〜終幕へ〜

 

『闇の言葉を聞き入れてはならない。

 闇と白を混じり合わせてはならない。

 闇は白に、白は闇に。

 その姿を変え、その時汝にとって本当の死神が降臨する』

 だが、本はこうも書いている。

『闇は白に、白は闇に。

 その姿を変え、死神が降臨する。

 そして汝は終る。

 従うか逆うか。

 決断するのは汝。

 全てを受け入れよ。

 汝が世界の全てを受け入れよ』

 

      ◇

 

 刃が自分の身体を突き刺さるのを、はっきりと彼は自覚していた。貫き、中には肉体にとどまって筋肉を破壊し、神経を切り刻んでいく。その衝撃で身体が宙に浮く。アッパーでも食らったかのようにのけぞりながら、後方へ飛ばされていく。

 アスタリス。無数の黒き刃。その嵐にも似た洗礼を受けて、破壊者は衝撃と共に五感が停止するのを感じていた。だがそれも一瞬のこと。すぐに感覚だけが回復する。肉体だけが取り残され、傷だらけのまま地面に叩きつけられた。

 孤立した脳の片隅で、破壊者は考えた。

 攻撃を受けた。致命傷には至らないまでも、放っておけば確実に死ぬほどの重傷だろう。だが彼にとって痛みなどはどうでも良かった。

 次第に明確になっていく意識の片隅で考える。

 まだ戦いは終わっていない。

 ようやく復帰した肉体の感覚。血を流しすぎたせいか、それとも神経が傷ついたせいだろうか、寝そべったままで上空を見つめる。それでも起き上がることが出来たのは、背中を支えてもらったからだった。

「大丈夫?」

 後ろからの声はエリザベートのものだった。彼女の方を向くことなく、破壊者は言った。

「回復、頼めるか?」

「やってるわ」

 背中を支えている手から、緩やかな温かい力の流れを感じて、彼はそれが回復のための魔術なのだと知った。すぐさま、自分の残った霊力も傷の回復に当てる。

「いい様だな、破壊者」

 視線の先にいる片腕を失った血だらけの男が、ゆっくりと立ち上がった。こちらの身体を貫き、筋肉に埋まった破片を無理やり(・・・・)呼び戻して、その際に出来た新たな傷口とその出血を楽しそうに見つめながら、甲龍は笑った。

「油断は大敵だよ。ククク。まぁ致命傷を避けたのはさすがだが、それでもしばらくは動けまい。止めを刺さないことがいかに愚かか、君の考えがいかに脆弱で無意味なものか、これで理解したのではないか?」

 嘲笑しながら、甲龍はその視線を吹き飛ばされた自分の腕へと向けた。途端に、人形のように横たわっていた右腕が飛来し、彼の左手へと収まった。右腕と右肩、血の滴るそれぞれの傷口を確認しながら、無造作に重ね合わせる。

 まるで肉食動物が、骨ごと何かを食べるときのような音を、彼は耳にした。

 骨が崩れる音。噛み砕く音。肉が押し潰され、血がすすられ、それらが止まったかと思えば、次いで傷口から焼くような臭いが漂い流れた。

 やがてそれも納まったころ、甲龍が切り飛ばされたはずの右腕をぐるりと動かした。ゆっくりと肩をほぐすように回転させ、今度はすばやく切り込むように上下に振る。その感触を確かめるように肩を一撫でして、彼はまた笑い声を上げた。

「無理やりくっつけた分、違和感はあるが。まぁ問題ないようだ」

 柄を左手に持ち替え、今くっついたばかりの腕を嬉しそうに撫で回す。指を開き、また握り締め、再びアスタリスの柄を握りなおして、甲龍はそれをこちらに向けた。

 破壊者は何も感じなかった。ただ腕がくっついたらしいことだけを理解する。一方で、背中に感じる魔女の気配が一瞬揺らいで、またすぐに元に戻った。

「なんてことを!」

「そういってくれるな。つくづく感謝するよ、エリザベート。君らに吹き飛ばされた腕もこの通りだ。このアスタリスはさすがの攻撃力だ。いや、それ以上に素晴らしいのはグルームリングだろう。何故、私の腕がくっついたか。アスタリスの刃を柄なしで操れたのは何故か。その原因がこの指輪にある。種明かしをするとだ。記録が残っていないせいで曲解されているようだが、この指輪は魔力の供給することではないのだよ」

 こちらの傷口がゆっくりとふさがっていくのを待っているかのように、甲龍は続けた。

「魔力を魔術によって操るには精神力が必要だ。およそ、これには限界があるために魔術師には個人差が生じる。ならば、魔力を直接扱うことが出来る(・・・・・・・・・・)ならば、そこには精神力などという限界は問題なくなるのではないか? グルームリングとは、まさにそのための指輪なのだよ」

