17

 

     〜第二幕〜

 

「さぁ、第二ラウンド。始めましょうか!」

 それを合図に、耕介もまた戦闘態勢に入ったようだった。その様子を気配だけで悟りながら、エリザはこの槙原耕介という人物について考察した。

 彼が一体どういう人間なのかは、資料と神楽双真からの情報でしか知らない。興味があったのは事実だ。あの神楽双真の親友にして戦友、チームメイト……エトセトラ。

 最初に驚いたのは、その度胸だった。この状況であんなことを言える人間はそうはいないだろう。神楽双真の友人であることもうなずける。いろんな意味で規格外だ。こちらをあっさり信用する懐の大きさにも、なるほどと思う。この人格なればこそ、さざなみ寮の女性たちは彼を受け入れたのだ。性別、性格、立場や事情ではなく、まずその人の味方になるところから始まる彼の自然体は、初対面のはずの自分でさえ好感を抱く。

 その対象は神楽双真でさえ例外ではなかったのだろう。彼が一体何故、ああまでして槙原耕介にこだわるのか、その理由の一端を見たような気がした。

 そして今。

 彼の態度が一変したのが、自暴自棄や開き直りからくるものでないことは、一見していただけの自分でも理解できた。

 そう、彼は自棄を起こしたわけでも開き直ったわけでもない。ただ自身の立場を自覚し、決意しただけだ。さざなみ寮の管理人でも、『HELL&HEAVEN』でもない。戦うのは彼。完全な個人として、それを意識した戦士がここにいる。

 これがかつて、破壊者と呼ばれた男。

 彼が──

(神楽君の生き方を変えた人か……)

 期待にも似た高揚感に身を委ねながら、エリザは魔術の壁を眼前に構成した。これで少なくとも、甲龍が生み出す衝撃波は無効化されるはずだ。

「槙原君」

 そして無論、耕介に説明しておかなければならない。

 彼の手にある、二つの魔法道具のことを。

「言っておくわ。彼が持っているのは魔剣『星降る夜の剣(アスタリス)』といって、刀身を砕いて、それを操縦することで敵を攻撃する剣よ。威力は申し分なし。もしも破片が身体の中に入ろうものなら、操られた破片が体内を縦横無尽に破壊するわ。だから絶対にあの刃を砕いてはならない。これは鉄則」

「……魔力が尽きるのを待つという方法は?」

「無理ね。魔力の消費を補うためにもうひとつ、甲龍は『闇の指輪(グルームリング)』という補助具を持っている。魔力を永久に補給し続ける魔法道具よ。つまり、今の彼は無限にも等しい魔力の持ち主ってこと。持久戦はこっちが不利になるだけ」

「……高威力による集中攻撃でも浴びせますか?」

 軽く言ってのける耕介の額には、だが少なからず疲労の汗が浮かんでいた。それも仕方ないと、エリザは思う。彼は先日、神楽双真と死闘を繰り広げたばかりだ。そして今までの甲龍との戦い。霊力による回復が追いついていないのだろう。

(長期戦は本気でまずい。例え私が生き残っても、もしここで彼が死のうものなら、後で間違いなく私が神楽君に殺される)

 それは確信だった。もう疑いようのないほどに、明確な事実、確定事項だ。そして、だからこそ怒りが募ってくる。

(何やってるのよ、彼は!)

 毒つくが、本人がいないのでストレス発散にもならかった。

 思考をめぐらせ、ありとあらゆる情報を収集しつつ、戦略を練る。

 その中で、決意する必要があった。いざとなれば自身の身体に施した封印を解く。そうなったら、例えアスタリスだろうがグルームリングだろうが、たかが玩具に負けるような自分ではない。

(でもそれは最後の手段ね)

 その結果がどれだけの恐怖を引き起こすか。そのことを想像して、エリザは身が震えるのを止められなかった。

 と、ふっと隣の気配が軽くなったのに驚いて、エリザは耕介のほうを見た。あまりにも突然に、彼が自然体に戻っている──否、違う。

(気配を消した?)

