◇

 

 何故戦う。

 

 何故生きる。

 

 そんな疑問。

 面倒くさくて嫌気がする。そんなこと、言わなければならないほど愚かなのだろうか。

 それでも声は紡がれる。聞いただけで誰なのかわかる声など、興味はなかった。

 

(決まっている。守るためだ)

 

 何を?

 

(耕介を)

 

 何から?

 

(全てから……かな?)

 

 全て?

 

(あいつを傷つける全てからだ。俺たちを含めた(・・・・・・・)全てからだ)

 

 何故?

 

(理由はそれぞれ違う。けど、共通しているのは、俺たちはあいつのために存在しているってことだ)

 

 彼のため?

 

(もしかしたら、俺たちがあいつのためじゃなく、あいつが俺たちのために存在するのかもしれない)

 

(いや、あの頃の俺たちは、どちらが欠けても駄目だった)

 

 だった?

 

(過去だ。今は違う。耕介は前に進んだ。もう俺たちは必要ない。俺たちの役目は終わった。十四郎は甲龍を使って耕介の破壊者を覚醒させる。俺はそれを刺激し、耕介と共に甲龍を倒す側に回る。結果、あいつは破壊者を制御することに成功した)

 

 それが役目?

 

(どうだろう。違うんじゃないか? 俺は確かに、そのためだけに甲龍をけしかけた。耕介と同類の存在である甲龍の存在を見逃すわけには行かなかった。あいつがいれば、いつか耕介はあいつに引っ張られると思った)

 

(俺たちを()んだときのようにな)

 

 喚んだ?

 

(長崎のことだ。『HELL&HEAVEN』の幹部はみんな人間離れしていた。何の関連性もない、年齢も、趣味も、出身地も、出生も、抱えている内情も違う七人が、あの場所で出会った。耕介という人物を中心にして)

 

 彼が喚んだというのか?

 

(そんなことは知らん。偶然だという事象がどこまで有り得るのかもわからん。だが少なくとも、俺たちが耕介を中心に気持ちを共にしていたのは確かだ。耕介を守ることで、生きる意味を見出していた)

 

 生きる意味?

 

(そうだ。だからこそ、耕介を過去から切り離す必要があった。過去を封じたまま、あいつが幸せになれるとは思えなかった)

 

 過去とは?

 

(最悪の分かれ方だったからなぁ……『HELL&HEAVEN』は。幹部の一人が、参加のチームの謀反って言うのか? まぁそういうのにあって殺された。私刑(リンチ)さ。さすがに、一人で五百近い不良を相手にはできなかったってことだ。でも、それがきっかけで俺たちの関係は終わった)

 

(見せしめだったんだろう。これ見よがしに、耕介の家の前にそいつの死体は飾られていた)

 

(耕介は悲しんだな。泣いていた。泣きながら、自分を責めていた。どれだけ励ましても無理だった。あいつは人のために泣ける奴だから。そして結局、あの時の俺たちは何も出来なかった)

 

(だから……)

 

 だから?

 

(だから、今一度、耕介に過去を思い出してもらわなければならなかった。あのまま、過去を清算せずにいるままでは、例えどれだけ時間が忘れさせてくれようと、耕介は幸せにはなれない)

 

 そのための役目?

 

(そういうことになるのか? ま、結果的にそうなったのか。別に打ち合わせていたわけじゃない。確かに俺に関して言えば、耕介の破壊者制御のためにいくつか布石は打っていたが、どれがいつ発動するかなんて分かったもんじゃなかった。今回のことにしたって、双真がいたことは実は計算外だったし)

 

 ではどうやって、目的達成をなそうとしたのだ?

 

(自身が最良と判断したことをしていただけだ)

 

(双真は耕介の味方を、俺は敢えて敵に回ることでな。自然と、誰に言われるまでもなく、相談もせずにそうなっていた。耕介を守るためなら、なんだってするつもりだったさ。もう一度、『銀の悪魔(殺人鬼)』に戻っても良かった)

 

 それが役目?

 

(そんなことはどうでもいい。結局、耕介は前に進んだのだから。あいつはもう、破壊者に苦しむこともなければ、その影に怯える必要もない。それだけの心の強さも手に入れた。帰る場所も有る。受け入れてくれる連中もいる)

 

(俺たちはもう要らないってことさ)

 

 要らない?

