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◇
悔しい。 憎い。 殺してやりたい。 殺意と憎悪だけをかみ締めて、フェイフォは洞窟を進んだ。黒髪、黒目の、鼻立ちがすらりと通った、明らかに中国系の女である。身体にぴったりとフィットするタイプの迷彩服を着込み、その分だけ体型が浮き彫りになっていた。人目を引くくらいには育った胸は、今は荒く上下している。 それもこれも、みなあの男の──姫月陸王のせいだと、彼女は胸中で憤慨した。 ふと、勇み足で歩む足を止める。先ほどの牢屋よりは、幾分か外に近い場所にある部屋。といっても、洞窟の空洞を利用しているだけだから、扉もなければ、きちんと区画整理されているわけでもない。空洞の中に机と椅子などを大雑把に持ち込んでいるだけの質素な空間である。 その中央に、男がいた。 見た瞬間に、姫月陸王に抱いていた怒りや憎しみとは別に、彼女はその男を見て思った。 (黒っぽい) 何が、と聞かれても困る。部屋の主であるチェン・ユィスィは、見た瞬間に黒をイメージしてしまう人物だった。黒髪黒目。フェイフォと同じく中国系。四十を超える彼は、短髪に刈り上げた様や、随分と引き締まった肉体も含め、あまり商人系には見えなかった。 だが、彼が商人であることに違いはない。元は武闘系出身と聞いているが、実際に彼が戦ったところを彼女は見たことはなかった。だが間違いなく、アジア最大最強を誇る組織『龍』の幹部の一人であり、今の彼女の飼い主である。 フェイフォは部屋に入る一歩手前で、 「チェン様」 と声をかけた。ドアがないからこうする以外に部屋に入る方法はない。フェイフォがいることなど向こうも気づいていたのだろう。ゆっくりとその視線がこちらを向く。その動作さえも、やはり黒っぽく感じた。 「どうかしたか? フェイフォ」 「お話があります」 「まぁ、入りなさい」 マフィアの上下関係──『龍』は決してマフィアではないのだが──に良く見られるように、龍の一部の幹部は、部下や仲間を家族としてみる者たちがいる。チェンもその類だった。 フェイフォは素直に部屋に入ると、椅子に座るように促した彼の誘いを断って、それから隠していた怒りをぶつけた。 「姫月陸王のことでお話があります」 「ん? 陸王──ルーワンのことか。彼がどうかしたのか?」 「単独行動が過ぎます。不破恭也と美由希を攫い、不破士郎を殺さず、目的の死宝剣は『八景』だけしか奪ってこないなんて!」 「不破士郎が八景しか持っていなかったという報告を受けているが?」 「それにしても、わたしたちにさえ知らせない全くの独断専行は目に余ります! 何故あの男が我々暗殺者部隊の隊長なんですか? 現場の指揮権を何故あの男におあたえになったのです! 外者のあんな男に!」 「フェイフォはあの男が上司でいることに不服か?」 フェイフォは憤慨した。チェンが部下の意見を『部下のくせに』と一蹴するような男でないことを幸いだと思いながら、彼に詰め寄る。 「私だけではありません。暗殺部隊をはじめとする兵たちは皆が疑問に思っています。このままでは士気に関わります!」 アジアを拠点に活動を行う龍は、決してマフィアではなかった。テロリストでもない。武器や麻薬を売る闇商人でもない。正確に言うならば、全て、である。 彼らが目指すは世界征服などではない。犯罪行為を広めることでもない。ただ純粋に、社会からの離脱に他ならなかった。 守られるという概念が腐食するほどに根付いてしまった社会からの脱退。人は自由であるべきだ。秩序なき本当の自由にあるべきだ。だが、社会は執拗にこちらを巻き込もうとする。価値観を押し付けてくる。犯罪は償わなくてはならないのだと。違う。負けたものが罪なのだ。弱き者が罪なのだ。弱肉強食がこの世の全てだ。 その価値観を行使するために、我らは戦っているに過ぎない。もっとも、社会はそんな理想を掲げて実力行使に出るものをテロリストと呼ぶのだが。 フェイフォはその思念を理解しているからこそ、余所者が飄々と自分たちの中に入ってくることを良しとしなかった。 「フェイフォ。落ち着きたまえ。いいかい? 今回の作戦の概要をおさらいしよう」 「……え?」 