 霊力も、闘気も、殺気も、何もかもが消え失せている。まるでそこにいるのが嘘のように、彼の存在そのものが希薄になっていた。とはいえ、緊張を解いたわけではないようだ。甲龍への注意はいまだ絶えず行っていたし、戦闘態勢も崩していない。剣の鍔を切り、いつでも攻撃できる態勢のまま、だがその表情だけが、落ち着いたもの──というよりは、表情そのものがなくなっているかのように──に変わっていた。

「槙原君?」

「双真を待ってるのかもしれませんね。彼は……」

「…………え?」

 こちらの問いかけに応えたというよりは、それはほとんど独白に近いものだった。

「彼は双真の目の前で、俺たちを殺す。間に合わなかったことを、あいつに思い知らせるために」

「それは……」

「エリザさん」

「何?」

「双真が来るまで、まだ時間がかかります」

「わかるの?」

「なんとなく……ですが」

「そう……」

 としか、エリザには言えなかった。そういえば双真も、耕介の身に何かが起こったときはそれを感知していた。たとえどれだけ離れていようとも。お互い、何かしら目に見えない繋がりでもあるのだろうか。

「……だから、教えてもらえませんか? 魔力と霊力の違いについて」

「…………」

 唐突の申し出に、エリザは目を丸くした。どうしたものかと迷って、甲龍のほうを見る。

 彼は何もしてこない。だが何もしていないわけではなかった。グルームリングが発光を示し、そこに集中した魔力の流れがゆっくりとアスタリスの中に流れ込んでいた。

 ゴクリと、エリザは生唾を飲んだ。彼は準備している。こちらを殺す準備。そしてこちらの準備が整うのを待っている。自信か、それとも何かしらの作戦か。ひょっとしたら、本当に耕介の言うとおりなのかもしれない。何にせよ、先程までの狼狽は彼から消えていた。

 寒気を感じるほど冷静に、静かに、落ち着きを取り戻した老戦士がそこにいた。

(…………?)

 どうにも、おかしな感覚だった。自分独り、取り残されている気もする。この一種異様な孤独感は、氷村遊との戦いの前にも感じたことだった。

(忘れろ)

 耕介や甲龍が、その視線の先に一体何を感じ取っているのかは分からなかったが、エリザはそれについて考えるのをやめた。何故なら、魔力と霊力の違い、引いては魔術師と霊能者の違いを、できれば耕介にも知っていてほしいという考えは初めからあったのだ。エリザは耕介同様に甲龍の動きに細心の注意を払いながら、できる限りわかりやすいように説明を始めた。

「……霊力って言うのは貴方も知っての通り、純粋な生命エネルギーのこと。だから生命あるもの全てに存在する。対して魔力って言うのは、あくまで俗称にしか過ぎないわ。本義は物理現象の根本に存在する『原生界規格化情報集合体』のこと」

「原生……なんですって?」

「覚える必要はないわ」

 即座に切り捨てて、エリザは先を続けた。

「物理でいうなら、原子間力──が一番近いかしら? つまり物理世界を構成する原子、または原子間に働くエネルギー──みたいなものと考えてくれたらいいわ。厳密には違うけど。だから霊力と違って制限はないし、この世界が存続する限り、魔力はどこにでも(・・・・・)存在する。魔術師というのは魔術を媒体として『魔力』を操り、自らが望む形に具象化させる者たちのことよ」

「えっと、だとすると、魔術師に魔力切れなんていうのはないってことになりませんか……?」

「そこで重要なのが定義なのよ。魔力は物理現象を引き起こすエネルギーそのものだから、操るには最低でもそのエネルギーの存在、流れを本能的に感知し、イメージする必要がある。ところが、そのイメージには多大な精神力が強要される」

「何故です?」

「うーんとね。ちょっと本質からはずれるんだけど、例えば酸素原子(O)と水素原子(H)がイオン結合して水(HO)になる様を、視覚情報として直接視て、それを理解することが出来なきゃ駄目なのよ。だから必然的に、魔力を操るのも、操れる力の質や種類、大小にも限界があるわ。個人差も生じる。魔力とはエネルギーの俗称。魔力があるということはすなわち、魔力を操るための『精神力』があることを意味するの。グルームリングの特性である『魔力供給を補助する』っていうのは、要は魔力を操るための精神疲労を失くすってことなのよ」

「……えーと……」

 少しだけ、耕介の顔から余裕が消えた。

「でも間違えないで。あくまでこれらは力そのものの違い。一度術が発動し、一定の法則に従った物理現象として具現した以上、それは霊力による攻撃となんら変わらない。だから……貴方の攻撃が効かないとか、そんなことはまずありえないわ」

