だがふと、足を止める。

 崩壊した玄関。壊れた女像。魔女の痕跡は存外に大きかった。それを見て、また笑う。

「ま、後は勝手にやってくれ。エリザが勝とうが、甲龍が勝とうが、もう興味はない。僕はここで退かせてもらうよ」

「悪いが……そうはいかない」

 トシュッ──と、軽く栓が抜けるような音と同時に、彼は身を固めた。

 その声は男のものだった。気配も匂いも何もなく、背後からやってきた突然の来訪者に、だが彼はその姿を確認できずにいた。

 顔を動かせない。

 後ろを振り返れない。

 何故だろう。胸のうちに、張り裂けるような痛みを感じるのは。これは何? 何の痛みだ?

 うつむいて、胸をさすろうとしたところで、だが彼はそうするのをやめた。否。そうすることができなかった。というのは、多分の驚きに硬直したからだった。

 視界に入ってきたのは、銀色に輝く一本の刃だった。

 これは何だと、脳が思索する。問うても答えの出ないその問題に、背後の存在は察したように答えてきた。

「説明しようか。これは通称『ラウクリフの魔剣』、もしくは『銀の剣(シルバーブレード)』といってね。正式名称は長ったらしいので省くが、中世ヨーロッパに存在した錬金術師によって作られた対吸血種戦闘用の魔剣だ」

 声には抑揚がなかった。

「かつて、君たち吸血種、特に『始まりの種族(エンシェント・フィラス)』と呼ばれた君たちの祖先は、不老不死だと考えられていた。故にどれだけ強力な退魔の力を持ってしても彼らを滅すことはできない。ならばせめて、力を奪い取り、封印できないかと考えた錬金術師がいたのさ」

 そんなことは聞いていない。だが、声は続く。

「その錬金術師、ラウクリフ・スタンパーが作り出したのがこの『ラウクリフの魔剣』だ。この剣で貫いた(・・・)吸血種の魔力を奪い取る。再生もさせない。生命力も赤子同然にまで落ちるだろう。さて、今の君には体力はほとんど残っていまい。エリザベートに力を封印されたその状態では、今後二度と魔力の復活もないだろうよ」

「──っ!」

 ビクリと、彼は痙攣を起こした。胸を突く痛みに身を任せながら、頭の隅で考える。

 つまりは、デモンズゲートをはじめとする魔術の喪失。力の消失。

 唐突に、怒りがやってきた。背後の男が何者なのかを考えるよりも先に、怒りが彼を支配した。

「貴様──っ!」

「自業自得だ」

 初めて、声が笑った。初めて、彼は寒気を覚えた。

「君は手を出してはならないものに手を出した。否。あれを汚していいのは俺たち(・・・)だけだ。敵にした相手がまずかったな」

「敵……?」

 思い当たる存在などなかった。エリザだろうか。否、違う。彼女とて、分別はあるだろう。吸血種を敵視したその象徴たる魔剣を持つこの男を、周辺に置くようなことはすまい。

「一体、誰のことだ……」

「知る必要はない。君はここで死ぬ。いや、魔術師である君が、だがな。命がなくなることはないから、心配するな」

 声が笑う。

 そのとき初めて。

 彼は恐れを抱いた。恐怖を感じた。命の危険。エリザベートと闘っていたときには覚悟していた命の損失。だが何故か、今それはない。それができない。覚悟できない。

 いやだ。死ぬのは怖い。死にたくない。

「吸血種、それも純血の君のことだ。魔力を失っても死ぬことはないだろう」

 ズズ……と、目の前にある剣が前に進む。

(僕は……僕は今……)

 自覚する。目の前にある銀の剣。自分の胸から生えている(・・・・・)その剣先を見やって、彼は強烈な死の匂いを意識した。

(貫かれている。後ろから。胸を。心臓を)

