〜続・第二幕〜
本の続きはこうなっている。
『復讐は遂げられる。
闇の存在が舞い降りて、復讐は遂げられる』
本はさらに続ける。
『だが案じてはならない。気を赦してはならない。何故なら、その闇は決して味方ではないからだ。むしろ敵だ。命を狙う敵だ。殲滅せよ。全力で殲滅せよ。その闇を消すことが出来たなら──』
文章が、そこで次のページに移っていた。
『出来たなら、再び異なる闇が生じる。闇が現れ出でる。一つ目の闇よりなお深き闇が現れる。混沌の闇が現れる。それを打ち消せば、復讐は完了する』
そこから二行ほど空行を経て、
『闇の言葉を耳にせよ。さもなければ、決して聞き入れてはならない。言葉を聞き、だが意味を理解してはならない。決して考えてはならない。故に、忘れてはならない。闇と闇を重ね合わせてはならない。そこに白が交じり合ったならば、それは紛れもない死神に変化するだろうから』
本の文字は大きく、またそこでページが変わっていた。
◇
「……エリザさん」
意識を沈ませる。その反動というわけでもないが、自然と声のトーンもくぐもったものになった。
「何?」
「双真のこと、どう思います?」
前々から聞こうと思っていたことを、耕介は聞いた。といっても、彼女と会ってから思ったことだったが。
「え?」
案の定、隣にいる美女の顔が呆けたものになる。
「神楽双真ですよ。一個の人間でも、一人の男として見てもかまいません。どう思いますか?」
「……それは……え、えーと……」
唐突過ぎる問いかけに、銀髪の魔女はかなり困窮しているようだった。ああ、だがなるほど。それは分かりやすい反応だ。そしてまた嬉しくもある。エリザベートという女性にとって、双真は少なくとも簡単に割り切れる立場にはいないらしい。
それはすなわち、彼が自分や他の元『HELL&HEAVEN』の幹部以外にも、人間として付き合いをしているということだ。少なからず、誰かしらと交流を図っているということだ。例え、それが利潤によるものだけだとしても。
それはある意味当然のことかもしれないが、神楽双真の過去、そしてその人間性を知っていれば、驚きと、それ以上に多分の喜びを感じずに入られない。
「双真って結構面白いでしょう?」
「……はぁ……」
こちらが何を言いたいのか計りかねた様子で、エリザが眉をひそめた。それもそうだ。今はこんな話をしているときではない。早急にあの剣への対策を立てて、それを実行しなければ成らない。
だが、話さずにはいられない。自分のこと。神楽双真のこと。一方で何故この戦いが始まったのかを、その本当の理由を、耕介自身は何も知らないのだ。だからこそ、今は感性に頼るしかない。その感性が、今このとき、彼女の気持ちを、考えを知りたいと切に告げてくる。
何よりも、覚悟を決めるために。
「付き合って見ればわかりますけど。あいつほど純粋な奴はいませんよ。双真は俺たちの中で一番真っ白なんです。そう思いません? 純粋そのもの。『生きる』という行動のみを正確に実行している生命体」
彼女は何も答えてこなかった。かまわずに、続ける。
「甲龍が話した双真の反力についても、いくらか考えて見たんです。けどね、俺は思うんですよ。世界には容量がある。世界には存在を受け入れるための許容量があり、それには当然限界がある。だから整理するために、その中身を消すための存在も、また当然存在する。まぁこれは仲間からの受け売りですけど。でも、なるほど、と思いました。生きた実物が俺のすぐ近くにいましたからね」
神楽双真という存在。そして『反力』の本来の力。それが本当に意味するところが何なのかは、耕介は知らない。否、双真自身も知っているかどうかは分からない。分からないなら、自分の考えを信じて進む以外、他に手はないのだ。信念を持って歩むしかない。今も昔も、それは変わらない。いや、変えてはならない。
たとえ甲龍にとって双真が世界の癌だとしても、耕介にはかけがえのない親友で、戦友で、仲間なのだ。
「けれど、いえ、だからこそ反力は、双真が双真であるための能力だと思うんです。そしてそれがあったから、今もあるから、あいつは他の誰よりも優しい人間でいられる」
「彼が……優しい?」
思わず、耕介は噴出した。本当に軽く、空気で唇が震える程度に。