 

(耕介に俺たちは必要ない。ならば、後に残った俺たちはどうする? 生きるか、死ぬか。ならその目的は? 生きる意義は何だ? 死ぬ理由は? 俺たちはそれを知らなければならない)

 

 今までの存在の意味を失ったから?

 

(俺たちもまた、あいつを傷つける存在に過ぎない)

 

(それぞれが、それぞれに、耕介を守るということに自分の存在意義をかけていた。彼なら、自分を救ってくれるような気がした。期待してたんだな、きっと)

 

(なんのことはない。あいつがいないと何も出来なかったのは、俺たちのほうだ)

 

(耕介はもういない)

 

(だから、俺たちは戦わないといけない)

 

(自分のこれからの生に意味と意義を見つけるために)

 

(生きるべきか、死ぬべきか──その判断も含めて)

 

 …………

 

決着(ケリ)をつけよう)

 

      ◇

 

 静かな夜だった。

 静か過ぎる夜だった。

 先ほどの騒ぎから何もかもが離脱したかのように静寂が舞い降りていた。

 パチクリと、彼は瞬きした。

 夜空が見えた。山の向こうに明かりが見えた。もう明け方らしい。

 だがまだ、月と星は見えていた。ぼんやりと輝くそれは、綺麗だった。

 自分が地面に倒れているらしいことくらいは把握できた。すぐ傍に、名鳥十四郎の気配もある。

 夜空から視線をはずすと、そこは荒野だった。

 否──少し違う。

 先程までいたはずの工場は、綺麗さっぱり姿を消していた。あたりを見渡す。間違いない。ここは、同じ場所だ。工場があった場所だ。若干、気を失う前にいた場所とずれている気がしないでもない。何せ、あれだけ距離が離れていた十四郎が、自分のすぐ傍で寝ているのだ。

 だが紛れもなく、ここは甲龍と戦った場所に違いなかった。

 そして、工場がその姿をもろとも消えたことを確認するうちに、双真は不意に気づいた。

 そこに──工場があったはずの場所に、ぽっかりと穴が開いていた。大きな穴だった。大きすぎて、驚くことを忘れるほどだった。荒野と感じたときに覚えた違和感の正体はこれだったのだろう。正直、二の句が告げなかった。

「……うぅ……」

 意識を取り戻したらしい十四郎ことは無視して、双真は立ち上がって穴を覗いて見た。夜だからだろうか、底は見えなかった。深い、どこまでも続いていそうな暗闇が、ぽっかりと口を開けている。立ち上がって見て分かったが、穴の入口の大きさは工場のそれよりも大きかった。ざっと見た感じでも、工場の敷地よりもさらに二、三倍近い大きさの穴である。向こう岸が見えなかった。

 十四郎が起き上がる。大方、最初の反応は自分と同じだった。

「……状況を説明してくれ。どうなってんだ? 双真」

 一ヘクタールほどもあった工場がその地面ごとなくなれば、やはりその反応も無理はなかった。

「知らん」

「知らんって……」

 半ば、呆れたように十四郎が呻いた。だが、これ以上正直な答えはなかった。

「知らんものは知らん。正直、俺にもわからんのだ。『反力』を制約なしで使ったのはこれで二度目だからな」

「二度目?」

 驚く十四郎を尻目に、双真はうなずいた。

「一度目は覚醒時に、両親もろとも実家を消した。それ以来『反力』は使わなかったし、『HELL&HEAVEN』合流以降は、制約で縛られていたからな。こんな現象が起こるとは思ってなかった」

「……で、結局のところ、制御できなかったのか?」

「ありていに言えばその通りだろう。意味消滅。存在の力を奪う能力が『反力』だが。ここまで消し去るとは予想外だったな」

 さすがにぎょっとした顔をして、十四郎がこちらに詰め寄ってきた。

「いくらなんでも、人間の範疇超えてないか? これは」

「『反力』を使って欲しくてうずうずしていた奴に言われたくない」

「……うっ」

「終わったことだ。気にするな」

「随分と無責任な」

 ピクリと、双真は自分の眉が動くのを実感した。予兆のない、無意識の反応だった。

「今の今まで、高みの見物を決め込んでいた貴様に無責任などと言われるのは心外だ。そもそもだ、あの統合意識的会話はなんだったんだ?」

「……そっちが分からんとなると、俺のほうか。ま、心当たりがないわけでもない」

「?」

 目線で問いかけると、十四郎はスーツの内ポケットから一冊の本を取り出した。大き目の、皮製のハードカバー本である。スーツの内側にどうやって入っていたのか思わず疑いたくなるような本だったが、それ以上におかしな点はあった。