「……魔力は魔術でしか物理世界に具現してはならない」

「そんなことはないさ」

 苦汁にも似た声を上げるエリザの言葉を、甲龍は一蹴した。

「考えてみろ。魔力は現存する原子を構成する情報だ。エネルギーだ。少なくとも魔術師の間ではそれが原点だ。それそのものがすでに、初めから、物理世界に干渉している力なのだよ。それらを、魔術師が勝手に己の意思に従った現象に変えようとしただけだ。違うか? 魔術師エリザベート。魔術は、魔力を加工するための一手段に過ぎんのだということは、君はもちろん承知しているはずだ」

「貴方は分かっていない。魔力を直接具現化することが、どれだけ世界のバランスを崩すか、それがどれだけ恐ろしいか。貴方はまるで分かっていない。本来の機能とは違う用途でそのエネルギーを用いれば、物理法則そのものが歪む可能性がある。だから魔術師は、魔力によって任意の現象を起こすために、魔術という回線を使う手法を編み出した。そのバランスが崩れるのを防ぐために!」

「その通りだ。故に、魔術は便利さと気難しさを伴う」

 甲龍はあっさりとそれを認めた。

「エリザベート。だが君はもう気づいているはずだ。私はそう、魔術師ではない。魔力は操れても、魔術は扱えないのだから。故に、少々見苦しかったかもしれん。切断された肉体を治療する魔術など知らんからな。無理やり傷口をくっつけたのだが、焼けたような臭いを我慢すれば、多少の違和感にも目をつぶれようというものだ」

「何て無茶苦茶な!」

「そうか? だが今の私には、君ら魔術師のその保守的な思考こそ、愚行としか思えん。物理法則が歪むことを恐れるなら、そもそも魔術師は存在しないではないか。魔力は素晴らしい。物理法則に従ってはいるものの、その応用には無限大の可能性が秘められている!」

「そんなものは、過ぎた力を手にした者が持つ愚考よ」

「その通り。私は力におぼれている。魔力そのものを直接操れるのだ。素晴らしいではないか。そしてそれに酔いしれることの何が悪い。現に今、君たちはそこに倒れ、私はこうして立っている。『真理』を語ることが出来るのは勝者のみだ」

「まだ終わっていない」

 その呟きに、甲龍とエリザがはっとしてこちらを向いた。意識を失っているとでも思っていたのだろうか。だが、実を言えばどうでも良かっただけだ。彼らの言っていたことの、およそ半分も理解は出来なかったが、それはさほど大きな問題ではない。

 今度は手助けの必要もなく、起き上がる。エリザが小さく声を漏らした。

「治療、感謝する」

「待って! まだ出血していた傷口をふさいだだけよ?」

「問題ない」

 あっさりと言い捨てて、破壊者は再び御架月をその手に握りなおす。ふら付く足取りで倒れそうになるのを、どうにか足で踏ん張りながら、彼は剣を構えた。

 ふら付いた拍子に、ふとした疑問に襲われる。

 視線の先に、敵はいる。

 剣の切っ先の向こうに、敵はいる。

 何故、自分は剣を向けている。

 何故、自分はこうして傷だらけで立っている。

 答えは簡単だ。奴が──甲龍が敵だからだ。

 そう、敵は目の前にいる。

 倒さなくてはならない。敵のだから。

 今すぐここで。

 絶対に逃してはならない。

 倒す。

 剣で首を切り離し、腕をもぎり、足を千切り、五臓六腑全てを分解し、心臓を串刺しにする。ありとあらゆる生命活動を止める。完膚なきまでに、徹底的に、圧倒的に、絶対的なまでに倒す。

 殲滅し尽す。

 敵は目の前にいるのだ。

 さぁ殺せ!

(俺は殺さない)

 目を見開く。歯を食いしばる。力を入れすぎたせいだろう、歯が軋み、口の中で新たな血の流れを感じた。黒く染まった視界の片隅から、小さくゆっくりと侵食を始めた赤い水溜りを振り切って、破壊者は敵を見据えた。

 奴は敵だ。殺せ!

 さぁっ!

(嫌だ! 俺は殺さない! 誰も! 絶対に! 誰も! 殺さない! 絶対にだ!)