「俺が知っている反力は、存在の力を奪う能力です。それと、さっきのことを重ねると、それを有する双真は存在を消すための存在ということになる。存在が存在することを否定する存在。けれど、あいつが自分でそれを望んだのかといえば、違うんと思うんです。あいつはそんなことしたくなかったはずなんだ」
「言い切るのね」
「ええ。言い切りますよ。だって、あいつは、ずっと存在を否定してきた。俺たちと出合うまで、自身さえ否定して生きてきた。分かりますか? 自身を取り巻く環境を否定し、その中心にいるはずの自分さえ否定してしまえば、残るものは何もないんですよ。何も失うことのない代わりに、何も得られない」
存在の価値を決めるのは自分ではなく、それを取り巻く他者。ならその他者がいなければどうなるか。他者が存在を認めなければどうなるか。それはもう、そこには存在しないのと同義ではないだろうか。
しかし、もしひとたび、神楽双真の存在を周囲が認識すれば、その時点で双真はそれらを消さなければならなくなる。なぜなら、それが双真の存在意義だから。存在を否定することが彼の本義だから。
それがわかっていたから、彼は独りだった。一人で生きていた。彼が敢えて関係を持つのは、自分に近寄ろうとする敵だけだ。自分の命を狙いに来る敵だけだ。一人で、独りのまま、どこまでも生きようとしていた。
おそらく反力に目覚めてからずっと、世界を──自分を取り巻く世界を否定しないために、神楽双真は他者を否定してきた。孤独という形で否定し続けた。
だが言い換えるなら、それは彼自身を否定していることにならないだろうか。世界を否定するための存在である自分を否定していることにならないだろうか。そして自分をも否定すれば、そこにいるのはもはや生きるだけの動物以外何者でもない。
そんな彼が、自分たちと出会って初めて人間として生きることを知った。否定されてもめげないこちらの態度に諦めた節も多々あったが、それでも彼はこちらを認め、こちらも彼を認めた。他者を否定することなく、生きる方法を知った。
このとき初めて神楽双真という人物は、だがようやく、本当の意味での『生命』を受けたのだ。
「あいつの持つ優しさは、だからいろんな意味で規格外のものです。だから知っている人は少ないし、知ろうとする人も少ない。けど、確かにあいつの優しさは存在して、俺はそれに救われてきた。優しくて純粋で、果てしなく不器用で、それが俺の知る神楽双真なんですよ。冷徹で、自己中心的で、社会不適合みたいな性格も本当だけど、決して薄情なんかじゃない。そんなあいつが、生まれて初めて、能力とは別の生きる理由を見出した。『俺を守る』立場になることで」
「貴方を?」
「あの時の『約束』だって、もしかしたら……」
言葉を飲み込む。約束の内容にエリザが反応しないところを見ると、彼女はどうやら双真からその話を聞いたらしい。その時の彼の顔を想像して、耕介はまた軽く笑った。
約束──『破壊者』を暴走させた耕介が殺人を犯す前に、『HELL&HEAVEN』の幹部だった他の誰かが彼を止めるというもの。
殺すという最悪の形で果たされるはずだったそれは、結果から言えば実行されたのだ。
だが耕介は生きている。
何故なら、
「きっとはじめから、俺を殺すつもりはなかったのかもしれないって、今になって思ったりするんです。これはまぁ、勝手な思い込みですけど」
言ってから、撤回しようかと思ったがやめた。月夜の晩の殺し合い。どう考えても手を抜いていたようには見えなかったからだ。
「…………」
「思えば出会って、打ち解けてからずっと見守ってくれていた。ずっと守られてきた。守ってもらってきた。俺が気づかないうちに、気づいてもなお」
今までも。そしてきっとこれからも、こちらの意思さえ無視して、彼はきっとその立場を維持し続けるだろう。守り抜くだろう。
それが彼の見出した生きる目的なら──
「それが双真の見出した生きる道なら……俺はどこまでも、双真に守られる立場でいてやりたいんです」
「……なんか、おかしな言い方ね」
ようやく笑みを浮かべたエリザに、耕介も微笑み返した。
心が静まり返る。今が戦闘中だということを忘れるほど、心地いい熱が身体を支配する。
「……双真が俺を守ってくれていたように、俺も双真が生きていける場所を守りたい。もう、守られてばかりの昔の俺じゃない。あいつを守る事だって、今の俺にはできるはずんなんだ。あいつとは肩を並べて、一緒に歩いていきたいから……だから……」
瞬間、爆発的に鼓動が勢いを取り戻した。