「……題名がないな」

「いや、ある」

 言い切って、十四郎も立ち上がった。双真に手渡す前に、ぱらぱらと本をめくる。

「『汝が世界の全て(ザ・ワールド)』。この本はそう名乗っている(・・・・・・)。その名の通り、ここに書かれてあるのは『汝が世界の全て』だそうだ」

 なるほど、と双真は一人納得した。

「予言書の類か。呆れたな」

「題名だけでそれがわかるお前もお前だと思うけど……」

「まぁ、いい。だが大体理解した」

「……何が?」

 何も分かっていないらしい、というより、わかっていることを自覚していないらしい十四郎が眉をひそめる。

「お前のシナリオ──いや、きっかけという奴か? どっちでもいいが。その本がその『きっかけ』なのだろう? お前はその本を甲龍に渡した。そして、甲龍はその予言どおり、この街に来た。哲学者面したあの男のことだ。本に記されたことを確かめないではいられないだろうからな。お前はそのことを予測してそれを甲龍に渡した。いや、もしかしたらそれさえも本に書かれていた。違うか?」

「……アタリ」

「それをいつ手に入れた?」

「爺さんの遺品整理で中国に行ったときに、彼の書庫で。俺が十六歳の頃だから、もう十二年くらい前かな」

 そうすると、耕介が『破壊者』になるよりもさらに数年前である。

「だいぶ昔だな。すると、俺が長崎に行ってお前たちと戦った時も、お前はああなることがわかっていたんだろう? 耕介が俺を仲間にすることが(・・・・・・・・・・・・・)

「正確にお前がそうだっていうのはわかっていなかったんだぜ? この本は所持者の未来を詩的に書き記すだけなんだ。詩的って言っても、どちらかというと直接占い師に占っているみたいな文体だ。ちなみに、書き記される未来は最大で一ヶ月くらい先まで。それも結構適当。内容が濃い場合、一日先までしか分からなかったりする」

「…………」

「だから、その表現の解釈によってはどうとでも取れる場合もある。当たる確率は読者次第。お前の時も、ただ仲間が一人増えるようなことを匂わせていただけだったし。ま、耕介がお前を仲間に入れると言ったときには、ああこいつなんだ、とは思ったけどね」

「だからか。俺の参加をあっさりと許したのは」

「そういうこと」

 得意げに言ってのける十四郎の態度に苛立ちながら、双真はだが確認を急いだ。

「で、その後──いつかは知らんが、『破壊者』と同質の存在である甲龍の存在を知ったお前は、奴を利用しようと考えた。どっちにしろ、『破壊者』である奴を野放しにする気はなかったのだろう? ところが、この二人の『破壊者』には接点が何もない。だからお前は、まず奴に耕介のことを教えて、その目を耕介に向けさせた。その上でその本を渡した。本に書かれてあることが、例え真実であれ何であれ、それを耕介とのことだと奴に思い込ませた」

「大方その通り。まったく、何でお前はそうやって人の心理をあっさりと見破るかな」

「……お前の策略には呆れる」

「前に言わなかったか? 俺は耕介を守るためには何だってするんだぜ? お前だってそれは同じはずだ」

 否定はしなかった。立場は違えど、双真と十四郎は同じものを目指していたのだから。

「それにわかっているはずだ。あいつに同情の余地はない。俺はきっかけを与えただけ。耕介を敵として認識したのは、あくまで甲龍自身だ」

「だが、そうなることを、お前はその本で知っていた」

「勿論。でなきゃ、本を渡す意味がない」

「よし、もうわかった。それ貸せ」

「ん?」

『汝が世界の全て』と呼ばれる本を、半ば奪うように手にとって、だが双真はそれに目を通すこともなく、目の前の穴に向かって放り投げた。

 音はしなかった。風の音も止んでいた。しかし、闇の中に落ちていく本の最後の咆哮のように、すーっと胸のうちが晴れていく。

 完全に見えなくなってから、十四郎が呻いた。

「おいっ! あれ、一応爺さんの形見だぞ?」

「うるさい、黙れ。お前もいい加減、過去から脱出しろ」

「!」

 十四郎の目が見開かれる。その反応だけで十分だった。彼はわかっている。理解もしている。過去は振り返り、懐かしむために有る。反省するために有る。例えその他のどんな理由であるとしても、それは現在のためにあり、未来のために存在する。