 殺さない。誰も殺さずに、倒す。誰も倒さずに、勝つ。

 負けるわけにはいかない。敵にも、自分にも。

「まだ……終わっていない……俺の戦いも……何もかも……」

 息を吐く。吸い込んだもの全てを吐き出して、破壊者は叫んだ。

「終わっていない!」

「胸糞悪いんだよ」

 地面に唾を吐き捨てて、甲龍は一歩、破壊者のほうに近づいた。

「私の会話の邪魔をするな……だが、まぁいい。決着をつけようか。傷口はふさがったがもうボロボロだろう。さぁ来い! 止めを刺してやる」

 軽く、甲龍が柄を振った。それだけで、黒い破片の群れが小さく群集を作って彼の周りを飛翔し始める。

 後ろで、エリザが息を呑むのが聞こえた。後ろと前。味方と敵。その様子を見て、甲龍が笑う。笑い声が響く。この広いだけの何もない工場内で、不自然なほどの膨大な殺気が満たされていく。アスタリスがその切っ先を破壊者に向け、小さな輝きを灯した。

 それに呼応するかのように、

「殺してやるよ、破壊者!」

 殺気が膨れ上がる。月の光も、星の輝きも届かない屋内で、黒刃が流星となって飛び交う。吐息を合図にして、一斉に降り注がんとした刃と、それを操る敵の向こうで。

 声は──

 

「悪いが──」

 

 唐突にやってきた。

 

「それだけはやらせない」

 

 意識できないほど自然に、追いつけないほどの速度で敵の背後に影が生まれる。それが行動を起こし、アスタリスの刃で構成された結界ごと甲龍を素手で(・・・)殴り飛ばしたのを、破壊者は確かにその目で見た。

 感じたことは、その影の行動が無茶苦茶だと言うことだった。自分のことを棚にあげる間もなく、天井が轟音を奏でる。眼球だけで確認すると、砕け散った鉄骨が、重力に引かれて、極自然に落下してきていた。

「っ!」

 その驚きは誰のものだったのだろう。おそらくその影を除く全員があっけに取られ、そのうちの一人が目の前で鉄骨の下敷きになった。

「おいっ!」

 その影の声に意識を取り戻して、破壊者はそれを見た。

 伸ばし放題の髪を、ナイフで適当にカットしたようなざっくばらんな髪。逆三角形の鋭い双眸。筋肉質でないにしろ、引き締まった細身の身体。左腕全体に巻いた包帯でさえ血だらけの酷い状態のまま、彼はツカツカと、こちらに歩み寄ってくる。そしてゆっくりと左足から踏み切り、跳躍。迫り来る靴の裏。それが自分の顔面にめり込むまで、破壊者は何が起こったのか把握するのに数秒を要した。

「んげっ!」

 ゴンッ──という音と衝撃を伴って、昏倒する。

 感じたのは痛み。後頭部に感じる痛み。身体の痛み。心の痛み。すべての痛み。

(痛い)

 何もかもが痛い。だが、まずすべきことは確認だった。そう、確認だ。何故自分がこんな無様に後頭部を地面に打ち付けなくてはならないのだ。必死でがんばっていたというのに。遅れたくせに、少しは遠慮とか、反省とか、迷惑をかけたことへの詫びの気持ちとか、一言ごめんなさいとか、そのくらいの態度は見せてもいいんじゃないのか?

 それ以前に、何故、蹴られなきゃいけないんだ。

 そんなことを考えながら、身体に走り続ける痛みを無視して起き上がる。力いっぱい、耕介は叫んだ(・・・・・・)

「いきなり何するんだ、双真!」

「破壊者になったお前が悪い」

 全く悪びれも反省の色もなく、現れた影の正体──神楽双真は断言した。その様子に憤然としながら、地面にぶつけた後頭部を触ると、小さくたんこぶが出来ていた。けり倒された顔にも、どこかデコボコ間を感じる。

 それを作った張本人が、ふと何かに気づいたように告げてきた。

「顔に靴の跡がついてるぞ。くっきりと」

「お前が蹴ったせいだろうが!」

「何度も言わせるな。破壊者になったお前が悪い。ま、制御できていたみたいだから、問題はないだろうが」

「なら何故蹴った!?」

「あー、いや…………なんとなく、いつもの調子で、つい」

「なんとなくで蹴るなぁ!」

 さすがに堪らなくなって叫びかえす。

「大体、双真! お前、いつからここに来てた?」

「お前が破壊者になって、甲龍に攻撃を加えている頃かな……」

 結構、前である。

「……ならさっさと出て来いよ」

「お前が破壊者を本当に制御できているか知りたかったからな。また暴走するようなら、甲龍が手を出す前に俺がお前を殺していた」

 とんでもないことをさらりと、当然のように言ってのける双真に少しばかり気押されながら、しかし耕介は何も言えなかった。

 沈黙が降りる。双真が言わんとしたことを察して、それから自分の身体を見下ろす。筋肉から神経までズダズタに切り裂かれ、疲労した今の自分。満身創痍とはよく言ったものだ。自分の事ながら、立っているのが不思議でならなかった。