「まぁ、聞きたまえ。当初、我らは皇設楽──黒の刃と呼ばれる暗殺者に接触した。真正暗殺者として有名なあの男ならば、不破士郎とぶつけても遜色ないと考えたからだ。そして予想通り、彼らは戦い、深手を負った。皇設楽が闇医者を独自に雇っていたみたいだが、それでもあの傷だ。そう簡単に回復はしまい。この時点で、かなりの利を我らは得た」 「はい。それは……巧く言ったと考えています。わたしも」 フェイフォはうなずいた。うなずきはしなかったが、チェンも同意を示したようだった。 「そうだ。不破士郎──御神は、それほどまでに厄介な連中だ。皇設楽も、俺が裏切ったと知れば報復に来るだろうからな。そのためにわざとアジトの情報を流したのだ。これからの課題は、あの二人をいかにして抑えるかが鍵になる」 「それは、ですから我らが──」 「隠しても仕方がないな。正直言おう。彼らと渡り合える者は俺の部下にはいない。君も含めて、だ。しかし姫月陸王なら……」 「あ、あの男なら、それが出来るとお考えなのですか!」 信じられないといった気持ちで、フェイフォは主を見た。 「そうだ。フェイフォ。冷静になりなさい。あの男と一対一で戦って、君は勝つ自信があるか?」 「そ、それは……」 瞬間、フェイフォは自分が投げ飛ばされたことを思い出した。こちらが殺すつもりで仕掛けた攻撃をなんなくかわし、殺気も攻撃意思もなくあっさりと投げ飛ばしたあの男のふざけた顔も同時に思い出す。そして、その後の底冷えするほどの殺気も。 正直、二の句が告げなかった。もう少し彼が本気で殺す気になっていたら、自分はあそこから立ち上がって来れただろうか。腰が抜け、足がすくんでいたのではないか。そうなっていたかもしれない事実が、フェイフォをさらに追い込んだ。 「姫月陸王は、あれでも日本に拠点を構える唯一の暗殺者ギルド『リバース・D』の頭領だ。日本の暗殺者は海外に比べて数は少ない分、質がいい。それを統率しているのが彼だ。そしてまた、世界最高の暗殺者と謳われるだけあって、皇設楽も強い。彼の実力は俺も聞き知っている。それに……」 「それに?」 「それに、ルーワンとは、以前から個人的な友人づきあいがあってね。彼が一度引き受けた依頼の依頼人を裏切るような真似をしないことを俺は知っている。彼は、その辺はプロだ。君と同じでね。職業的暗殺者としてのプライドを持っている。裏切りに関しては心配ない。実力もな」 「…………」 そして振り返ってみれば、フェイフォは口を出せないでいた。チェンの言うことは正しい。全て。そして今、作戦は第二段階へ移行している。不破士郎が持ってくるだろう残る死宝の一振り、『八相』を手に入れれば、この島国から撤退する。わざわざ自分たちが彼らと戦う必要はない。功績は最大限に、被害は最小限に。理想とも言えるその行為を実践してきたからこそ、チェンは今、幹部の椅子にいる。 「……了解しました。出すぎた真似をしてしまい、申し訳ありません」 「いや。俺のことを心配してくれている気持ちから来たことだ。怒りはしない。ああ、そうだ。その気持ちに応えて、フェイフォには取って置きのものを教えようか」 そう言って、チェンが机の下にあった段ボール箱から取り出したものを見て、フェイフォは身震いした。心の底から震撼した。 「……凄い」 思わず呟く。 「俺たちの負けはない」 そう断言するチェンの言葉どおり、フェイフォは心を固めていた。この男についていくことを。盾になってでも守ることを。 約束された勝利に、フェイフォは怒りを忘れて打ち震えた。
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言葉を選ぶことにいくらかの不自由さを感じながらも、恭也は呟いた。実のところ、それ以外は思いつかなかった。 「……賭け?」 問いただす。ツンツン金髪頭の男はさらに形相を崩した。 「おう。賭けだ。お前と俺が賭けをする。お前が勝てば、お前と妹をここから出してやる」 「……負けたら?」 どちらかというとそっちのほうが気になって、恭也は聞いた。 「そりゃ、お前らはここから出られない。それだけさ。殺しはしねぇよ」 「……信じられない」 「ん。まぁそりゃあそうなんだが……。