 あの本は確かに予言書であるかもしれないが、彼にとっては過去のものなのだ。彼を殺人鬼へと追いやった祖父の遺産でしかない。

「あの本は……」

 搾り出すように、十四郎が言った。

「あの本は魔術書だ。手に入れた後、調べてみた。あの本は、かつて予言を生業としていた魔術師が、その力の全てを込めたものだ。自分の意識を本に写し、本として所持者の未来を予言する。そのためだけに存在する。しかも魔術の効果か何か知らないが、本は劣化しない。この世界があり続ける限り、破壊されない限り、あれは存在する。永遠に」

「…………」

「……だから、あの意識の中で交わしたことは、あるいはその魔術師との会話だったんじゃないかと思う。憶測だけどな。何ためにそんなことをしたのか、何でそうなったのかは知らない。だが、さっきもう一度手にとって見てみたんだ」

「……読んだのか?」

「ああ。書かれていた言葉は一つだった。『汝が信じる道を進め』。それだけだ。他は白紙だった。何も書かれていなかった」

 双真は答えなかった。沈黙が答えだ。

 なるほど。本の言うことがこの先の未来であるなら、やはりするべきことは決まっているのだ。最初から決まっている。

 これはただの通過儀礼だ。

「……決着をつけようか」

「異議はない」

 もう間合いを図る必要もない。反力は使えない。十四郎の手にも、『銀の剣(シルバー・ブレード)』はない。

 笑顔でお互いを見つめ、一瞬でそれも消える。

 静謐が沈黙を呼び、沈黙が時間の流れを止めた。

 死ぬ気はない。お互い、生きる気力であふれていた。それでも、手加減する気はなかった。殺す。確実に。間違いなく。

 この先を──耕介のいない未来を生きるために。

 

      ◇

 

 壊れた右腕に力を入れる。

 火傷と切り傷に傷んだ左腕に神経を走らせる。

 反力を使えるほどの精神力はもう残っていなかった。十四郎と話しながらも、双真は倒れそうになる脱力感に抗うので精一杯だった。

 痛みと、疲労と。

 頭痛と、眩暈と。

 自分という存在の喪失感に苛まれながら、双真はだが静かに十四郎を見つめた。

 遺恨はなかった。最初からなかった。だからもう何も考える必要もなかった。頭の中が白く染まる。耕介のことも。未来のことも。帰りを待っているだろうリオのことも。何もかも。

 今だけは忘れる。

 心は空気ほどに冷え切り、身体を支配する殺気だけがゆっくりと醸成されていく。

 その心地よさに身をゆだねながら、自分は生きているのだと実感する。

 一瞬だけ、脳裏に耕介の笑顔が浮かんだ。それが決め手だった。

 息を吸う。そして吐く。

 心臓の鼓動が一度、ドクンと高鳴り、それが合図だった。

 

      ◇

 

 双真に打ち抜かれた身体は、思った以上にダメージが残っていた。内臓も破裂しているかもしれない。家に帰ったらなんて言おう。喧嘩してきました。それじゃあ、家の人間は納得してくれまい。

 かつて──

銀の悪魔(シルバー・デューク)』と呼ばれた殺人鬼がいた。人を殺すことに喜びを感じていた頃があった。殺人の快感から抜け出すことができたのはひとえに周囲のおかげだが、それからの自分は何も失うことがない代わりに、何も得るものもない、空虚な生活を送っていた。

 そんな最中、ひょんなことから槙原耕介という人物に出会った。

 第一印象は、恐ろしく危なげな感じだった。興味本位。付き合い始めたきっかけは間違いなくそうに違いなかっただろう。それがそのうち、彼と言う存在が、自分の過去の償いに変わった。

 最初は、どうしようもないほどお人よしの少年に呆れ──だが人を傷つけるかもしれないことへの敏感さと、危うさと、他人のために一生懸命になれるその優しさに、結局自分は敵わなかったのだ。