(本当に馬鹿かもな)

 悔しいので、声には出さないでおく。

「まぁ、いいさ」

 肩をすくめて見せる双真に、それは俺の台詞だと思いっきり言ってやりたかったが、耕介は寸でのところで押さえ込んだ。喧嘩している場合でないことにようやく気づいて、目の前の鉄骨を見る。

 圧しつぶされたのは甲龍だった。

 およそ、下にいただろう人間が生きている可能性が無いほどの膨大な量の鉄骨。ふと上を見ると、ぽっかりと天井が開いていた。

 その穴から、月の灯りが差し込んでくる。

「お前、俺たちの戦い見学しながら何してたんだ?」

「ん? ああ、天井の分解」

 いともあっさりと言ってのけて、双真はいまだ呆然としている銀髪の魔女のところへ向かった。そして彼女にも、やはりというかなんと言うか、問答無用に頭を殴りつけて正気に戻す。

「いったぁっ! ……って、神楽君? あれ? 何で? いつの間に? っていうか、何で頭が痛いの?」

「殴ったからだ」

「しれっと、滅茶苦茶なこと言ってんじゃないわよ。遅れてきて、ごめんなさいの一言くらいないわけ? 少しは遠慮とか、反省とか、迷惑かけた詫びの気持ちとか、そういう態度くらい見せても罰は当たらないと思うわよ」

 そうだそうだ、と心の中で、耕介はエールを送った。決して表情には出さずに、応援する。そして案の定、

「何馬鹿言ってんだ? お前」

 エリザのボヤキをあっさりと一蹴して、双真は自分が降り注いだ鉄骨に視線を向けた。彼女には目もくれず、話を続ける。

「詫びなら後でいくらでもしてやるから、とりあえず耕介を治療してやってくれ」

「……その言葉覚えてなさいよ。私は覚えたからね。えー、絶対に忘れるもんですか」

 ぐっと怒りを押さえ込んでいるように一人うなずきながら、エリザが再び魔術を発動させた。小さく呪文を唱え、耕介の身体に手のひらを当てる。じっくりと、サウナに入った時のようにじんわりと、身体の芯が熱を持ち、それはやがて身体全体にいきわたった。運動のそれとは違った汗が浮かぶ。同時に、圧迫されていた血液が流れる時の爽快さと気持ち悪さが同居したような感覚が全身を走り抜けた。

「熱い」

「治り始めている証拠よ」

 そうなのだろうか。だがこれは、例えるなら、熱を出して倒れた時の感じとはまるで違った熱さだった。

「熱い」

 もう一度、繰り返す。今度はエリザも応えてこなかった。もとより、応えなど期待していなかった。

「熱い」

 熱い。

 何が?

 全て。何もかもが。

 熱い。暑い。熱い。暑い。

「耕介?」

 誰かが呼んでいる。誰だろう。声。聞いたことのある声。何故、この声はこうまで自分を逆撫でるのだろうか。

 うるさい。邪魔だ。話しかけるな。しゃべるな。息をするな。近寄るな。生きるな。

 死ね。

「え?」

 今、自分はなんと言った?

 死ね?

 そう……そうだ。

 死ねばいい。

 うるさい存在ならば、邪魔する存在ならば、死ねばいい。

 否、自発的行動を待っているだけでは生ぬるい。殺そう。

 殺す。

 邪魔するなら敵だ。自分に近寄るものは敵だ。

 敵ならば、殺しても問題ない。

 むしろ、殺したほうがいい。

 そうだ、殺せ。

 視線の先に、敵はいる。

 敵は目の前にいる。

 倒さなくてはならない。敵のだから。

 今すぐここで。

 絶対に逃してはならない。

 倒す。

 首を切り離し、腕をもぎり、足を千切り、五臓六腑全てを分解し、心臓を串刺しにする。ありとあらゆる生命活動を止める。完膚なきまでに、徹底的に、圧倒的に、絶対的なまでに倒す。

 殲滅し尽す。

 敵は目の前にいるのだ。

 さぁ殺せ!

 破壊しろ。

「うるさい!」

 思い切り、耕介は叫んでいた。何もかもがうるさい。耳障りだった。空気の流れ、風の音、小さく響く虫の音、魔術の奏でる小さな音、自分の身体を蹂躙する痛みの音、呼吸する音、血の流れる音、心臓の音、全ての音。

 そして声。

 破壊しろ。

「耕介? どうした!」

 目の前に、どこか慌てた様子の神楽双真がいる。

 彼は敵?