纏で消費した霊力が、ダメージとなって肉体を襲う。痛みが激しさを増す。だがそれとは逆に、心だけはどこまでも静かに、ゆっくりと、鮮やかな黒一色に染まっていく。
見据える先。黒き刃を纏わせた敵を倒すために、
「俺はもう一度『破壊者』になる──っ!」
髪が逆立つ。全身に走る静電気に身を震わせ、だが精神は次第に闇へ沈んでいく。
黒く、深く、そこの尽きない闇の中へ。
それが完遂する前に、もう一度耕介はエリザを見た。銀髪、褐色肌をした、紅い瞳の魔女は、こちらを少しだけ恐ろしげに、だがそれ以上にうらやましげに見つめ返してくる。
少しばかり、胸がむずがゆかった。彼女は、もう分かってくれたらしい。自分が言いたいこと。したいこと。そのために、彼女にしてもらいたいと考えていること。
「貴女には無茶を言ってすみません」
「いいわ。元より、この戦いは、貴方たちの戦いなのだから。サポートは任せなさい」
「感謝します」
それが、結果として『槙原耕介』の言葉としては最後の声だった。闇へ、黒き心へ、自分という精神をどこまでも一色で染めていく。
破壊という色で染めていく。
底まで沈んだ闇が引きずり出され、身体を貫くのを実感する。
さぁ、壊せ。敵は目の前にいる。
そして再び、『破壊者』が降臨する。
◇
どこまで進んだのだろう。
現実は、得てして奇妙で、奇異な現象を好むという。
本はこう書いている。
『闇と呼ばれる存在が、舞い降りて、復讐を妨げるだろう。
もう一つの闇が駆け抜けて、復讐の刃を折るだろう。
だが、見逃してはならないのは、闇ではなく、白。
白い存在を、見逃してはならない。
白と闇を混ぜてはならない。
だが忘れてはならない。
いまだ、白の存在は現れていないのだということを』
◇
圧倒的に深く重い圧力を放ちながら、一歩だけ、闇を纏った存在がこちらに歩み寄った。
「破壊者よ」
その名を呼ぶ。返答はなかった。あるはずもない。彼の瞳は焦点の会っていない廃人のように一色に染まり、だがその視線は確実にこちらを見据えていた。真っ黒の双眸に、緩やかに映し出される標的──自分の存在を確認して、思わず背筋に悪寒が走る。
本能的に、甲龍はアスタリスの破片を全て自分の元へ戻していた。そして、それが功を奏した。
青白く光る粒状の槍が数本、アスタリスにぶつかって霧散する。それがエリザベートによる魔術だと意識して、だが甲龍はそちらへ視線を向けることはなかった。
間違えてはならない。
本当の敵は目の前の男、破壊だけにその存在価値を見出し、それだけを求め、それだけに従事する破壊の申し子なのだ。
「さぁ、来たまえ」
もう一度、告げる。
だが、そんなことをせずとも、それは瞬く間にやってきた。アスタリスで防御している自分の前面を迂回して、刃の結界がない後方で気配が膨らむ。
殺気という名の気配が。
「フンッ!」
集中すべき箇所は一点。彼が持つ、霊剣・御架月、その軌道だけを追う。その部分にアスタリスを配置、剣閃を防ぎ、その隙を狙って別の刃で攻撃をしようとして──だが、それは叶わず、甲龍は一瞬硬直した。そしてその間がいけなかった。
破片のない隙間を狙って、破壊者の蹴りが深々と甲龍の腹部を貫く。
激痛にあえぐ余裕はなかった。ダメージが横隔膜にも達したのだろう。痛覚そのものが麻痺したのかもしれないほど、意識が揺らぎ、真っ白に視界が染まる。血の味が口いっぱいに広がり、ほどなくして、それは外へと派手に飛び散った。
「がはっ! ごほっ!」
それでも、半ば無意識のうちにアスタリスを引き戻すことは忘れていなかった。破壊者に狙いを定め、しかし、再び高速で移動した標的をあっさりと見失う。黒い刃が空中で停止するしかないのを甲龍は愕然としながら見ていた。だがすぐに思い直す。呆けている場合ではなかった。再び彼がやってくる前に、甲龍は停止したアスタリスの破片を全て自分の周囲に配置させた。多少、面に対する刃の密度が減って防御力は落ちるだろうが、それでも現段階では仕方ない。骨の数本は折れただろう痛みが、今頃になって彼の身体を容赦なく苛んでくる。
「気づいていなかったか?」
声は、甲龍の前方、ほんの数歩のところから聞こえた。そこでようやく、甲龍は自分の焦点があってなかったのだと知った。
「さっきの霊波攻撃でわかったことがまだある。アスタリスは攻撃と防御を同時には行えない。忘れていたのか? その顔を見ると、知らなかったわけではなさそうだが」
初めて聞く声だった。
(これが破壊者か!)