かといって何もしないのも退屈だしな」 「…………?」 男の言葉に奇妙な違和感を覚えて、恭也は男を見つめた。睨みつけたわけではなかったが、光量の少ない洞窟では自然と細目になっていたらしい。男が笑った。 「おい。そんなに睨むなよ。ま、お前に暗殺者の憂鬱なんて語っても仕方ねえから、わかんねぇだろうが」 「人殺しなんて最低のすることだ」 「お前の親父さんだって、人は殺してるぜ?」 「それは! アルおじさんや、大切な人を守るためだから!」 「なんか違いあんのか?」 「ある! お前と父さんは違う!」 恭也は断言した。それが正しいことだと、信じて疑わなかった。 父とこの男は違う。先ほどの殺気を感じただけでも分かる。この男は、女子供も関係なく、何の感慨も抱かずに殺せるのだと、恭也は直感でそう思った。生粋の人殺し。戦闘訓練を受けた暗殺者たちの存在を、父から聞いたことがある。この男がそうなのだと、今、分かった。だから違う。絶対に違う。認めてなんかやらない。認めるわけにもいかない。 「ま、そう思いたい気持ちも分からんではないが……」 「何が!」 「人を守るために人を殺す。人から物を奪うために人を殺す。けど、殺された人間にとってどんな差があるんだ?」 「……え?」 言われたことが分からず、恭也は呻いた。 「殺された人間にとって見れば、どれだけの差があるんだ? 死ねば終わりだ。まぁ中にはそれを超越してくる連中もいるにはいるが。死ねば普通は終わる。殺される側に差はない。んじゃ、殺す側はどうだ? 強盗で殺すのと、戦争で殺すのと、ああ、ついでに正当防衛で殺すのも付け加えて、そこに違いはあるのか?」 「……ある……」 先ほどよりは随分と弱い口調で、恭也は言った。 「ないな」 が、男がそれを一蹴する。 「人殺しは人殺しだ。差があるように見えるのは、今の社会が差をつけているからだ。殺人罪と戦争犯罪と正当防衛ってな。そんなのは社会が──他人の決めた事だ。自分のものじゃない。生まれたときからそこにあった社会の価値観に洗脳されているに過ぎない。お前の価値観は他人の言葉だ。他人の概念だ。お前の──不破恭也の考えでもなんでもない。そんなものが正しいってどうして言える? 何故それが正しいなんていえる? はっきり言ってやる。お前は間違っている」 「違う!」 「違わない。お前はお前である証を何ももっていない。他人の言葉と価値観をそのまま語っている奴の言葉なんぞ、何の説得力もない。意味もない。不破恭也。今のお前はただそこにいるだけだ。生まれて生きて、そして死ぬ。それだけの存在だ」 「俺はっ!」 「他者の価値観で語るな。お前はどこにいる。お前は誰だ? お前は一体何のために生まれた。お前は何故生きている。それに応えられるほど、お前はまだ生きていない。何もしていない。経験もしていない」 「…………」 経験不足。それはその通りだった。自分はまだ子供で、御神流を習っている最中で、未熟で…… (だけど、俺は──っ!) 「それでも俺は、人殺しは最低だと思う」 「それが結論か?」 恭也は答えなかった。もとより、男は答えを待っていなかったらしい。静かな口調で続けた。 「賭けの施行は明後日。おそらく、皇設楽っていう奴も含めて、連中はその日にここに来る。そのときに行う。お前が勝てば、お前と妹を自由にしてやる。明後日、もう一度聞きに来る。そのときまでに考えておけ」 その言葉を最後に、男は立ちあがって牢屋から出て行こうとした。恭也は慌てて男を止めた。 「ま、待って!」 「何だ?」 「美由希は?」 「無事だ。俺のところにいるよ。おとなしいから縛ってない。他の連中にも手出しさせるつもりはないから安心しろ。お前が俺を信用する要素はどこにもないが、それに関しては面倒見る気はないな」 「……もし……」 「ん?」 「もし、美由希に何かあってみろ。お前を殺してやる!」 「……いい眼だ。だが、賢い眼ではないな。そのことも含めて、今まで俺がした話を考えてみるんだな。人を殺すということはどういうことなのか。生きると言うことはどういうことか。お前の意志はどこにある? お前自身の言葉で語ってみろ」 最後まで、男はこちらを試すような口ぶりで立ち去った。 その背中を見送る。