 まるで他人事のように、つぶやく。それを受けて、声が小さく笑った。

「後悔しろ。この世には決して触れてはならない禁忌がある。君はそれに触れた。彼に協力すべきではなかった。彼の敵に回るべきではなかった」

 彼? 彼? 一体……誰の……

 剣先がゆっくりと沈んでいく。剣を抜いているのだと気づいたときには、彼の眼前には床が迫っていた。

 顔面から地面に倒れる。受身をとることもできない。呼吸もままならない。心臓が動いているのかどうかも定かではない。

「僕……僕は……」

 これ以上ないくらいの力を振り絞って、彼は顔を上げた。自分の前に回ってきたらしい声の主を見やる。

「死にはしないよ。だが、君はもう、終わりだ」

 淡々と告げるその男は思ったよりも長身だった。長髪。黒いコートに身を包んだ男の顔は、暗闇と長い前髪のせいでまったく見えない。が、その瞳が殺気に満ちていることだけは、何故か把握できた。

 それと同時に理解する。

 

 ああ……自分は殺されたのだ。

 

 悲しみも、怒りも。先程まで感じていた恐怖も消え失せて。

 何の感情も生まれぬまま、氷村遊は今度こそ本当の闇の中に沈んだ。

 

      ◇

 

 これはわがままだと、男は自覚していた。与えられた命令を破って、今自分はここにいる。

 待機という命令。それは男にとって、死ねといわれるのと同義だった。戦いは始まっている。というのに、自身には役目がない。

 役に立たない駒など、それこそ不要。いない方がましではないか。

 だから、男はここに来た。自分がしていることが明らかに命令違反であることも、これからしようとすることがわがままであることも分かっている。

 だが、決して間違ってなどいない。そう考えているものが自分ひとりではないことは、後ろにいる同志たちの瞳が物語っている。

 そう。正しいのだ、我らは。

 目の前にあるペンション風の建物を見据える。さざなみ女子寮。我らが主の敵・槙原耕介が住まう場所。彼が大切にしている者たちがいる場所。彼の帰る場所。

 それを奪えれば、主が勝つのは間違いない。だから我らの行動は、間違っていないのだ。

 赤外線スコープで、寮の周りを観察する。

 大丈夫だ。周りに人はいない。罠もない。人が起きている気配もない。

(よし……)

 男は仲間に指示しようと後ろを振り返った。

「…………え?」

 それが唯一、出来た反応だった。

 仲間がいない。代わりに、彼らがいたはずの場所に立っているのは、一人の女だった。

「ま、ありがちと言えばその通りなのだけど……」

 その女が、軽い口調で言った。

「芸がないわね。あんた達」

 闇に紛れてしまっているせいか、女の顔は見えなかった。ただこれだけは言える。女は銀髪だった。ダイヤでも、他のどんな宝石でも不可能な輝き。闇の中で、光に反射してもいないのに銀色に発光する髪を風になびかせながら、女はただそこに佇んでいた。圧倒的な存在感を漂わせながら。そしてその女を、男は一瞬本物の死神かと思った。

 だが。

 果たしてそれは、本当に彼にとっての死神だったのだ。

「さざなみを襲えば、甲龍が勝てるとでも思ったのならお生憎様だったわね。ま、これで貸しがまた一つ。感謝して欲しいわね。彼らには」

 彼らとは一体誰なのか。問い正したかったが、それは結局叶わなかった。

 女がこちらに手をかざす。それはまるで、舞うように滑らかで、優しい動きだった。

「おやすみ」

 見えない闇に包まれて。自分が今、何をされているのかも理解しないままに。

 男はそこで意識を失った。

 

      ◇

 

 早く走れば走るほど、Uターンというものがいかに難しいかを、今日改めて双真は実感していた。

 遠野市へ続く道を逆走。大急ぎで、気配を感じた方向へ──さざなみ寮のさらに向こう、矢後市に向けて走る。

(失敗した)

 悔やむが、もう遅い。

 家を出て出発したはいいが、甲龍の居場所を知らない双真にしてみれば、もう勘で動くしかなかったのだ。そして結果ははずれた。まったく逆方向から、耕介の気配を感じたのである。それはつまり、彼が甲龍と遭遇したということだ。他に考えられない。