「それを聞いて安心しました」

「ちなみに、さっきから貴方に攻撃していた衝撃波も魔術……だと思う」

「思う? 呪文とかは?」

「相手に聞こえなくても問題はないのよ。要は自分さえ、魔力の制御が出来ていればいいんだから」

「……フム」

「効果としては、視界内に収まる範囲で、ある一点に空気を集中的に圧縮していたわけね。それを開放すれば、圧縮された空気は爆発的に元に戻ろうとする。まぁ、タネとしてはそんなところでしょう」

 解説しながら、だがそれにしても腑に落ちないことが多すぎて、エリザは自然と口調が疑問形になっていた。

 甲龍が魔力を操っていることに変わりはない。つまり現時点で、彼は魔術師であるいうことだ。魔力の流れをイメージでき、さらに公式を用いて術を構成することができる。その精度、威力共に、完全に制御できているのは間違いない。先程の衝撃波がいい証拠だ。

 故に疑問が残る。彼は一体どこで、誰に魔術の使い方を習ったのだろう。否、例え自ら学んだのだとしても、いつそれをマスターしたのだろ。

 現実として──

 魔術師は数が少ない。人種でも、血縁でも遺伝でもなく、完全な天賦の才能によって存在が左右される者たち。それ故、世界に点在するだろう魔術師の総数はほんの百人程度でしかない。

 それが直接の起因というわけでもないのだろうが、魔術師はその中でも最強の三名の術師たちが集まって管理運営する『Wyes(ワイズ)』と呼ばれる連盟に登録される決まりとなっている。その登録には本人の意思は関係なく、魔力を操り、魔術を使えるようになった時点で自動的に登録が完了するシステムになっている。そういう魔術がこの世界において発動しているのだ。

 その登録においては、人間種族でないエリザとて例外ではない。否、むしろ連盟に属す魔術師の大半は人間とは異なる種族だ。

 甲龍について調査を開始した時点で、エリザは真っ先に連盟に問い合わせた。そして彼が魔術師でないことを、まず確認したのだ。

 だというのに──

 彼は今、明らかに魔術と思われる力を発動させている。あれほどの精度を持っているのだ。まさか、今その力に目覚めたわけではないだろう。魔力の存在に気づいた者が、それを操り、魔術師になるまで平均でも七、八年はかかるとされている。それだけに疑惑は晴れない。エリザの調査の後に魔術師になったとしたら、一週間しかかからなかったことになる。そんなことはありえない。ありえるはずがない。だが、ならばどうしてかというと、理由にまったく見当がつかなかった。

(お手上げね)

 そんなこちらの気も知らず、耕介の質問は続く。

「タイムラグがあるのは何故です?」

 一度、大きく深呼吸してから、エリザは応えた。

「…………魔術の発動手順は、大きく分けて三つ。まず術の目的を考え、魔力のイメージに沿った基本公式を組み立てる。これができないと、魔力は操作できない。次にその公式を基礎に、魔力を操って術を構成する。最後に呪文によって術の発動を宣言。発動は連続すればするほど、疲労度はもとより、制御の難しさも飛躍的に上がっていくわ。いくらグルームリングで補強していても多少の疲労はやむをえないし、それに従った時間差は生じるでしょうね」

「なるほど……ね」

 妙に納得した風──本当に分かっているのかどうかは疑問だったが──に、耕介はうなずいた。できものがやっと取れたような、晴れ晴れとした顔で、剣を構えなおす。

「結局、打つ手は限られてくるというわけか」

「それは……」

 その通りだ。だが、手をこまねいていては、それこそ待っている結果は敗北の二文字でしかない。

(さて……どうすれば……)

 思考は、しかし速攻で遮られた。

「それじゃ、いきますか!」

「へ?」

 いきなりすぎる展開に、エリザは瞬間的に耕介の姿を見失った。

「サポートよろしく!」

 その声で、彼の位置を把握する。一瞬で、耕介は甲龍まで数歩のところまで走っていた。気配が戻り、殺気にも似た闘気が膨れ上がる。自身の力、霊力と呼ばれる力を御架月に叩き込み、敵に対して半身で構えるあれは──

(居合い?)

 そして急速に現実に引き戻される。

「相談は済んだかい?」

 甲龍の声で、エリザはすぐに自分の役割を判断した。割り切るべきだ。甲龍は魔術師だと。例えその存在がいかに疑問的であろうと、どんな裏事情があろうと、現に彼は強大な力を持っているのだから。

 その魔術師の意識が、おもむろに耕介のほうを向いた。

(サポートね!)