 彼を守りたい。そのためになら、もう一度人を殺したっていい。

 そのつもりで生きてきた。『殺し』はしなかったが、実際には何人もの人間を利用してきた。

 耕介は知らなくていいことだ。彼が自分のためにそんなことをしていると知れば、まずこちらを軽蔑する前に、その利用された人のために涙を流すだろう。そしてその後、彼は自分自身を責めるのだ。それが耕介という人物だった。

 だからこそ、迫り来る闇の全てから守りたかった。

 ただ、笑ってくれればいい。

 ただ、光の当たる場所にいてくれればいい。

 そうすれば、その闇にいる自分たちは少しだけ救われる。彼が笑えば、それだけでこれ以上ないくらい幸せになれる。笑うことが出来る。

 いや、自分たちのことなど関係なく、耕介には笑っていて欲しいのだ。

 笑顔が見たかった。

 そのために生きてきたのだ。だがそれも、これからはない。それを知りながらも、生きようとする自分は浅ましいのだろうか。卑しいのだろうか。

 わからない。分からないからこそ、戦うしか出来なかった。

(さぁ、行くか)

 意を決して、十四郎は背中のベルト部に刺していた鞘からコンバットナイフを抜いた。ナイフといっても、ショートソードほどもある刀身が特徴のタイプだ。刃がきらりと、上ってきた太陽光に反射する。綺麗だった。

 目の前にいる双真は静かに佇んでいた。こちらに向けられる視線が、穏やかに細まっている。それでも、その奥にある殺気は彼にしか発せない極上のものだった。

 静かに、痛みが引いていく。神経が自然と世界に溶け込み、自分が希薄になっていく。静寂が支配する中で、だが心臓の音だけははっきりと聞こえてくる。

 ドクン……という音。それは双真のものだった。それでも、十四郎は明確に理解した。聞き逃さなかった。それが合図だ。

 二人同時に跳躍する。

 

 ドクン。

 

 もう一度、心臓の鼓動。

 

 …………

 

 ドクン。

 

 …………

 

 ドクン。

 

(え?)

 そして動揺も二人同時だった。

 問いかけは自動だった。ぜんまいのように繰り返される疑問に、十四郎の頭はショートした。

 何故気づかなかった。何故考えなかった。何故──

 何故! 何故! 何故! 何故! 何故! 何故!

(何故だ!)

 こうなる可能性は皆無じゃなかった。こうなる予想はしてしかるべきだった。自分の身体が言うことを聞かない。何かに突き動かされたように、右腕が伸びる。ナイフを突き出し、それが心臓部へ伸びていく。

 肉を割く音。骨を割る音。血管を、神経を切断する感触。

 にこっと笑う擬音までが聞こえてきそうだった。それでも、血を吐きながら笑う彼の顔を美しいと思ってしまった。綺麗だった。太陽の光に照らされて、彼は光の中で笑っていた。

「──っ!」

 一瞬だけ、頭が空白になる。

「あ、あぁ……」

 何が言いたいのか、何を話したいのか、十四郎には分からなかった。何か言わないといけない。何か話しかけないといけない。だが分からない。どうすればいいのかも分からない。声が出ない。

「……ったく!」

 それを見透かしたように、彼がぼやいた。どこか呆れたような声だった。

「何やってんだよ、二人とも」

「…………耕……介?」

 双真の声。こんな彼の声を聞いたのは初めてだった。感覚で分かった。双真の左腕は、背中からわき腹にかけて耕介(・・)の身体を引き裂いている。

 時間が止まる。

 世界が止まる。

 何もかもが終わる。

 崩壊していく。

「あ……あぁ……」

 崩れ落ちていく耕介の身体は、自分よりも少し大きかった。しばらく会わないうちに、また身長が伸びたらしい彼は、もう立派な大人だった。

 耕介は動かない。こちらに倒れ掛かってくる彼の身体から、どんどん生命力が失われていくのを肌身で感じる。だがそれでも──

「喧嘩するなら、俺も混ぜろよ」

 それさえも、笑顔で彼は言った。

 それが引き金だった。十四郎を現実に戻した。

 

「耕介ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 響き渡る叫び声。だが彼は答えない。彼は何も言わない。

 終わりは突然だった。

 

 

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