 奴は敵。

 後ろに、魔術を放つエリザベートがいる。

 彼女はどうだ?

 奴も敵だ。

 ああ、なら話は簡単だ。

 殺せ!

 さぁっ!

「違う!」

 大きく首を振って、耕介はぶれる視界を元に戻した。双真がこちらの肩を抱き、のぞきこんできている。

「耕介?」

「槙原君?」

 心配げな二人に、笑みを返す余裕など無かった。

「大丈夫。違う。何が? いや、何もかも。これは俺じゃない。全て。彼が。俺が。敵。破壊。殺す。彼が。自分で。破壊。違う。自分を。俺が。殺して……」

 考えがまとまらない。言いたいことは山ほどあるのに、伝えるべき言語が思い浮かばない。

 破壊する。

 殺す。

 徹底的なまでに、完膚なきまでに、完全に、問答無用に、圧倒的に殲滅し尽くす。

「それは──」

 俺じゃない、と言おうとして、だが言葉が続かなかった。

 自分じゃない。では誰が?

 破壊する。

 殺す。

 何が、何を。

 誰が、誰を。

「俺じゃない! 違う! 暑い! 殺して! 破壊して! 何かも! 全て! 熱い! 敵! 違う! 破壊! 彼が──っ!」

 

 彼。

 

(彼?)

 ああ、そうか。

 たどり着いた結論に、耕介は一気に覚める思いをした。身体は熱を持ちながら、一方で精神だけはどこまでも冷えていく。

「甲龍は──」

 言葉をひねり出すのが、これほど労力の要ることだとは思わなかった。それほど力を振り絞って、耕介は声を紡いだ。

「生きている」

 二人が、慌てて後ろの鉄骨の山を見る。変化は無かった。少なくとも、その時は。

 

 破壊しろ。

 

 だがすぐに、それも一時の静けさに過ぎないことを、耕介は知っていた。

 

 殺せ。

 

「何が──」

 言おうとしてやめた。言う必要性がないからではなく、言葉に出すのが怖かった。

 知っている。自分は知っている。

 鉄骨の下にいる存在を、自分は知っている。

 いるのは甲龍だ。それは間違いない。だがそこから感じるのは、彼の気配ではない。双真もエリザも気づいていないようだが、全く別の、異質な気配。ゆっくりと立ち上り、充満し、その存在を静かに主張し始めている。

 ああ、だが自分は、その気配を嫌というほど知っている。

 知っているから、言葉にしたくなかった。

 

 殺せ。壊せ。

 全て。何かも。

 破壊しろ。

 

「あ……ああ……」

 うめき声は、自分のものだったかもしれない。鉄骨がゆっくりと、奇術のように浮かび上がり、その下から、一人の男が姿を現す。隣にいた二人の味方が少なからず緊張を走らせ、だが出現した存在に例外なく目を奪われた。

 そこにいたのは男だった。老紳士ではなく、一人の青年だった。だが同一人物に違いないことは、その青年の右腕に携えられたアスタリスの柄と、黒光りするグルームリング、そして彼の周りを飛翔する幾万もの黒き刃の群れで知れた。

「甲龍?」

 エリザがうめき声を上げる。それに呼応するかのように、

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっっっっ!」

 青年の叫び声に反応して、耕介は身が震えた。心の底から恐怖を感じた。何かが、否、本能が告げてくる。耕介は知っていた。目の前の男を知っていた。

 あれは甲龍だ。

 そして──

 最後の理性を吹き飛ばすかのように、声が聞こえる。

 

 さぁ、壊せ。敵は目の前にいる。

 

 目の前にいる存在(モノ)

 知らないはずのない存在(モノ)

 ありえないという否定の気持ちさえ飲み込んで、それは存在を主張し、やがて活動を開始する。

 その行く末に、救いは無い。

 何故なら、彼にはストッパーが無いから。

 何故なら、彼は自らの存在意義を満たすことに、ためらわないだろうから。

  ゆっくりと、充血した目でこちらを見据えている存在(モノ)

 耕介は知っていた。

 あれは──

破壊者(デストロイア)だ」

 

      ◇

 

『闇は白に、白は闇に。

 その姿を変え、死神が降臨する。

 そして汝は終わる。

 従うか逆うか。

 決断するのは汝。

 全てを受け入れよ。

 汝が世界の全て(ザ・ワールド)を受け入れよ』

 

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