 思考は一瞬で、判断も一瞬だった。

 魔力を紡ぎ、魔術を構成。あきれるくらいお粗末で簡易の、だが構成だけはしっかりとした魔術が出来上がる。呪文を小声でつぶやいて、エリザは耕介の周りに壁を作った。

 その壁に遮られ、甲龍が放った衝撃波が耕介の眼前で弾き返される。狙い通りの結果にエリザはほくそえみながら、自身も間合いを詰めた。衝撃を消すとなれば面倒だが、向かってくる衝撃波の力の流れを変えてやるだけなら、この程度の簡易障壁で十分だった。

 そして瞬時に別の魔術を発動させる。

Knifetorch(収束する光のごとく)

 左手に収束する光を間髪いれずに解き放つ。ナイフを象った光が甲龍に一直線に向かい、しかし驚くほどあっさりと彼が発動させた衝撃波で無効化される。

 だがそれは、紛れもなくエリザの──否、エリザと耕介の狙い通りだったのだ。

(いけ!)

 鞘に閉じ込められ、発散を抑えられた霊力が、その膨大さ故に鞘からあふれ、放出し、放電を起こしていた。その光の存在を知って、甲龍がそちらを向く。だが遅い。もう手遅れだ。彼は──耕介はもう完全に、必殺の間合いに入っている。

 光り輝く刀身を引き抜いて。全てを終わらせる一閃が、甲龍の身体を貫いた。

 

      ◇

 

 それが全て。

『汝が世界の全て』

 この本に記されているもの。それが何を意味するのか。それは手に取ったものにしかわからない。甲龍はこの本に一体何を見たのだろう。

 何を感じたのだろう。

 何を感じ、何を考え、何を想って今を戦っているのだろう。

 ああ、だが始まりから十数ページ目。ここに記されることが真実であることを確信する。

 星降る夜の剣の、その発動を。

 

      ◇

 

「この攻撃を予測できなかったと思うか?」

 ピシリ──と、まるでガラスが砕け散るような響きを持って、その黒く輝く金属が悲鳴を上げる。

 霊剣による居合い斬り。それを受け止めたアスタリスには、元より受け止められるだけの強度はなかった。剣の峰がぶつかり合った瞬間に身体をずらして御架月の剣閃をよけた甲龍は、すぐ目の前で渋い顔をしている青年に向けてほくそえんだ。

「さて。これからが本番だ」

 左手中指にはめたグルームリングまでが輝きを放ち、より強大な魔力の流れを感知する。粉々に砕け散っていくアスタリスの刀身。解き放たれるその破片。それら全てが小さく光を放ち、空中で停止し、今か今かと、主の指示を待っている。

 その全てに命令を下す。

「逝け」

 その言葉は、刃と、その標的に向けたものだった。黒刃が舞う。非情なほど膨大な数の刃の破片。それらが一斉に彼の身体に突き刺さる。だが──

 そう思った瞬間、青年の姿が忽然と消え失せた。

(纏か……)

 驚くこともなく、甲龍はすぐさま思考を切り替えた。感覚を開放させるほどの苦労もなく、その行方は知れる。

 エリザベートと槙原耕介。二人が言い争っているのが聞こえた。

「何やってるの! あれを砕いちゃいけないって言ったでしょう!」

「まぁ、砕いちゃったもんは仕方ないですね」

「あのね! 少しは反省を……」

「俺が攻撃しなければ、彼は自分であの剣を砕いてましたよ。だから、一か八かで不意打ち掛けたんですけど。駄目でした」

「……彼の言うとおりだよ、ドロワーテ」

 その会話を遮って忠告してやると、エリザがキッとこちらを睨んだ。

「その名で私を呼ばないで!」

「ああ。それは気づかなかった。すまないね、ドロワーテ」

 実に愉快だった。あからさまに魔女の顔が強張り、一瞬でそれは怒張に変わった。今にも魔術を構成して襲い掛かってきそうなほどに、顔を赤くし、それ以上に瞳を紅く燃え上がらせ、輝く銀髪はより一層の輝きを持って威嚇を始めている。

「さて。二人とも。出来ればあっさりと終わってくれるな。面白く行こう。愉快に戦おう。そして感謝するぞ、槙原耕介。思い出させてくれたことに礼を言う。これは復讐だ。ならば私自身、この復讐を楽しまなければ損だな」