 こういう勘にはあまり外れたことがなかっただけに、この事態は彼にとっては誤算だった。自分が『行動を起こす』ということを運命の一部だと考えている彼にとって、この誤算はまた忌むべきものでもあった。

 誤算が誤算でないということを、自覚していたからだった。

『反力』という特殊能力に目覚めてから、双真はこの世の全ての事象は必然のもとに動いていることを実感していた。故に、自分の行動は全て何かしらのシナリオに沿ったものだということを、双真は否定しなかったし、またできなかった。

 故に、誤算は誤算ではなく、必然の「間違い」だったということになる。

 だが逆を言えば、つまりまだ、耕介の元に行くべきではないということになる。

(…………いや、理屈はこの際どうでもいい)

 何にせよ、急がなければならない。

 胸の内をついて出るこの嫌な感覚。予感。耕介だけでは、甲龍に勝てないという予想。

(俺が着くまで死ぬなよ、耕介。エリザ……は、まぁどうでもいいか)

 わりとあっさりと魔女の存在を思考から追い出して、双真はただひたすら走りに走りまくった。

 

      〜続・第一幕〜

 

 無意味で無価値で無生産。効率も利益も、過程や結果さえ考えずに行動していた時代。

 無鉄砲という言葉どおりの生き方をしていた時代。

 

『HELL&HEAVEN』

『天獄』の名を冠する最大最強の暴走族連合。

 その幹部だった彼は、今再び、命がけの戦いを繰り広げている。

 

 誰のためでもない。自分のためですらない。

 ただそうしたいという想いだけで。

 戦う。

 戦える。

 

 純粋が故の強さを兼ね備えて──

 

『破壊者』と呼ばれていた少年が降臨する。

 

      …

 

 霊波砲──神咲一灯流の中でも随一の威力を誇る『楓陣刃』の爆発も覚めやらぬうちに、

「やけくそにでもなったか?」

 それを魔力の圧力でかき消して、甲龍が姿を現す。

 それを視認して、耕介はにやりと笑った。彼はまったく利いていない。ダメージも見受けられない。

 強い。

 だが、

「自棄……ね」

 言っていることのちぐはぐさに、またもや耕介は笑みを浮かべた。

 ああ、だが確かに破壊者として目覚めた当時はそうだったのかもしれない。

 けれど『彼ら』に出会って。自分が独りでないことが分かって。

 孤独ではなく、寂しさでもなく。また決して自棄や反発でもなく。

 ただ楽しさだけで生きた時代。

 

 それが自分にとっての『HELL&HEAVEN』なのだと。

 

「自覚したのさ。解散して、失って、三年も遅れてようやく」

「自覚……だと?」

「俺たちが何者かなんて、それこそ無意味なんだってことだよ」

 そう。考える必要もないことだ。

 反力者。破壊者。その他、幹部には必ずついていた二つ名。字。異名。

 だがそんなものはただの冠。飾り。格好つけるための、衣類や宝石と同じようなもの。

「俺は槙原耕介で、双真は双真だ」

「…………」

「破壊者や反力者なんて、そんな大層なものの前に、一己の人間で──」

「それを自棄というのだよ」

 こちらの声をさえぎって、甲龍が叫んだ。何かを待ちきれない風に。苛立たし気に。そして考えずとも、その理由ははっきりとしていた。彼は殺したいのだ。自分を殺したがっている。双真を待つという自身に課した制約を破ってでも、今ここで、今すぐに、自分を黙らせたいと思っている。肉塊に変えたいと願っている。

 だからこそ、甲龍は長々としゃべっている。意識せず。自覚もなく。

「何を言うかと思えば、今更過去の批判か! それとも過去に犯した罪からの逃避か? 愚かしい。馬鹿馬鹿しい。何故気づかん。君は決して『破壊者』という過去、そして現在から抜け出ることはできない。それが君の真の姿だからだ。君の深層意識では、いつも何かを壊したいと願っているからだ。それが真実だ。しかし恥じることはない。誰しも、現状を、他の誰かを、全てを破壊したいという欲求は持ち合わせているものだ。君はただ、それが強いだけなのだよ。ああ、槙原耕介。だとすれば君は紛れもなく狂っているのだ。狂人だ。その君が、私をコケにするか!」