入ってきたときと同じ音を立てて、そして男は姿を消した。 「…………」 静かになった途端、恭也の思考は先の男の言葉に捉われた。 明確な決意を持って、恭也は告げたつもりだった。美由希に何かあったなら、何が何でもあの男は殺す。そう思った。何も考えず、何も思わず、だが確かな意思として、その感情が心に浮かんだ。脳を支配した。 だがそれは……。 人殺しは罪だ。最低最悪の罪。なら、殺された者の親しい人間はどうすればいい? 断罪を待つ? 復讐は悪なのか? 悪であり犯罪。 そう言われている。少なくとも、社会は──日本はそれを認めていない。昔、侍がいた時代にはそれを潔しとする風習があったそうだが、今ではそれもない。 『正しいこと』が不変でないのなら、一体何が正しいのだろう。正しいとは一体なんなのか。 恭也は混乱した。 手を後ろで縛られ、足もまた自由を奪われ、地面に這い蹲るミノムシのような体勢で、恭也は自分が応えられる答えを持っていないことに気づいて、歯軋りした。握り締める拳が痛かった。涙を流していることに気づきもしないままに、自分にとって目標である男のことを思い浮かべる。 「……父さん」 だがその呟きは、響くことなく瞬時に消えた。
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「よう。ご機嫌はどうだ?」 ビクリと震える少女の頭を一度軽く撫でてから、姫月陸王は手近にあったペットボトル手を伸ばした。 (ま、怯えるのもしかたねぇか) などと思いながら、水に口をつける。日本の水はまずいが、汚くはない。少なくとも飲めるのだから、環境的にはずっとましなほうなのだろう。身体に悪いなどと言い出したら生活など出来なくなる。 「なんか飲むか?」 不破美由希が首を振るのはこれで何度目だろうと、陸王は算段した。食事を取ること以外は、全てにおいてこちらを拒絶している。調査によれば兄にべったりだそうで、ならばこの状況は彼女にとって恐怖以外の何者でもあるまい。誘拐されたという事実を理解しているかどうかは分からないが、怖いという思いだけで、今の少女は精一杯なのかもしれなかった。 一応の身体の自由はあるものの、陸王にあてがわれた空洞(部屋)からは出てはいけないと言ってある。言わなくても動かなかったかもしれないと、陸王はこのおとなしい少女にもう一本のボトルを渡した。 「嫌かもしれないが、水分は取っておけ。ああ、おしっこなら、そっちの穴みたいなところでしてくれりゃあいいから。食事も摂れよ。大きくなれんぞ」 「おとーさんとおにーちゃんのところに返して」 「明後日まで我慢しな」 「いやっ!」 「うーん。だけどな、今、美由希のお兄ちゃんは、ものすごく大事なことをしてるんだ。たぶん、それは明後日までかかる。明後日になったら、お兄ちゃんに会わせてやる。約束だ」 「…………ホント?」 「ああ。間違いない。だからそれまでおとなしくていてくれるか?」 「…………うん」 「いい子だ」 もう一度美由希の頭を撫でてから、陸王は独りごちた。 「ま、どういう結果になるかは分からんがな。もし、なんの答えも出せないようなら──分かっているんだろう? 不和恭也」 ここにはいない少年に向かって微笑む。その顔が怖かったのか、美由希がまた怯えたように身を縮めた。 と── 「楽しそうだな。ルーワン」 入口で身を屈めてやってきたのは、陸王の依頼人、チェン・ユィスィだった。気配だけで誰かはわかっていたが、陸王は敢えて彼の姿を確認してから返答した。 「ああ、楽しいね。退屈な人生ほどくだらないものはないからな。楽しい人生、万々歳♪ っつーわけで、チェン、忘れるなよ。俺のやり方に口を出す気なら例えお前でも──」 「分かっているよ」 「ん。ならいいんだけどな♪」 楽しげに、陸王はビスケットを口にした。子供用のお菓子だが、口のさびしさを紛らわすには丁度良かった。 「……んで、なんか用か?」 「うむ。まぁ、これといって用があるわけでもない。ただの確認だ」 「あん?」 「……不破士郎と皇設楽の相手は、お前に任せる。存分に戦いを楽しんでくれ。が、その前に、八相を奪うことを忘れないようにな」 「了解だ。依頼は果たすよ」 「…………ルーワン」 「ん?」 