 そう言っている間にもアスタリスの黒き破片が宙を舞い、自身を取り巻き、回転してはその切っ先を敵へと向ける。切り裂きたい衝動を必死で抑えているかのように、ぐるぐると、飛び回っている。

「行きたまえ」

 その言葉をきっかけとして、それら全てが一斉に敵へと襲い掛かった。その刃の雨を、二人がそれぞれ横に跳んで避けるのを確認して、甲龍もまたすぐさま移動する。目指すは魔術師、銀髪の魔女。その彼女を、二手に分かれた刃の群れが追尾する。

 その行く手にこちらが迫っているのを知ったのだろう。

「くっ!」

 彼女の苦渋の顔を眺めながら、甲龍はまた背筋に表現し得ぬ痺れを感じた。興奮。征服する快感。

「そう、アスタリスは避けるか、さもなければ、完全に防御するしかない。君なら魔術でそれを可能にする障壁も作れただろうが……」

 慌てた魔女が、その通り慌てて呪文を紡ぐのを見た。それを傍観する。慌てる必要はないのだとわかっていた。

「君はすでに魔術で簡易の障壁を作っていたな。同質または同じ目的の魔術を同時に二つは行えない。魔術師の最大の弱点だ」

 その簡易障壁を解けば、およそ新たな障壁を作ることは出来るだろう。このアスタリスの刃を防ぐことが出来るほど強力な障壁を、この優秀な魔術師はきっと作ることが出来るだろう。だがその時間を与えてやるほど、甲龍はお人好しではなかった。

 故に、現状は明らかに自分が有利に立っている。魔女がどのような呪文を唱えようと、打つ手はいくらでもあった。

XXIIIStorm(23番目の嵐)

「遅い」

 エリザベートの眼前に生まれ出でる竜巻。向かい来るその風の渦に魔力で生み出した衝撃波を当てて、力の方向をずらしてやる。たったそれだけで流れの変わった竜巻は、甲龍から術を生み出した当人へとその進行方向を変えた。

「慌てるといいことがないよ、さっきまでの私のようにな」

 身体が軽い。まるで嘘のように、自身のものではないかのように軽快に動く。魔女の強張った表情にまた快感を覚えて、甲龍はエリザの後ろから襲い掛かろうとしている刃のいくばくかを分離させ、自分の元へと召還した。

Release(解除せよ)

 魔女の新たな宣言を聞くよりも早く、刃が前後からエリザへと襲い掛かった。彼女の魔術は竜巻を霧散させるものだったらしい。掻き消えた風の渦の合間を縫うようにして、アスタリスが彼女に降り注ぎ──

「掴まれ!」

 だが、瞬間的に現れ出でた長身の剣士にその腕を掴まれて、そして今度は二人ともに忽然と姿を消した。

「ん?」

 訝しげにその様子を確認して、甲龍は事の顛末すぐに理解した。

 槙原耕介が『纏』でアスタリスを振り切り、エリザベートのところまで跳躍。今度は彼女を連れてまた『纏』で跳躍したのだ。

(さて。どこに行った?)

 冷静に観察する。気配を追うのは容易かった。刃の全てをこちらに呼び寄せ、そちらの方を向こうとした途端、甲龍は目を見開いた。光熱波が、辺りの空気を焼き付けながらこちらに一直線に向かってきている。

 だがそれは、結果として甲龍にたどり着くことはなかった。いくばくか弱目にはじき返され、周囲に焼け跡を残して消える。

 それをはじき返したのは他でもない、アスタリスの刃、そのものだった。

「……悪くない」

 その焦土を見つめ、剣の威力と防御力に対して満足げにうなずきながら、彼は意識を二人の敵へと向けた。

 一方で、素直に考えを改める必要があった。『纏』で移動し、アスタリスを振り切ってこちらに居場所を突き止められる前に攻撃する。魔女による魔術の発動を感知していない以上、これは紛れもない槙原耕介のものだ。彼の霊力による攻撃だ。