胸のうちからもやもやと、言い様のない感情がこみ上げてきた。これをなんというのか、甲龍はしばらく考えなければ思い出せなかった。自身のプライドが邪魔をしている。
ああ、そうだ。この感情は『殺意』というのだ。
それと同じくらい湧き上がる楽しさに、自然と笑みがこぼれる。
「忠告感謝する」
それを隠すことなく、甲龍は続けた。
「言った通り、予想通り、君は素晴らしい。さすがだよ、破壊者。私が語るべきは、やはり槙原耕介ではなく君だ」
「俺は俺だ。どちらも……槙原耕介だよ」
「だがその顔、その態度、その考え方。全てが以前を凌駕している。君は君だ。その通りだ。だが感じろ、そして信じろ。破壊者と呼ばれる君こそ、槙原耕介の真実だ。ああ、だが残念だ。私は君を殺さねばならない。忘れてないだろう? 君を殺すことが、私の復讐なのだ。槙原耕介ではない、破壊者を殺すことが私の復讐なのだ」
「…………」
「君を殺す」
「それはもう聞いた」
「君を──」
「いいのか?」
突如、闇には相応しくないほど、否、闇だからこそ可能な嘲笑が、槙原耕介の顔に浮かんだ。
「俺ばかりに集中していていいのか?」
言われて初めて、甲龍はその声を耳にした。忘れていたわけではない。眼中になかったわけでもない。だが、優先順位を下げた結果、甲龍の神経から逃れたその声は、確実にその終着点へと向かっていた。時間を与えてはならなかった。
──Keep away form everything and let them alone,
For if this plan or this work is of you, you will come to nothing!
「Catenatepress/Atm!」
その言葉を呪文として、エリザの魔術が発動した。彼女が紡いだのは、それこそまさに、魔術のための詩だった。魔術を構成する際に使う、『呪文唱歌』と呼ばれる補助詩である。そしてそれが詠われるほどの魔術は、そのほとんどが高威力を発揮する高位魔術だ。最強クラスの魔女が、『呪文唱歌』を必要とするほどの魔術なのだ。
「おのれっ!」
「俺を殺すと言ったな」
にやりと笑う破壊者の表情に戦慄を覚えながら、甲龍は自分の後方に出来る限りの刃を向かわせた。
「なら殺して見ろ」
その声を意識して身構える。アスタリスに指示を与えながら、だが完全に前方を空けるわけにはいかず、甲龍は即時に思考をめぐらせた。目の前にいる狂人に対して、無防備になるわけにはいかなかった。
ドンッ──! と空気を振動させて、自分よりも数歩後ろで衝撃が渦を巻いた。それが周囲の空気をさらに巻き込み、さらにもう一歩、こちらに近い場所で再び衝撃音が鳴る。一度目よりもさらに激しく大きな音を立てて、より大きな渦を生じながら。
それがこちらに届いた時には、もはやそれは空気の渦などではなかった。
「ぬぉっ!」
アスタリスの刃で防御してなお、衝撃が身を引き裂いた。風の圧力をその身に受けて、甲龍はアスタリスの結界ごと吹き飛ばされた。
それでも気を失わなかったのは、アスタリスの防御能力のおかげだろう。眼球が外に飛び出してしまいそうなほどの呼吸困難に陥りながら、それでも甲龍はもう一人の敵から目を離さなかった。剣を平突き型に構え、こちらを睨んでいる男の存在から意識を離さなかった。
だから甲龍は見逃さなかった。その唇が歪み、にやりと笑うのを。
「──っ!」
おぞましいほどの恐怖がそこにあった。こちらが地面に着地する寸前を見計らって、霊剣『御架月』から放たれた光熱波が真正面、次いで、違う光熱波が円弧を描いて横から甲龍に直撃した。
「ぐぉっ!」