「…………」

 終わったのか? いや、まだか。

 目の前の老人が、何かを言っている気がする。

 最初のほうを聞き流してしまったことを一瞬だけくやんだが、まぁどうでもいいことだとはわかっていたので、耕介はまたすぐに甲龍の言葉を右から左へ聞き流した。

 やがて向こうにいる老人が息切れを起こしたころ、耕介は続きを紡いだ。今度は邪魔される前に。はっきりと。鮮明に。

いい加減うるさいんだよ、おっさん(・・・・・・・・・・・・・・・・)!」

「……何だと?」

「だからわかってない、って言うんだ。なんだって、そうくどくどと理由付けようとするかな」

 心のそこから呆れて、耕介は肩をすくめた。

「あんたは俺たちが憎い。だから戦いを仕掛けてきた。それでいいだろ? 単純明快。わかりやすい。そのほうがあっさりしていて気持ちいいしな」

「…………」

「それとも、何故あんたが俺たちを憎んでいるのか、俺たちに自覚させたいのか? ああ、だからさっきからわけのわかんねぇことほざいてんのか。世界がどうしたとか、反力の本当の意味だとか、破壊者がどうしたとか。ま、わからなくはないけどさ」

 言って、ため息をつく。あっけに取られている甲龍に見えるように、できる限りあからさまに。

「貴様は……」

「そういうのが無駄な努力って、そろそろ気づけよ。うざったい。いい加減、うんちくはやめようぜ。難しいこといわれても、俺程度の頭じゃわかんねぇよ」

「貴様は……誰だ」

 その問いは、よくよく考えれば間の抜けたものだった。耕介はそう思ったし、それを発した甲龍でさえ、言った直後に激しく首を振っていた。

 だが言いたいことはわかった。彼は混乱しているのだ。こちらの態度に。言動に。全てに。自身が考え、信じて疑わなかった真実と現実の違いに。

「俺が、誰か……か」

 考えるまでもない。だが応えるべき答えは、一つではなかった。

 なら、全部言ってやればいい。

 御架月を肩に担ぎ、このとき初めて、耕介は甲龍の顔を真正面から、敵意でも親しみでもなく、ただの話し相手として見つめた。

 まるで初対面の相手に自己紹介でもするかのように、耕介は実にあっさりと、軽い口調で話しかける。

「俺の名は槙原耕介。二十二歳の男性。身長百九十二センチ。体重秘密。現在、海鳴市国上山にあるさざなみ女子寮の管理人。霊剣『御架月』の所有者で、神咲無尽流を使う退魔士見習い。んでもって、元『HELL&HEAEVN』特攻隊長で……」

 そして今現在、もっとも大切で重要なこと。

「今はただの不良だ」

 

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「…………」

 我慢の限界が来ていた。

「…………くっ」

 こらえることはできそうになかった。

「くくく……っ」

 その拍子に、二人がこちらを向く。一人は驚きと、それ以上に敵意の目を。もう一人は、何故笑っているのか不思議に思っている目を向けて。

 ああ、しまった。見つかってしまった。せっかく不可視状態になる魔術で隠れていたというのに。声を出したら、魔術が解けてしまうではないか。

 せっかく格好いい場面で登場、もしくは甲龍が隙を見せたら不意打ちを喰らわそうと考えていただけにもったいない。

 敵視してくるほうが自分を認識して、憎々しげな声を上げた。

「エリザベート」

 もう、限界だった。腹を抱えながら、エリザベートは二人の前に進み出ることにした。

「アハハハハハハ。ご、ごめんなさい。笑うなんて失礼とは思うけど。ごめ……くくくっ……ダメ、こらえきれないわ。アハハハハ!」

 こちらに敵意がないことを悟ったのだろう。槙原耕介が、どこか困ったような顔をしていた。ああ、そういえば今の自分は銀髪、褐色肌の美女(・・)ではないか。外人相手にどう話しかければいいのかわからないわけではないだろう。何故なら、今自分ははっきりと日本語で語りかけたのだから。