「死宝剣の威力はお前も知っていると思う。八景は我が手にある。が、これはフェイフォに渡そうと思うのだ」 「……あの女に?」 訝しげに、陸王は聞いた。あの女は決して嫌いではない。だが、弱い。陸王の感覚としては、フェイフォは間違いなく三流だった。 「……使いこなせるのか? 死宝剣はただでさえ扱いが難しい。確か、剣の能力を使うための契約が必要だったはずだ。それも含めて、できるのか?」 「してくれるさ。俺はフェイフォを信じている」 「違うだろ。お前が、じゃなくて。あいつがお前を信じているんだ。俺は仲間思いのお前は嫌いじゃないが、お前の、仲間を平気で切り捨てるやり口は嫌いだ」 「知っている。だからこそ、俺とルーワンはいいコンビになれる」 「ごめんだね」 そっけなく、陸王は水でビスケットを喉に流し込んだ。歯に挟まったものも、口の中でゆすいで一緒に飲み込む。 「俺はコンビなんて組まない。独りで十分だ。俺はそれだけ強いからな」 「アハハハ。まぁ、そう言うだろうと思ってたよ。君が、日本の暗殺者を牛耳る暗殺者ギルド『リバース・D』の頭領だということも承知で誘うのさ。俺のところへ来い」 「やめとく。面白くなさそうだ」 考える余地もなく、陸王は即答した。 日本に存在する暗殺者──その中でも、俗に言うアサッシンが所属する暗殺者ギルド『リバース・D』。それを創設したのは陸王ではない。が、現在の代表は確かに彼で、所属する暗殺者を統率しているのも彼だった。世界各国の公式・非公式に関係なく、依頼により暗殺者を派遣することで収益を得る組織の長。別段、その仕事に面白みを感じているわけではない。ギルドに負い目もない。が、かといって簡単にやめることが出来るほど、陸王にとって軽いものではなかった。 「まぁ、いいさ。考えておいてくれ」 「……お前はどうするんだ?」 「何がだ?」 「八景をフェイフォに渡して、お前の武器はあるのか? 俺がいくら強くても、二対一だからな。展開によっては、お前も戦うことになるぞ」 「ああ、そのことか。そうだな、ルーワンになら教えておいても問題ないか」 「あん?」 疑問に眉をひそめた陸王の反応を楽しむように、チェンはコートの下から刀を取り出した。通常サイズの日本刀だった。外見は良く見かけるタイプだ──が、すぐに陸王は、チェンがもったいぶったように刀を出した意味を理解した。 「おい! まさかそれも……?」 「死宝剣だ。銘は『鬼王』という。『零距離斬撃』の能力を持つ剣。距離を無にする剣。対象者がどこにいようと、どれだけ離れていようと、一度見知った相手なら距離を無視して『斬る』ことができる能力だ。これで、いつでも奴らを斬れる。まぁ、まだ契約したばかりで完全には使いこなせていないからな。有視界内でしか能力を発現できないのが難点だが、問題は有るまい」 「なるほど♪」 (いつでも斬れる。つまり、俺もな……) 納得して見せながら、陸王は胸中で嘲笑した。この男の本性は知っている。友人かどうかはさておくとして、知り合って、付き合いだして随分になる。 他者を利用し、自分の業績を漁夫の利によって上げる。そのためには仲間でさえも切り捨てる。チェン・ユィスィはその部分において徹底した現実主義者だった。 が、このままこの男が優越感に浸るのも、それはそれで面白くない。 立ち去っていくチェンの背に、陸王は呼びかけた。 「チェン。お前、前ばかり向いてると、いつか後ろから誰かに足元すくわれるぞ。気をつけな」 「忠告、感謝するよ」 微笑むその姿は、確かに余裕の表れだった。 (確かに俺は言ったぜ? 足元をすくわれるってな。それが俺か、不破士郎か、それとも皇設楽か、誰かは分からんが。あまり油断はしないこったね) まぁいいさ……と、陸王は水で唇をぬらした。 明後日。全てが始まり、全てが決まる。 忍び寄る戦いの気配に、陸王は胸が躍った。高鳴る鼓動。その気配を隠そうともせず、怯える美由希にもう一度向き直り、軽くウインクしてみせる。 (面白くなってきた!) にやりと笑う彼の隣で、美由希の小さく兄の名を呼ぶ声が、異様な響きを持って室内に伝わった。
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