その攻撃による余波が終わる頃には、放熱で生じた水蒸気が彼を包んでいた。だが、それで終わったわけではなかった。間を空けず、小さな光弾が上空から甲龍に降り注ぐ。細かすぎる素粒子の雨滴のいくつかが、アスタリスの網をかいくぐって甲龍の身体を引き裂いた。
「くぅぬぅっ!」
紅く染まるスーツなど無視して、甲龍は急いで自身の衝撃波で水蒸気を取り払った。
そして知る。
手遅れだと。
そして理解する。
本物の恐怖が襲来したのだと。
開けた視界の先に、闇が現出する。
「あぁぁぁぁっ!」
アスタリスは間に合わない。彼が狙うのは、破片の密度が薄い場所だ。その視線が見据えているのが何なのか、甲龍には分からなかった。ただ、彼が抜き放つ剣閃がアスタリスの防壁を打ち破り、こちらに突き刺さろうとしているのだけは理解できた。
痛みは感じなかった。腕が吹き飛び、血飛沫が上がるのを、まるで他人事のように見つめる。その腕の、その手の中にあるアスタリスの柄を視認して、あの腕が自分のものだということを彼はその時知った。
支配を失ったアスタリスの破片が地面に堕ちていく。時間がスローになったかのように、ゆっくりと、ひとつひとつ、その軌道を目線で追う。最後の一枚がコトンと地面につくまでを眺め、そこでようやく甲龍は正気を取り戻した。
「くぅっ!」
自然と漏れ出る呻き声に比例せず、腕に走る痛みはさほどではなかった。痛覚が麻痺したかのように、ただ流れ出る血液の量に従って、少しずつ力の抜けていく感覚が大きくなっていく。
剣先をこちらの眼前に突きつける敵を見据えて、甲龍ははき捨てた。
「何故殺さなかった?」
「俺は殺人者じゃない」
「それはおかしな話だ。君はそうなれる。そうなる資格がある。いや、そうならなければならない」
「そんなことは俺が決める」
「君は破壊者だろう?」
「俺が決めると言った」
破壊者の言葉には感情がなかった。
「俺は誰も殺さない。誰も殺させない。俺がそう決めた」
「ならば、貴様は一体何者だ? 破壊を行わない破壊者など、泳げない魚と同様に存在価値がないではないか」
「価値などない。そんなものいらない」
彼の声には、やはり抑揚はなかった。
「けれど戦うことは出来る。戦うことしか出来ないのなら、そうすることでしか己を見出せないというのなら、俺はどこまでも戦ってやる。相手をしてやる。壊れるまで戦うというのなら、それにも付き合ってやる。だが俺は絶対殺さない。俺の目の前で、誰も殺させない。何が何でも、絶対に」
感情のこもらない決意の声が、だが逆に言い様のない熱を持って耳に届いてくる。
「……それも……」
「それも、俺が決めた。そして……」
一泊置いて、破壊者が続ける。
「もう終わりだ。アスタリスの柄がない以上は破片を操れない。お前の負けだ」
「果たして、本当にそうか?」
「?」
「クククッ!」
今度は、いや、今度こそは彼が笑う番だった。出血で身体がふらついたが、それでも笑いがこみ上げてきた。アスタリスの柄はない。そして、その支配から解き放たれた刃どもは、地面で沈黙を続けている。
本当の主の命令を待つために。
「ああ、なるほど。君の強さはよく分かった。ならば今度は、私の強さを見せてやるよ。クククッ。アハハハハ! おかしい。おかしすぎる! 何か忘れていないか。私が持つ魔法道具は、アスタリスだけではない!」
残った左手、その中指にある黒い指輪が光を放つ。それを見たのは、自分だけではなかった。敵の目がそれを追い、驚きに見開かれ、瞬間、アスタリスの刃が一斉に起き上がって彼の身体を真下から貫く。
光り輝く粒子をその身に受けて、破壊者の叫びがこだました。