「……何かおかしかったですか? 今の」

「いえ。貴方のほうじゃないのよ。ごめんなさい。いえ。原因は貴方なのだけど。ああ、わからないわね。ごめんなさい。でも……アハハハ。本当に凄いわね、うん。この状況でそんなこと言えるなんて。馬鹿にしてるわけじゃないのよ? だから気を悪くしたらごめんなさい。ええと、槙原耕介君、でいいのよね」

「え、ええ……」

 きょとんとしてこちらを見つめる巨人は、驚くほど優しげで、普通だった。今さっきまで、自分を憎む相手と戦っていたとは思えないような顔をしている。

 素直に、エリザベートは彼のことをかわいいと思った。成人男性に、それもこれほどの長身の彼には決して言えはしないが。

「初めまして。私はエリザベート。フルネームは面倒だから略すわ。エリザって呼んでね、槙原君」

「どうも」

 と、お辞儀する。場に不釣合いな態度で、耕介は聞いた。

「えーと。エリザ……さん? 貴女が何者かはこの際さておくとして、何故ここにいるんです?」

 自分で言うほど彼は馬鹿でないと、エリザはそのとき思った。にっこりと笑い、少しだけ皮肉を込めて、説明するために耕介に近寄る。

「神楽君関連って言えば、わかる? 一応、私は貴方の味方なんだけど……」

「信じましょう」

 あっさりとこちらを許容する耕介の態度に好感を抱きながら、エリザは事の顛末を端折りながら説明した。

「つまるところ、彼に頼まれてさざなみ寮に住む女性の経歴を調べたのは私なの。あまり役には立たなかったけどね」

 そうして、肩をすくめて見せる。

「……まぁそこまでは私はまだ事件の傍観者って所だったんだけど。あの男のせいで、当事者になっちゃてね」

「何かあったんですか?」

「あったのよ。それはもう、憎たらしいことが次々と」

 世間話をするように軽く言ってのけて、だが視線だけははっきりと怒張を含ませて、エリザは甲龍を睨み付けた。

 警備部二十八名の仇。そして甥である氷村遊を利用したツケを払ってもらわなければならない。

「初めまして。そしてさようなら」

 唐突に魔力を紡ぐ。完全な不意打ちの形で、魔術を構成。呪文は一息で足りた。

Buildice)凍え死ね)!」

 瞬間──槍の形をした氷柱が甲龍に襲い掛かった。だがそれも届くことなく、甲龍が放つ衝撃波で破壊される。

 残念というより、むしろしてやったりだった。槙原耕介への攻撃が何によるものか。それがこれではっきりとしたのだから。

「エリザ。ああ、白刃の魔女よ。あえて呼ぼうか? ドロワーテ。君がこの名前を嫌っていることは氷村遊から聞いている。故に、ドロワーテ。君はお呼びではないのだ。だが、どうしてもというのなら、殺してやろう。槙原耕介とともに。殺してやる」

 言って、その肩に担いでいた黒い刀剣を正眼に構える。耕介が驚くところを見ると、なるほど、彼はこの戦いで初めてあの剣を使うらしい。

「アスタリスとグルームリングを返してもらうわ。高いツケと一緒にね」

「私を殺せればな」

 恐ろしいほどの黒い光沢を放つ『星降る夜の剣』と、それを補助する『闇の指輪』。そのために、それを奪うためだけに警備に当たっていた同族が二十八人も殺されたのだ。

 絶対に勝たねばならない。

「さぁ、第二ラウンド。始めましょうか!」

 魔力が集中する。霊力が咆え猛る。高密度のエネルギーが火花を散らしてぶつかり、弾きあい、周りの無機物を巻き込みながら拡散する。

 真空にも似た渦に巻き込まれて──

 海鳴市全土に響き渡るほどの轟音を伴った爆発が、戦いを祝福するかのように暗闇を明るく飾りつけた。

 

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