 戦い方、敵の対処法、攻略法。それらを考え、彼は見事実行したのだ。

 それはつまり、槙原耕介が決して馬鹿ではないことを示している。愚かでもない。いや、むしろ戦いに関して、才能にあふれているといっていい。

「君に対しての非礼をわびよう、槙原耕介」

 霊能者と魔女。二人がいる方へ向き直る。

「君は思っていた以上に頭がいいようだ」

「そいつはどうも」

「皮肉ではないよ。『纏』をここで使うとは思っていなかった」

「……あの瞬間移動が使えるなら、何で私を放って彼を攻撃しなかったの?」

 ようやく態勢を立て直したらしいエリザが、訝しげに隣にいる耕介を見やった。

「纏の弱点はすでにあいつに見破られてますからね。直接、攻撃したって無駄です。それに……」

「それに?」

「さっき使ったのは『纏』じゃありません。いえ、『纏』には違いないですが、実質はその数歩手前です。あの技は霊力消費が激しすぎて、多用できません。だから、アスタリスの破片が追いつけない程度の速度に抑えました」

「それにしたって、不意打ちは可能でしょう?」

「それよりも先に確認しておきたかったんですよ。あのアスタリスとかいう魔剣、その破片の特性を……」

「え?」

「接近戦が危険なのは見て分かるとおりです。ならその逆は? 例え遠距離から霊波や魔術で攻撃しても、破片が魔術的効果を持っているなら弾かれる可能性がある。そして今の攻撃ではっきりした。あの刃の群れは、攻撃だけでなく防御も兼ねている」

「…………」

 驚きで目を見開くエリザベート同様、甲龍もまた驚いていた。そういえばと思い出す。先程受けた光熱波は、見た目は派手だが、思ったよりも威力が小さいものだった。

「なるほど、そのために君は、先程の攻撃を手加減していたのか」

「……ま、そういうこと」

「感心した。槙原耕介。そこの魔女に比べて、君はよほど戦いなれているらしい」

「悪かったわね」

 苦渋を飲み込むようにして吐き出すエリザを無視して、甲龍は続けた。

「槙原耕介。いや、最初に言っておこう。私は嬉しいのだ。戦闘における判断力は、それも神楽双真の影響か。それとも破壊者である君自身の能力か。ああ、失礼。今の君はタダの不良だったな」

 皮肉を込めて、言ってやる。今、彼らは必死でアスタリスの攻略法を考えているだろう。近接戦闘は、アスタリスの餌食だ。だが遠距離からの攻撃においては、この黒き刃どもは空中に浮かぶ粒子のように魔力を放出し、自動的に防御結界の役割を果たす。彼らの攻撃をも通さないほど、強靭な結界が完成する。それが、先程も耕介からの霊波攻撃を防いだのだ。

「君は賢い。なればこそ、考えたまえ」

 両手を広げる。刃がそれに呼応して、すこしばかりその間合いを広げた。

「打つ手は思いついたか? ドロワーテ、君はどうだ? 魔術師としての面目ぐらいは保てよ」

「…………」

 魔女は応えて来ない。槙原耕介は、なにやら思索顔で眉をひねらせている。

「ああ、だがすまない。できることなら、あまり待たせないでくれ」

 もう少し刺激が欲しい。もう少し? 違う、もっと、もっとだ。彼らを切り刻み、神楽双真の前で止めを刺す。その光景がどれだけ素晴らしいか。考えただけで背筋に快感が走る。自分を狂っていると人は言うだろうか。

 一歩だけ、二人に向かって歩み寄る。

 いや、狂っていてもかまわない。それで満足できるのだ。復讐の半分が遂行されるのだ。

 もう一歩、進む。

「…………」

 軽く、二人の唇が動き、こちらからでは聞こえないように会話しているのが見えた。ようやく、何かしら手段を講じたらしい。

 打つ手はあるはずだ。少なくとも、魔剣を操る自分が考える限り、二つは存在する。それらを、あの二人が思いついているかどうかは分からなかったが。どれを用いようとも、他のどんな作戦を考え付こうとも、一向に構わなかった。

 だが直感もあった。耕介が考え付く手段の中で、最も自分に勝つことが出来る可能性の高いもの。彼が自身を不良と言い切っているからこそ、彼がその思考にたどり着くことに、甲龍は根拠のない確信を持っていた。

 それをどう料理しようかと、考える。決意が固まる。それとほぼ同時に、彼らの顔がキッと引き締まった。力強い二組の双眸が、はっきりとこちらを見据え、攻撃の意思を示している。

「さぁ、来たまえ」

 それが引き金だった。合図だった。

 各々の判断の元に動き、攻撃と防御を繰り返し、そして──

 数秒の間を経て、闇を纏った黒い獣が降臨した。

 

【16】へ     NEXT>>

Top